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鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

70年代の巫女たち(金延幸子、カルメン・マキ、佐井好子)

Music

 

洋楽ばかり聴いてるけど、では、日本の歌に興味がないんですか?

 

たびたび訊かれた質問だ。そんなことはないよとぼくは面倒くさげに答えていた。

日本語の歌も聴くよ。男性よりも女性歌手が好きだな。若いころは矢野顕子とか大貫妙子をよく聴いていた。鈴木さえ子小川美潮も好きだった。わりとふつうの趣味だろ?

だけどこの年齢になると、自分が音楽を聴きはじめたよりもちょっと以前の、ロックやフォークやジャズに興味が向いてきた。話は逸れるけど、たとえば「外道」なんて、当時それほど好きじゃなかったのに、今の耳で聴くと「わーサイコー、こんなにカッコいいロックをどうして見過ごしてたんだろ?」と思っちゃう。

外道-香り - YouTube

今日はさらっと流したいから、脱線はこれくらいにして。

最近よく脳裏を過るのが、以下に挙げる三人の女性歌手だ。いずれもかの女たちが活動していた70年代には耳にしなかった。カルメン・マキは有名だったけど、OZをまともに聴いたのはずいぶん後だし、他の二人に至っては、認識したのは21世紀に入ってからだよ。

だけどなぜだろう。懐かしい感じがする。聴いていなかったくせに郷愁を掻きたてられる。でも、今日は惹かれる理由を深く掘り下げないでいたい。詳しく知りたければ他を当たったほうがいい。

 

 

金延幸子

 

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金延幸子の「み空」は衝撃的だった。かの女はフォークの黎明期から関西で活動していたシンガー・ソングライターで、72年に同名のアルバムを発表している。これがまたなんとも不思議な曲で、調性がよく分からない。長調短調を行ったり来たりするんだ。説明するのが難しいな、聴いてみようか?

いちばん近いのはジョニ・ミッチェルか。ファーストアルバムの感触に近い。他の曲を聴くとジュディ・シルみたいな雰囲気もある。サウンドの色彩感はプロデュースした細野晴臣の手腕かもしれないが、しばらく聴いているうちに、〇〇に似ていると考えることが莫迦らしくなってしまう。金延幸子のクセのない歌唱ときれいな日本語の響きに耳を傾けているだけで、ぼくは充足するんだ。

鳩の飛び立つ中を 犬がかけていく

空は どこまでも 青い空

私の腕が 太陽に届いたのは その時

流れる雲に抱かれ 魔法の海へ

過剰に印象づける愚は避けたいが、村上春樹の小説『海辺のカフカ』で、19歳だった佐伯さんが作った「海辺のカフカ」は(二つの不思議な響きのコードを持つという共通点があることを考えたら)こんな歌だったのかもしれないなと想像する。

 

 

カルメン・マキ(&OZ)

 

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あまりくどくどと説明したくないな。OZが活躍していたころ耳にはしていたけど、それほど好きではなかった。すでにパンクロックの時代に入っていたからか、OZ(の音楽をけん引したギタリスト・春日博文)のアプローチはなんだか古くさく思えた。けれども今ふたたび聴いてみれば、陳腐な言いぐさだけど「時代を超越した音楽」の底知れぬパワーを感じる。

どちらも重要なので一本に絞りきれなかったんだ。両方とも聴いて!

あの空を、と指さすその手に微笑めば
何事もなくあなたの家は沈みこむ
いつのまにか私の体も夕焼け色に
地平線に悲しいしぐさ少し動いて

加治木剛(またの名をダディ竹千代)の書いた歌詞は抽象的だけど、マキの圧倒的な歌唱によって生命を吹き込まれた瞬間、リアルな映像となって眼前に迫ってくる。「私は風」(マキ本人の作詞)の「どうせ私は気ままな女、気ままな風よ」前後の、演歌チックに感じられる箇所ですら、マキが歌えばあたかも聖書の一節のごとく啓示的に聴こえてしまう。

 

 

佐井好子

 

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佐井好子について語るのは気が引ける。アルケミーレコード主宰で非常階段のリーダーであるJOJO広重氏が詳細なデータ&解説を施してしまっているから。「にわか」のぼくが語るよりもそっちを読んでもらったほうがよいね。

Alchemy Records - Culmn - こころの歌・最後の歌⑴

Alchemy Records - Culmn - こころの歌・最後の歌⑵

Alchemy Records - Culmn - こころの歌・最後の歌⑶

『密航』もすぐれたアルバムだが、私的には『胎児の夢』がもっとも好きな作品だ。

大野雄二(『ルパンⅢ世でおなじみ』)による編曲がすばらしい。杉本喜代志(ガットギター)、佐藤允彦(ピアノ)以下の演奏も文句なし。佐井本人のスキャット・歌唱・詩の朗読を含め、国産最高のジャズアルバムと呼ぶにふさわしい、プログレッシヴな出来映えの作品である。

夢野久作の小説をライトモチーフにした、かなりディープな世界観だのに、あまりおどろおどろしくならず、むしろ涼やかで、さらりとした触感がある。ぼくが佐井作品を飽きずに聴ける理由は、情念に溺れない怜悧なアプローチにあるのかもしれない。

 

 

今回、三者の音楽を並べてみて、いずれも歌詞の抽象度が高いと感じた。しみったれた感じがしない、いわゆる世間一般が歌う「恋愛」とは隔たった場所にある。裏を返せば浮世離れしているとも言えるだろうが、こういった、ことばそのものの浮遊した感覚が、昨今めっきり少なくなっているのではないかしら。

