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鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

葬儀のときにかけてほしい音楽?

Music

 

父が亡くなったので、ささやかながら葬式をあげました。 

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支払いはさっさと済ませたけど、こじんまりとした式でもけっこう費用がかかるもんです。打ち明けると集まった香典の倍近くかかった。もちろん香典返しは含まれず、だ。

先日、こんな記事が(葬儀にお金をかけられなくなっている現状を誤魔化すなと批判的に)紹介されていた。

多くを語るつもりはないけど、自分が死んだときに葬式はナシでいい。祭壇はいらないし、坊主の読経もいらない。わざわざ親類縁者に集まってもらわなくてもいい。イワシは亡くなりましたよと連絡してもらうだけでいい。霊安室から火葬場に直行してもらって散骨してもらえればそれでじゅうぶん。仏壇も位牌も納骨堂も墓も不要だ。

 

よく、「自分の葬式のときにかけてほしい音楽」という話題を音楽愛好家は好むけれども、式をあげない以上、かけてほしい音楽もへったくれもないものである。だってさ、自分の好きだった音楽を葬儀場で流してもらうのって亡くなった当人の自己満足だし、参列者に「あゝイワシはこのような音楽を好んでいたのだなあ」と故人を偲ばせるってのもいかがなものかと思う。かりにぼくが《この際だ、生前どいつも聴こうとしなかったオリジナルをとっぷり聞かせてやれ》とばかりに自作の歌を延々と流しでもしたら、それこそ居たたまれなくなるじゃんか(そんな無粋なマネはしないよ)。

ちなみに父の葬儀では、喜多郎の『シルクロード』を流してもらった。オヤジが以前に聴きたいと所望していたのを思いだし、知人からいただいたCDをかけたんだ。したら式場の雰囲気とぴったりマッチしていたねえ。まるで会館そなえつけのBGMに聞こえたよ。

話を戻すと、むしろ好事家たちは「自分のいまわの際に流してほしい音楽」を言及したいのではないか。これをかけながら永久の眠りにつきたいなという願望。ラモーンズのヴォーカル、ジョーイ・ラモーンは死ぬ間際にU2の“In a Little While”を聞いていたというが、そういう物語を胸中に思い描くんじゃないだろうか?うん、それなら理解できる。

ぼくも以前に「葬式にかけてほしい音楽」を挙げていたけど(過去記事参照)、これからは「死に際に聴きたい音楽」に変更しようと思う。 

この記事にはビートルズの「ビコーズ」とビル・エヴァンスの「スーサイド・イズ・ペインレス」を挙げていて、どちらも有力候補だ。また他の記事ではシンガーズ・アンリミテッドの「フール・オン・ザ・ヒル」を引き合いに出している。天国的なナンバーを聞きたい欲求は常日ごろからあるけれども、さて、いざ死ぬ間際になったら、存外にぎやかしい・騒々しい音楽が聴きたくなるやも知れぬ。いずれにせよぼくは「死に際に聴きたい音楽」のリストを、思いついたら当記事に随時追加していくつもりだから、もしもぼくが死んだときには、一晩くらいつきあってもらえればありがたいと思っている。②③④

 

 ボノいわく、「飲んだくれの歌だったのがジョーイのおかげでゴスペルになっちまった」。


U2 (In A Little While) 

 

 『アビーロード』収録のクラヴィコード入りではない、ア・カペラヴァージョンで。


The Beatles - Because (Anthology 3 [Disc 2])

 

 映画『M*A*S*H』のテーマソング。アルバム『ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング』の収録曲はどれも残酷なくらい美しいんだけど、とりわけこの最終曲で文字通り天国に連れてかれる。


Bill Evans - MASH Theme (Suicide is Painless)_ 

 

 シンガーズ・アンリミテッドの『ア・カペラ』はプログレッシヴなアレンジだよね。ヒップホップのサンプリングに用いられるのも肯ける精度の高さ。過去記事で既に貼っているので、そちらをご参照ください。 

