鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

万物流転の法則

 

いきつけの喫茶店が閉店してから2ヶ月がたつ。

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熊本市上通アーケード街の中ほどで、大谷楽器を右に折れ、横丁を50メートルほど進む。司ホテルの向かいの村上ビルの狭い階段をかけ上れば、3階に木製の看板と扉が見えるだろう。

そこが、ひとまず40年の歴史に幕を下ろしたんだ。

ぼくは高校二年のころから通いはじめたんで、いちおう古参の常連である。書く資格はだからあると思って稿をおこしてはみたものの、さあ何か気のきいたエピソードを、と記憶をたどれば、ほとんど何もない。思い出に直結するのは、いずれも店の外での出来事ばかりだ。ぼくは文字通り「隠れ家」と称して長ッ尻で居座り、でっかいオムライスや焼きめしで胃袋を満たし、コーヒー一杯で粘っていただけだ。知り合いが「かかりつけの」と形容していたけど、まさにいい得て妙、である。そして今、ぼくたちは帰る港を失った難破船のように市内を漂流している。

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もちろん、あらゆる永続は約束されない。形あるものはいずれ形を失うのが世の定めである。ぼくたちは居場所の喪失を嘆くが、では具体的に、居場所を維持するための行動を起こしただろうか? 否。いつかは終了の予感を抱きつつも、何もせずに日々をやり過ごしていただけだった。

店舗を維持することがどんなに大変か。自営の経験がないぼくには想像もつかないが、同じく飲食店を経営している方から、こんな感慨を耳にした。

「店の広さと客席数を考えたら、頭数3人じゃとうてい追いつかん。あの3人だからこそ、どうにか回せていたんだろうねえ」

あるいは、こんな意見も。

「食堂は基本的に一代限り、ですからね。味の継承は至難のわざですよ」

そう、だから、ただ飲み食いするだけのぼくに、やめないで続けてほしいと願う資格はない。

さよなら“カツ丼”三朝庵 早稲田の老舗そば屋、112年の歴史に幕(早稲田ウイークリー)

https://www.waseda.jp/inst/weekly/attention/2018/07/31/50365/

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 今年に入って上のような記事が目に入ってくる機会が増えた。出口のない不況のせいかもしれないし、少子化と高齢化が著しい人口減少の表れかもしれない。ただ、間違いなく言えることは、店舗を維持しようにもできない相当の理由があるということだ。ぼくが高校生のころ通いだした店は、開店して40年が経っていた。40年は途方もない年月だ。初老になったぼくの胃袋が小さくなり、大盛のオムライスが苦しくなったのと同様、厨房で中華鍋を振るう主人の腕も悲鳴をあげていたのかもしれない。たとえ設備費が償却していたとしても、光熱費や食材の高騰は粗利を絶え間なく削っていただろう。

店主は何の前触れもなく、とつぜん閉めた。店をたたむに至った本当の理由は分からないし、詮索しようとも思わないが、要するに潮時だったのである。そう思うしかないじゃないか、あとひと月ですとアナウンスして、ご無沙汰の客が押し寄せ、連日満員で閉店がイベント化したら。いや、そんな状況は想像できないし、したくもない。らしくないもの。

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初めてぼくが一人で店に入ったときに『ロー・バジェット』がかかっていた。緊張で口の中がからからになったが、カウンターの向こう側にいる女の人に「あの、これ、キンクスの新譜ですよね?」と訊ねた。彼女は「そうよ」といってアルバムジャケットをぼくの前に差し出した。1979年のときめきを、ぼくはまだ昨日のことのように覚えている。

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郷里を離れ、関東で家庭を構えたぼくは、3,40代には殆ど足を運んでいない。普通なら、それほど間隔が開けば疎遠になるところだが、決してよそよそしくはならなかった。だから何年かインターバルがあっても、まるで昨日の続きのようにカウンター席に座っていられた。そして他愛のない世間話を交わした。ぼくは自宅に居るときよりもリラックスしていたに違いない。その、構えなくてもいい空間に身を浸すだけで、ぼくは幸せだった。

そして、寛ぎの幸福に気づかされたのは、ホイロが2018年8月31日に閉店した後になって、だ。

ご苦労さま、そして今まで、どうもありがとう。

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いかんいかん、書いているうちに感傷的な文章になってしまった。もっとドライに、淡々と事実をしたためようと企んでいたのに。

