鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

最左翼の“オザシン”イワシ、ヘイトデモ・カウンターの頭数になる

最左翼の“オザシン”イワシ、ヘイトデモ・カウンターの頭数になる(初出:Medium 2月10日)

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2月3日(日)、熊本市日本第一党の主催によるデモが行われた。俗に言う「ヘイトデモ」である。連中の旗印は「日韓断交」。こいつは許せん、看過せないな、とおっとり刀で駆けつけた。

しかし、デモ隊の集合場所が特定できない。私はTwitterを開きっぱなしにして、

[ #0203熊本ヘイトデモを許すな ]

というハッシュタグを見た。すると、鶴屋デパート裏・旧小泉八雲邸横の公園にデモ隊が集結しているという情報を得た。

曇天の空の下、日章旗旭日旗の朱色が見えた。

ただ今到着。#0203熊本ヘイトデモを許すな
鶴屋裏、小泉八雲旧家横の公園。
頭数になりに来ました。
今日は警察官が多数。

— 岩下 啓亮 (@iwashi_dokuhaku) February 3, 2019

駆けつけると、既に数名のデモ隊が集まっていた。そして、これも数名のカウンターが集まっていた。カウンターとは、ヘイトスピーチを許さないという意思のもと、排外主義の団体に対抗する者たちの呼称である。私が公園の中に入ると、カウンターの一人が、あのーと声をかけてきた。ぼくは、

「頭数になりに来ました」

と符丁を告げた。それで緊張した面持ちがやや緩んだ。彼は「プラカード、持っていますか? お貸ししますよ」と言った。私は好意に甘え、ありがたく受け取った。なにせ、カウンターに行こうと決心したのは、数時間前のことだったから、準備していなかったのだ。

「警官、多いね。去年はいなかったのに」

「あー、10月14日の熊本駅前ですね。わずか10分で解散したという。いらっしゃったんですか?」

「うん。カウンターは2度目です」

福岡から来たらしい彼と話している間にも、県警の青いジャンパーを着た方が、ぴたっと近づいてくる。何だなんだ、なんでボクらを警戒するんだ? と私は不愉快になった。

「降ってきたわねー」

昨年秋に見かけた方が駆け寄ってきた。軽く会釈して、相手の様子を窺っていると、通町の方角からデモ本隊らしきが合流してきた。

「いよいよ、始まりますよ」

カウンターの一人が注意を促した。彼は簡易スピーカーを肩から下げ、あらかじめ録音した音声を流している。「沿道の市民のみなさま、お騒がせしています。このデモ隊は差別と偏見に満ちた、ヘイトスピーチをする団体です。私たちは人権を侵害するヘイトデモに対して抗議します。しばらくご迷惑をおかけしますが、ご容赦ください……」。

午後2時すぎ。

デモ隊が列をなして行進し始めた。人数は20名前後だが、それと同じくらいの警察官が、デモの周りを取り囲んでいる。警察に護衛されたヘイトデモ。なんという倒錯だろう?

昨年10月にお世話になった見覚えある男性が合流した。けれどもカウンターの人数がやや少ない気がする。やがてデモ隊と警察、それにカウンターは、熊本の繁華街、下通パルコ前に移動した。そこにはさらに大勢が集結していた。前回のデモ隊は10数名だったが、今回はその3倍ほどに膨れ上がった。さらにデモを警護する警官の数が、デモ隊よりもさらに増えていた。

ただいま下通入口パルコ前です。#0203熊本ヘイトデモを許すな

— 岩下 啓亮 (@iwashi_dokuhaku) February 3, 2019

だけど、カウンターは怯まなかった。のそのそと進みだすデモ隊に負けないように、鋭い抗議の声を上げる。

差別をするな! 仲良くしようぜ! ヘイトをやめれ! お家へ帰れ!