金延幸子はフォーク、カルメン・マキはロックとジャンル分けされるが、佐井好子は、はて何だろう?カテゴライズしにくい音楽だ。いや、前の二人にしてもジャンルの枠内には収まりきれない音楽的裾野の広がりがある。一概にフォークだロックだと断定できない独立性がある。

むしろ三者に共通する要素は、シャーマニスティックなたたずまいである。本人の与り知らぬ領域で歌われる楽曲の数々。憂き世の桎梏から離脱する感覚。ぼくは今回の記事に「70年代の巫女たち」というベタなタイトルを冠したが、それは直感に依るもので理屈はあとづけ、説明は不可能だ。ともあれ三人の歌う詞(コトバ)が音楽という媒体を通じて純度を高め、結晶化していく言祝(コトホギ)の過程が、ぼくにとってはいちばんスリリングに感じるところである。

 

んー上手く説明できないや。でも、この中途半端な文章を載せることで、今回紹介した三人の歌が一人でも多くの耳に届けば、目的の大半は達成したことになる。それでいい、それだけでぼくは満足だ。

 

 

「肥後しぐさ」の招待

 

【はじめに】

江戸しぐさ」なる身振りがあるという。どんなものだか知らないが、一部の道徳の教科書にも載っているそうだ。文献がないので、実際にそんなしぐさがあったかどうかも怪しいらしい。だからぼくは江戸しぐさがどんなものか知らないし、知ろうとも思わない。

が、

熊本に帰郷して三年。熊本県人に特有の身振り手振りがあることに気がついた。その多くは中高年男性によるものだが、ぼくはこれを「肥後しぐさ」と呼ぼう。肥後しぐさは人間観察していると誰にでも発見できる独特のジェスチャーなのである。

  

【考察】 

 

例①「ピラフば(はいよ)

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これは上京した熊本の男性が、喫茶店でピラフを注文するが、「ピラフば」と言ったため、給仕の方から「お客さま当店にはピラフバはございませんが」と返されるという、80年代ごろにはすでに知られていたエピソードである。

これは「ピラフば」と体言止めした男性に問題がある。

正確に、熊本弁で「ピラフばはいよ」というべきである。省略しなかったら〈いくらなんでも「ピラフばはいよ」は標準語に聞こえないだろうな〉と意識して「ピラフをください」と頼めたはずである。その配慮を怠り、いつもの調子で横着したゆえに理解されなかったのだ。

そう、肥後もっこす(熊本男性の、寡黙で頑固な態度を指す代名詞)は基本的に横柄なのである。必要最小限のことばしか発さない。先日も或るラーメン店で、中年男が「水!」とコップを振りかざして怒鳴っているのを見たが、どうして「水をください」と言えないのだろうか。あのように粗野なふるまいを、ぼくは「肥後しぐさ」だと指摘したい。

 

肥後しぐさの特徴として以下の四つがあげられる。

  1. 必要以上にふんぞり返る。
  2. 面倒くさげに喋る。
  3. 指を突きたてる。
  4. なれなれしい。

1)は自分を必要以上に大きく見せようとする意識の表れである。空威張りと言い換えてもいい。熊本では中年男性の約6割がこのしぐさを身につけている。肩を大きく揺すり脚は開き気味(ガニ股)で歩く。下唇を突きだしていれば、なお完璧である。

2)は「寡黙さこそ美徳」と錯覚しているゆえの態度である。男たるもの、お喋りは慎むべしだとして余計に話さない(野球選手に顕著である。古くは巨人の川上、現ロッテ監督の伊東、カープの好打者だった前田など)。しかし男性同士になればそりゃもう喋るしゃべる。お喋りの内容はたいていが「そこに居ない者の悪口」である。他人を褒めることは滅多にない。これは隣県の福岡や大分のように同郷人を応援しあう互助の精神の対極にある。熊本から傑物がなかなか輩出しない理由も、ひとえにその排他性、足の引っ張りあいが常態化しているがゆえにであろう。

3)何かというと指を突きたてる。ぼくがむかし渋谷の道玄坂を歩いているとき、高校時代の同級生にぐうぜん出くわしたが、彼はつかつかと駆け寄ると、握手するかと思いきや、「あーただろ、あーた、ここで何ばしよっとね?(訳:あんただろ、あんた、ここで何をしてるんだ?)」とぼくの眉間に指を突きたてて喚きちらすので、周りの友人がドン引きしていた経験がある。たぶんぼくの苗字を忘れていたんだろうが、他人に向かって指さすのは失礼だと習わなかったのだろうか?

4)尊大なくせになれなれしい。いきなり旧知のごとく話しかける。「で、ここで何ばするとや?(で、ここで何をするのかね?)」「これに何の意味があるとね?」「これは次ン来るまでの宿題にしとく(しておく)」など、初対面にしてはずけずけと意見をもの申す御仁が多い。友好的とも言えようが、ぼくからしてみれば他者との距離感を測れていないとしか思えない。

これら①~④までをミックスして凝縮させれば、「肥後しぐさ」はどこのどなたにも、いとも容易くふるまえる。典型的な例を挙げよう。

 

例②「ボスち言うてやった」

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これは、「ズバッと指摘した」という意味である。どんな内容を指摘したかと問えば、「しぇからしかニョウボの居ったけん、おなごは口応えすんなち、ボス~(訳:小うるさい女房が居たので、女は口だし無用と言ってやった)」とか、「コンビニの前で中学生のたむろしとったけん、ヌシどみゃ早よ帰れち(お前たち早く帰れと)ボス~」とか、まあ自慢するほどのことでもなかったりする。