とにかく、すべての物事には終わりがある。人に生死があるように、お店にも終わりがくる。人は年齢を重ねるごとに、物事の終焉を見届けなくてはならないという定めがある。

ぼくたちはインターネットに文字を書き連ねる。さもそれが未来永劫、残るものだと信じて。だがその仮定は錯覚に過ぎない。ある朝とつぜんに、はてなブログは本日を持ちましてサービスを終了します、とアナウンスされるかもしれない。したらこの無数の文字どもは、一瞬にして無に帰してしまうのだ。

でも、だからこそ何とかして書き残そうとするのかもしれない。この世に生きた証を何処かに刻みつけようと。自分の通いつめた喫茶店があったって記憶を記録しておくのも悪くはない。その拙い覚え書きをときおり取りだして眺め、独りニンマリするのを、ぼくは老後の愉しみとしよう。

一ヶ所にとどまらず、万物は流転する。が、人の思い出はいつまでも、命つきようと漂い続ける。

 

ザ・ベスト・オヴ “鰯の聴いた音楽” 2018年2月~10月

 

Twitterにモーメントという機能がある。使い勝手は良くなかったが、公式仕様だったこともあり、重宝していた。ところが先日(10/23)より、スマフォのアプリで作成できなくなった。タブレットでもダメだった。自分の投稿したツイートを手軽に編集できないのなら使っている意味がない。ぼくは『鰯の聴いた音楽』と銘打って、日々Spotifyで“発見”した音楽をツイートし、半月ごとモーメントにまとめていたが、ここらが潮時だ、やめようと決意した。

では、この半年ぼくがどのような音楽を聴いていたか、ブログに訪問してくれたみなさんにも、お伝えしようと思う。

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いちおう前から言っていますがぼくは政治と社会問題に特化したアカウントではありません。そればっかり考えてたらちっ息してしまうよ。今後は音楽の話題をもう少し増やそうと思います。YouTubeではなく、Spotifyでね。

 

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2018年2月のベストトラックは、3年前のアルバムですがリアン・ラ・ハヴァスの『ブラッド』より「グリーン・アンド・ゴールド」。これ以外にも佳曲が多い。なによりこの手の音楽にはめずらしく質感が柔らかで温もりを感じる。ギター一本で弾き語れる地力がある歌手だ。

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I listened to the music in March but I still can't find common points. Please let me point out if you think there is a cord or theme that will pass through these.

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2018年3月前半のベストトラックは、狭間美帆のザ・モンク『ライヴ・アット・ビムハウス』より、「13日の金曜日」。うねる木管のアンサンブルはギル・エヴァンスマリア・シュナイダーをほうふつとさせるが、気難しくなく、人なつこい。音楽が各パートのソロ回しの道具とならないよう設計された新手の「ジャズ」。

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2018年3月後半のベストトラックは、エグベルト・デスモンチ1980年のアルバム『シルセルチ(サーカスの意)』より“Equilibrista”。グーグル翻訳だと平衡者、すなわち「綱渡り芸人」。ありとあらゆる要素が一曲になだれこみ、しかも混沌とせず統合し、相互が干渉せず均衡を保ったままの状態を極彩色に描きだしている。

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2018年4月前半のベストトラックは、チカーノ・バットマン17年の力作『フリーダム・イズ・フリー』に収録の「エンジェル・チャイルド」。LAを拠点に活動するラテンソウル系バンドで、演奏能力は高いがどこかとぼけた味がある。MPBからザッパまで、さまざまな影響を消化し、自分たち流の音楽を拵えている。

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2018年4月後半のベストトラックは、渡辺亨さんの編んだCD-Rに収められていた、“It's Been A Long Long Day” 。誰の曲だったか、確かに知ってるんだけど、コステロ? いや違う、調べたらポール・サイモンだった。原曲をはるかに凌ぐ、ノルウェーの歌手ラドカ・トネフ(1952~1982)のカヴァー。録音はノラ・ジョーンズが登場する20年前。

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2018年5月前半のベストトラックは、晴れた朝にぴったり。VENTO EM MADEIRA(ヴェント・エン・マデイラ)の“BRASILIANA”。プーランク室内楽みたいな木管の、繊細で、スリリングなアンサンブル。チアゴ・コスタが弾く精緻なタッチのピアノ。モニカ・サルマーゾのスキャットも美しい、2013年の傑作。

