鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

劇画『I・飢男』に登場したザ・フー

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左:ピート・タウンゼンド、右:ロジャー・ダルトリー

 

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著名な劇画原作家、小池一夫さんが平成31年4月17日に亡くなった。82歳だった。

ぼくは小池一夫作品の良い読者ではない。代表作の『子連れ狼』も全巻は読んでいない。だが、青春のときどきに、そこにある雑誌を手にとれば、小池一夫原作の劇画は、必ず連載されていた。昭和から平成を生きた自分のような中高年は、好む好まざるにかかわらず、氏の作品に触れ、影響されているはずである。

ロック少年だったぼくに、とくに衝撃を与えた作品は、これから紹介する『I・飢男(アイウエオ・ボーイ)』である(作画:池上遼一)。最初『週刊現代』に連載されたが、のちに『劇画ゲンダイ』へ、それから小学館の『GORO』と、掲載誌が転々としている。ぼくが目にしたのは、『GORO』掲載時の「アメリカ編」である。通常より大きなサイズの雑誌に、池上遼一のシャープなタッチで描かれる美男美女の艶姿は、思春期のぼくに鮮烈な印象を与えた。

そして、この『I・飢男』には、今なお現役で活躍する実在のロックバンド、ザ・フーが登場する。例えばそれは『巨人の星』に長嶋茂雄王貞治が登場するような、虚実ない交ぜの面白さがあった。

説明はほどほどにしよう、このブログ記事では「フーの諸君(byギラム)」が登場する場面だけを、ざっとかいつまんで紹介したい。

 

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昼の部のコンサートを終えて、意気揚々と楽屋にひきあげたザ・フーの4人。ところが、楽屋には怪しげな闖入者が一人(主人公:暮海猛夫)。男は殺人者として追われている身だと自己紹介し、金は払うからレストランの夕食につきあってほしい、と申し出る。何のために? と訝るフーの面々に、男は、映画プロデューサーのギラムと会わなければならないと告げる。ヴォーカリストロジャー・ダルトリーが差し出したコーラを一気に飲み干した男は、そのまま意識を失う。フーの4人は、スーツケース一杯に詰まった金を奪って、この男をほっぽり出すことも可能だったが、自分たちを信じて眠りについた見知らぬ日本人の男に、意気を感じ、要求を受け入れる。ギタリストのピート・タウンゼンドは男の携えていたケースを「見ろよ」とメンバーにうながす。

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「ガッツなんだな!」「ハードでストロングな男だ」

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「おれは引き受ける(ロジャー)」

「勿論(ピート)」

「おれも!(キース・ムーン、ドラムス)」←似てる。

「Me Too!(ジョン・エントウィッスル、ベース)」

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『フーズ・バイ・ナンバーズ(旧題:ロックンロール・ゲーム)』は(『I・飢男』連載時)1975年のアルバム。ちなみにジャケットのイラストはジョン・エントウィッスルによるもの。

 

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熱狂するファンに囲まれるザ・フー。彼らを煙幕とした暮海猛夫は警察の張った非常線を突破し、Aギラム氏の待つ高級レストラン、ブラウンダービーにたどりつく。

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<高級レストランに入店したダルトリーがウェイターにラフな服装を咎められ、その場で解いた靴紐をネクタイ代わりにして、ほれこれでいいだろってカマしたところ。>兵庫県伊丹市在住・樹山さんの回想)

突然の珍客にもギラムは平然と、フーの諸君も席につきたまえと、食事を振る舞う。夜の部のステージに備えて料理にがっつく野蛮なバンドマンたち。だが、この時点でケン・ラッセル監督『トミー』の主役を張り、さらに『リストマニア』が公開されているだろうロジャー・ダルトリーは、ハリウッドの大物プロデューサーに独自の映画論をぶつ。

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これも映画への関心は人一倍のピート・タウンゼンドも映画論に一丁噛みする。

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ここで改めて『I・餓男』の筋書きを紹介する。
<写真を職業とする広瀬未来は偶然、大物政治家のスキャンダル写真を撮ってしまったため口封じに強姦されて自殺してしまう。それを知り復讐を誓う恋人の暮海猛夫。巨大組織との、あらゆる手段を使用した壮絶な戦いがはじまる。>