デモ隊に接近しようとすると、警官に静止される。2, 3人がかりで、押さえつけられるのだ。私は割とヘタレで、少しデモ隊と離れていたから、警官と揉めることはなかったが、それでも離れてください、通行の邪魔をしないでください、と女性警察官に再三注意れた。私は反論しなかったが、しばらく睨みあった。そしてデモ隊に聞こえるように「差別を、するなー!」と大声で怒鳴った。彼女は、目を逸らした。

デモ隊は下通アーケード街を進む。何ごとか良からぬことを言っているようだが、カウンターの抗う声に遮られ、沿道まで届かない。銀座通りの交差点で、周りを見渡してみた。奇異な目を向ける市民。その蔑んだ目は旭日旗を掲げる団体に向けられたものか、それとも声を荒げるカウンターに向けられたものか。中高生の男子が奇声をあげていた。二十歳前後の娘さんたちが眉を顰めていた。中高年のおじさんたちが「迷惑」そうな顔をしていた。私と同じくらいの年齢のオッさんたちは、排外主義を唱えるエセ右翼と、私たちカウンターの、どちらを嫌っているのだろう? 今の日本社会をみれば、敵意はむしろ、私たち「サヨク」に向けられているのかもしれないと感じる。

ぼくは #0203熊本ヘイトデモを許すな のカウンター側にいて、切れぎれに聞こえる日本第一党側の主張に、首を傾げていた。彼らの主張の要である「日韓断交」が、あまりにも御国のためにならぬ、経済を停滞させるだけの、合理性に欠けたものだからである。愛国心があるのかさえ疑わしい。彼奴ら莫迦だ。

— 岩下 啓亮 (@iwashi_dokuhaku) February 3, 2019

新市街に入って、デモ隊が止まり、カウンターと対峙する形になった。私は彼らに問うてみた、

「君たち、それでも“愛国者”か? おれにはそうは思えない。韓国と国交を断絶して、交易がなくなったら、日本の経済は沈んでしまうぞ。それでも、いいのか?」

返事はなく、連中はせせら笑うばかりだった。その代わり、辛島町電停の交差点を渡るときに、こんな罵声が投げかけられた。

「この、共産党員奴(め)が!」

ぼくは反射的に言い返した。

「生憎だな、おれは自由党だ!」

何人かがギョッとした。自由党が「自民党」に聞こえたのかもしれない。

見てはいよ、こん人たちの凶々しさば。お巡りさん、二重に取り囲んどらすけん、のさん。なんさま大げさか。#0203熊本ヘイトデモを許すな https://t.co/YgeJGrZBGo

— 岩下 啓亮 (@iwashi_dokuhaku) February 3, 2019

辛島公園に陣取ったデモ隊は、何人かの弁士が入れ替わり立ち替わりで、覇気のない声で莫迦げた主張を繰り返していた。「朝鮮人の侵略を許すな、万世一系の日本を守れ」。すぐさまカウンターから「天皇を利用するなよな」と茶々が入る。悔しげな顔をするヘイトスピーカー。しばらくすると奴はカウンターの一人を指して、

障害者を、利用するなぁ

と叫んだ。車椅子に座った彼は、前回10月にも来ていた。利用? とんでもない、彼自身の意思でカウンターに臨んでいるのだ。何てこと言いやがる!

弁士の暴言に、カウンター勢は一斉に憤った。どういうことだ⁉︎ と詰め寄ろうとした。しかし、ヘイトデモ隊を二重に取り囲んだ警官が詰め寄るを阻止する。どうして止めるんだ、とカウンターが叫ぶ。

「あいつら、明らかに差別してるだろうが。ねぇお巡りさん、差別を撒き散らすヤツらをなぜ護る?守られるべきは、弱者の、市民の側だろうよ!」

ヘイトスピーチはなおも続く。日本政府は弱腰だ、いざとなれば我々は戦争も辞さない覚悟があると。ハッ、何が「覚悟」だ、軽くなったもんだ、覚悟とやらも。

そして宮崎から来たという青年が、ついに「戦争反対」を連呼した。

戦争反対! 戦争反対! 戦争反対!