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2018年5月後半のベストトラックは、「あなたもロボットになれる」2014年、坂本慎太郎。<不安や虚無から解放される素晴らしいロボットになろうよ、日本の○割が賛成している~>というアイロニカルな内容の歌詞を子ども合唱団が歌う。より出来のよいカップリング曲「グッド・ラック」は野口五郎のカヴァーだった。

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下の写真は某書店のコーナーに描かれたE画伯とY画伯の直筆壁画です。

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2018年6月前半のベストトラックは、Tierra Whackの

“Whack World”。1曲1分、全15曲15分。いずれのトラックにもアイディアと閃きがあり、退屈とは無縁だ。ポップ音楽が更新を怠らず、今を映しだす鏡であるかぎり、古びることはない。

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2018年6月後半のベストトラックは、カマシ・ワシントンTsの新譜。一度しにかけたジャンルのジャズが今また最前線に躍り出たことを実感。どのトラックもすばらしいが、とくにこの「スペース・トラベラーズ・ララバイ」の大風呂敷にはたまげた。まさにプログレッシヴ。ロック、完ぺきに負けてる。

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2018年7月前半のベストトラックは、ロバート・グラスパーのスーパーグループR+R=NOWの、“Resting Warrior”。10分近くの長尺曲だが、その間ずっとジャスティン・タイソンのドラムが自由奔放・変幻自在に鳴っている。FM番組「ウィークエンドサンシャイン」でかかったときに、ピーター・バラカンも驚嘆していた。

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もう一曲。ボビー・ライト74年の「ブラッド・オヴ・アン・アメリカン」。今朝、知った歌だ。

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Spotifyはある意味こわい。だって毎週カードを切ってくる。「ホラ、きみの好みはこんなんだろ?」「こういうのもあるけど?」「むかしの馴染みばかりじゃなくてさ、最近の流行も聴いてごらんよ」と “Discover Weekly”と “Release Radar”を送ってくるんだから。ぼくの聴く傾向はお見通しってわけだ。ときどき「これは虜にうなってるってことかな」と訝しむことがある。個人の好みが集約され、数量化されたところの。でも、まあ、どうだっていいや、こんなすばらしい歌にめぐり合えるのならば。

 

 

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2018年7月後半のベストトラックは、ジョーダン・ラカイ(豪)17年のライブ。Spotifyは有望株に小規模のライブを企画するが、これはジェフ・バックリーの"Sin-e"を思わす清冽さがある。今ふうのサウンドメイクが得意なSSWだけど、ギミックなしの直球アレンジが楽想に相応しいんじゃなかろうか。今後の活躍に期待。

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2018年8月前半のベストトラックは、朝のマリンバと呼びたくなるチェンバーミュージック。ダリウス・ミヨー(仏・1892〜1974)の異国情緒あふれる音楽は五感を快くマッサージしてくれる。パーカーションを多用したアンサンブルは小難しくなく何れもおもしろいが、とりわけこの小編成の録音は編曲と演奏技術が巧みで聴き惚れる。

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では、鰯の聴いた音楽(8月後半)をお届けします。今回は暑気払いの選曲ゆえ、あまり冒険してません。限りなくイージーリスニングに近い内容です。イージ好かん、なんちて。

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2018年8月後半のベストトラックは、クラレンス・ヘンリーの「エイント・ガット・ノー・ホーム」。

「こないだ、FMでクラレンス・フロッグマン・ヘンリーって、ニューオリンズの歌手がかかったんだけど」

「あー、あるよ。これでしょ」

打てば響く、ぼくのR&Bスクール。

「ジャケット、最高だろ?」

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ちなみにこの「寝取られ男」ジャケはPヴァインの編集した日本盤。同じデザインの米盤に、例のカエル声が聞こえる「エイント・ガット・ノー・ホーム」は収められていない。地声 → 裏声 → カエル声の三変幻をベスト盤よりどーぞ。

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2018年9月前半のベストトラックは、ブラジルのシンガーソングライターでマルチプレーヤーのアントニオ・ロウレイロ。今もっとも手ごたえある作品を生みだせるアーティスト。例えばピーター・ガブリエル等を好きな方にお勧めしたい。これは今年5月にリリースされたアルバム“Só”の収録曲だが、アントニオ・ロウレイロにいちばん近い感性のアーティストは(アルメニア出身のピアニスト)ティグラン・ハマシアンだと思う。鋭角的なエッジに共通性がある。