プロデューサーのギラムは、暮海猛夫の「物語」に興味を持つが、どう扱うかは態度を保留していた。が、それを「フーの諸君」は後押しするのである。

「『ポセイドン(アドベンチャー)』の次には何が来るんでしょうかね! ミスター・ギラム。あなたがアーウィン・アレンを追い越すためには『ポセイドン』を超えるものをつくらなければならないだろうなあ、やっぱ! おれたちゃあ期待で胸が膨らむね! 執念をかけてあなたが次につくろうとする映画は何だろうと! アレンに勝負を挑む企画は何なのだろうとね!(ロジャーのセリフより)」

つまり、暮海猛夫の持ちこんだ企画(政界スキャンダルに巻きこまれ恋人を殺害された男の復讐譚)を撮れ、と焚きつけているのである。

さて、食事を終えたフーの面々は、ごちそうさんとギラムに告げ、おさらばするぜ、と席を立つ。同時に、いったん暮海から受け取った日本円の札束を彼の目前に放りやる。そして以下のように、この劇の一場面から退場する。

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キザはどっちだい? と言いたくなるが、このセリフはやはり、ザ・フーでなくてはならなかった。

ぼくは2011年12月に、こんなツイートを投稿している。

そして、2019年4月19日に、

追悼。小池一夫さん。

先生の『I・飢男』におけるザ・フーの配置は的確でした。物語の展開上、フー以外はあり得ない。ローリング・ストーンズレッド・ツェッペリンではダメなのだ。「ガッツなんだな」「ハードでストロングな男だ」等のセリフも「キザだけど」「いい線いってる。」でした。

と、この劇画について再び投稿している。それほど衝撃だったのだ。なぜなら、『I・飢男』によって我がザ・フー観は醸成されたようなものであるからだ。

ザ・フーは漢気あふれ、義侠心に満ちた、インテリジェンスを備えたバンドである、と。

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そう思わせるにいたった、小池一夫氏のテキストに思いを馳せる一助となるなら、この記事をまとめた甲斐もあろうというものだ。

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<説明:マキの姉、夏子の助けを借りて単身、アメリカに渡った暮海猛夫。復讐を遂げるために、ハリウッドの超大物映画プロデューサー、A・ギラムに接触を試みるが……。

収録作「アメリカ編 兇殺行 アンクル・トド」ほか「サンセット・ブルバード 夕日に向かう道」「目的」「桜ンボのマール」「地獄を通ってでも行くぜ」の全5話を収録。>

この「地獄を通ってでも行くぜ」に、ザ・フーの諸君が登場する。インターネットで無料でも読めるようだが、できれば単行本を入手していただきたい。

 

 

【過去記事】

kp4323w3255b5t267.hatenablog.com

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SNSの囚われ人達に読ませたい一冊、『悪童日記』

 思うところあって『悪童日記』を新たに買い求めた。

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悪童日記』はハンガリー出身の女性作家アゴタ・クリストフが1986年に発表した中編小説である。以来、世界の20ヶ国で翻訳・出版されており、日本では1991年、堀茂樹の翻訳により早川書房より発行された。2001年には文庫化され、昨年に21刷を数えている。

 海外の小説だからといって、かまえる必要はない。東欧らしき国境付近の小さな町が舞台であるが、覚えにくい人名や地名は出てこない。最初のページこそマンガレリ『おわりの雪』みたいな少年の微妙な内面を描いた心象小説か? と思わせるけれども、ページをめくるとその予想は大きく裏切られる。

 読者はたちまち、文章の「速さ」に身を委ねることになる。双子の少年が戦時下の窮乏を凌ぎ、生き抜くために知恵を絞りだすさまに魅了される。みずからに課した一つひとつの試練を遂行していくことで、彼らは強く、逞しく成長する(ただし、かなりいびつに)。そして読者は、次はどんな出来事が起きるのだろう? 彼らはどう対処するだろう? とワクワクし、ページを繰る手も速くなる(本好きならば小学生高学年でも読みおおせると思う)。

 贅肉のない簡素な文体は、この小説が悪童二人が互いに記した日記という体裁をとっているからだが、作品中に、その簡潔明瞭な理由を、悪童みずからが説明している箇所がある。解説で訳者の堀氏が引用しているので、少し長くはなるが、私も倣って書き写してみよう。

 