" FOOL ON THE HILL " SINGERS UNLIMITED

 

 

あゝそうだ、もう一つ追加しておこう。

 

 チャーリー・ヘイデンの“The Ballad of the Fallen”。カーラ・ブレイドン・チェリー等、「リベレーション・ミュージック・オーケストラ」の仲間たちが集った、傑作アルバムの7曲目。


Charlie Haden - Silence

 

葬送の間じゅう、この音楽があたまの中でエンドレス・リピートしていたんだ。 

 

 

So Long Dad (セイジのアルバム)

 

9月21日、父が亡くなった。享年86歳。

ぼくと父の関係は決して良好ではなかった。

父の説く常識にぼくは反発し、それは彼が生を終える直前まで続いた。

いずれその確執を省みてみたいと思う。が、今はまだ書けない。

 

葬儀には遺影が必要だからといわれて、ぼくは応接間の書棚を探した。

するとオヤジのやつ、自分が良さげに収まっている見栄えのする写真ばかりを、二冊のアルバムにまとめているではないか。

いわば「ベスト・オヴ・セイジ(父の名前)」とも呼べる写真集だ。

ぼくは思わずふきだしてしまったよ。

あゝこのナルシストめ、って。

ポーズを決めたがるところ、自分にかんする情報を体系化しつくそうとする習い性は、息子であるぼくにも確実に受け継げられている。

そして数々の写真からうかがえる強烈な自我の放出を、父親としての彼は封印していたのかと、ぼくは遅まきながら気づくのだった。

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たぶんこの写真、彼は一番気に入っていたのだろう。B5版に拡大していたくらいだから。

うん、めちゃくちゃカッコいいよ。

登山が好きだった独身時代の、あなたに会って話してみたかったなあ。

親と子としてではなく、対等の一人と一人として。

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アオサギⅡ

 

 

休日の朝早く、まだ惰眠を貪りたいときに、

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階下からぼくを呼ぶ声がする。

リョースケさん、リョースケさんと、ぼくの名前らしきを。

ぼくはリョースケじゃないんだけどなあ。

そういうとこが雑なんだよな。

 

もっともぼくも人のことは言えない。

言い損ないはしょっちゅうだもの。

取引先をアズマさんと呼んだことがあるんだ、

しかも二度も。

三度めに間違えそうになったときは、さすがに怒ったね、

ヒガシです!って声震わせて。

 

今になってようやく東さんの気持ちがわかる。

呼び間違えは不愉快なものだ。

だから頼むよぼくのこと、

リョースケさんと呼ばないでくれ。

それはぼくの名前ではない。

それはぼくではない。

 

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“カリフォルニア・ソウル” 輝く星座 フィフス・ディメンション

Music

 

たまには幸福な気分に浸りたい。そんな時ぼくの手が伸びるのはフィフス・ディメンション。1966年に高く打ちあがった風船は、50年近くたった今でも気持ちを高揚させてくれる。流行おくれのファッションが何度もリメイクされて甦るように、五人の歌声はいつ聴いても新鮮に響く。その理由は音楽そのものが実力に裏打ちされる確かなものだったからだ。

 

The Fifth Dimension

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左より時計回りにフローレンス・ラルー、ラモンテ・マクレモア、ロン・タウンソン、マリリン・マックー、ビリー・デイヴィスJr.

