鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

2017年2月のMedium(アーカイヴス第1集・完)

 

2月上旬、家族3人でイタリアへ旅行した。

 

The day before the flight

じつは旅客機を利用するのがあまり好きではない。

Actually I don't like to use airliners.

あんな重い金属の塊が空を飛べるわけがないじゃないか、と19世紀の人みたいなことを平気で口にする私。

Like a person of the 19th century, I brag that such a heavy metal mass can not fly through the sky.

なので、国内を移動する際はなるべく鉄道を利用している。

So, when traveling in the country, I use railways as much as possible.

ところが、海外に行くためには旅客機を利用しないわけにはいかない。いや、利用しなければならない。

However, it is impossible not to use passenger aircraft to go abroad. No, I have to use it.

あの狭い空間に、何時間も、窮屈な座席に座っていなければならないと想像してみたまえ。

Just imagine that you have to sit in a cramped seat for hours in that narrow space.

フライト前日から私はすでに憂うつだ。

From the day before the flight, I'm already depressed.

(Sardine)2017/02/01

 

I just arrived at NRT.

Vado in Italia a partire da oggi.

では、また帰国後に。鰯 2017/02/02

註:なお、機内で観た映画については、翌月のMediumに書いている。

Live at Pompeii

ポンペイの格好)

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「お、色っぽい姐ちゃん発見。一枚押さえとくか」
「こら天使、なに勝手にウチの娘を撮ってんのさ」
「あ、スミマセンお母さん。お嬢さんがあまりにもステキだったもので、つい」

のっけからデタラメな解釈をゴメンなさい。だけど私には、どうしても上の壁画は(不躾な観光客よろしく)天使がスマフォをかざして写真を撮っているようにしか見えなかったのです。

ナポリ近郊のポンペイ遺跡。紀元後79年ヴェスヴィオ火山の噴火により火砕流に見舞われ、推定人口二万の古代都市は当時のままの状態で灰に埋もれた。

写真は秘儀荘(Villa Del Misteri)と呼ばれる城外の邸宅の壁画である。ガイド氏の受け売りをそのまま書きおこしてみる。

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ここは「食堂」と言われてますけれども壁画に描かれた物語は女性のいわゆる婚姻、よりあけすけに言いますと、当時は処女の時分に婚前交渉を済ませた後に嫁がせる風習がありました。酒を飲ませて正体不明にして。そういう儀式があったとされる部屋。左の壁面に描かれた幼気な少女が、儀式を経て右の成熟した女性になる過程を、ギリシア神話に登場するディオニュソスの秘儀に擬えた格好になります。有力な考古学者の解読なんですが、ま、諸説あるので帰国したら各自インターネットで調べてみてください。

天使が掲げているのはスマフォではなく手鏡であるらしい。また、娘の側にいる女性は母親ではなく侍女であるようだ。いずれにせよこの壁画は生々しい事情を背景に描かれたもので、そう考えると色鮮やかな赤(Pompeii Red)さえもが俄かに息苦しく感じられる。

其処彼処の柱に男根(ファッロス)が象どられ、細い路地を分け入ると娼館が待ちかまえている(教会が支配する前の古代ローマ時代は性的におおらかな社会であった)。公衆浴場、奴隷が粉を挽く石臼、パンを焼く石窯、縦横に張り巡らされた上下水道馬車道の轍。当時の市民生活を真空パックしたような格好で、現在に甦った廃墟の街。それがポンペイである。

私の頭の中ではピンク・フロイドの「エコーズ」がずっと鳴り響いていた。映画の舞台となったコロッセオ(競技場)へは時間の都合でたどり着けなかったが、その代わりにギリシア様式の円形劇場で余韻に浸る格好となった。


Pink Floyd - Echoes [Live at Pompei (Directors Cut)] HD 

さて、今回の記事では「格好」を3回も使ったが、これは遺跡を案内してくれた方の口ぐせである。

彼は終始「◯◯ということです」というところを「◯◯という格好です」と言っていた。その「格好」の使い方がすこぶる印象的だった。(2月10日)

註:このような旅行記を載せるのに、Mediumは格好のSNSだと思っていたが、上に貼った記事の冒頭でも書いたように、書こう書こうと思い煩っているうち、書く機会を逃してしまった。

 

庵点(Iori-Ten)

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庵点(いおりてん)「〽」とは、日本語で、歌のはじめなどに置かれる約物のひとつ。歌記号ともいう。古来能の謡本や連歌などにおいて目印として使われていた。(Wikipediaより)

Iori-Ten: “〽︎” is one of the punctuation marks placed in Japanese, at the beginning of a song. It’s also called a song symbol. Japanese used it as a marker for the ancient Noh songbooks and Renga texts etc.

ある程度の年齢に達した日本人なら、民謡の小冊子や演歌のレコード等で見かけたことがあるかもしれない。

If you are a Japanese who has reached a certain age, you may have seen something in a lyrics collection of folk songs or a record of Enka.

私はかねがね歌詞を記す際、冒頭に「♪」でなく「〽︎」を使いたいと思っていたが、「〽︎」を何と呼ぶのか、どのように入力すれば良いかが、長らく分からなかった。

I wanted to use 〽︎ instead of ♪ at the beginning of the lyrics, but for a long time I could not figure out what to call 〽︎ and how to enter it.

しかし私は今日、二つのことを覚えた。

  1. 記号「〽︎」は「庵点」と呼ぶ。
  2. ひらがなで「いおりてん」と入力すればスマフォでも「〽︎」に変換される。

But, I learned two things today.