なお、ボスと発声する際にはアッパーカット気味に下から人差し指を素早く突きだす。できればニヤリと口の端を歪めてみせれば、あなたも一端の「肥後しぐさマスター」である。

 

さて、前述「ボス」でもお分りかと思うが、熊本県民の心性には「男尊女卑」の価値観が抜きがたく根を張っている。思想の根幹をなすと断定してもよい。熊本の中高年男性は、自分よりも年下の女性を「おなご【女子】」と呼ぶが、それが蔑みであることの自覚がない。だから下の絵に示すように、「おなごなら酌して当然」と思いこんでいるのである。「早よついでやらんや」は「早く注いでやりなさい」と訳せるが、この「~してやれ」という己の願望を“do something for”と一般化してしまうところが熊本弁のもっとも厄介な部分であり、これも肥後しぐさの典型と言えるだろう。

この男性の小児的なしぐさに、熊本の女性は如何に対応しているだろうか?

 

例③「なんば言いよらすですか、課長さんな、すかーん」

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芸能界で活躍する熊本県出身者はたいてい女性である。水前寺清子八代亜紀石川さゆりの三大女性演歌歌手、あるいは森高千里橋本愛にいたるまで、男性に依存しない芯の強さが共通する要素であるが、この「火の国の女」というステロタイプ熊本県内で発見するのはたいへん難しい。ぼくの独断と偏見によるが、一般的なイメージとは裏腹に、熊本の女性はきわめて「あしらい上手」である。上の絵に示したように、肥後の女性は男性の自尊心を適当にくすぐり、パワーハラスメントを無効化する術に長けている。その防衛術を会得しないまま酒席等に臨むと、女性は男性の横暴を真っ向から食らう破目になる。在熊女性の肥後しぐさは先の撓りや二の腕の突っ張りに顕著だが、これは媚態というよりも拒絶に等しいことを在熊男性諸君はやはり知っておくべきだろう。

 

【まとめ】

老夫婦が改札口に入るとき、駅員が咎める間もなく、主人は黙って通過する。それに追随した奥様が「亭主の分も二枚ね」と微笑みながら切符をさしだす。自動改札の発達した今ではあまり見かけない風景だが、過去それらを日常的に目の当たりにしていた熊本人は、男尊女卑のしぐさを内面化してしまっている。

何故か?理由は「そのほうがラクだから」だ。御亭どんば(ご亭主を)立てておいたほうが万事うまく納まるとの知恵から、女性は一歩も二歩も身を引いてきた。しかし現代社会、その身の処し方は必ずしも有効ではないし、肥後しぐさを上手く振る舞えない女性にとって、熊本は地獄にも等しい、居心地の悪い土地なのである。

熊本に半年も住んでいれば、肥後しぐさの一つや二つは簡単に真似られるだろう。だがそれはあくまでもローカルなものであり、スタンダードではないことを使用者は肝に銘ずる必要がある。肥後しぐさの滑稽さを知るには、余所の地域の風土や文化に触れ、常に比較し、批評的なまなざしを持つことである。安易に同調してしまったら最後、あなたは愚鈍の道をまっしぐらに進んでしまうだろう。

とはいえ悪いことばかりではない。なれなれしさは親睦と紙一重であるし、余計なお喋りをよしとせぬ態度は慎重さにもつながる。何ごとも程度が肝要なのだ。肥後もっこす(黙鼓子)の矜持を世に知らしめたいなら、先ずは自分が男尊女卑などの旧弊な価値観に縛られていないかを検証し、その悪習から脱却する気概を示すこと。それが21世紀の県民男児に求められる、しぐさならぬ姿勢ではなかろうか。

 

もちろん、これはほとんど自分を戒めているのである。最近Twitterで、フェミニズムを標榜するアカウントから相次いでリムーヴされた。さらに、直接関わったことのない何人かのアカウントからブロックまでされている。無意識かつ無自覚に、ぼくのツイートに肥後しぐさがにじみ出ているのではないかと思われる。この記事をご覧のみなさま、もしお気づきの点があれば、イワシそこだよと教えてください。あらためます。

 

 

 

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 【追記】

#九州で女性として生きること hashtag on Twitter

上のハッシュタグがタイムラインを賑わせている。#に絡めて取りあげられたわけではないが、拙記事に注目してくれたアカウントの少なからずがこの件について言及している。ほとんどは「九州の男性優位性」を訴えているわけだが、とうぜん男性側からの反発もある。<各家庭に意識差が大きすぎる中、「九州の」問題にしてしまうと他地域でそういう事例がある場合に発見、改善する機会を逃すし、「全体的傾向」を軽く決めてしまうのは差別につながりやすいので>あまり好ましくないのでは?とする控えめな意見から、<おまえらの家庭環境が単にクズってだけだろ?そーゆーのと一緒くたにすんなよ(大意・実際はもっと酷い)>といった罵倒まで、上のハッシュタグはさまざまな波紋を呼んでいるようだ。

ようだ、というのは今個人的にTwitterから距離を置いている時期だからである。いずれまたあの泥沼に飛びこむ破目になるのだけれど、一つだけ言っておこう。ぼくは、熊本いや九州の女性たちが、いかに生きづらいかを訴えることは正当な権利であり、どしどし発言すればいいと思う。それくらい言わないと九州男児は無自覚なのだから、男尊女卑の風土に胡坐をかいたまま一生を終えるだろう。この記事なんて甘いあまい。ほんの一断面を面白おかしく風刺したにすぎない。もっと真剣に、具体的な例を挙げて糾弾していい。どれほど「九州で女性として生きること」が困難であるか、を。