 

Ⅰ.ビートでジャンプ

ロスアンジェルスのクラブを中心に活動していた五人組を見出したのは歌手ジョニー・リヴァースだった。プロデューサーとして自ら指揮を執り、ソウルグループとしてではなく「黒いママス&パパス」として売り出した。そしてフォーキーな「青空を探せ」をシングルカット(全米16位)、さらに満を持して第三弾に「ビートでジャンプ“Up, Up and Away”」をリリース。全米7位を記録し、幸先の良いスタートを切る。

聴いてみようか。


The 5th Dimension - 1967 - Up, Up And Away (full album)

複雑なコーラスワークを見事に歌いこなしたグループと、転調をくり返す技巧的な曲を書いたジミー・ウェッブは、ともに注目を集めた。他のライターが書いたフォークロック調の曲よりもジムの書いた5曲の出来栄えが(私見だが)はるかに勝っている。この「若きバカラック」の称号が与えられたウェッブを中心に次のアルバムが制作される。

 Ⅱ.マジック・ガーデン

録音技師だったボーンズ・ハウ(下写真中央眼鏡)がプロデューサーに昇格、ビートルズのカヴァー「涙の乗車券」以外の、すべての楽曲をジム・ウェッブ(下写真右スーツ姿)に任せた意欲作。ジムは編曲(含むオーケストレーション)まで手がけたが、チャートでは振るわず最高105位。

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確かに突出した楽曲がない=シングルカットに向かないといううらみはあるだろう。だが、この音楽の密度はどうだろう。まさに「サマー・オヴ・ラブ」を体現した一枚と言えるのではないか。私的にはいちばん愛着がある(トータル・コンセプト)アルバムである。


The Fifth Dimension - The Magic Garden (1967)

たとえばXTCなどの「手の込んだポップ」を信奉する向きに「ペイパー・カップ」はどう聞こえるんだろうか?


The 5th Dimension - Paper Cup

Ⅲ.ストーンド・ソウル・ピクニック

前作で不首尾に終わったグループは軌道修正を図る。持ち前のソウルフィーリングを加味し、アフリカン・アメリカンとしてのアイデンティティを明確にしたい。それはプロデュース側の意向であり、本人たちの希望でもあったが、路線に沿った楽曲を書けるソングライターが必要である。そこで白羽の矢が立ったのがニューヨーク生まれのティーネイジャー、ローラ・ニーロ。プロデューサーのボーンズ・ハウはローラの才能をいち早く見抜いていた。

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ローラ・ニーロはグループのソフトなイメージに強さと陰影を与えた。ソウルフルに張らなければ歌いおおせない楽曲。冒頭の「スウィート・ブラインドネス」と「ストーンド・ソウル・ピクニック」(全米第3位)の2曲は、アルバム全体の求心力を担った。


The 5th Dimension - 1968 - Stoned Soul Picnic (full album)

これによりフィフス・ディメンションR&Bチャートにも名を連ね、ソウルミュージックとしても認識されるようになった。それを象徴する楽曲がもう一つのシングル、アシュフォードとシンプソンの男女コンビのペンによる「カリフォルニア・ソウル」である。


The 5th Dimension - California Soul

陽気さや溌剌さはそのままに、グループ本来のソウルフィーリングをいかんなく発揮した佳曲である。グループ自らも「カリフォルニア・ソウル」を標榜したという。

ここで念のため簡単に紹介しておくと、フィフス・ディメンションのアルバムでバックを務めた演奏陣は、ハル・ブレイン(ドラム)、ジョー・オズボーン(ベース)、ラリー・ネクテル(キーボード)、トミー・テデスコ(ギター)といった、のちにレッキング・クルーと呼ばれるスタジオミュージシャン集団である。この人たちの業績を語りだすときりがないので控えるが、個人的な意見だと、ハルのドラムとジョーのベースがもっとも生き生きと弾けているのはフィフス・ディメンションの各アルバムにおいて、である。演奏に埋もれないヴォーカルパートが上に乗っかると想定できたからこそ、リズムセクションは思う存分にドライヴできたのだと思う。

Ⅳ.輝く星座

そして4枚目のアルバム『輝く星座』でグループは最高潮を迎える。反戦と愛を謳ったミュージカル『ヘアー』からのメドレー、「輝く星座(アクエリアス/レット・ザ・サンシャイン・イン) 」と、ローラ・ニーロの「ウェディング・ベル・ブルース」の2曲が、ついにヒットチャートの1位を射止めた。