〔作文が〕「良」か「不可」かを判断する基準として、ぼくらには、きわめて単純なルールがある。作文の内容は真実でなければならない、というルールだ。ぼくらが記述するのは、あるがままの事物、ぼくらが見たこと、ぼくらが聞いたこと、ぼくらが実行したこと、でなければならない。

 たとえば、「おばあちゃんは魔女に似ている」と書くことは禁じられている。しかし、「おばあちゃんは『魔女』と呼ばれている」と書くことは許されている。

「〈小さな町〉は美しい」と書くことは禁じられている。なぜなら、〈小さな町〉は、ぼくらの眼に美しく映り、それでいて他の誰かの眼には醜く映るかも知れないから。

 同じように、もしぼくらが「従卒は親切だ」と書けば、それは一個の真実ではない。というのは、もしかすると従卒に、ぼくらの知らない意地悪な面があるのかも知れないからだ。だから、ぼくらは単に、「従卒はぼくらに毛布をくれる」と書く。

 ぼくらは、「ぼくらはクルミの実をたくさん食べる」とは書くだろうが、「ぼくらはクルミの実が好きだ」とは書くまい。「好き」という語は精確さと客観性に欠けていて、確かな語ではないからだ。「クルミの実が好きだ」という場合と、「お母さんが好きだ」という場合では、「好き」の意味が異なる。前者の句では、口の中にひろがる美味しさを「好き」と言っているのに対し、後者の句では、「好き」は、ひとつの感情を指している。

 感情を定義する言葉は、非常に漠然としている。その種の言葉の使用は避け、物象や人間や自分自身の描写、つまり事実の忠実な描写だけにとどめたほうがよい。(文庫294~295p 解説より)

 

 主人公の双子「ぼくら」は戦時下であるがゆえ、まっとうな公教育を受けられない。しかし、自堕落にならないように、あえてみずからを律し、お互いを教育し合い、採点し合うのである。そんなディシプリンの果てに、文体は鍛えられ、余情や曖昧さは排除される。

 皮相な見方をすれば、これもまたジョージ・オーウェル1984年』に描かれた「ニュースピーク」の変種かも知れない。悪童たちが用いる言葉の隙のなさは、情操の欠落であるとも言えそうだ、が。

 私は今回『悪童日記』のソリッドな書法にひどく惹かれる。見習いたいとも思う。それは、このところSNSを利用していて感じることだが、情報を正確に記さず、自らの印象を混ぜこむような「意見」が、目に余るからである。

 ある者は「誰が」の主語を省略し、ある者は在りもせぬ仮想の敵を設定し、またある者は「思うのですが〜」と明言を避けつつも、結尾は必ず「〜なのです」と断定するという、仄めかしや焚きつけが横行している。影響力のあるアカウントやら政治/社会学者やらジャーナリストやら、果ては政治家にいたるまでが、いい加減な言説を振り撒いたあげく、誤謬を指摘されても訂正も詫びもせず、反省の色はまったくなく、毎日いけしゃあしゃあと嘘をつきまくる。そういう意味で、SNSとくにツイッターは戦場と大差ない。死骸のかわりに屍体のような言説が其処彼処に転がっている。反吐が出そうな風景だ。私は、連中と同類に堕したくない。

 ならば私も、SNSの戦火を潜り抜けるために、自分自身が操る言葉を鍛えなくてはならない。もちろん、間違いを指摘されまいと守りを固めた文章に魅力はないけれども、こと政治や社会など公に広く問う種類の題材を扱う場合に曖昧さは禁物である。己の中に一人の批評者を設定して、表明すべきかどうかの可否を診断してみようと思う。

 そのための具体的なメソッドが『悪童日記』には山ほど記されている。中には猥褻や殺害といった目を背けたくなる場面もあるけれども、〈感情を定義する漠然とした言葉〉を回避することにより、事実を事実として描写することができるし、さらに、率直に徹した言葉だからこそ、欺まんや言い逃れにトドメを刺すこともできる。

 最後に「“牽かれていく”人間たちの群れ」の章から一部を抜粋してみよう。

 

ぼくらは司祭の部屋に行く。司祭が振り向く。

「おまえたち、私といっしょに祈りたいのかね?」

「ぼくたちがけっしてお祈りをしないことは、ご存じのはずです。そうじゃなくて、ぼくたちは理解したいんです」

「こういうことは、おまえたちには理解できないよ。もう少し大人にならないと……」

「でも司祭さん、ぼくたちはともかく、あなたは立派な大人でしょう。だからこそ、お伺いするんです。あの人たちは誰なんですか? どこへ連れて行かれるんですか? なぜ、連行されるんですか?」(文庫 162p)