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2018年9月後半のベストトラックは、アンソニー・ウィルソン2016年のアルバム“Frogtown”より、チャールズ・ロイドの自由闊達なサックスが耳を惹く“Your Footprints”を。しかし、この歌の最大の魅力はアンソニー自身の内省的なヴォーカルと、歌詞と旋律との調和にある。他にも優れた楽曲がいくつもある、傑作。

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2018年10月前半のベストトラックは、アマーロ・フレイタス。ブラジリアン・ジャズの新鋭だそうだ。タッチの精確さ、使う和声の洗練など聞きどころは多い。9/21リリースの“Rasif”は、スペースを生かしたリズム構造が斬新で、ピアノとシンバルがつかず離れずで並走する感じがたまらなく、いい。

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と、モーメントにまとめたのはここまで。ブラジルに傾倒したのは、やはりエルメート・パスコアールを八代で観た影響が大であろう。

 

【過去記事】

kp4323w3255b5t267.hatenablog.com

ぼくがSpotifyというサブスクリプションを利用している最大の理由は、少しでもアーティストへ還元されればの思いなんだけど、それともう一つは「消費者」としての立場を明確にしておきたいからです。「楽しむ=消費」とは思いませんが、録音されたモノを消費しているんだという自覚は必要だとも思うのです。

 

 

さて、モーメント毎に一曲という基準でベストトラックを選んできたが、あと10曲、泣くなく外したボートラを貼っておこう。

 

①デヴィッド・クロスビーには、まったく頭が下がる。だってこの『スカイ・トレイル』は昨年の作品だよ。つまり75歳の爺さまが、スティーリー・ダンなみに緻密なアレンジで、しかもフレッシュな音楽を拵えたんだ。声もリズムも感性も衰えしらずとは、すごいじゃないですか。

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エバーハルト・ウェーバー75年『イエロー・フィールズ』の冒頭「タッチ」。典型的なECM録音だけど、これほど玄妙な音響はなかなか見あたらない。ウェーバーのうごめくベースと相まって、ここにあらざるどこかを想わせる。ジャズ? 現代音楽? いいやプログレ

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スコット・ウォーカーを聴いて眠ろう。78年、ウォーカー・ブラザース名義でのアルバム『ナイト・フライツ』の表題曲。ブライアン・イーノが「これを聴くのは屈辱的だ。今でも超えられない」と語っているが、ホント、どうしてこんな弦アレンジを思いつくんだろ?ちなみにクレジットは、

John and Scott Walker – vocals

Les Davidson – guitar solo

Jim Sullivan – rhythm guitar

Peter Van Hooke – drums

Mo Foster – bass

ギターソロ、鋭い。

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④それにしても、ロバート・ワイアットの音楽は何故こんなにもせつなくも気高いんだろう。在英ブラジル人歌手モニカ・ヴァスセンコロスとの「スティル・イン・ザ・ダーク」では、カンタベリー特有の浮遊感とサウダージの陰翳が複雑に絡みあう。聴くたびに胸が締めつけられる。

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Spotifyは週の始めに<フレッシュな音楽を盛り込んだ今週のMIXテープをお届けします。新しい音楽との出会いをお楽しみください。毎週月曜日に更新されますので、気に入った曲はその前に保存してください>と連絡が入る。嬉しいけれど、好みを見透かされているようで怖いね。最近だと、こんな珍品を送りつけてきた。ヤマスキ・シンガーズ。何度聞いても爆笑、嬉しいッ!

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⑥長閑な昏さがたまらない。スウェーデンダブルベース奏者オスカル・シェニング率いるグループの2010年の作品『ベオグラード・テープ』よりヴェルヴェット・アンダーグラウンド的な8分音符の連打がロックしているジャズ、「私は私の記憶を交換したい」を。

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⑦“Blue Moon” 2017 album ver.

Engine-EarZ Experiment; are a UK based live dubstep collective formed in 2009 by multi-instrumentalist/DJ/producer Prashant Mistry.