The 5th Dimension Age of Aquarius 1969


The Fifth Dimension - Wedding Bell Blues (Woody Allen Special - 1969)

このアルバムだけYoutubeにフルサイズでアップされていない。代わりといってはなんだが、アルバムの内ジャケットを紹介しよう。

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アルバム全体を通じて感じるのは、対位法的なコーラスパートがより複雑化したこと。ボブ・アルキバーのトレーニングが功を奏したか、メンバーそれぞれの表現力が深まっている。当時のフィフス・ディメンションはヴォーカルグループとして、かなり高水準に達していた。 次に掲げるフィルムは、このアルバムを発表した69年のライブの模様である。TVショーと違ってマイムではないので、グループの真の力量は推し量れよう。


The 5th Dimension on Andre Salvet 6 10 69

ビートルズの「愛こそはすべて」をカヴァーしているのはご愛嬌だが、それとバカラックナンバーを融合させているのが興味深い。アルバムではクリームの「サンシャイン・オヴ・ユア・ラヴ」をカヴァーしているが、アメリカン・ショービジネスの渦中にいながらも英国の動きをしっかりと視野に入れていたようだ。

この時期、「レット・ザ・サンシャイン・イン」のシャウトで男をあげたビリーがマリリンと結婚。「ウェディング・ベル・ブルース」は図らずもトピカルソングとなった。

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さて、67年の「サマー・オヴ・ラヴ」を体現した五人組は、69年にアポロが月面着陸したときには宇宙への憧れを歌った。が、その楽天的なスタイルは次第に影を潜め、70年代の到来とともに、グループはイメージの変化を余儀なくされる。

 

Ⅴ.ポートレイト

 ニール・セダカ作のアーシーなナンバー「パペットマン」で幕開くこのアルバムは、ぼくが親しみを寄せる一枚だ。トラフィックのデイヴ・メイスンが作曲した「フィーリン・オールライト」や、ラスカルズの「自由の讃歌」などを取りあげており、さらにローラのレパートリーからは「セイヴ・ザ・カントリー」をチョイスするとなれば、相当ロック寄り、しかも反体制寄りは明白だ。が、これは時代の変化を反映したものだと思う。


The 5th Dimension - 1970 - Portrait (full album)

ビリー・デイヴィスの熱いシャウトが全編に炸裂している。 けれども一般が好んだのは、はじめて公に取りあげたバート・バカラックナンバー、2曲目に配された「悲しみは鐘の音とともに"One Less Bell to Answer" 」だった。

www.youtube.com

TVドラマ『スパイのライセンス』出演時の映像だが、カメラはマリリン・マックーを主軸に捉えている。もともとモデルあがりのマリリンなだけにビジュアルの訴求力は抜群だけど、ここにきてマリリン&バックコーラスの様相を呈してきたのは、ちと寂しい。ところで同じ番組では「パペットマン」も歌っているが、スタジオの入口にローラ・ニーロのポスターが貼ってあるのをお見逃しなく(おそらくスタジオエンジニアを演じる(笑)ボーンズ・ハウの差し金だろう)。


Fifth Dimension - Puppet Man

Ⅵ.愛のロンド

長年在籍したソウルシティ(リバティー)レコードを離れ、ベル・レコードに移籍したグループは、71年に『愛のロンド“Love's Lines, Angles And Rhymes” 』を発表。全体にしっとりした肌触りの佳作だが(フィフス・ディメンションに駄作なし)、初期と比べればコーラスのテクニックは格段に向上したものの、グループの一体感が薄れてきた印象は否めない。


The 5th Dimension - 1971 - Love's Lines, Angles And Rhymes (full album)

耳を惹くのは、やはりマリリンが独唱するタイトル曲だ。このスローバラードを切々と歌いあげたことにより、マリリン・マックーはアダルト・コンテンポラリーの歌手として認知されたのである。


5th Dimension - Love's Lines, Angles and Rhymes (1971)