最後に、同郷のアカウント「棚」さんの、胸のすくようなツイートをご紹介しておく。

自分が辛いなら、そのつらさをきちんと言語化して、表現すればいいんです。そのつらさをなんでだか、つらさを表明している女性にぶつけ、あまつさえ女性の抑圧にかかるから迷惑。男性学でもぶちあげて、なぜ、男性は他者を踏み付けないと辛さを表現できないのか、その構造は何か考えたほうが良い。その過程で結局家父長制(権力を持つものが弱いものを支配する)の問題にぶちあたるだろうし、そこから利益を受けてきた男性たちと対峙しなくてはならないから面倒なんでしょ。あわよくばその構造に自分ものっかって楽したいんでしょ。それができないから女に怒りが向くんでしょ。

 このツイートにつけ加えるべきは何もない。男性諸君、胸に手をあてて考えてみたまえ。

 

 

 

個人が編んだ言の葉

 

昨日(8月8日)、天皇が「お気持ち」を表明した。

象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば(平成28年8月8日)

私が天皇の位についてから,ほぼ28年,この(かん)私は,我が国における多くの喜びの時,また悲しみの時を,人々と共に過ごして来ました。私はこれまで天皇の務めとして,何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが,同時に事にあたっては,時として人々の傍らに立ち,その声に耳を傾け,思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。天皇が象徴であると共に,国民統合の象徴としての役割を果たすためには,天皇が国民に,天皇という象徴の立場への理解を求めると共に,天皇もまた,自らのありように深く心し,国民に対する理解を深め,常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において,日本の各地,とりわけ遠隔の地や島々への旅も,私は天皇の象徴的行為として,大切なものと感じて来ました。皇太子の時代も含め,これまで私が皇后と共に(おこな)って来たほぼ全国に及ぶ旅は,国内のどこにおいても,その地域を愛し,その共同体を地道に支える市井(しせい)の人々のあることを私に認識させ,私がこの認識をもって,天皇として大切な,国民を思い,国民のために祈るという務めを,人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは,幸せなことでした。

天皇の高齢化に伴う対処の仕方が,国事行為や,その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには,無理があろうと思われます。また,天皇が未成年であったり,重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には,天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし,この場合も,天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま,生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。

天皇が健康を損ない,深刻な状態に立ち至った場合,これまでにも見られたように,社会が停滞し,国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。更にこれまでの皇室のしきたりとして,天皇の終焉に当たっては,重い(もがり)の行事が連日ほぼ2ヶ月にわたって続き,その後喪儀(そうぎ)に関連する行事が,1年間続きます。その様々な行事と,新時代に関わる諸行事が同時に進行することから,行事に関わる人々,とりわけ残される家族は,非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが,胸に去来することもあります。

始めにも述べましたように,憲法(もと)天皇は国政に関する権能を有しません。そうした中で,このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ,これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり,相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう,そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく,安定的に続いていくことをひとえに念じ,ここに私の気持ちをお話しいたしました。

国民の理解を得られることを,切に願っています。

この表明は当然、大きな波紋を呼んでいる。けれども、自身のメッセージがどのように波及するかを見定めた上での発言だったと思う。ぼくは上の記事を再読した上で、このような感想をTwitterに投稿した。

天皇制の是非についてはひとまず措く。ぼくが唸ったのは天皇の使う「お言葉」の巧妙さだ。あれほど考え抜かれた、切り貼りや編集や抜粋を許さぬ精緻な文は滅多にない。一言一句揺るがせにできないとはまさにこのことだと全文を読んで感じた。

読みあげられた「お言葉」を文字として再読すると、そこには周到に選び尽くされた推敲の跡を発見する。自身の立場と個人を正確に見極めた上でのぎりぎりの踏みこみ。安直な切り貼りを許さない丁寧に張りめぐらされた「係り」と「結び」。どの一行も蔑ろにできない。これではマスメディアも容易に侵害できまいと思ったものである。

ところが、さっそく産経新聞などは、この発言を奇貨として改憲の議論が加速化するよう誘導している。まったく呆れてしまうが、改憲論者の歯軋りが聞こえるようで面白くも思える。ともあれ天皇は一石を投じた。個人として発信をすることによって現政権が、マスメディアが、日本社会がどのように動くかを綿密にシミュレーションした上で。

 

ぼくは、SNSを交差する意見の数々を眺めた。そこには冷笑という見慣れた景色がなりを潜めている印象があった。それは天皇について語るという禁忌(タブー)の意識が反映しているのかもしれないが、あの渾身こめた真摯な個人の発言には、たしかに襟を正さぬには居れない佇まいがある。それを軽薄に混ぜっ返す振る舞いはさすがに憚られるといったところだろうか。

それでいいんじゃないかと思うと同時に、よりフランクに、自由闊達に語り合う土壌が形成されつつあるとの印象も受けた。たとえば天皇が言及した「殯(もがり)の行事」について。この前近代的な儀式を私たち市井の人間はどう受け止めるか。非人道的であるとぼくなどは感じるが、そういった重く、度重なる行事の是非についても、私たちは関心を持ってかまわない。天皇の公務が諸儀礼の継承によって成立している現状を、簾の奥の霞がかった幻影にとどめておく理由はなにもない。天皇が「私」という主語を用いた意味を考えたとき、現代における天皇制のありようと、天皇自身の人権についてを見つめ直すきっかけとするのは、悪いことではないように思う。

翌朝ぼくは、このような感想を追加した。

ぼくはどの角度から見ても隙のない文だとの感想を抱いた。役人が書いたのでは?と疑う意見をみたが、そうは思わない。思考展開と平明な表現は独特のもので、他が慮って代筆できるものではない。一言一句揺るがせにできないと書いたが、神聖にして侵すべからずとは思わない。各自が好きに解釈していい。