  1. The symbol “〽︎” is called “庵点(point of hermitage) ”.
  2. If you type “いおりてん” with hiragana, even smartphones will be converted to “〽︎”.

知ることができてとても嬉しい。では、さっそく「〽︎」を使ってみよう。

I am very happy to know it. Let’s try using “〽︎” at once.

〽︎あなたお願いよ 席を立たないで〜

著作権協会よ、どうかお見逃しの程を。

JARAC, please miss it. (2017/02/14)

註:あまり注目されないけれど、私はこういう肩の凝らない記事をもっと書きたいのだ(ホントだよ)。 

 

クライド・スタブルフィールドが亡くなった。享年73歳。

彼の叩く鋭角的なビートは他に類を見なかった。とりわけジェイムス・ブラウンの“Cold Sweat”における鮮烈なリズムパターンはファンクナンバーを叩く際の基準となった。ピンポイントでグルーヴの芯を貫く刻みは正しくファンキードラマーの称号に相応しかった。

論より証拠。聴いてみようか?


James Brown - Cold Sweat / Ride the Pony (medley)

私はアート・ブレイキーよりマックス・ローチを、スティーヴ・ガッドよりクリス(トファー)・パーカーを選ぶ派なので、クライドのソリッドなスティックさばきは好みにずっパマりなんだけど、鉈で切ったように大胆なジャボ(ジョン・スタークス)と錐で穿つようなクライドとの対照的なスタイルのドラマー2名を配置し楽曲に応じて使い分けたJ.Bは、おそるべきディレクターだったのだなあとあらためて感じいるのだ。

下の記事に詳細な解説が載っている。

JAZZ TOKYO

あのボンゾ(ジョン・ボーナム)でさえもクライドからの影響は隠しようがなかった。彼程度に技術の達者なドラマーは世界中に五万といるだろうし、東京に限ってみても五百人は下るまい。しかし彼のように革新的なパルスを発明したプレイヤーは滅多にいない。パーカッションの歴史を見渡しても稀であろう。

クライド・スタブルフィールドはポピュラー音楽におけるリズムの構造を塗り替えたオリジネイターである。そのことをどうか心に刻んでほしい。(2017/02/20)

註:なんだかな……ひと月に一回は訃報記事を書いているな。

 

Medium Japanのこと(私にとっての)

昨年の2月だった、私がMediumに投稿し始めたのは。ちょうどTwitterが一万文字に対応することを検討している云々と報じられた頃に、Twitterには長すぎてブログに書くには短すぎる材料を収める場所として、Mediumを選んだのだった。

どうしてnoteではなかったのか。いや、noteも検討したんだけど、Mediumの方により惹かれたんだ、直感的に。誰に勧められたわけでもないし、相談したわけでもない。だけど使ってみて、書くに特化した仕様がずいぶん気に入った。あんまりすらすら書けるものだから、あべこべに文体を抑制する始末だった。

で、2週間後には早速「アウェイだ」とボヤきはじめる。

今ふり返れば手探り状態なのが正直おっかなかったんだよ。けど、そんな私の投稿をMedium Japanのキューレター諸氏は温かく見守っていた。海のものとも山のものとも分からない地方在住の中年男の書く変り種をたびたびチョイスしてくれ、Twitterのアカウントでも注目記事として知らせてくれた。

そして4月、私は災害に見舞われた。

私は震災直後からTwitterにたくさん投稿したけれど、まとまった記事としてはMediumに書いた二つがもっとも正直な心境を書き表していると感じる。余計な装飾がなく、かといって不足もない、あの混乱のさなかによくもまあ書けたものだ、と我ながら感心する。たぶんそれは、Mediumの書きやすさ、編集のしやすさが大きな要因ではないかと思うのだ。Twitterでは推敲が出来ないし、ブログではサクサクと切り貼りできない(実を言うと私はMediumの記事はぜんぶiPhoneで入力している)。要するに「Mediumによって書かされている」側面が大なのである。そのくらいライティングツールとしてのMediumは優れていると思う。

だが、その書きやすさをアピールしてもMediumユーザーの輪は一向に広がらない。私のTwitterフォロワーが私のMediumでの投稿を読んで、「おもしろそうだな、じゃあ私もやってみよう」という具合にはなかなかならない。いわゆる客層の違いかしらと訝しがったが、どうやらそうではなさそうだ。では、広まらないのは一体何が原因なんだろう。

気がつけばMediumに「Medium論」が多く投稿されるようになった。私はそんな状況を冷ややかにみていた。それは「そのうちユーザーが増えれば、この牧歌的な雰囲気も早晩なくなりますよ」という「希望的観測」によるものだった。

はっきり言って私は、この楽園を誰が維持し、管理しているかに全く思いが及んでいなかった。

どこかのお大尽が「よし、理想のSNSを思う存分展開してみたまえ」と言いながら潤沢な資金を注ぎこんでいるとでも想像したんだろうか。おそらくMedium Japanの中の人たちは、私たちの無責任な感想を読む度、事情も知らないで何を呑気なことを、と歯がゆい気持ちでいたに違いない。

秋になり、父が亡くなった。このときも正直な心境を素直に書き表せたのは、旧くから使っている「はてなブログ」ではなかった。私は遺品を整理するように、Mediumに文字を淡々と並べていった。

この頃から年末にかけてが、私が一番熱心にMediumに投稿していた時期だろう。「はてな」で書くようなシリアスな材料も、Mediumで試すようになった。私はMediumを自分の本拠地だとして、大事な文章を残す場所にしようと決心しかけていた、ところが。

