先日、某アカウントで「私の考える最強のロックトリオは?」というアンケートを見かけた。出題者の偏った好みを反映してか、四択の1位がクリーム(33%)、2位がジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス(28%)、3位がピンク・クラウド(6%)、その他33%という結果だった。EL&PやらラッシュやらミューズやらUKやらポリスやらジャムやらグリーン・デイやらニルヴァーナやら、他にもいろいろあるだろうとツッコミたくなるけど、ぼくもロック史を一通り見渡すと、やはりクリームは突出して偉大だと思う。
なぜか? それは3人の実力が拮抗し、きれいな正三角を形づくっていたからだ。
一番の人気者はもちろんエリック・クラプトン(ギター・ヴォーカル)だが、バンドの音楽性を牽引していたのはジャック・ブルース(ベース・ヴォーカル・他)で、他を圧倒する個性的なアンサンブルの土台を担ったのはジンジャー・ベイカー(ドラムス)である。
ぼくが初めて買ったアルバムは青盤(1967~1970)で、それから何枚かビートルズが続いたのち、ピンク・フロイドの『狂気』に手を延ばしたと公言しているけど(笑)、じつはその間にもう一枚のアルバムが挟まる。それはクリームの二枚組ベストアルバム、『へヴィー・クリーム』である。内容は以下のとおり。
Heavy Cream
ぼくの持っていた日本盤は3人がイラストではなく写真だった。
Side one
- 1. "Strange Brew" (Eric Clapton,Gail Collins Pappalardi,Felix Pappalardi) – 2:45
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- From Cream's second album Disraeli Gears (1967), produced by Felix Pappalardi.
- Released as a single
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- 2. "White Room" (Jack Bruce,Pete Brown) – 4:37
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- From Cream's third album Wheels of Fire (1968), produced by Felix Pappalardi.
- Released as a single
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- 3. "Badge" (Clapton,George Harrison) – 2:45
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- From Cream's fourth album Goodbye (1969), produced by Felix Pappalardi.
- Released as a single
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- 4. "Spoonful" (Willie Dixon) – 6:31
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- From Cream's first album Fresh Cream(1966), produced by Robert Stigwood.
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- 5. "Rollin' and Tumblin'" (Muddy Waters) – 4:41
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- From Fresh Cream.
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Side two
- 1. "I Feel Free" (Bruce, Brown) – 2:54
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- From Fresh Cream.
- Released as a single
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- 2. "Born Under a Bad Sign" (Booker T. Jones, William Bell) – 3:08
- 3. "Passing the Time" (Ginger Baker, Mike Taylor) – 4:31
- 4. "As You Said" (Bruce, Brown) – 4:19
- 5. "Deserted Cities of the Heart" (Bruce, Brown) – 3:36
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- Tracks 2-5 from Wheels of Fire.
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Side three
- 1. "Cat's Squirrel" (Dr. Isaiah Ross,arr. Clapton, Bruce, Baker) – 3:05
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- From Fresh Cream.
- B-side of "Wrapping Paper"
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- 2. "Crossroads" (Robert Johnson, arr. Clapton) – 4:13
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- From Wheels of Fire.
- Released as a single
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- 3. "Sitting on Top of the World" (Walter Vinson, Lonnie Chatmon; arr.Chester Burnett) – 4:56
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- From Wheels of Fire.
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- 4. "SWLABR" (Bruce, Brown) – 2:31
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- From Disraeli Gears.
- B-side of "Sunshine of Your Love"
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- 5. "What a Bringdown" (Baker) – 3:54
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- From Goodbye.
- B-side of "Badge"
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- 6. "Tales of Brave Ulysses" (Clapton,Martin Sharp) – 2:45
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- From Disraeli Gears.
- B-side of "Strange Brew"
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Side four
- 1. "Take It Back" (Bruce, Brown) – 3:04
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- From Disraeli Gears.
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- 2. "Politician" (Bruce, Brown) – 4:11
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- From Wheels of Fire.
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- 3. "I'm So Glad" (Skip James) – 3:55
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- From Fresh Cream.
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- 4. "Sunshine of Your Love" (Bruce, Brown, Clapton) – 4:08
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- From Disraeli Gears.
- Released as a single
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- 5. "Those Were the Days" (Baker, Taylor) – 2:52
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- From Wheels of Fire.
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- 6. "Doing That Scrapyard Thing" (Bruce, Brown) – 3:14
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- From Goodbye.