 

 司祭は悪童たちに「彼らはユダヤ人でナチスドイツ軍が収容所に連行しているのだ」と、本当のことが言えない。ただ「神の御心は計り知れぬ」と嘆きながら、両手を少年たちの頭上に載せるのみだ。

 一切を曖昧にせず何もかもを伝えることは不可能だ。知らないこともあれば、知らせられないこともある。けれども私たちは「いい大人」なんだから、せめて自分が口にした言葉には責任を持ちたいものだ。

悪童日記』を読みながら、私はそういう卑近なことを考えていた。 鰯 (Sardine) 2019/02/22

 

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最左翼の“オザシン”イワシ、ヘイトデモ・カウンターの頭数になる

最左翼の“オザシン”イワシ、ヘイトデモ・カウンターの頭数になる(初出:Medium 2月10日)

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2月3日(日)、熊本市日本第一党の主催によるデモが行われた。俗に言う「ヘイトデモ」である。連中の旗印は「日韓断交」。こいつは許せん、看過せないな、とおっとり刀で駆けつけた。

しかし、デモ隊の集合場所が特定できない。私はTwitterを開きっぱなしにして、

[ #0203熊本ヘイトデモを許すな ]

というハッシュタグを見た。すると、鶴屋デパート裏・旧小泉八雲邸横の公園にデモ隊が集結しているという情報を得た。

曇天の空の下、日章旗旭日旗の朱色が見えた。

ただ今到着。#0203熊本ヘイトデモを許すな
鶴屋裏、小泉八雲旧家横の公園。
頭数になりに来ました。
今日は警察官が多数。

— 岩下 啓亮 (@iwashi_dokuhaku) February 3, 2019

駆けつけると、既に数名のデモ隊が集まっていた。そして、これも数名のカウンターが集まっていた。カウンターとは、ヘイトスピーチを許さないという意思のもと、排外主義の団体に対抗する者たちの呼称である。私が公園の中に入ると、カウンターの一人が、あのーと声をかけてきた。ぼくは、

「頭数になりに来ました」

と符丁を告げた。それで緊張した面持ちがやや緩んだ。彼は「プラカード、持っていますか? お貸ししますよ」と言った。私は好意に甘え、ありがたく受け取った。なにせ、カウンターに行こうと決心したのは、数時間前のことだったから、準備していなかったのだ。

「警官、多いね。去年はいなかったのに」

「あー、10月14日の熊本駅前ですね。わずか10分で解散したという。いらっしゃったんですか?」

「うん。カウンターは2度目です」

福岡から来たらしい彼と話している間にも、県警の青いジャンパーを着た方が、ぴたっと近づいてくる。何だなんだ、なんでボクらを警戒するんだ? と私は不愉快になった。

「降ってきたわねー」

昨年秋に見かけた方が駆け寄ってきた。軽く会釈して、相手の様子を窺っていると、通町の方角からデモ本隊らしきが合流してきた。

「いよいよ、始まりますよ」

カウンターの一人が注意を促した。彼は簡易スピーカーを肩から下げ、あらかじめ録音した音声を流している。「沿道の市民のみなさま、お騒がせしています。このデモ隊は差別と偏見に満ちた、ヘイトスピーチをする団体です。私たちは人権を侵害するヘイトデモに対して抗議します。しばらくご迷惑をおかけしますが、ご容赦ください……」。

午後2時すぎ。

デモ隊が列をなして行進し始めた。人数は20名前後だが、それと同じくらいの警察官が、デモの周りを取り囲んでいる。警察に護衛されたヘイトデモ。なんという倒錯だろう?

昨年10月にお世話になった見覚えある男性が合流した。けれどもカウンターの人数がやや少ない気がする。やがてデモ隊と警察、それにカウンターは、熊本の繁華街、下通パルコ前に移動した。そこにはさらに大勢が集結していた。前回のデモ隊は10数名だったが、今回はその3倍ほどに膨れ上がった。さらにデモを警護する警官の数が、デモ隊よりもさらに増えていた。

ただいま下通入口パルコ前です。#0203熊本ヘイトデモを許すな

— 岩下 啓亮 (@iwashi_dokuhaku) February 3, 2019

だけど、カウンターは怯まなかった。のそのそと進みだすデモ隊に負けないように、鋭い抗議の声を上げる。

差別をするな! 仲良くしようぜ! ヘイトをやめれ! お家へ帰れ!