確かによくできた楽曲で、とても好きな曲なんだけど、ここまできたらもうフィフス・ディメンションじゃないような気がする。結局ビリーとマリリン夫妻は、この後ライブ盤を含む3枚のアルバムまで参加したのち、73年に脱退してコンビとして活躍する。残された3人はフローレンスを中心にグループを継続するが、残念ながらその後の動きまでは追っていない。

72年から73年にかけての重要な曲(ベスト盤などに必ず入っている)を掲げておこう。

① 邦題:「夢の消える夜」

5th Dimension - (Last Night) I Didn't Get To Sleep At All (Lyrics) - YouTube

② 邦題:「とどかぬ愛」

The 5th Dimension - If I Could Reach You - YouTube

③邦題:「愛の仲間たち」

The 5th Dimension - Living together, growing together - 1973 - YouTube

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え、どうしてしつこく邦題を記しているのかって? それはね、最近Twitterで「#女性映画が日本に来るとこうなる」というハッシュタグが話題になっていて、日本で公開された外国映画の、とくに女性向きと判断された映画の邦題がいい加減で、本来の意味をまるで伝えていないと悪評ぷんぷんなのだ。それを念頭に置き、あえて「ビートでジャンプ」だの「愛のロンド」だののダサい邦題を記しているわけです。まあフィフス・ディメンションの場合、70年に大阪で開催された万国博覧会に招かれているくらいだから、日本での人気はかなりなものだった(リアルタイムでないから推測)し、邦題の多さは人気のバロメーターとも言えるだろう。それにステージ101のシングアウトからいずみたくシンガースから、赤い鳥からコカコーラのコマーシャルにいたるまで、フィフス・ディメンションのコーラスワークとアレンジメントは70年代前半の日本産ポップスにさんざん模倣されていた。影響を受けていない演奏を探すのが難しいくらいである。だから初めて聴いたときに、ひどく懐かしさを覚えたんだろうな。

なにせぼくが後追いでフィフス・ディメンションを知ったのは今から30年ほど前。アメリカから輸入されたカット盤が無造作に積んであるレコード屋で1枚100円、紹介した6枚にハーブ・アルバートやらB.J.トーマスやらを加えて計10枚を1000円で買ったのがきっかけだった。盤質は悪く、傷だらけで聴きづらいことこの上なかったけど、針の摩擦音の向こうから聞こえてくる爽やかな歌声はなんの翳りもなく、元気いっぱいで希望に満ちあふれていた。その歌の邦題が「ビートでジャンプ」だなんて当時は知るよしもなく、ただただ何度も、♪アップ、アップ、アンド、アウェイと口ずさんでいた。歌は硬質なデジタルの音像に疲れたぼくの耳を優しく慰撫してくれた。

もう一度、聴いてみようか。


The 5th Dimension Up, Up and Away

アクエリアス」以降のテクニカルなコーラスも魅力的だけど、ぼくは初期の、チームワークが身上のユニゾンがより好きだ。とくにフローレンスとマリリンが児童合唱のようなファルセットで歌い、その下をロンとラモンテとビリーが持ちあげるミドルエイトがいちばん好きだ。これ一曲を作ったってだけでもジミー・ウェッブは尊敬に値する。そしてなによりも、ジムやローラ・ニーロといった優秀なソングライターの存在を教えてくれたフィフス・ディメンションには足を向けて寝られない。かれらは飲みこみ辛い楽曲に、ひと匙の砂糖をまぶした。まさしく人口に膾炙したのだ。それは裏方の録音技師やダンヒル直系の腕っこきバンドマンが、しゃかりきになってグループをサポートしたおかげでもある。

つまり、ぼくにとってフィフス・ディメンションはポピュラー音楽の学校だった。とても楽しいプライマリースクール。だから卒業したあとも時どき思いだしては校庭に遊びにいく。そして思いきり遊んだあとは、ちょっぴり切なくなる。