カウンターの声が一つになって、辛島公園じゅうに鳴り響いた。雨は激しさを増し、身体の芯まで凍えそうだったが、心は熱かった。ヘイトデモの一人がカウンターに向かって「くるくるパァ」の仕草をしていた。立派な仕立てのスーツを着ていたが、その初老の男の姿は見すぼらしかった。警察官が困惑した表情で、静かにしなさい、と我々を諌めた。私はさすがに文句を言った。静かにさせるべきはあっちでしょう? と。警察官は「もうすぐ終わりますから」と苦笑いした。

ヘイト団体デモ、解散。#0203熊本ヘイトデモを許すな
今から気をつけて帰りますが。
許せないスピーチがあった。カウンターに車いすに座っている方がいたのだが、弁士の一人が指をさし「障害者をダシに使ってる」と嘲笑したのである。追いつめられてホンネが露呈したのだ。醜く最低のヘイトスピーチ

— 岩下 啓亮 (@iwashi_dokuhaku) February 3, 2019

3時45分、警察の説得もありデモ隊は解散した。その様子を見届けたカウンターも、辛島公園から一人ひとり去っていく。

顔見知りの男性にあった。忙しいさなか、途中から急きょ駆けつけたのだ。喉が涸れたでしょうと言って、のど飴をくれた女性もいた。イワシさんのツイッター見ていますよとおっしゃったので、照れた。そういや私のすぐそばにはツイッターで相互フォローの青年もいた(あとで分かった)。私たちは軽く会釈を交わしながら、方々に散っていったが、そのとき、私は警察官に「ちょっと」と呼びとめられた。

「みなさん、前からのお知り合いなんですか?」

私は、いいえ、と首を横に振った。

「誰とも交流ありません。SNSでヘイトデモの報せがあったから、それぞれが自由意志でカウンターに参加している。……と思いますよ、知らんけど」

それから私は踵を返し、下通アーケード街の人混みに紛れた。

今回またも急遽のため手ぶらで赴き、いろんな方々から助けてもらった。福岡から来熊した方や前回の熊本駅前で会った方からプラカードを貸してもらった。宮崎から駆けつけた方もいたし、喉が涸れたでしょうとのど飴くれた方もいた。#0203熊本ヘイトデモを許すな カウンターの皆さん、どうもありがとう。

— 岩下 啓亮 (@iwashi_dokuhaku) February 3, 2019

それにしても、と思う。もう少しカウンターの人数が必要だと。30人程度のヘイトデモ隊よりも、カウンターは僅かに少なかったし、それより警察官の動員が半端なかった。おそらく50名は下るまい。警察は、ヘイトデモを護衛し、私たちカウンターを退けた。この圧倒的な不均衡に対抗するには、もっと「頭数」が必要だ……

守られないカウンターは、守られるデモよりもはるかに辛い。私は数年前に熊本で初めて参加した、秘密保護法反対のデモを思い出していた。

kp4323w3255b5t267.hatenablog.com

それから「梯団」の先頭を仕切っていた若者たちのことをふと考えた。彼・彼女らは今どこにいるのだろうと。例え党派や思想の隔たりがあっても、ヘイトスピーチの邪悪に対抗する意志は、君たちにも分かってもらえると思うんだけどな。

もうすぐ57歳を迎える初老のおっさんは帰りしなそんなことを考えていた。鰯 (Sardine) 2019/02/10

 

はてなブログ転載にあたっての注釈】

①オザシンとは(自由党代表・小沢一郎を盲信する)小沢信者のこと。ぼくがインターネット上で初めて「オザシン」の文字面をみたのは、野間易通氏のツイートだった。あれからずっと、ぼくは小沢の支持者であって、信者呼ばわりされる筋合いはないと思っていたのだが、晴れて昨日2/10、存じあげぬ方から小沢信者の称号をちょうだいしたので、タイトルに使うこととした。

②今回の記録は、できるだけ個人的な視点で描くことにした。いろんな方の視点を持ちこめば(たとえば〈基本的人権表現の自由との衝突について〉など)資料としてより充実したものになるだろうが、それは他の、これらの事情に精通した方々の手に委ねたい。

③インターネットにおいては右傾化をささやかれ、現実社会では左傾化を心配されている。が、ぼくはただの、自由人に過ぎない。

 

ザ・ベスト・オヴ “鰯の聴いた音楽” 2018年2月~10月

 