読みあげた本人(天皇)もきっとそう思っているはずだ。みんなで考えてみてくれ、と。でなけりゃ発信した意味がない。

利用しようとすれば、なんだって利用の対象となる。すぐにプロジェクトチームが組まれ、対策案が講じられるだろう。しかし、あの文言を改憲の口実として手前勝手に解釈するのは容易ではないぞ。誰にでも理解可能の平易な文章だけに、いたずらに弄りがたい。と、ぼくは「フラット」に読みましたけれどね。

ぼくの見通しは甘いかもしれない。多くの人が指摘し、憂慮するように、現政権および憲法改正論者の具体的な目論見は、時限立法としての「緊急事態要項」を半永久的に継続することであり、最終的には憲法の条文に固定化することである。そのためなら皇室典範の一部改正をも憲法改正に利用するとの見方が正解だろう。だが、もう一度、天皇の発言そのものに目を通してみよう。そんな企みの入りこむ余地はない怜悧な文章だ。もし、この発言を盾に憲法改正の機運を醸成しようとする怪しげな動きがあれば(それは既に始まっているが)、私たちは「そんなこと、どこにも書いてないぞ。天皇の発言と憲法改正は別問題だ。それこそ天皇の政治利用じゃないか」と言い返せばいい。天皇を右傾化の防波堤として利用することには賛同しかねるが、そう主張することは可能である。だから、発言の趣旨を読み解くことで、主権者としての国民が、日本という国土に、今後どのような社会を構築していくかを考える契機になるのではないかと思います。その意味で、天皇の言葉の真意を探る試みは、ここ(日本)で生活する者にとって、決して無意味ではないことだと思いました。とメンションに返答したのである。

もちろん象徴天皇制の継続を求める天皇の希望が「千代に八千代に」となる危険を懸念する声は当然であるし、煎じ詰めれば「やってられっか」が大意だとする意見も理解できる。が、私たちは、とにかく構えすぎる。現にこうやって書いている間はまだしも、公開する瞬間やはり緊張するだろう。ぼくは少し前にTwitterにこのようなことを書いた。

天皇という文字を打つ際、僅かにためらう気持ちがぼくの内にあります。神聖にして侵すべからずの戦前よりかはマシにしても、日本人は天皇について語ることを未だにタブーとしている。象徴天皇制の是非をふくめて、自由闊達な意見が交わされる社会になればいいですね。

でもさ凛さん、やっぱりちょっぴり心拍数があがっちゃうよ。

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だから<天皇の発言について反応し、言及すること自体が反動であり、結局それは天皇制を強化するだけの働きにしかならない>とする一部の反天皇制論者の意見には首肯しかねる。ぼくの・私たちの住む日本において、天皇とは何かと問い続けることは決して無意味なことではない。天皇を、外交における有力なカードとする合理的なものの見方から、日本社会を覆いつくす空気のように偏在する情緒=ムードと捉えるかまで人の数だけ意見があるだろうが、真摯な意見の交流を重ねあうことで、象徴のおぼろげな像が実線を結び、はっきりとした輪郭線を持った等身大の人格となるだろう。そうやって天皇を自分たちの側に引き寄せてみようじゃないか。ひいてはそれが、旧弊な制度から天皇を解放に導く手立てとなるかもしれない。今回の発言が本人の毛筆によるものかパソコンによるものか、皇后・美智子さんのサジェスチョンによるものか法学者の手引きによるものか、いずれも定かではないけれども、日本の先行きを考えるには格好の材料だと思うんだ。

 

ぼくは、今回の天皇の文章を読んで、人のいのちの儚さに思いを馳せていた。

とにかく、いっぺんでいいから熟読してみるがいい、個人が編んだ言の葉を。

かれは明らかに、“Come on, come talk to me! ”と、ぼくたちに訴えている。

 

 

 

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【追伸】

『表徴の帝国』に示された「空虚な中心」“のみ”で、天皇制の考察を回収するって、知的怠慢だと思うな。生身の人間がそこに存在しているという想像力を持たない言説は、それこそ空虚でしかない(過度に情緒的なのも困るけれどね)。これ、べつに天皇制に限った話じゃないよ。ほとんどにあてはまる。

 

 

つぶやけなくて

 

①先日、「人生に、文学を。」という日本文学振興会の新聞広告が物議をかもした。「どうやって人生を想像するのだ(アニメか?)」なんて挑発的な()内の強調や、「男の落魄、女の嘘」といったクサい文句が槍玉にあがっていた。鼻持ちならないコピーはぼくも不快に感じたし、結局は二大文学賞の権威を強化したいだけとの意図が見え見えだったから、その広告を引っ込めざるを得なくなった事態に同情の余地はない。

②けれども逆張りのようだが、ぼくは文学に頑張ってほしい。文学にしかできない領域が絶対にあるはずだ。たとえば人の心理の掘り下げなどは、やはり他のジャンル、音楽や絵画や映画や詩歌やマンガよりも、文学に任せたほうが上手くゆく。その気になれば文学はどこまでも深いところまで到達する。文字のみですべてが表され、本という媒体で著者と読者が対峙するという閉じた関係性を持つ小説は、制約の多いがゆえに受け手(読者)が能動的にならざるを得ない構造を持つ。その閉じた環であればこそ自由な表現は担保されよう。その特性を利用し、人間の感情やら行動やらを余すところなく書き尽くしているかどうか?其処が単なる小説と文学とを隔つ分水嶺であらうと思ふ。