12月に入ったころからか、Your personal listに並ぶ記事が、あきらかに変質し始めた。率直に言うと、下世話になった。成功する・儲かる・セミナーの・ご案内的な「物語」が、日を追うごとに増えているように感じた。

私はかねがねイノベーションにもスキルアップにも興味はないと唱えていたので、かかる状況の変化が愉快ではなかった。広告や宣伝のないMediumの長閑で上品な環境が損なわれた気がしたのである

だから散々イヤミを言った。田舎者特有の僻みやコンプレックスも含んでいた。けれども私には、Mediumのおすすめする物語どもが、どうしても山手線の円内でしか通用しないように思えてならなかった。起業家と志望者、Establishmentおよびその候補生、“success”storyしか欲さない野心家のみに開かれた劇場のように見えた。Gated community、それがMediumの指向だと言うのなら私(ら)は用無しだな?そんな苦々しい思いが、先月の二つの記事を書かせたのだ。

私は「選ばれし者の言葉が正解とは限らない」と書いた。私には、Mediumが「選ばれし者の物語ばかりをかき集めている」ように映ったのだが、それはあながち間違ってはいなかったようだ。

 

創業者エヴァン・ウィリアムズは「書かれたものの価値」に重きを置き、Mediumを設計した。

Mediumをつくった男、エヴァン・ウィリアムズの7つの教訓|WIRED.jp

Mediumでは記事を“story”と称す。が、その「優れた物語」が生成される過程においてエディターのキューレーションは大きな要因となる。物語は、アルゴリズムによって示された「傾向」から原型が自然と浮かび上がってくるほど、おめでたいものではない。ある種の意図的な引っ張り上げ、クローズアップがなされなければ、価値は付加されないと考えられる。他ならぬMedium自体がEditer’s choiceを設けていることからも、それは明らかである。

Mediumは巨大な電子雑誌になりたがっているように私には思える。そう、先に掲げたWIREDのように、優れたライターがしのぎを削る。しかも建設的な、古代ギリシアアゴラのごとく闊達な論議が交わされる、意見や感想が書き手とイーヴンの立場である場所を夢想しているように感じる。まるでお伽話みたいな理想の言論空間だけど、はたしてスポンサーのサポートなしでは成立し得ないものなのか。いずれユーザーへの課金が必要となるシステムなのか。私には分からない。分からないが今後も優れたテキストを読みたいし、できれば書き手として参加していたい。

Mediumに携わる人びと、私のように肩入れしたユーザーが、Mediumそのものを論じたくなる誘惑に抗えない理由は、エヴァン氏の夢想したビジョンがあまりにも眩しいからかもしれない。そしてその理想主義が、新参には入りにくい敷居の高さにもつながっているのかもしれない。

いずれにせよ、日本におけるMediumの第1章は今日をもって終わりを告げた。私はTwitterに以下の二つを投稿した。

要約<Mediumは本年よりすべてのオペレーションを本社サンフランシスコに集中させるため、これまで2年に渡って運営、キュレーションしてきた各公式パブリケーションやTwitterFacebookを本日を持って止めることを決定した。>
ぼくは、@Medium に肩入れしていたから(あれこれ注文していたのも、もっと良くなってほしいという気持ちの表れだった)、この決定には残念だし不服だ。けれども今一番悲しくて悔しがっているのはMedium Japanのスタッフだろうな。ぼくは引き続き何かと活用しようと思っています。

しかしMedium本体は存続している。サービスが停止したわけではないし、この一年で結ばったフォロワー諸氏との間柄が切断されたわけでもない。関係は維持できる。ならば手放す謂れは何もない。

用心深い私は、Mediumに記した文章をダウンロードしたり、「はてな」に抜粋を移植したりすると思う。が、今後も思いついた軽い内容の事柄を書き留めたり、毒にも薬にもならない身辺雑記を綴ったりする場所として活用するつもりだ。

それともう一つ、私は「鰯の英文練習帖(Sardine’s English practice note)」を立ち上げたばかりなのである。私はエディターとして、このパブリケーションの維持に努めなければならない。

As an editor, I must strive to maintain this publication.

きっかけは、英文の記事にresponseを送信し、それが大きな反響を呼んだからです。

ここで私は、日本語のMediumでは封印してきた政治的な主張を明確にしている。ちょうどいい機会だから、今の日本がどうであるか、自分なりの視点で、良いも悪いも交えながら、海の外に向けて拙い英文で発信してみようと試みる。先ずはサンフランシスコのエディター諸氏の目にとまるまで。Is not it a bad target?

さあ、第2章の始まりだ!(2017/02/21)

註:この“story”につけ加える事柄はあまりない。しいて言えば、このような事態はどのインターネットサービスにも起こりうるということだ。Twitterでも、はてなでも。

 

Mediumが日本で今いち広まらない理由?f:id:kp4323w3255b5t267:20170914163651j:plain

そりゃあ、政治色が希薄だから、です。

政治談義が交わされないから「居心地がいい、穏やかなコミュニティ」なんだ。

文体ではないと思うね。

私も、政治の話題に倦んだときのシェルターとして、Mediumを利用していたし。あまり強く批判はできないが。

最近ようやくマスメディアがしぶしぶ報じはじめた大阪・森友学園(いわゆる安倍晋三記念小学校への許認可を含む)への国有地格安価格払い下げ問題についての記事なんかも皆無じゃないですか。

つまり、浮世離れしているんですよ。いま一番ホットな話題が、何故だか取りざたされない不思議。

侃々諤々が発生しないように、ユーザー同士の暗黙の了解として、Mediumで政治話は注意深くオミットされているもん。

そこが日本でMediumの広まらない最大の理由ではないでしょうか。

Should we talk about the weather? Should we talk about the government?