Twitterにモーメントという機能がある。使い勝手は良くなかったが、公式仕様だったこともあり、重宝していた。ところが先日(10/23)より、スマフォのアプリで作成できなくなった。タブレットでもダメだった。自分の投稿したツイートを手軽に編集できないのなら使っている意味がない。ぼくは『鰯の聴いた音楽』と銘打って、日々Spotifyで“発見”した音楽をツイートし、半月ごとモーメントにまとめていたが、ここらが潮時だ、やめようと決意した。

では、この半年ぼくがどのような音楽を聴いていたか、ブログに訪問してくれたみなさんにも、お伝えしようと思う。

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いちおう前から言っていますがぼくは政治と社会問題に特化したアカウントではありません。そればっかり考えてたらちっ息してしまうよ。今後は音楽の話題をもう少し増やそうと思います。YouTubeではなく、Spotifyでね。

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2018年2月のベストトラックは、3年前のアルバムですがリアン・ラ・ハヴァスの『ブラッド』より「グリーン・アンド・ゴールド」。これ以外にも佳曲が多い。なによりこの手の音楽にはめずらしく質感が柔らかで温もりを感じる。ギター一本で弾き語れる地力がある歌手だ。

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I listened to the music in March but I still can't find common points. Please let me point out if you think there is a cord or theme that will pass through these.

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2018年3月前半のベストトラックは、狭間美帆のザ・モンク『ライヴ・アット・ビムハウス』より、「13日の金曜日」。うねる木管のアンサンブルはギル・エヴァンスマリア・シュナイダーをほうふつとさせるが、気難しくなく、人なつこい。音楽が各パートのソロ回しの道具とならないよう設計された新手の「ジャズ」。

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2018年3月後半のベストトラックは、エグベルト・デスモンチ1980年のアルバム『シルセルチ(サーカスの意)』より“Equilibrista”。グーグル翻訳だと平衡者、すなわち「綱渡り芸人」。ありとあらゆる要素が一曲になだれこみ、しかも混沌とせず統合し、相互が干渉せず均衡を保ったままの状態を極彩色に描きだしている。

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2018年4月前半のベストトラックは、チカーノ・バットマン17年の力作『フリーダム・イズ・フリー』に収録の「エンジェル・チャイルド」。LAを拠点に活動するラテンソウル系バンドで、演奏能力は高いがどこかとぼけた味がある。MPBからザッパまで、さまざまな影響を消化し、自分たち流の音楽を拵えている。

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2018年4月後半のベストトラックは、渡辺亨さんの編んだCD-Rに収められていた、“It's Been A Long Long Day” 。誰の曲だったか、確かに知ってるんだけど、コステロ? いや違う、調べたらポール・サイモンだった。原曲をはるかに凌ぐ、ノルウェーの歌手ラドカ・トネフ(1952~1982)のカヴァー。録音はノラ・ジョーンズが登場する20年前。

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2018年5月前半のベストトラックは、晴れた朝にぴったり。VENTO EM MADEIRA(ヴェント・エン・マデイラ)の“BRASILIANA”。プーランク室内楽みたいな木管の、繊細で、スリリングなアンサンブル。チアゴ・コスタが弾く精緻なタッチのピアノ。モニカ・サルマーゾのスキャットも美しい、2013年の傑作。

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2018年5月後半のベストトラックは、「あなたもロボットになれる」2014年、坂本慎太郎。<不安や虚無から解放される素晴らしいロボットになろうよ、日本の○割が賛成している~>というアイロニカルな内容の歌詞を子ども合唱団が歌う。より出来のよいカップリング曲「グッド・ラック」は野口五郎のカヴァーだった。

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下の写真は某書店のコーナーに描かれたE画伯とY画伯の直筆壁画です。

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2018年6月前半のベストトラックは、Tierra Whackの

“Whack World”。1曲1分、全15曲15分。いずれのトラックにもアイディアと閃きがあり、退屈とは無縁だ。ポップ音楽が更新を怠らず、今を映しだす鏡であるかぎり、古びることはない。