③これは前にも書いたが、ぼくはかつて文芸評論家の斎藤美奈子氏から「文学とお話は違うのだから」と講評された。その意味がここ何週間かでようやく分かってきた。前の記事を書いた際に「ぼくがやさしくない」理由の具体例を示そうかと考えたのだが、それをブログに記すのはためらわれた。書き手と読み手の協定が結ばれていないインターネットにおいて記録を残すのは危険でもあるし、赤裸々に表せば表すほど書くほうも読むほうもダメージをこうむる。私小説の体裁にするか寓話的にほのめかすかは題材の選択と著者の手腕によるが、いずれにせよブログで書くには限界があり、「それから先」は文学の領域である。

④が、それもこれも斎藤美奈子氏が最近二つのコラムで迷走したからこそ気がついたことだ。切り結ぶのに得意な批評家がああも現状を把握できていないとは意外だった。かの女が文学を衰退させた張本人との誹りには与しないけれども、野党共闘と全体主義とを混同した頓珍漢な解釈にはやはり落胆せざるを得ない。

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🔗 web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第五十二回

⑤こういうことは波風が立つのでツイッターでは黙っているが、個人的に宇都宮健児氏を支持したことは一度もない。前回、他に候補が見当たらないなら宇都宮さんでいいのでは?と消極的に推したことはある。消極的である理由は自分が小沢一郎の支持者であるからだ。小沢さんが世にいう「陸山会事件」において謂れのない嫌疑を受けているとき、当時の日弁連会長だった氏は、検察の強引な捜査手法にダンマリを決めこみ、一言の批判コメントもなかった。弁護士のモットーである「疑わしきは罰せず」の理念は何処へ?あのときの感情的なしこりは今だに払拭できない。だから今回の(鳥越氏陣営との)確執についても、さもありなんと思うばかりである。

⑥そして都知事選が終わった今でも、野党候補は誰なら勝てたか?などとの未練がましい意見があとをたたない。ふん、誰が起とうがコイケに勝てたもんか。あのマスメディア総動員による追い風ムードに対抗するなら、なまじっかな候補者を連れてきてもダメで、古舘伊知郎でも久米宏でも万全ではない。可能性があるとすれば、吉永小百合か。あのやんごとなき・マスコミも徒や疎かに扱えぬ・庶民の象徴であらせられる小百合さまでも担がないかぎり、今回みたいなポピュリズム選挙で、護憲派リベラル野党共闘サイドに勝ち目はなかっただろうねえ(誤解されちゃかなわんから断っておくと、ぼくが東京都民だったら迷わず鳥越氏に投票しただろうな)

⑦ぼくは昨夜、ジェニファー・ウォーンズ92年の傑作アルバム『ハンター』を聴いていた。なぜ思い出したかというと、レナード・コーエン師の記事をみて連想したからだが、それ以上にメガネをかけたジェニファーの容貌が、なんとなく今回の組閣で防衛大臣に就いたあの女史に似ていると思ったからさ。だけど、イナダはジェニファーのセン狙ってんじゃないか?なんて冗談でも書いたら、幻滅する方が現れるやもしれぬ。いろいろ下書きしてみたけど、ぼくも今回の人事には強い危惧を抱く一人であるため、結局ツイッターに放るのは止しにした(追記:結局ガマンできずにポストしちゃった)。

🔗 イワシ タケ イスケ on Twitter: "@midorinotom @feedback515 横入り失礼。イナダボーエーデージンは、ジェニファー・ウォーンズ(ジョー・コッカーと「愛と青春の旅立ち」をデュエットした女性歌手)をお手本にしていると思います。 https://t.co/MT8QC9o9v7"

『ハンター』は今聴いても楽曲も音質も演奏もすばらしい。CD見かけたら迷わず買うべし。

⑧あー、山下達郎が「サンデーソングブック」で発言した「候補者の偏りがある報道」についての批判だけど。あれを手放しに喜ぶのは如何なものか。だって「あの三人には死んでも入れません」なのでしょ?その他の入れたい候補者がかりに桜井某だったらどうすんのさ。ぼくは音楽家としての「達郎」を尊敬はするけど、氏の社会へのまなざしには懐疑的だな。かなりコンサバティブな人だと思うよ、「ヘイ、リポーター」の昔から。 

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……な、つぶやけないさンなこと。だって嫌われたくないもん。えゝ酔ってますよ、缶ビール一本で。酔わないとこんなことも書けないほどのチキン野郎だから。文学なんざ到底ムリ。書けねえよ。今回も我慢できなくて小出しにしちゃったぼくは、てんで堪え性がないんだよ。

 

 

やさしさに包まれたいなら

 

やさしくはないんだな、ぼくの場合。とりわけ同世代には、やさしくないヤツが多いね。この国の「長」とか(ぼくより少し年上だけど)典型的だ。基本的に、他人に興味がないんだ。すごく冷淡。自分のことしか考えていない。

世代論にしたくはないけど、それはやっぱり今の50代の世代的な特徴なんだよ。そのくせ「いきすぎた個人主義は云々」と人権を侵害したがる。テメエは人権にめいっぱい擁護されてきたくせにさ、他人の人権にはまるで無頓着なんだよね。

どうしてなんだろう?

どうしてぼくたちはこうも拙い?

どうして日本の中高年男性は、かくも醜いのだろう?