カリフォルニア・ソウル、輝く星座、5次元に届け11の歌。

 

 

 

ドラムス/ステッカー 森脇真末味

Review

 

森脇真末味の「ドラムス」は1980年、小学館プチコミック3月号に掲載された。手元にある単行本、『緑茶夢(グリーンティードリーム)』第1巻(昭和55年8月20日初版)によると、シリーズ第2作と記されている。前作「緑茶夢」に漂っていた「少女マンガらしさ」はほとんど影を潜め、ロックバンドに情熱を燃やす関西圏の若者たちを力強いタッチで描いた傑作として同世代の読者を惹きつけた。

情熱を燃やすとの安っぽい表現をしたが、作品に描かれる錯綜した人間模様は単純ではなかったし、登場人物それぞれが不安や悩みを抱え、異なる個性が衝突するさまには、ヒリヒリするような剥きだしの感覚が横溢していた。「バンドをする」ということは、たんに音楽を演奏するという意味ではなく、おおげさに聞こえるだろうが、当時の若者にとっては生き方の選択に他ならなかった。そこをリアルに描ききったからこそ、女性のみならず男性読者からも圧倒的な支持を受けたのだ。

つまらない前置きはこれくらいにしよう。今日はぼくの所有する『緑茶夢』全3巻と『おんなのこ物語』全5巻の中から、この連作の実質的な主人公である八角(やすみ)京介がドラムを叩くシーンを、ここに訪問してくれた方々にご覧いただきたい。

 

ドラムス

人気インディーズバンド「スラン」に臨時ドラマーとして参加した八角京介。観客からのヤジにキレたヴォーカルの安部弘たちがステージを去るなか、スランが戻ってくるのを待ちながら「こんなけっこうな客の前で、なぜ演奏ができない?」と憤った八角は一人でドラムを叩きはじめる。f:id:kp4323w3255b5t267:20160910001520j:image

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見開きで2ページで繰り広げられるドラムソロのシーン。その迫力にぼくは圧倒された。

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『緑茶夢』の2~3巻で八角は端役となり、弘を中心とするスランの内情が丹念に描かれるが、「ドラムス」の衝撃には及ばないもどかしさがあった。

この八角を中心人物として仕切り直した新連載が、『おんなのこ物語』だった。

 

⑵『おんなのこ物語』第1部・「ステッカー

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ステッカー。左からベーシストの水野(『緑茶夢』ではスランのマネージャー役)、グループ最年少の八角、才能あるマルチプレーヤー仲尾仁、音楽ライター志向のギタリスト桑田。

仲尾の方針におとなしく従っていた八角だが、徐々に隠れた才能を発揮しはじめる。次の画は仲尾が「リードはおれなのに、背後から誰かに引っ張られている」ことに気づいた瞬間。

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仲尾はステッカーを休止。行くあてのない八角は「桃色軍団」を手伝う。が、八角の先鋭的なビートはコミックバンドの音楽をも新たな境地へ引っ張る。

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ステッカーは活動を再開するが、八角が自宅録音した「未完成のくせに、やたらと力を持っ」た曲を手際よく編曲できない仲尾は徐々に追いつめられる。

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そして問題は未解決のまま、本番のステージを迎える。

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このシーン、どのコマをとってもすばらしい。『おんなのこ物語』第2巻(昭和57年5月20日初版)のハイライトだ。

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読みながらぼくは、八角の作った曲はどんな音だったのだろうかと想像をめぐらした。それはまさに「理想が曲になっているようなもの」だった。それゆえ、この曲は最後まで演奏されずに寸断されてしまう。そして…… 

 

このライブでのトラブルによってステッカーは空中分解、八角は長い苦悩の日々を過ごすことになる。

コミックス第3巻から第5巻までのエピソードは『おんなのこ』である尚子の物語としてはじゅうぶんだけど、やはり後日談といった印象がある。桃色軍団の大城が、暗黒大陸じゃがたらの「でも、デモ、DEMO」を歌い、怪我を負った仲尾がバックステージから隠れてギターを弾くことによって、八角は疎外感からようやく解放される。が、その結末は前半の息詰まる展開から比較すると、ややボルテージの落ちた感は否めない。