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【関連記事】

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2018年6月後半のベストトラックは、カマシ・ワシントンTsの新譜。一度しにかけたジャンルのジャズが今また最前線に躍り出たことを実感。どのトラックもすばらしいが、とくにこの「スペース・トラベラーズ・ララバイ」の大風呂敷にはたまげた。まさにプログレッシヴ。ロック、完ぺきに負けてる。

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2018年7月前半のベストトラックは、ロバート・グラスパーのスーパーグループR+R=NOWの、“Resting Warrior”。10分近くの長尺曲だが、その間ずっとジャスティン・タイソンのドラムが自由奔放・変幻自在に鳴っている。FM番組「ウィークエンドサンシャイン」でかかったときに、ピーター・バラカンも驚嘆していた。

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もう一曲。ボビー・ライト74年の「ブラッド・オヴ・アン・アメリカン」。今朝、知った歌だ。

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Spotifyはある意味こわい。だって毎週カードを切ってくる。「ホラ、きみの好みはこんなんだろ?」「こういうのもあるけど?」「むかしの馴染みばかりじゃなくてさ、最近の流行も聴いてごらんよ」と “Discover Weekly”と “Release Radar”を送ってくるんだから。ぼくの聴く傾向はお見通しってわけだ。ときどき「これは虜になってるってことかな」と訝しむことがある。個人の好みが集約され、数量化されたところの。でも、まあ、どうだっていいや、こんなすばらしい歌にめぐり合えるのならば。

 

 

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2018年7月後半のベストトラックは、ジョーダン・ラカイ(豪)17年のライブ。Spotifyは有望株に小規模のライブを企画するが、これはジェフ・バックリーの"Sin-e"を思わす清冽さがある。今ふうのサウンドメイクが得意なSSWだけど、ギミックなしの直球アレンジが楽想に相応しいんじゃなかろうか。今後の活躍に期待。

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2018年8月前半のベストトラックは、朝のマリンバと呼びたくなるチェンバーミュージック。ダリウス・ミヨー(仏・1892〜1974)の異国情緒あふれる音楽は五感を快くマッサージしてくれる。パーカーションを多用したアンサンブルは小難しくなく何れもおもしろいが、とりわけこの小編成の録音は編曲と演奏技術が巧みで聴き惚れる。

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では、鰯の聴いた音楽(8月後半)をお届けします。今回は暑気払いの選曲ゆえ、あまり冒険してません。限りなくイージーリスニングに近い内容です。イージ好かん、なんちて。

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2018年8月後半のベストトラックは、クラレンス・ヘンリーの「エイント・ガット・ノー・ホーム」。

「こないだ、FMでクラレンス・フロッグマン・ヘンリーって、ニューオリンズの歌手がかかったんだけど」

「あー、あるよ。これでしょ」

打てば響く、ぼくのR&Bスクール。

「ジャケット、最高だろ?」

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ちなみにこの「寝取られ男」ジャケはPヴァインの編集した日本盤。同じデザインの米盤に、例のカエル声が聞こえる「エイント・ガット・ノー・ホーム」は収められていない。地声 → 裏声 → カエル声の三変幻をベスト盤よりどーぞ。

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2018年9月前半のベストトラックは、ブラジルのシンガーソングライターでマルチプレーヤーのアントニオ・ロウレイロ。今もっとも手ごたえある作品を生みだせるアーティスト。例えばピーター・ガブリエル等を好きな方にお勧めしたい。これは今年5月にリリースされたアルバム“Só”の収録曲だが、アントニオ・ロウレイロにいちばん近い感性のアーティストは(アルメニア出身のピアニスト)ティグラン・ハマシアンだと思う。鋭角的なエッジに共通性がある。

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2018年9月後半のベストトラックは、アンソニー・ウィルソン2016年のアルバム“Frogtown”より、チャールズ・ロイドの自由闊達なサックスが耳を惹く“Your Footprints”を。しかし、この歌の最大の魅力はアンソニー自身の内省的なヴォーカルと、歌詞と旋律との調和にある。他にも優れた楽曲がいくつもある、傑作。