 

子どものころは、やさしさがちまたにあふれていた。コマーシャルも流行歌も、やさしさの重要性を説いていた。70年安保の終わったあとに青春期を迎えた世代。それがぼくたちだった。

シラケ世代と名づけられた。三無主義ということばもあった。いつの世も大人たちは自分が納得したいため、理解しがたい若者にレッテルを貼りたがる。ぼくらはしらけていただろうか?それほどでもないように思う。ただ、前の世代に比べると声高に主張をしなかった。自己主張は損だとの意識が根底にあった。オレはこう思う、と正面きって語りだされると、とても困った。ぼくも困ったし、きみも困った。みんな困ったので、誰も主張しなくなった。

成人の日には決まって「青年の主張」という放送があった。あれが大嫌いだった。まじめな学生さんが、苦労しながら自己実現にまい進するのを聞くのは堪えがたかった。そのことを他の同世代にこっそり洩らすと、オレもわたしも嫌いだと頷いた。みんな嫌いだったのだ、きれいごとの弁論大会を嘘くさく思っていたのだ。それを知ってぼくは、あゝみんなと同じだと安堵の息をついた。

やがてお笑いブームが到来した。タモリが皮肉たっぷりに「意味のない歌がいいよね、思想のある歌はイヤだねえ」とフォークソングをやり玉にあげ、ビートたけしが権威の滑稽なふるまいを嘲笑しながら毒ガスをまき散らしていた。ぼくらは快哉をあげながら彼らの「ホンネ」に同調した。

……と、ここまで書いて、なんだか情けなくなってきた。

 

じつは「鰯の独白」が書けなくなってしまった。素材は常に蓄えているのだけれども、なんだかそれもむなしく思えてきた。浮かんだ考えを、いちおうの結末まで導くのが億劫になってきた。そのプロセスをたどっているうちに、妥協があったり、諦めがあったり、衒いがあったり、投げやりになったり、まあいろいろとあって、書きあげる気持ちがくじけてしまった。

たとえば上の文章から、いくらでも枝葉を広げられる。白状すると「やさしさ至上主義」というタイトルの記事を八割がた書いて削除した。当時のフォークソングに代表される、やさしさの押し売りに辟易した少年イワシにとって、唯一リアルに思えた歌詞は、RCサクセションの『シングルマン』に収録されている「やさしさ」だけだった。

誰もやさしくなんかない きみと同じさ いやらしいのさ

誰もやさしくなんかない だからせめて 汚い真似はやめようじゃないか

忌野清志郎が痛烈に批判した「やさしさ」とはなにか、同時に渇望した「やさしさ」とはなにか?そこを掘り下げる作業が、今はとてもシンドい。その当時(70年代中盤)に流行した「やさしさ」の大安売りをいまさら典型例を挙げて糾弾することもあるまい。と、中途でしらけてしまう習性が身についてしまっていることに、堂々めぐりで先へ進めないディレンマに、うんざりしてしまう。

あのころ抱いたぼくの心情を、もっとも的確に描写した小説は、橋本治の『桃尻娘』シリーズで、とりわけ「無花果少年」の空虚さには自分との共通点にドキッとしたものだが、それも今は手もとに本がなく、記憶を頼みに書くのもなんだか気がひけるので、橋本治についてもいずれ書きたいが、目下棚上げ中である(それもこれも、前に書くと宣言しておいて未だに放ったらかしの「パンタ&HALのマラッカ」についての記事が尾を引いているからだ。なぜなら、パンタについて書くならば、否応なく橋本治にも触れなければならない)。

なんだろうな、このドシャメシャ感は。どうしてこんなに混乱してしまったんだ?

 

つまり、なにが言いたいかというと、ぼくは人にやさしくした経験がほとんどないという事実に突きあたってしまうので、金縛りにかかってしまうんだ。

ぼくは自分でも薄情だと思うことがある。ふつうならここで泣くんじゃないか、あるいは悔やむんじゃないかといった局面に立つたびに、自分でも吃驚するほど冷淡な態度をとる。 それを冷静さと好意的に受けとられる場合もあるが、たいていはぼくという人間の本性を見て、人は離れていく。

ぼくは、やさしくなんかない。

このあいだ、Twitterでエラソーにやさしさが必要だと講釈を垂れた。

ぼくは本心から語ったつもりでいたけれど、でも、ほんとうに今の自分がやさしいかどうか、怪しいもんだと思う。

やさしいそぶりをしているだけではないかという疑念がまとわりついて離れない。

80年代半ばに、ザ・ブルーハーツが「人にやさしく」と歌っていた。ぼくの性格上あの歌にはかすりもしなかった。が、今ふり返ると、あれは単純だが、単純なだけに内容の深い歌詞ではないか、それを見過ごしてしまっていたのではないか、と最近になって考えを改めている。

人にやさしく してもらえないんだね

ぼくが言ってやる でっかい声で言ってやる

ガンバレって言ってやる 聞こえるかい、ガンバレ!

こうやって書き起こしているだけでも恥ずかしくてたまらない。でもなぜだろう?何故ぼくは「ガンバレ」を素直に口にできないのだろう。ガンバレと励ますことを恥ずかしく感じるのだろう。その感性はいったいどこで育まれたものなのか。

偽善のにおいがするからか?しかし善意の発揮を片っ端から偽善だと断じてしまったら、あとに何が残るだろう。草も生えない荒地ではないか。光の届かない暗野ではないか。

一括りにされてはたまらないと思うかもしれない。が、ぼくはあえてぼくらと言う、

「ぼくら50代の精神はあまりにも貧しい」と。

 

先日のTwitterを再度ふり返ってみたい。最初、お子さんが生まれたばかりの@なすこさんが、先日の津久井での事件について、こんなふうにつぶやいていたのを目にした。

障害者やその家族がどんな思いでいるかというと胸が苦しくなる。誰もが安心して生きられる社会にしたいし、そう思っている人もたくさんいるはずなんだけど、どうしたらいいんだろう。