だが、物語の構成上それは仕方ないことだ。アマチュアバンドの輝きが一瞬であるのと同様、マンガの山場は第2巻で既に到達していた。あれほど窮まった演奏描写を何度も期待する方が酷な話だ。人生のピークはあの時点だったと、過ぎてしまってから初めて気づくものである。

しかし『緑茶夢』から『おんなのこ物語』の単行本8冊に収められた青春群像は、いま読み返してみると正午の太陽にも似た眩しさを放っている。かれらはみな現状に抗いつつも、斜にかまえ、皮肉まじりの日々を過ごしていたが、21世紀の醒めた感覚から比べれば、よほど汗くさく、ひた向きで、クールに構えつつも、熱い。テクノロジーが世界を支配する以前の音楽活動において、人と人との協力は不可避であった。そこには口論があり、暴力があり、裏切りがあり、共感があった。人間同士のぶつかり合いがバンドという小さな組織=社会で炸裂していた。そういった80年代前半の時代の情況をこのマンガは如実に反映している。陰陽のコントラストが鮮明な絵柄で、激情がハレーションする様相を見事に描ききっている。

当時、森脇真末味ロックマンガを甘いとする論評を見た。現実のバンド周辺はこんなキレイなもんじゃない、もっとどろどろとした醜いものだという。けれどもどうだろう、少女マンガ雑誌の連載という制約の中で、これだけ切迫した内容を備えたマンガが果たしてどれくらいあっただろう。少なくともぼくは、少年/少女/青年マンガを問わず、森脇よりもロックの核心に迫った作品を読んだことがない。水野のセリフを借りるならば、「どいつもこいつも八角に比べたら、まったるいの一言」だ。

そう、ぼくは水野という脇役にも多大な影響を受けた。かれの冷淡な態度を真似して、「気にするな、気にしたら同次元までオチルぞ」だの「評論を書いてるプレーヤーは、おれにいわせりゃ三流ばっかりさ」だの、辛らつなセリフを吐いては周りからひんしゅくを買っていた。要するにあまりにも切実で、他人事だと思えなかったのだ。挙句の果てには当時の仲間と組んだバンドの曲に「ステッカー」というタイトルまでつけた。きっとあの曲は最終的にはこんな歌になったはずだとイメージして、テツローの作った基本トラックに、ぼくが歌詞をつけたのだった。そういやテツローのやつ、「おれは言葉を信用してないから」って、八角みたいなセリフをよく口にしてたっけ……

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勢いに任せて、恥ずかしい思い出を懲りもせず書き連ねてしまった。森脇真末味の描いた、八角京介の物語(本来の主人公・尚子ゴメン)を読んでいるうちに、過去の記憶が走馬灯のように迸って来るのだ。できれば記事の後半は飛ばし読みしてほしい。そして願わくは古本市場で単行本を見つけたら迷わず入手してほしい。内容は保証する。確か町山智浩氏も言っていたけど、ロックマンガの最高峰は、誰がなんと言おうと「ドラムス」と「ステッカー」にとどめを刺す。 

 

 

 

 【補足】

ステッカーのリーダー仲尾仁は「口の端で笑うようなうたいかた」をする。けれども「ボブ・ウェルチ(2012年死没)みたいな声」だとの指摘に、仲尾が「おれはハゲてないぞ」と否定するシーンもある。では、ボブ・ウェルチの率いたパリスのセカンド、『ビッグタウン2061』のB面2曲め「ハート・オヴ・ストーン」を聴いてみよう。冒頭の“yeah”(ヤー)からして仲尾の声にそっくりじゃないか。ステッカーのモデルは十中八九、パリスだ。