R.E.M. “Pop Song 89"

まあ、私的には一つくらいそういうSNSがあってもいいとは思ってますが。

私はむしろ、「声高に政権批判をしない人びと」が、どのような意識で社会にコミットしているかを知るためにMediumは格好の場所である、と考えています。

私の見るかぎり、皆さんタフだよ。どこにも倚りかからず、だ。鰯(2017/02/24)

【追記】

語学に堪能で情報収集能力に長けた日本のMediumユーザー諸氏は否が応でも外電経由で本件を知ることになるでしょう。

Japanese Medium users who are familiar with languages and have excellent information gathering skills will recognize this problem in foreign newspaper articles.

 

Japan’s Shinzo Abe under fire over ultra-right school

Japan PM's wife cuts ties with school at centre of political scandal | Daily Mail Online

Bigotry and Fraud Scandal at Kindergarten Linked to Japan’s First Lady - NYTimes.com

Shinzo Abe and wife under pressure over ties to ultra-nationalist school | World news | The Guardian

Japon: Shinzo Abe mêlé à un scandale

 

私は、こういう腐った土壌の上にいくら立派な建物を建てようと、経済は発展しないし、文化は育たないと思いますね。

I think that no matter how good a building is built in such rotten soil, the economy will not develop and culture will not grow.

鰯(Sardine) 2017/02/24

註:ここに至って、私はMediumで政治的な傾向を隠さなくなった。

さて、2017年3月以降の記事は来年またアーカイヴしようと思う。数少ない「はてな」の読者が、これ以上減らないうちに。

 

2017年1月のMedium

 

年が明けての1月は荒れ気味の記事が目立つが、そのささくれ立った感情に突き動かされ、私は英文のパブリケーションを立ち上げるという、いささか無謀な試みを始めた。

 

City of tiny lites

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街の灯を愛おしく感じたことはないか。

年の瀬から年始にかけて、私は人混みの中に分け入っていた。喪中ゆえに正月の飾りつけやら目出度げな料理の準備やらは控えたが、やはり少しだけ買いこむ必要があったし、妻子とともに過ごすことを第一に考えてのことだった。

昨年の私は少しばかり壊れていたように思う。二度の地震で損なわれ、父の死去で喪われ、暮らしに対する執念が希薄になってしまった。

今年は再起の年にしたい。いつまでも萎れているわけにはいかない。生活を建て直し、再び軌道に乗せねばならない。

誓いというほどのものではないが、そんなことを想いながら歩いた、年始で賑わうショッピングモールの、渡り廊下から眺めた夕陽は、懐かしさと寂しさのない交ぜになったような、複雑玄妙な色あいを帯びていた。朱に染まった空の下の、仄かに光る家屋の灯や、数珠に連なる自家用車のライトが、なぜだかとても頼りなげに思え、それらは先人の努力と、偶然の幸運が重なった結果、かろうじて繁栄の姿を保ってはいるが、ほんのちょっとした天の采配や、度の過ぎた我欲によって、脆くも崩れさる危険をはらんでいて、このささやかな街の灯が、どうか消えてしまいませんようにと、悩ましげな稜線を描く山々のシルエットに、私は柄にもなく祈ってしまった。

これは私の感傷だろうか。

それをノスタルジーと呼ぶのなら、私は普段からノスタルジックだ。昨日あった出来事や、見た風景や聞こえた音に、懐かしさを覚えることがノスタルジーだというのなら。

過ぎた時間はすなわち過去である。私は過去を過剰に飾らない。むしろ厳しく批判的に眺める。眺めるというのは、過度な主観を排した、客観的態度のことだ。私は過去を意図的に切り離し、その切断面を観察している。

だけど昨日は不覚にも涙が出そうになった。か弱き民の住む、宝石をちりばめたような街の灯りに。(1月2日)

 

Visitor on a storeroom roof

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物置の屋根に初春の来客。好奇心旺盛な可愛い三毛猫(Calico cat)。飼い猫チャイくんに会いに来たのかな?(1月3日)

イワシ、しばらくMedium休むわ。

私、猫みたいに気まぐれですから。

Medium、おもしろいし楽しいけど、

Your reading listに選ばれるrecommendの多い記事を読むたび、気がめいるのさ。

理由は語りたくないでござるよ。

私は人を出しぬいてまでして成功したかない。ってトコですか。

だから、しばらく黙って読むに徹する。

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あ、こないだの三毛猫ね、昨夜は二階の窓際に現れました。

私の部屋を覗いていてさ、チャイ(飼い猫・♂)がコーフンしてナーナー喚いて、エサ箱ひっくり返して騒ぐのなんの。

坊やウブだからなー。

竹内結子演じた淀君みたいな顔しているあの三毛ちゃんに、茶々って名前を進ぜたよ。

ま、そんなこんなで、しばらく休むわ。

みんなのstory(記事)は拝見しますよ。ではね。(1月5日)

註:そのころMedium Japanは、大半が「起業家を目指す方々へのセミナーご案内」のような記事で占められていた。その気どった雰囲気に私はささやかな異議申し立てを行ったのである。このような挑発ともいえる投稿は、当然ながら「なかのひと」ら一部の不興を買った(下の「違和感」を参照のこと)。

 

My response 2017.1.17

Japan Government and the “Japan Conference” deny the existence of “the sexual slave” in the 15-year war ambiguously.