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2018年10月前半のベストトラックは、アマーロ・フレイタス。ブラジリアン・ジャズの新鋭だそうだ。タッチの精確さ、使う和声の洗練など聞きどころは多い。9/21リリースの“Rasif”は、スペースを生かしたリズム構造が斬新で、ピアノとシンバルがつかず離れずで並走する感じがたまらなく、いい。

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と、モーメントにまとめたのはここまで。ブラジルに傾倒したのは、やはりエルメート・パスコアールを八代で観た影響が大であろう。

 

【過去記事】

kp4323w3255b5t267.hatenablog.com

ぼくがSpotifyというサブスクリプションを利用している最大の理由は、少しでもアーティストへ還元されればの思いなんだけど、それともう一つは「消費者」としての立場を明確にしておきたいからです。「楽しむ=消費」とは思いませんが、録音されたモノを消費しているんだという自覚は必要だとも思うのです。

 

 

さて、モーメント毎に一曲という基準でベストトラックを選んできたが、あと10曲、泣くなく外したボートラを貼っておこう。

 

①デヴィッド・クロスビーには、まったく頭が下がる。だってこの『スカイ・トレイル』は昨年の作品だよ。つまり75歳の爺さまが、スティーリー・ダンなみに緻密なアレンジで、しかもフレッシュな音楽を拵えたんだ。声もリズムも感性も衰えしらずとは、すごいじゃないですか。

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エバーハルト・ウェーバー75年『イエロー・フィールズ』の冒頭「タッチ」。典型的なECM録音だけど、これほど玄妙な音響はなかなか見あたらない。ウェーバーのうごめくベースと相まって、ここにあらざるどこかを想わせる。ジャズ? 現代音楽? いいやプログレ

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スコット・ウォーカーを聴いて眠ろう。78年、ウォーカー・ブラザース名義でのアルバム『ナイト・フライツ』の表題曲。ブライアン・イーノが「これを聴くのは屈辱的だ。今でも超えられない」と語っているが、ホント、どうしてこんな弦アレンジを思いつくんだろ?ちなみにクレジットは、

John and Scott Walker – vocals

Les Davidson – guitar solo

Jim Sullivan – rhythm guitar

Peter Van Hooke – drums

Mo Foster – bass

ギターソロ、鋭い。

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④それにしても、ロバート・ワイアットの音楽は何故こんなにもせつなくも気高いんだろう。在英ブラジル人歌手モニカ・ヴァスセンコロスとの「スティル・イン・ザ・ダーク」では、カンタベリー特有の浮遊感とサウダージの陰翳が複雑に絡みあう。聴くたびに胸が締めつけられる。

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Spotifyは週の始めに<フレッシュな音楽を盛り込んだ今週のMIXテープをお届けします。新しい音楽との出会いをお楽しみください。毎週月曜日に更新されますので、気に入った曲はその前に保存してください>と連絡が入る。嬉しいけれど、好みを見透かされているようで怖いね。最近だと、こんな珍品を送りつけてきた。ヤマスキ・シンガーズ。何度聞いても爆笑、嬉しいッ!

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⑥長閑な昏さがたまらない。スウェーデンダブルベース奏者オスカル・シェニング率いるグループの2010年の作品『ベオグラード・テープ』よりヴェルヴェット・アンダーグラウンド的な8分音符の連打がロックしているジャズ、「私は私の記憶を交換したい」を。

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⑦“Blue Moon” 2017 album ver.

Engine-EarZ Experiment; are a UK based live dubstep collective formed in 2009 by multi-instrumentalist/DJ/producer Prashant Mistry.

ジャケットに惹かれて聴いたら刺激的な音響デザインだった。歌はノルウェーのケイト・ハヴネヴィク。でも、菅野よう子の作るアニメソングみたい。

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⑧今年の夏はゴージャスなジャズヴォーカルを好んで聴いた。とりわけジュリー・ロンドン版の「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」を。これほど洒落た弦アレンジは滅多にない。アーニー・フリードマンの編曲。1963年の“The End of the World ”に収録。

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⑨テリー・キャリアー1972年の“Occasional Rain”より“Ordinary Joe”を。歌詞がすばらしい。

“Now I'd be the last to deny

 that I'm just an average guy

 and don't you know each little bird in the sky

 Is just a little bit freer than I”

「時おり雨」の日に。

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⑩9月30日。台風、やはりかなり激しいです。ぼくは家でおとなしくしています。瓦はふきかえましたが、雨漏りは相変わらず。ところでライリー・ウォーカーのこの曲、快速エイトビートがご機嫌ですが、後半の展開におけるしなやかなドラムスの揺らし、かっこよすぎだとは思いませんか?