ジャケットに惹かれて聴いたら刺激的な音響デザインだった。歌はノルウェーのケイト・ハヴネヴィク。でも、菅野よう子の作るアニメソングみたい。

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⑧今年の夏はゴージャスなジャズヴォーカルを好んで聴いた。とりわけジュリー・ロンドン版の「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」を。これほど洒落た弦アレンジは滅多にない。アーニー・フリードマンの編曲。1963年の“The End of the World ”に収録。

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⑨テリー・キャリアー1972年の“Occasional Rain”より“Ordinary Joe”を。歌詞がすばらしい。

“Now I'd be the last to deny

 that I'm just an average guy

 and don't you know each little bird in the sky

 Is just a little bit freer than I”

「時おり雨」の日に。

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⑩9月30日。台風、やはりかなり激しいです。ぼくは家でおとなしくしています。瓦はふきかえましたが、雨漏りは相変わらず。ところでライリー・ウォーカーのこの曲、快速エイトビートがご機嫌ですが、後半の展開におけるしなやかなドラムスの揺らし、かっこよすぎだとは思いませんか?

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まだまだ紹介しきれないけど、きりがない。このへんでお終いにします。モーメントは瞬間、なればこそ長期保存は不可能。インターネットに永遠の二文字はない。聞けば「はてなダイアリー」もサービス終了だとか。困った、ぼくは没記事を非公開であそこに収めていたのだが移動先を考えなくては。もう一個、はてなブログのアカウントを作るか。あー、でも面倒くさいや!

あ、もちろんTwitterやブログでの音楽紹介はやめませんよ。たぶん命つきるまで続けることだろう。こうやって毎日音楽に接していれば、また新しい驚きにめぐり合える可能性があるから。

♪ モーメン、モーメン、モーメン、モーメーント!

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【追記】

今年(2018)の“Myトップソング”をSpotifyが自動的に編集してくれた。この記事と被る部分がずいぶんあるけど、日ごろぼくがどんな音楽を好んで聴いているかがよく分かるラインナップだ。時間に余裕のある方はぜひ聴いてみてほしい。

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しかし、スコット・ウォーカーがやたらと多いなあ。

 

 

 

ぼくは『コヤニスカッティ』のエンディングを観ながら眠りに就く

 

例のごとく、またもや1ヶ月も更新をサボっていた。それでも過去のエントリーで訪問者は途絶えていない。しかしこれではまるで「不労所得で荒稼ぎする資産家」のようではないか。反省したい。

テレビをぼんやりと観ていると気が変になる。一昨日は芸人たちがミスチルを称揚していたし、昨日はワニマが女の子にフリースローさせていて、5回目に成功して会場はみな涙していた。ぼくみたいな年寄りには縁のない世界だ。つまり、関係性が完全に逆転してしまったんだな。ステージの上に立つ人気者に憧れる構図ではなくて、ステージのまわりを囲むキミたち一人ひとりこそが主役なんだよ、と感じさせる図式へと。その変化の先鞭がMr.Childrenで、完成形がWANIMAってことなんだろう。

ぼくはもはや今どきのエンターテイメントを欲さない。

SNSでは、キズナアイというキャラクター(Vtuverと呼ぶらしい)が取りざたされている。是非を問うなら、ぼくは「非」だ。美少女キャラが萌え絵がそこら中に遍在し、一般化してしまうことを疎んじている。そしてビートルズのレコードや永井豪の『ハレンチ学園』を、「へぐれん(くだらん)!」と怒鳴って取りあげていた親父よろしく頑固になっている。要するに、時代遅れを自覚するのが怖い。だから若い人向きの表現物を否定したがる。そんなモンを辺りかまわず撒き散らすなと始終文句をいっている。哀れなもんだ、老害イワシ

いずれ、世の中のいたるところに(『ラブライブ』のキャラクターがそこかしこに描かれた沼津市のように)しどけない媚態を備えた美少女が都市空間を占拠するだろう。そのあかつきには、表現の自由戦士たちvsラディカル “フェミ”たちの不毛なる論争は幕を閉じ、「ふり返るとあの諍いはいったい何だったんだろうね?」と笑い話で済ます未来が来るんだろう。分からない、わからないがぼくは楽観的な未来図をどうしても描けずにいる。その意見は「(混血の多い)ブラジルには差別が少ない」というくらい粗雑なものに思えるのである。そうやって問題を稀釈してしまうのは、絶対よくない。

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でも、ぼくは老いた耳でありたくない。だから今の動向を、たとえ的はずれであっても追っていようと努めている。息切れしない程度に。