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今ふり返ってもバランスの取れたよい選曲だと思うが、いかんせん日本の地方に住む中二にはちと難しすぎた。正直いって「まったくおもしろくなかった」のである。だけど廉価盤とはいえ三千円はしたはずだ、元を取り戻さなきゃと一所懸命聞きこんだ。おかげさまで中三の頃には、後発のハードロックを見下ろす、悪いくせがついてしまった。
「レッド・ツェッペリンの1stなんて『猫とリス』の物真似じゃなかや」
「ディープ・パープル? 子どもっぽかね。名前ほど深みが感じられん」
などといっては周囲のギター小僧を腹立たせる、ホントくそ生意気なガキだった。
話を戻す。
とくに難しかったのは、「スプーンフル」や「クロスロード」などの有名なブルースナンバー(における長いながいインプロヴィゼーション)ではなく、ジャック・ブルースが詩人のピート・ブラウンと組んで作ったオリジナルソングの数々である。それはロックを聴きはじめて40年が経過した今の耳で聴いてもなかなか手ごわいものだが、しかし噛めばかむほどスルメのように味わいが増す。
というわけで、今回はクリームのレパートリーから、これぞジャック・ブルース!と呼べるナンバーを、四枚のオリジナルアルバムを中心にピックアップしていこう。
①『フレッシュ・クリーム』
クリームのファーストアルバム。1966年12月。
冒頭の「アイ・フィール・フリー」は、ぼくが最初に好きになった(どことなく米西海岸のバーズを連想させる)サイケデリックなナンバーだ。「コーヒー・ソング」もおもしろい。他の誰にも似ていない、未整理だが独特の世界観だ。それは最初のシングル盤「包装紙」を聴くとますますハッキリする。仏のテレビに出演したときの当て振り映像を観てみようか。
Cream - Wrapping Paper- 1st performance in full (Vient De Paraitre)
しかし英国最強のリズムセクションと組んでバリバリとブルースナンバーを弾きまくるつもりだったエリックは、拍子抜けしたに違いあるまい。『フレッシュ・クリーム』は二曲めの「N.S.U.」のようにストレートなビートナンバーもあるけれど、全体を通してみるとブルースのスタンダードとオリジナル曲との乖離が目立つ。その隔たりを解消すべく起用されたプロデューサーが、フェリックス・パパラルディである。
②『カラフル・クリーム』 (Disraeli Gears)
出世作のセカンド。1968年11月。ヒットチャート最高は全英5位、全米4位。
トム・ダウドによるエンジニアリングが決めてとなり、前作で気になった音響の貧弱さが解消されている。楽曲も拵えが行き届いており、投げやりさは微塵もない。エリックが認めるように、ただでさえ凄腕揃いのクリームは録音する前にみっちりリハーサルを重ねるバンドなのだろう。だから演奏が縮こまっておらず、のびのびしている。
しかしヘンテコなアンサンブルだ。有名曲「サンシャイン・オヴ・ユア・ラヴ」でジンジャーが叩くリズムパターンはダ・ドドド、ダ・ドドドと頭打ちのアクセント。これは他ジャンルでは珍しくないけど、ロックではあべこべに異色だ。さらにアウトロの遁走でエリックがジャーンカ・ジャーンカ・ジャンジャンジャーンとギターを乱雑にかき鳴らすあたりなんか、もう最高だ。あまり語られないけど、エリックはソロやリフレインの巧みさだけじゃない、最高のカッティングを聞かせるリズムギタリストだと思う。
でも、けっきょくアルバムの主導権を握っているのはジャックの歌声である。ピート・ブラウンに詞を委ねたことで楽曲の焦点がグッと絞られた。そのことはB面の「スーラバー」や「テイク・イット・バック」を聴けばよく分かるだろう。ポップとブルージーがいい具合にミックスして、カラフルなマーブル模様を描きだしている。
そして特筆すべきは「間違いそうだ (We're Going Wrong)」。この暗く重いムードはジャック・ブルースにしか書けない、深みと奥行きと凄みがある。
CREAM - WE'RE GOING WRONG - 25TH NOVEMBER 1967
③『クリームの素晴らしき世界』 (Wheels of Fire)
2枚組の大作(うち1枚はライブ)。1968年7月。最高位は全英3位、全米1位。
一枚めのスタジオ録音こそが、ぼくの考えるクリームの最上質(クリーム)たる部分である。アンサンブルの噛みあいは他に類を見ない。ほんとうにスリーピースなのかと思えるほど厚みのある演奏だ(もちろんオーヴァーダブも最小限に施されてはいるが)。ジンジャーは激しいドラミングからは想像もつかないリリカルな曲を三つ提供しており(「時は過ぎて」、「ねずみといのしし」、「ゾーズ・ワー・ザ・デイズ」。テムズ川で溺死した不遇のピアニスト、マイク・テイラーとの共作)、エリックの粘っこいギターソロはハウリン・ウルフの「トップ・オヴ・ザー・ワールド」やアルバート・キングの「悪い星の下に」、さらにはC・D面のライブで存分に満喫できるが、やはり白眉となるはジャック・ブルース・ソングである。