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まだまだ紹介しきれないけど、きりがない。このへんでお終いにします。モーメントは瞬間、なればこそ長期保存は不可能。インターネットに永遠の二文字はない。聞けば「はてなダイアリー」もサービス終了だとか。困った、ぼくは没記事を非公開であそこに収めていたのだが移動先を考えなくては。もう一個、はてなブログのアカウントを作るか。あー、でも面倒くさいや!

あ、もちろんTwitterやブログでの音楽紹介はやめませんよ。たぶん命つきるまで続けることだろう。こうやって毎日音楽に接していれば、また新しい驚きにめぐり合える可能性があるから。

♪ モーメン、モーメン、モーメン、モーメーント!

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【追記】

今年(2018)の“Myトップソング”をSpotifyが自動的に編集してくれた。この記事と被る部分がずいぶんあるけど、日ごろぼくがどんな音楽を好んで聴いているかがよく分かるラインナップだ。時間に余裕のある方はぜひ聴いてみてほしい。

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しかし、スコット・ウォーカーがやたらと多いなあ。

 

 

 

ぼくは『コヤニスカッティ』のエンディングを観ながら眠りに就く

 

例のごとく、またもや1ヶ月も更新をサボっていた。それでも過去のエントリーで訪問者は途絶えていない。しかしこれではまるで「不労所得で荒稼ぎする資産家」のようではないか。反省したい。

テレビをぼんやりと観ていると気が変になる。一昨日は芸人たちがミスチルを称揚していたし、昨日はワニマが女の子にフリースローさせていて、5回目に成功して会場はみな涙していた。ぼくみたいな年寄りには縁のない世界だ。つまり、関係性が完全に逆転してしまったんだな。ステージの上に立つ人気者に憧れる構図ではなくて、ステージのまわりを囲むキミたち一人ひとりこそが主役なんだよ、と感じさせる図式へと。その変化の先鞭がMr.Childrenで、完成形がWANIMAってことなんだろう。

ぼくはもはや今どきのエンターテイメントを欲さない。

SNSでは、キズナアイというキャラクター(Vtuverと呼ぶらしい)が取りざたされている。是非を問うなら、ぼくは「非」だ。美少女キャラが萌え絵がそこら中に遍在し、一般化してしまうことを疎んじている。そしてビートルズのレコードや永井豪の『ハレンチ学園』を、「へぐれん(くだらん)!」と怒鳴って取りあげていた親父よろしく頑固になっている。要するに、時代遅れを自覚するのが怖い。だから若い人向きの表現物を否定したがる。そんなモンを辺りかまわず撒き散らすなと始終文句をいっている。哀れなもんだ、老害イワシ

いずれ、世の中のいたるところに(『ラブライブ』のキャラクターがそこかしこに描かれた沼津市のように)しどけない媚態を備えた美少女が都市空間を占拠するだろう。そのあかつきには、表現の自由戦士たちvsラディカル “フェミ”たちの不毛なる論争は幕を閉じ、「ふり返るとあの諍いはいったい何だったんだろうね?」と笑い話で済ます未来が来るんだろう。分からない、わからないがぼくは楽観的な未来図をどうしても描けずにいる。その意見は「(混血の多い)ブラジルには差別が少ない」というくらい粗雑なものに思えるのである。そうやって問題を稀釈してしまうのは、絶対よくない。

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でも、ぼくは老いた耳でありたくない。だから今の動向を、たとえ的はずれであっても追っていようと努めている。息切れしない程度に。