デモ隊に接近しようとすると、警官に静止される。2, 3人がかりで、押さえつけられるのだ。私は割とヘタレで、少しデモ隊と離れていたから、警官と揉めることはなかったが、それでも離れてください、通行の邪魔をしないでください、と女性警察官に再三注意れた。私は反論しなかったが、しばらく睨みあった。そしてデモ隊に聞こえるように「差別を、するなー!」と大声で怒鳴った。彼女は、目を逸らした。

デモ隊は下通アーケード街を進む。何ごとか良からぬことを言っているようだが、カウンターの抗う声に遮られ、沿道まで届かない。銀座通りの交差点で、周りを見渡してみた。奇異な目を向ける市民。その蔑んだ目は旭日旗を掲げる団体に向けられたものか、それとも声を荒げるカウンターに向けられたものか。中高生の男子が奇声をあげていた。二十歳前後の娘さんたちが眉を顰めていた。中高年のおじさんたちが「迷惑」そうな顔をしていた。私と同じくらいの年齢のオッさんたちは、排外主義を唱えるエセ右翼と、私たちカウンターの、どちらを嫌っているのだろう? 今の日本社会をみれば、敵意はむしろ、私たち「サヨク」に向けられているのかもしれないと感じる。

ぼくは #0203熊本ヘイトデモを許すな のカウンター側にいて、切れぎれに聞こえる日本第一党側の主張に、首を傾げていた。彼らの主張の要である「日韓断交」が、あまりにも御国のためにならぬ、経済を停滞させるだけの、合理性に欠けたものだからである。愛国心があるのかさえ疑わしい。彼奴ら莫迦だ。

— 岩下 啓亮 (@iwashi_dokuhaku) February 3, 2019

新市街に入って、デモ隊が止まり、カウンターと対峙する形になった。私は彼らに問うてみた、

「君たち、それでも“愛国者”か? おれにはそうは思えない。韓国と国交を断絶して、交易がなくなったら、日本の経済は沈んでしまうぞ。それでも、いいのか?」

返事はなく、連中はせせら笑うばかりだった。その代わり、辛島町電停の交差点を渡るときに、こんな罵声が投げかけられた。

「この、共産党員奴(め)が!」

ぼくは反射的に言い返した。

「生憎だな、おれは自由党だ!」

何人かがギョッとした。自由党が「自民党」に聞こえたのかもしれない。

見てはいよ、こん人たちの凶々しさば。お巡りさん、二重に取り囲んどらすけん、のさん。なんさま大げさか。#0203熊本ヘイトデモを許すな https://t.co/YgeJGrZBGo

— 岩下 啓亮 (@iwashi_dokuhaku) February 3, 2019

辛島公園に陣取ったデモ隊は、何人かの弁士が入れ替わり立ち替わりで、覇気のない声で莫迦げた主張を繰り返していた。「朝鮮人の侵略を許すな、万世一系の日本を守れ」。すぐさまカウンターから「天皇を利用するなよな」と茶々が入る。悔しげな顔をするヘイトスピーカー。しばらくすると奴はカウンターの一人を指して、

障害者を、利用するなぁ

と叫んだ。車椅子に座った彼は、前回10月にも来ていた。利用? とんでもない、彼自身の意思でカウンターに臨んでいるのだ。何てこと言いやがる!

弁士の暴言に、カウンター勢は一斉に憤った。どういうことだ⁉︎ と詰め寄ろうとした。しかし、ヘイトデモ隊を二重に取り囲んだ警官が詰め寄るを阻止する。どうして止めるんだ、とカウンターが叫ぶ。

「あいつら、明らかに差別してるだろうが。ねぇお巡りさん、差別を撒き散らすヤツらをなぜ護る?守られるべきは、弱者の、市民の側だろうよ!」

ヘイトスピーチはなおも続く。日本政府は弱腰だ、いざとなれば我々は戦争も辞さない覚悟があると。ハッ、何が「覚悟」だ、軽くなったもんだ、覚悟とやらも。

そして宮崎から来たという青年が、ついに「戦争反対」を連呼した。

戦争反対! 戦争反対! 戦争反対!