冒頭を飾る代表作「ホワイト・ルーム」からして挑戦的だ。ティンパニのとどろき、ワウワウのオブリガード、下降する歌の旋律と上昇するベースラインの対位法。けれどもそれよりも特異なのがピート・ブラウンの書く歌詞である。“Yellow tigers crouched in jungles in her dark eyes, She's just dressing, goodbye windows, tired starlings”(ジャングルにうずくまる黄色い虎が彼女の昏い瞳に映る、着飾った彼女は窓辺の怠惰なムクドリに別れを告げる)。ヒットシングルらしからぬ抽象性の高い「詩」である。しかしジャックがバリトンで朗々と歌うと、暗喩の意味は分からなくても納得させられてしまう。
A面最後の「アズ・ユー・セッド」も意欲作だ。チェロの陰鬱な響き、オープンチューニングによるドローン(通奏低音)、インドともケルトともつかぬ、捉えどころのない旋律。ジャックはエディンバラの王立スコットランド音楽演劇アカデミーでチェロと作曲を学んだが、その成果がようやく花開いた感がある。中学生のころぼくは、この歌を気味悪がって飛ばしていたが、いつからだろう、単独でもたまに聞きたくなるほど好きになっていた。
誰にも書けないといえば「政治家」なんか典型だ。この中東を思わせるリフレインとメロディーの関係性には唸らされる。最初は「妙だな」と思うけど次第にクセになる。ここにきてエリックの持ちこんだ「ブルース」と、ジャック&ジンジャーコンビの「ジャズ」が理想的な形で結ばれている。
そして、「荒れ果てた街(Deserted Cities of the Heart)」。クリームの中でダントツにカッコいい曲である。途中で三連に切り替わり、ジンジャーのロールオフにジャックのチェロが沈んでいくところなんか、いつ聴いても鳥肌がたつ。
2005年ロイヤル・アルバート・ホールでの再結成ヴァージョンを観てみようか。チェロの被せがなくても、三位一体となった三拍子への傾れこみは、やはり圧巻だ。
Cream - Deserted Cities Of The Heart (Royal Albert Hall 2005) (12 of 22)
演奏後、エリックが「ジャック・ブルース!」と称えているのが分かるだろう?
④『グッバイ・クリーム』
やり尽くした後の別れの挨拶。B面の3曲がスタジオ盤で、メンバー各自のソロ作品。
「バッジ」は後にエリック・クラプトンの代表曲のひとつとなったナンバーで、ビートルズのジョージ・ハリスンがサイドギターで参加している。ジョージはジャックとも意気投合し、ジャックは翌年のソロアルバム(“Songs for a Tailor”。傑作)に、ジョージを呼んで録音している。しかしここで聴けるジャックのベースラインはどうだ。ミ・ミレド/シラソファミレドーとまるで歌うような対旋律ではないか。
ジンジャー・ベイカーの「ホワット・ア・ブリングダウン」もなかなかの佳作だ。彼の作風はどことなく(スティーヴ・ウィンウッド率いる)トラフィックをほうふつとさせる。だからやはり翌年に結成されるブラインド・フェイスへの布石のようにも聞こえる。
そしてジャック・ブルースは、「スクラップヤード」でお茶を濁す。この陽気で虚ろなノベルティーソングは、ジャックの本来持つブレイン・ドレインの資質がストレートに表れている。ビートルズの「ユー・ノウ・マイ・ネーム」やボンゾ・ドッグ・ドゥー・ダー・バンドを思わせるヴォードヴィル調は、出身であるグレアム・ボンド・オルガニゼーションやアレクシス・コーナーのブルース・インコーポレイテッドの影響を見出せる。あるいはクリス・バーバーの時代まで遡れるかも知れないが、深追いすると怪我しそうなので止めておく。誰か「包装紙」→「エニワン・プレイ・テニス」→「スクラップヤード」の変遷を、(タイニー・ティムも絡ませてかまわないから)ぼくの代わりに書いてくれへんか?
最後にBBCが製作したジャック・ブルースの特別番組を貼っておく。盟友エリック・クラプトンやジンジャー・ベイカー、さらにはトム・ロビンソン、レベル42のマーク・キング、U2のアダム・クレイトン、レッド・ホット・チリ・ペッパーズのフリー、パーラメントのブーツィー・コリンズがインタビューに答えている。ジャックを育んだスコットランドの雄大なランドスケープ、グラスゴーのジャズクラブ、スゥインギン・ロンドン、重度のドラッグ中毒から再起まで、彼の軌跡を一時間でたどれる優れたドキュメンタリーだ。
Jack Bruce - The Man Behind the Bass (BBC Documentary)
(残念ながら、削除されていました)
晩年のリハーサル風景が挿まれる。ぼくの大好きな名バラード「架空の西部の物語」を(よれよれながらも)切々と歌う姿に思わずジーンとなる。でも、一番ゆかいだったのが「サンシャイン・オヴ・ユア・ラヴ」のリズムパターンはこうだと若いメンバーたちに手本を示すあたりだ。それは(クリーム時代は犬猿の仲だと噂されていた)ジンジャー・ベイカーの叩く頭打ちリズムそのものだった。
ジャック・ブルースは2014年10月25日に亡くなるまでいちミュージシャンであり続けた。
鰯(Sardine) 2017/04/07
【追記】
ジンジャー・ベイカーも2019年10月6日に亡くなった。
https://www.bbc.com/news/entertainment-arts-49827436