 それを読んだぼくはこんな返事をしたためた。

お花畑かもしれませんが、それは優しさだと思います。社会からちょっとずつ優しさが失われている。人に優しさをもたらすには自身がつよくなければできない。けどほんの少しでも思いやりを持てば、さつばつとした世の中も暮らしやすくなると思います。

 そのときの気持ちは、たぶん混じりっけなしの本心だったと思う。これを読んだ別のかたからは、こんな意見もいただいた。

老人や障害者を社会の厄介者扱いする、政治の制度や社会の仕組みを、 老人も障害者も、一人の人間として尊重し合えるような、政治の制度や社会の仕組みに変えなければならないですね。

ぼくはこんなふうに答えた。

はい。きれいごとかもしれませんが、お互い尊重し合うことこそが人道なのだと思います。

冷笑派からすれば歯の浮くようなせりふに見えるだろうが、これも本心からだった。

そして、@なつおさんから(ぼくが眠っている間に)こんな感想をちょうだいした。

いつからでしょう、誰もが暮らしやすい世の中にしたい、助け合って安心して生活できる世の中になってほしい、という願いがお花畑思想だと言われるようになったのは。 やさしい花一輪も咲かない世の中に何があるというのでしょう。

翌朝この返信をみて、ぼくは少しうろたえ、つまずいてしまった。ほんとうにいつからだろうと自問してみたが、すっきりした回答は導きだせなかった。

いつからだろう?優しさの否定はたぶんぼくらがシラケ世代と呼ばれた辺りかな。インターネットの普及でさらに加速した。確かに上っ面の「優しさ」には胡散くささを感じますが、建前を否定し続けた結果シニシズムに陥ったのがこんにちだと思うのです。

たとえば邦ポップスの歌詞に頻出する奥行きのないポジティヴさや、公に流布される美辞麗句のスローガンに、ケッと鼻白む感情は自分の中にも抜きがたくありますが、しかし善意を偽善と一絡げに放擲してしまっては、社会そのものが成り立たなくなる危険があると思うんです。

「本音で喋ろうぜ、建前は抜きだ」的な風潮の行き着いた先が、対話する相手を尊重せず、揶揄するに長けた、現状追認型の言説に塗れた今です。けれども鼻先で嗤う仕草が標準となったら、この言語空間はますますサツバツとなり、素朴な感情の発露を踏みつぶすばかりとなる。

だからせめてぼくは抵抗の意志として、自らを「お花畑」だと称しているんです。ま、これも皮相な見方をすれば、逆張りの変奏曲かもしれませんが。

長々と返信、失礼しました。鰯

などと書いているうち、自分の陰気さに滅入ってきた。どうしてぼくは素直に語れないのだろう。自分の内側にようやく芽生えた善意のつぼみを自分で手折ってしまうのだろう。オレは決して善良ではないよと、ことさら偽悪を装ってしまうのだろう。

ぼくはなつおさんの率直な問いかけにじゅうぶん答えられなかった。いつの間にか我が事に感け、やさしさの真意を追求できなかった。それはぼくが長年培ってきた韜晦の仕草である。おまえきれいごと言っているが、それほどの人格者なのかよと誰かに問われているような気がしてならない。それでこんなひねくれたものの見方をするようになった。

自分の周囲にいた友人・知人が、ぼく同様に皮肉屋だったわけではない。だけどぼくはかれかの女らに、からかわれるんじゃないかと怖れていた。「おまえ何かヘンな宗教にハマッたんじゃないか」と言われないだろうか?などと、取り越し苦労としかいえないような思考回路になっていた。ぼくはセンシティヴすぎるのかもしれない。自分の好きなものを否定されたらどうしよう。「へえ、おまえそんなものに興味もってんの」と鼻で笑われないだろうか。笑われないにしても相手が心の中でぼくの思考や志向や嗜好を軽蔑してるかもしれない……ぼくはそんな邪気にまみれた人間なのだ!

だから言い訳めくが、ぼくにとって、他人に寛容であったり、やさしさを発揮したり、誰かが困ったときに手を差し伸べたりすることは、とても難しいことなんだ。

心の裡では思っている、やさしくあらねば、と。

だが、それをことばにすると、うそに感じてしまう。

そしてさらに、やさしさを行動に移すさいには、途方もないエネルギーを要す。

自分のなかに棲む、冷ややかに笑う魔物を、打破しなければならない。

それは弱虫の言い逃れにすぎない。わかってる。だけど、勇気が湧いてこない。

ぼくの行く手を阻む、好意の萌芽を邪魔だてする、もう一人のぼくがいるから。

 

そしてぼくはその日の晩、苦し紛れにこんなツイートを投函した。

「思い」と「ことば」と「行動」を、ていねいに結びつけることが大切だ。どれか一つだけでもいいんだけど、できれば三つをバランスよく統合したい。

やさしさを唱えるのは簡単なことだ。文字に表すのも難しくはない。だけど、やさしさを実行するには、自分の今までの人生を、もう一度洗いなおす必要があるように思うのです。

 

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これは今年の父の日にパートナーが贈ってくれたマドラスチェックの半袖シャツです。着心地いいので、たびたび洗濯しては毎日のように着ています。古着屋で買ったと言っていたけど、かの女はどうしてぼくの好みを熟知しているのだろう。

着ているとなんだか、やさしさに包まれたような気がする。お返しにぼくからかの女になにかを与えられるんだろうか。いずれにしても、自分がやさしさに包まれたいなら、先ずはやさしさを自然に表せるような精神力を培いたいと思う。だってほんとうにやさしい人は、おそらくこころに余裕のある人だから。