カウンターの声が一つになって、辛島公園じゅうに鳴り響いた。雨は激しさを増し、身体の芯まで凍えそうだったが、心は熱かった。ヘイトデモの一人がカウンターに向かって「くるくるパァ」の仕草をしていた。立派な仕立てのスーツを着ていたが、その初老の男の姿は見すぼらしかった。警察官が困惑した表情で、静かにしなさい、と我々を諌めた。私はさすがに文句を言った。静かにさせるべきはあっちでしょう? と。警察官は「もうすぐ終わりますから」と苦笑いした。

ヘイト団体デモ、解散。#0203熊本ヘイトデモを許すな
今から気をつけて帰りますが。
許せないスピーチがあった。カウンターに車いすに座っている方がいたのだが、弁士の一人が指をさし「障害者をダシに使ってる」と嘲笑したのである。追いつめられてホンネが露呈したのだ。醜く最低のヘイトスピーチ

— 岩下 啓亮 (@iwashi_dokuhaku) February 3, 2019

3時45分、警察の説得もありデモ隊は解散した。その様子を見届けたカウンターも、辛島公園から一人ひとり去っていく。

顔見知りの男性にあった。忙しいさなか、途中から急きょ駆けつけたのだ。喉が涸れたでしょうと言って、のど飴をくれた女性もいた。イワシさんのツイッター見ていますよとおっしゃったので、照れた。そういや私のすぐそばにはツイッターで相互フォローの青年もいた(あとで分かった)。私たちは軽く会釈を交わしながら、方々に散っていったが、そのとき、私は警察官に「ちょっと」と呼びとめられた。

「みなさん、前からのお知り合いなんですか?」

私は、いいえ、と首を横に振った。

「誰とも交流ありません。SNSでヘイトデモの報せがあったから、それぞれが自由意志でカウンターに参加している。……と思いますよ、知らんけど」

それから私は踵を返し、下通アーケード街の人混みに紛れた。

今回またも急遽のため手ぶらで赴き、いろんな方々から助けてもらった。福岡から来熊した方や前回の熊本駅前で会った方からプラカードを貸してもらった。宮崎から駆けつけた方もいたし、喉が涸れたでしょうとのど飴くれた方もいた。#0203熊本ヘイトデモを許すな カウンターの皆さん、どうもありがとう。

— 岩下 啓亮 (@iwashi_dokuhaku) February 3, 2019

それにしても、と思う。もう少しカウンターの人数が必要だと。30人程度のヘイトデモ隊よりも、カウンターは僅かに少なかったし、それより警察官の動員が半端なかった。おそらく50名は下るまい。警察は、ヘイトデモを護衛し、私たちカウンターを退けた。この圧倒的な不均衡に対抗するには、もっと「頭数」が必要だ……

守られないカウンターは、守られるデモよりもはるかに辛い。私は数年前に熊本で初めて参加した、秘密保護法反対のデモを思い出していた。

kp4323w3255b5t267.hatenablog.com

それから「梯団」の先頭を仕切っていた若者たちのことをふと考えた。彼・彼女らは今どこにいるのだろうと。例え党派や思想の隔たりがあっても、ヘイトスピーチの邪悪に対抗する意志は、君たちにも分かってもらえると思うんだけどな。

もうすぐ57歳を迎える初老のおっさんは帰りしなそんなことを考えていた。鰯 (Sardine) 2019/02/10

 

はてなブログ転載にあたっての注釈】

①オザシンとは(自由党代表・小沢一郎を盲信する)小沢信者のこと。ぼくがインターネット上で初めて「オザシン」の文字面をみたのは、野間易通氏のツイートだった。あれからずっと、ぼくは小沢の支持者であって、信者呼ばわりされる筋合いはないと思っていたのだが、晴れて昨日2/10、存じあげぬ方から小沢信者の称号をちょうだいしたので、タイトルに使うこととした。

②今回の記録は、できるだけ個人的な視点で描くことにした。いろんな方の視点を持ちこめば(たとえば〈基本的人権表現の自由との衝突について〉など)資料としてより充実したものになるだろうが、それは他の、これらの事情に精通した方々の手に委ねたい。

③インターネットにおいては右傾化をささやかれ、現実社会では左傾化を心配されている。が、ぼくはただの、自由人に過ぎない。