The manner not to reflect on is criticized from the global society.

I reflect on a past crime as one Japanese seriously and want to apologize to citizens of Asian countries.

鰯(Sardine)

 

註:このレスポンス(応答)は、Mediumにおける私の投稿で、いちばん大勢の人々に読まれている。その大半は日本人以外(アメリカ、中国、インドネシア、フィリピンなど)である。理由はもちろん、元記事へのアクセスが膨大なためであるが。

自分の拙い英文が読まれていることに、私は戸惑いと驚きを覚えた。そして、《なにか伝えたい思いや伝えるべき内容があれば、英語の記事で発信してもキャッチしてもらえるのではないか》と考えた。それは錯覚だったかもしれない。けれども、一度は冷めかけていたMediumにたいする情熱が蘇るきっかけとなった。

そこで私は無謀にもこのようなPublicationsを立ち上げたのである。

I do not want to tell a lie.

I want to tell only the truth.

It is hard to live in the local city.

Various customs and unwritten rules can trouble me.

I who am not sociable have trouble with human relations.

I want to become able to talk well and want to show the smile that a partner brightens up.

But I feel such a behavior to be suspicious.

Are honesty and the coexistence of the friendliness impossible?

While I think about such a thing, night grows.

鰯(2017/01/17)

註:宣誓文ともいえるが気負いも読みとれる。

 

違和感。

そのことについて、私はMediumを使い始めた当初から感じていました。

ここはアウェイだな、と。

年末年始の、Medium日本が打ち出した「方針」に、あらためてその思いを強くしました。「あー私のような低所得層は員数外なのだな」と疎外感を覚えました。

Medium日本はEstablishmentおよびその候補生にターゲットを絞ってきている。

“success”storyしか欲していないようだ。

そう感じたから私は「しばらく休むわ。」と言ったのですよ。

「中の人」は私の皮肉にカチンときたようだけど。

なぜMediumは広範囲に普及しないのか。

それが経営戦略なのか無自覚なのかは分かりませんが、

Gated communityを指向しているからではないでしょうか。

(海外はその限りでなさそうですが。)

個人の感想です。鰯(2017/01/20)

もしMediumがSuccessStoryに溢れたPlatformになってしまったら、今個人的に書いている方はどうするんでしょうね……(私あての質問)

私はMediumのスノッブな体質を批判したけれど、基本的にはすぐれたSNSだと思っています。書きやすいし、居心地もいい。

私は個人的な事柄を書いているアカウントが好きだな。その方の人となりや、生活感のにじみ出ている素朴な文章に惹かれます。

ロハでサービスを利用している私としては、あんまり苦言を呈したくないのですよ。

だけどもどうか、ささやかなコミュニティが育つ余地を残しておいてほしい。それがMedium日本に望むことです。鰯(2017/01/20)

註:このようなやりとりが(日本の)Mediumユーザーの間で頻繁に交わされていた。

 

誰もがジョブズになりたいわけじゃない

Not everyone wants to be Jobs

できれば金持ちになりたいし、それから異性にモテたいし、

人に仕える身であるよりも、人を使う側に立ちたい。

When possible, I want to become rich.

Then I want to be fascinated by opposite sex.

Rather than position to serve a person, I want to stand on the side I use.

人並み以上に裕福でありたい。誰もがそう考える。

よりよい暮らし、よりよい服装、よりよいクルマ、よりよい住まい。

Everyone thinks that they want to be wealthier than others.

Better living, better dress, better cars, better dwelling.

もちろんそれは間違いじゃない。負けるよりも勝ちたいと思うことは。

でも、競争から降りたい者だっている。

Of course not a wrong. Things wanting to win than lose.

But, there is the person want to get out of the race.

誰もがジョブズになれるわけじゃない。

誰もが一人になれるわけじゃない。

それが目標ならば目指せばいい。でも、ぼくを勘定の内に入れないでほしい。

誰もがジョブズになりたいわけじゃないんだ。

Not everyone can be Jobs.

Not everyone can become a solos.

If that’s a goal, aim for it. But “inner of the Medium” please don’t count me.

Not everyone wants to be Jobs.

 

時間あたりの単価が高い、すぐれた人の意見が聞きたい。

価値ある情報がそこに詰まっているような気がする。

I want to hear the opinion of the superior person who is high in unit price per time. I have a feeling that valuable information is jam-packed there.

能力のある人だけが集まった社会を構築すれば、きっとそれは機能的で、居心地のよい国になるだろう。

Should build the society where only capable people gathered.

Surely it will become the functional comfortable country.

もちろん正しい選択である。人類の進歩と文明の発達はそういうものだ。

だけど、レールから外れたい者もいる。

Of course it's right choice.

Progress of the human and the development of the civilization are such things.

But, there is the person who wants to come off from a rail.

誰もがジョブズになれるわけじゃない。

誰もがソロスになれるわけじゃない。

選ばれし者の言葉が正解とは限らない。

誰もがジョブズになりたいわけじゃないんだ。

Not everyone can be Jobs.

Not everyone can be Solos.

The words of the “chosen one” are not always right.

Not everyone wants to be Jobs.

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優雅に空を舞う鳥を、うらやましいとは思うけど、

誰も空を飛べるわけじゃないし、誰もが空を飛びたいわけでもない。

高品質ばかり選んでいたら、いつか墜落するかもしれないぜ。

違うかな?

I feel envious of the birds who dance in the sky gracefully.