ぼくの場合そうだな、最近こんな経験をした。

近所の中学校で運動会が催されたときに、校内放送でこれがかかっていたから、へぇーって感心したんだ。

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エド・シーランの「シェイプ・オヴ・ユー」。一年前のヒット曲だけど、いまだにグローバルチャートに留まっているロングセラー。コロコロしたカリンバ風の音色が印象的だけど、ぼくはこれ、てっきりアフリカン・アメリカンのレコードだとばかり思っていた。ところが調べてみると、エド・シーランはイギリス人のシンガーソングライターなんだ。それにはちょっとびっくりした。

グローバルチャートに載っている音楽の9割は自分には縁遠く、必要のない音楽だが、残り1割には真実らしきが潜んでいる気がしてならない。「シェイプ・オヴ・ユー」なら特徴的なリフレイン。あの執拗な繰り返しが、ぼくには何だか呪術めいた響きに聞こえてくる。

心を捉えて離さない響きは確かにあるのだ。

 

先日『コヤニスカッティ』のことを不意に思い出した。あのコッポラが監修した、映画というよりも映像作品で、日本でも公開されて、当時そこそこ話題になった。説明するのは面倒なので、Wikipediaをご参照ください。

🔗 コヤニスカッツィ - Wikipedia

その陰惨なラストシーンと音楽が脳裏から離れないのだ。観てもらったほうが早いかな、これだ。


Koyaanisqatsi - Ending Scene (Best Quality)

マーキュリー計画時の、おもちゃみたいにちゃちなノズルの、アトラス型ロケットが発射される様子を『砂丘』の「51号の幻想」みたいなスローモーションで映し出したものだ。これを出張中に3泊した人口5万弱の地方都市の、ビジネスホテルのケーブルテレビで観たのだった。出歩く値打ちもない寂れた町だったから、夕食後は何度も放映される『コヤニスカッティ』を繰り返し観て夜を過ごした。

それはまるで、地獄での修行のようだった。

だから当時ぼくは嫌いだと公言していた。最近あるコミュニティーでも同じことをつぶやいた。

コヤニスカッティ』。観たとき、ひどく気が滅入ったのを覚えている。あれは嫌いだと誰彼かまわず言っていた。今ならどうだろう? 分からないけど、今さら観ようとは思わない。

するとジュラ、きみがすぐに反応してきた。あのとき何と言ってきたか今では確かめる術もないけど。例のごとく教養あるところをちらつかせつつ、「観たほうがいいですかね?」と訊いてきたんだっけ。

ぼくが答えあぐねていると、mさんが、「あれは確かに落ち込む。観たほうが良いと思うけど。」と助け船を出してくれた。そこでぼくは、「機会あれば観てみてください。でも今の目で観れば、かなり牧歌的に映るかも、しれません」と返事した。

ジュラ、あれから『コヤニスカッティ』観てみた?

最近ぼくが出会った中でもジュラはずば抜けて頭がよかった。選ぶ言葉の的確さに、コイツはおつむの出来が違うと感じた。そんなきみにとって、ツイッタランドの泥沼めいた状況は、さぞや醜悪に映ったに違いない。人権の「じ」の字も理解してないような連中の鈍らな言説に辟易するのも無理はない、失望したきみは自らを絶滅させた。ぼくはそういうことだけには敏いから、きみの不在はすぐに知れた。

ジュラは白亜紀ともども、姿を消してしまった。

きっと海の向こうで、学業に励んでるのだろう。

だけどジュラ、きみがいないとぼくは寂しいよ。

きみの辛辣な指摘が、どれだけぼくらの目を開いてくれたことか。きみはこんがらがった糸をピュッとほどくのが巧かった。教養の欠けるぼくには、それこそハーバード大学の授業にテンプラ学生したような気分になれた。そしてそれ以上に、自分の子どもくらいの齢の若者と知りあえたことが、ぼくは嬉しかった。

今この氷河期に冬眠するのは仕方ないけど、いずれまた間氷期になるから、そのときは穴蔵から出ておいで。ぼくはそれまで、ジラシックパークならぬジラシックパークで、きみの復帰を待っている。

エド・シーランのカリンバ風シーケンスにも似た、フィリップ・グラスの陰気な御詠歌を聞きながら。

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題名が80年代ふうなのは、年齢の差のせいにしてくれたまえ。鰯 (Sardine)