ぼくの場合そうだな、最近こんな経験をした。

近所の中学校で運動会が催されたときに、校内放送でこれがかかっていたから、へぇーって感心したんだ。

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エド・シーランの「シェイプ・オヴ・ユー」。一年前のヒット曲だけど、いまだにグローバルチャートに留まっているロングセラー。コロコロしたカリンバ風の音色が印象的だけど、ぼくはこれ、てっきりアフリカン・アメリカンのレコードだとばかり思っていた。ところが調べてみると、エド・シーランはイギリス人のシンガーソングライターなんだ。それにはちょっとびっくりした。

グローバルチャートに載っている音楽の9割は自分には縁遠く、必要のない音楽だが、残り1割には真実らしきが潜んでいる気がしてならない。「シェイプ・オヴ・ユー」なら特徴的なリフレイン。あの執拗な繰り返しが、ぼくには何だか呪術めいた響きに聞こえてくる。

心を捉えて離さない響きは確かにあるのだ。

 

先日『コヤニスカッティ』のことを不意に思い出した。あのコッポラが監修した、映画というよりも映像作品で、日本でも公開されて、当時そこそこ話題になった。説明するのは面倒なので、Wikipediaをご参照ください。

🔗 コヤニスカッツィ - Wikipedia

その陰惨なラストシーンと音楽が脳裏から離れないのだ。観てもらったほうが早いかな、これだ。


Koyaanisqatsi - Ending Scene (Best Quality)

マーキュリー計画時の、おもちゃみたいにちゃちなノズルの、アトラス型ロケットが発射される様子を『砂丘』の「51号の幻想」みたいなスローモーションで映し出したものだ。これを出張中に3泊した人口5万弱の地方都市の、ビジネスホテルのケーブルテレビで観たのだった。出歩く値打ちもない寂れた町だったから、夕食後は何度も放映される『コヤニスカッティ』を繰り返し観て夜を過ごした。

それはまるで、地獄での修行のようだった。

だから当時ぼくは嫌いだと公言していた。最近あるコミュニティーでも同じことをつぶやいた。

コヤニスカッティ』。観たとき、ひどく気が滅入ったのを覚えている。あれは嫌いだと誰彼かまわず言っていた。今ならどうだろう? 分からないけど、今さら観ようとは思わない。

するとジュラ、きみがすぐに反応してきた。あのとき何と言ってきたか今では確かめる術もないけど。例のごとく教養あるところをちらつかせつつ、「観たほうがいいですかね?」と訊いてきたんだっけ。

ぼくが答えあぐねていると、mさんが、「あれは確かに落ち込む。観たほうが良いと思うけど。」と助け船を出してくれた。そこでぼくは、「機会あれば観てみてください。でも今の目で観れば、かなり牧歌的に映るかも、しれません」と返事した。

ジュラ、あれから『コヤニスカッティ』観てみた?

最近ぼくが出会った中でもジュラはずば抜けて頭がよかった。選ぶ言葉の的確さに、コイツはおつむの出来が違うと感じた。そんなきみにとって、ツイッタランドの泥沼めいた状況は、さぞや醜悪に映ったに違いない。人権の「じ」の字も理解してないような連中の鈍らな言説に辟易するのも無理はない、失望したきみは自らを絶滅させた。ぼくはそういうことだけには敏いから、きみの不在はすぐに知れた。

ジュラは白亜紀ともども、姿を消してしまった。

きっと海の向こうで、学業に励んでるのだろう。

だけどジュラ、きみがいないとぼくは寂しいよ。

きみの辛辣な指摘が、どれだけぼくらの目を開いてくれたことか。きみはこんがらがった糸をピュッとほどくのが巧かった。教養の欠けるぼくには、それこそハーバード大学の授業にテンプラ学生したような気分になれた。そしてそれ以上に、自分の子どもくらいの齢の若者と知りあえたことが、ぼくは嬉しかった。

今この氷河期に冬眠するのは仕方ないけど、いずれまた間氷期になるから、そのときは穴蔵から出ておいで。ぼくはそれまで、ジラシックパークならぬジラシックパークで、きみの復帰を待っている。

エド・シーランのカリンバ風シーケンスにも似た、フィリップ・グラスの陰気な御詠歌を聞きながら。

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題名が80年代ふうなのは、年齢の差のせいにしてくれたまえ。鰯 (Sardine)