Not everyone can fly the sky, and not everyone wants to fly in the sky.

If you choose only high quality, you will crash someday.

Different?

誰もがジョブズに憧れるわけではない。

そう、ぼくはジョブズから教訓を得たいわけじゃないんだ。

彼だってそんなこと望んでないはずだ。

道は自分で切り開けって言うだろうな。

Not everyone adores Jobs.

Yes, I don’t want to learn from Steven.

He should not want to do such a thing.

He should say, “Open your own way with yourself.”

鰯(sardine)2017/01/24

註:これは私が今までに書いた中で最も痛烈なMedium批判である。1月5日の記事「イワシ、しばらくMedium休むわ。」から徐々に募らせていた〈エスタブリッシュメント優先〉への不満が、一挙に炸裂した感じがする。

が、Medium(日本)内のスカした雰囲気は、翌月思わぬ形で収束することになる。

 

A morning park misting in the fog

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Wrapped in gray heavy, damp air.

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Solitude captured by the silence of the tower.

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Obscure scenes make psyche insecure.

鰯(Sardine)2017/01/28

 

2016年12月のMedium

 

12月も11月と同様、それほど頻繁に更新していない。にもかかわらず、Mediumに耽溺していたという印象の理由は、おそらくユーザー間の交流が頻繁だったからだと思う。

 

目を鍛える

健康診断に赴くたびに、いろんな数値が低下あるいは上昇しており、身体機能の衰えを思い知らされる例年である。

とくに愕然とするのが視力の低下だ。左右とも0,4。乱視も入って対象が小さいと二重に見えるから、もちろん運転中はメガネをかけているけど、それ以外の時は仕事中も裸眼で通している。

だが、読み書きが次第に困難になってきた。表計算の数値を読むのも辛いが、より困るのが読書である。文字がはっきり見えないと、本を読むのが億劫になってしまう。内容が速やかに頭に入ってこないのだ。そのせいで、読む量も回数もめっきり減ってしまった。今まで読書家を自認していたが、その旗印も下ろさねばなるまい。

しかし、諦めるにはまだ早い。視力をなんとかして回復させたい。そのためにはPCの画面から離れ、スマフォに興ずるのを控える他ないだろう。目の休息は大切だ。けれども消極的な気がする。もっと他に、積極的に、目を鍛える方法はないものか。

よく遠くの景色をボーッと眺めるのがよいと言うが、私はむしろ凝視したい。静かに眺めるよりも、瞬間を捉えたい。動体視力は意識すれば鍛えられるのではないか?医学的な根拠は何もないけれど、普段から物体の動きをキャッチしようと心がけていれば、自ずと視力が蘇るように脳が働いてくれるのではないかしら?

アオサギが今年も飛来してきた。池のほとりで鯉を狙っているが、人の気配を感じるや否やサッと飛びたつ。そしてやや遠くの屋根から眼下を睥睨するのだ。こ憎たらしいけれども、その飛翔は敵ながら惚れぼれしてしまうほど優雅である。

警戒心の強いアオサギは、人がいる間は決して池には近づかない。が、人気のない夜になったら、池にそっと近寄り、食べごろの中堅鯉を、パクリと咥えるかもしれない。その決定的瞬間を拝んで見たい気もするが、はてアオサギ君よ、きみって鳥目じゃなかったの?(12月6日)

 

追悼 グレッグ・レイク

註:これはMediumの記事をそのままはてなへ転載した。今やっていることと一緒だ。 

 

Saturday in the Park

飼い猫(Chai:Cream tabby cat)と一緒にいぎたなく寝ていたいが……(写真省略)

土曜日の公園。今日は長丁場。遅くまで働かなくてはならない。パッチを穿いてGO!(笑)だ。

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物産館では毎週土曜日に農業大学校で採れた野菜を販売している。この緑一色のミニトマト。まだ青いと思われるだろうがこれで完熟。名前は「みどりちゃん」。齧るとどことなく懐かしい風味がする。

残念ながら「みどりちゃん」の収穫は今週までで、他のミニトマトも来週末が年内最後の販売になる。

しかし今日は不思議と緑色に縁がある。これはついさきほど公園敷地内で捕まった昆虫です。たぶんニジイロクワガタだと思われますが、ご存知の方はお教えください(とTwitterに呼びかけた)。

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すると「とげありさん」からこんな返信が即座に返ってきた。<①これは完全にニジイロクワガタです。飼育しているのが逃げた(逃がした)んじゃないでしょうか?そうでないとすると大変な事です。

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②日本には近縁種はいないので交雑の心配は無いですし、オーストラリアと環境もかなり違うので、定着の可能性は少ない気がしますが。>とのことである。

外に逃がすつもりだったが、やめにした。今後どうするかは園内で検討する(室内で飼うかもしれない)。
Chicago - Saturday In The Park (1973)

忙しいのか暇なのかよく分からないけど土曜日の勤務はだいたいこんなふうだ。予測はつかない。私はとにかく閉園までの時間、来た球を打つのみ。(12月10日)
 

流れゆく君へ

いいのさ下手で。

上手くまとめようとするから上手くいかないのだ。凸凹があってよい。思考の移ろうまま伸びやかに書けばよろしい。

巧いね、なんて言われだしたらある意味オシマイだよ。

私のような中高年はテクニックにすがるしかないのだ。が、若い人たちはどうか技巧を念頭から外して思う存分・思いの丈をぶちまけてほしい。私はもっと読みたいんだ、意識の奔流を。

泉谷しげるの歌に、「生きることばの、はやさがいいぜ」というフレーズがあって、そこだけは好きだったな。

サービスの行く末を案じるよりも、先ず書きまくることだね。居心地のいい場所にしたいのであれば。(12月13日)

註:たぶんこれは、お上品な若手Mediumユーザーたちに説教したくなったのだろう。

 

悩ましいところ

エヴァ・キャシディ(1963年〜1996年)の「オータム・リーヴス(枯葉)」がカーラジオから流れてきた。嫌いな歌手ではない。この時も、ああいいなと思いながら聞いていた。

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けれども悩ましい。私は世評に定着したようには手放しに称賛できない。世紀をまたぐ前後に登場した欧米のポピュラー歌手に共通して感じる「もどかしさ」があって、それを説明するのはとても難しい。

エヴァ・キャシディはロック・フォーク・ジャズ・ブルース・カントリーなどの様々なジャンルを統合し、スタンダードナンバーに新たな解釈を加えた。そのアイディアを支える歌の表現力には素直に脱帽する一方、エヴァを模倣したようなスタイルの歌手が(調べたわけではないが)この20年ほど増加の一途をたどっているような気がする。本人の責任では全くないのだが、そのフォロワーたちに表現領域を開拓していく気概を感じないのだ。

名曲が歌い継がれていくことは大事なことだけど、素朴なアレンジで誠実に、丁寧に歌っている「だけ」のカヴァー歌手が、洋の東西を問わず多すぎるように思う。

断っておくとエヴァ本人は随所に工夫を凝らしていた。例えば有名な「オーヴァー・ザ・レインボー」では、ミドルエイトの音符を意図的にずらして歌い、歌詞に違った側面からの光を当てている。しかし、そういった創意の跡の見当たらない耳ざわりがよいばかりのカヴァー歌手の蔓延がエヴァ亡き後の「成功モデル」に起因するとなれば、なんとも皮肉な話ではないか。

今日も歌手を目指す女性たちはデモを制作する。「ローズ」や「デスペラード」を歌うように勧められる。誰に?ボイストレーナーや売りこみに余念ないエージェントたちに。だけど彼女らはベッド・ミドラーやカレン・カーペンターの域には決して及ばない。私は忌野清志郎の意訳による「500マイル」を歌う女性歌手にも同じようなにおいを感じてしまうが、見方が皮相に過ぎるだろうか?

「ポピュラー音楽の定型は概ね出尽くしてしまった」と言われて久しい。そうかもしれない。けれども時代に新鮮な息吹を吹きこむ表現には、やはり今までとは違った何か(Something New) が必要である。エヴァの遺した録音に、それを見出すのは正直言って難しい。オリジネーター至上主義を声高に唱えるつもりはないが(同じく夭折した女性歌手である)ジャニス・ジョプリンローラ・ニーロ、サンディ・デニーミニー・リパートンの軌跡を知る私の耳は、五つ星には届かないなとシビアな評価を下してしまう。

とても気持ちよい上に、身が引き締まる声なのだけど。

厳しい意見を縷々書いたが、結句好きな歌手なのである。選曲のセンスもいい。クリスティン・マクヴィの「ソングバード」も良いが、何れか一曲を、と問われれば、私は「フィールズ・オヴ・ゴールド」と答えよう。


Eva Cassidy - Fields of Gold

私見だが、これはスティングのオリジナルを凌いでいると思う。スティングの書いた客観的な構成の歌詞が、エヴァ自身の感情が率直に伝わるよう控えめに改変されている。その、僅かだけれども自分の色を添えたことが、より人口に膾炙した秘訣なのかもしれない。そこには歌うたいの明らかな意思がある。エヴァの見つけた黄金の野の原が。(12月17日)

註:これはMediumではほとんど読まれなかった。はてなに転載し、Twitterに告知したところで、急激に閲覧者が増えた。海外の忠実なエヴァのファンが、日本語で書かれた記事を読みに、はるばる訪問してくれたのだ。

 

特命試走車

自動車教習所の授業で観る古いフィルムが好きでしたね。白黒画面にスクラッチの雨が降っている、荒川土手の未舗装道路を三輪トラックが上下左右に揺れながら徐行しているような「短編映画」が。

そんな昭和の映像を観たくなってYouTubeをザッピングしていましたら下に貼ったドキュメンタリーを発見しました。

特命試走車」。どうぞご覧ください。


特命試走車 (1/4)

凄いでしょ。悪いけど私、30分弱の間に何度も笑いました。以下、見所を列挙。

  • テストコースに突如スパイ(ライバル会社)のヘリが急襲する。布カバーに覆われた試走車を撮影されてはならないと、伝声管に向かって叫ぶ警ら係の緊張した声。「大変!大変!」。
  • テストドライバーは朝食を摂らない。水分は禁物なのだ。わが子に「ちゃんとご飯を食べろ」と諭しつつ、自分はチョコレートを齧るだけ。
  • ナレーションの調子がやたらと仰々しい。「○○なのである。だから〜」と「だから」を連発するあたり、原稿の文章が粗雑い。
  • しかし、なんと言っても凄いのは、リーダーが檄を飛ばすところ。「お前らたるんでるんじゃないのか?(略)辛いなどと言わずに気合で、大和魂で乗り切れ」といい、三日三晩(映像を確認すると四日四晚でした)不眠不休ノンストップで殆ど未舗装の北海道を一周する。しかも前のタイムが不甲斐ないので連続2回目の走行なのだ。

と、まあ全編これ高度経済成長初期に於ける企業のありようがうかがい知れる貴重な資料であり、かつ愉快なフィクションである。だってノンフィクションを謳うには、あまりにも作為的だもの。

今の目で見るならば、あまりにも合理性に欠ける研究開発/実験だけど、当時はこのような手段しかなかったのかもしれない。よりよい数字=記録を叩き出す目的を達成するために、エンジンがオーバーヒートするのも厭わず試験走行をくり返す。これは「世界に追いつき、追い越せ」の一念に支配された男たちの、血と汗と涙とオイルにまみれた根性物語、でもある。

かりにその「企業精神」が、戦後日本の自動車産業の礎となった事実は否定できないにせよ、滅私奉「社」の精神と、暴走族の理不尽なヤキとのアマルガム(合金)が、昨今隆盛のブラック企業の地金になったこともまた否定できまい。

つまりは企業PR映画なんだ。企業の内に発奮を促すための。昭和の真面目さや直向きさの向かう先は大半が社内か国内。外には開かれていない宣伝材料。

だから面白がって観たあとに、なんとも言えない苦い後味が残る。それは結末の場面にそれとなく示されている。耐久と徒労。ぜひ観て確かめられたし。(12月19日)

【過去記事】

註:私はこの時期、レスポンスを通じてMediumユーザーとさかんに交流していた。自分自身の投稿よりも、他の方の記事へ熱心に感想を送っていた。

 

ドレスコード

もう何十年も昔の話だけど、「私の講義にジーンズを穿いてくる学生は入室を断る」という上智大学の教授がいて、物議をかもしたものけれど、当時学生だった私は「さすがソフィアの先生だ、矜持が違うわ」と、悪い印象をさほど持たなかったのだ。

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で、

なんで唐突にこんなことを思いだしたかというと。私は職場で専らGパン穿いているんだけど、支給されているベージュのチノパンツを穿くように指導、いや促されたからなんだ。

職務にふさわしい服装を、だって?上の方がそう仰ってんの?

別にカッコつけてるわけじゃないんだ。受付もやれば接客もやる、事務処理もあれば外作業もある。昨日なんか外の枯葉を集めているという何でも屋的な職務において、汚れの目立たないGパンは、悪くない選択だと思ったからさ。チノパンだと地面に膝もつけないじゃないか。

私だって常識はあるんだから、色褪せたり破れたりしたジーンズは穿かないよ。仕事着には色落ちしてないやつを選んでるんだけど、そこ分かってくれないかなあ。

と、

さっき洗濯していて「この歳になって服装チェックを受けるとは」って、思いだし笑いをしてたとこです。(12月20日)

 

7時のニュース/きよしこの夜

註:この記事は誤って削除してしまった。確かアート・ガーファンクルエイミー・グラントのデュエットを貼って、そののちS&Gの「サイレント・ナイト」についての解説を書いたのだった。ありきたりの解釈だったので、他の解説をあたったほうがいい。

Art Garfunkel, Amy Grant, Jimmy Webb - Words From An Old Spanish Carol/Carol Of The Birds - YouTube

 

あらゆる偏見、先入観、固定観念からの自由を。

12月25日、またしてもポップスのイコンがこの世を去った。

私は彼のよきリスナーではなかった。確かに歌は巧いけれども、所詮ポップスターだろ?と、80年代の活躍を冷ややかに眺めていた。傍観の構えはソロ第1作目の“Faith”でも変わらなかった。

その偏見が完全に払拭されたのは、第2作の“Listen Without Prejudice”を聴いてから。あーいったいオレ、いったい何を見てたんだろうと自分の妙な「こだわり」を反省したものだ。

先入観ぬきで聴いてくれと彼は言った。

そこにはロックだポップだジャズだクラシックだという、既存ジャンルの垣根を飛び越えたところの、音楽の豊穣があった。

粒ぞろいの楽曲が揃った作品から一曲だけ選ぶなら、コンチネンタルな響きを有した、この憂愁のワルツを挙げたい。


George Michael - Cowboys And Angels

この一枚で、すわファンに早変わりしたわけではないが、私の狭いロック史観は90年前後を境に徐々に解体され、ジャンルの柵(しがらみ)から解放され「自由」になった。ひとつの端緒となった“Listen Without Prejudice(vol-1)”を世に送り出した彼に感謝の思いを伝えたい。

Live Without Prejudice

音楽をありがとう、ジョージ・マイケル。(12月27日)

 

真夜中のラヴレターみたいな

生煮えで、未整理の文章を書かないか。

とかくこの世はお利口さんが多すぎる。理解されたいという意識が勝りすぎて、だいたいのとこで手を打っている感じ。

うわ言めいたたわ言を書いてみないか。

意識の奔流に身を委ね、無意識の領域に突入してごらん。自分でも理解不能な内容の文章が書けるって素敵じゃないか。

ティーネイジャーが無我夢中で書きなぐったようなとっ散らかった文章の魅力。

私は編集能力という言葉が嫌いなんだ。とりすました感じがいけ好かないんだ。もっとなんかこう、抑制の効いてない、初期衝動のまんまの文章が好きなんだ。

ここにrareがないのはmediumだからか?

熱く、野暮天な、不恰好で、ゴツゴツした、意味不明の、アタマ悪そーな、横紙破りの、無礼だけど、スケールのでかい文章には、ついぞお目にかかれなんだ。

_そったれ、

誰も書かないようだったら代わりに私が書こうか。読んだ皆さまが困ってしまうような、愚直で照れくさいテキストを。

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真夜中に書かれたラヴレターみたいな。(12月29日)