鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

マストドン蒼象の記録6(2023/01/22〜2023/01/29)

2023/01/22

【今週の新譜】

アントニオ・ロウレイロ(ブラジル)のニューシングル。一昨年の傑作「サウダージ」からずいぶん経ったが、待った甲斐があった。彼ほど高い音楽性と親しみやすさを併せ持ったマルチプレイヤーにしてシンガー・ソングライターは世界中を見渡しても数少ない。今年中に充実したアルバムを発表してくれると期待している。

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【先ほど、ようやく事態を把握した】

なにか不穏なことが起こっていると感じていたが、ようやく事態を把握した。 件のアカウントは以前にとんちんかんな返信をもらったからミュートしていた。だから気づかなかった。ホームをのぞいてみたところ、カントやサンデルについての感想を記していたが、独りよがりな解釈で、ひどいものだった。勉強しないでおのれの感覚だけで書くと、ああなる。独り言なら見逃すこともできるが、返信で自説をごり押しするのは、だめだ。そういう行為を難癖というんだ。

青織亜論みたいな詭弁屋がツイッターにはごまんといるが、劣化版がマストドンにも居るんだとわかってげんなりしている。本人は無敵状態でゴキゲンだろうけど、当てられた方はたまったもんじゃないよ。ああいう手合いに説得はムダだ。ブロックする他ない。

しかし、人のトゥートの意味を理解しようともせず、文脈無視で切片に反応してしまう、彼みたいな醜態を、私もさらしているかもしれない。諺にもあるように、人の振り見て我が振り直せ、自説に拘泥する前に頭を冷やせ、と自分に言い聞かせている。 ツイッターのように、コップの中のあらそいで疲弊する愚は避けたい。

 

BSイレブンで放送中の米テレビ番組『ファスト&ラウド』を観ての感想)

うーむ、メカニックのアーロンがいないとつまらんな。経営者リチャードひとりでは成金趣味が勝りすぎる。アメ車改造は愉快だが、観るのは今回でおしまいにしよう。

www.bs11.jp

 

2023/01/23

寒いなぁ。 月曜日は朝風呂に入るのが習慣なんだけど、湯船に浸かるまでが凍える時間だよ。 電気代節約でコタツしか使わないけれど、今朝はエアコンの暖房を入れようっと。

 

NHK政治部小嶋章史の解説、退屈でつまらないな。支持率だとか攻勢を強めるだとかを語る口は、国民のみなさん政治に興味を持たれないようにとアナウンスしているみたいだ。もちろん元凶は、経済低迷の打開策を持たない現政権にあるのだが、じつは政治部記者のような人たちこそが政治への期待を諦めているような気がする。それもこれも大メディアがWatchdog=社会の木鐸という使命を回避してきた結果なのだが、なんとなくこのまま日本は没落していくんだよなー的な諦念が、無表情からにじみ出ているようにみえる。 ま、「エキサイトな政治」を演出されても困るんだけどね。テレビを漠然とつけているリビングの視聴者は、「政治どうでもいいや」というアパシーに襲われるだろう。

 

はるか阿蘇の峰々がぶ厚い雲に覆われていた。

 

(私がブースト(紹介)したトゥート(投稿)の中に、<リベラルの最大の課題は、若いモンにいかに「ロールモデル」を示すか。>という問題提起があり、それに疑問を抱く意見をちらほら見かけて)

あー、最初のトゥート(虚無的な人物=安倍を支持した大衆は決して、ものが見えていないわけではない)をブーストしないといけないようだね。

安倍なき以降の政治「部」のやる気のなさを考えるに、おもしろい問題提起だと思ったんだかな。

「人ありきの政党はあやうい」的な言説があるけどさ、いまだに意味がわからないんだ。誰が立とうと選ばれようと党利党略党是党則があればよいのか。一人の強烈な個性に依存してはならない、というならまだ理解できるけれども。

 

たとえば<「人柄が信頼できるから」が18%などとなりました>っていうけど、内閣支持率に、人柄の善し悪しを問う項目が要るかな?  NHK的には必要なんだろうけど。

https://www.nhk.or.jp/politics/articles/lastweek/91914.html

ちなみにこれは昨年11月の調査です、念のため。

岸田総理の不人気は、彼の無為無策ぶりだけが原因ではなく、そこに覗く怜悧さが拍車をかけているんだろう。怜悧さ、と言っても、まともに日本語が喋れる、というほどの意味合いだが、多分今は、その程度の知性も忌避される風潮にある。安倍晋三は言葉は悪いが「できの悪いやつの星」だったのだ。(ハセガワサトル氏のトゥートより)

こちらもブーストしておこう。③④⑥①②の順に並び替えてみて。(ハセガワサトル氏の)ホームに行ってみれば、印象も変わるだろう。

 

バイパス沿いの食堂「ウエスト」でうどんを食す。

丸天うどんを啜っていると、妻が、

「前よりも美味しそうに食べている」

といった。前とは、太り気味だったころのことだ。私はこの一年で十キロ痩せた。

「体重と関係あるかどうかはわからんが、執着は少なくなったな」

「ずいぶん固執してたもんね」

「うん、以前なら、ぜったい天丼セットを注文していた。なんかさ、うどん蕎麦屋に入ったら、海老天頼まないと損したような気分になってたんだ」

「今は違う?」

「今は違う。……丸天で満足してるよ」

店先に出て暗くなった空をみあげた。

残念ながら、丸い月は浮かんでいなかった。

 

車内でラジオをつけたら、キー坊の悲しい色やねがかかった。そらで歌えた。珍しく歌詞ぜんぶを覚えていたんだ。

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私が「大メディア」と表記する理由は、まぬけにみえるから。「マスメディア」ってなんだかスカしてるでしょ。「在京メディア」と書くこともあるね。「マスコミ」なる短縮語も好きじゃないな。「マスコミュニケーション」というほどコミュニケートして来ないじゃないの、こっちの方へは。

 

今夜はBSで映画『ジュディ』を観た。

gaga.ne.jp

私が即座に感想を述べられるのは音楽だけ。

 

いや、この件については言っておかねばなと思っても、たいていツイッターですでに言及しているからなあ。自分のなかでは今さら感がすごくある。

自分の考えにそれほどヴァリエーションがあるわけないからさ、あーこのこと前にもいいましたっけ、って早々に引っこめてしまうこと多々あり。

政治と人柄について書こうとしたんだけど、投稿したところでなんになると思ってしまうんだよな。おそらく反感買うだろうと予想できてしまうから書きたくない。だってさ、あんまり嫌われたくないじゃなぁい。

(註:〜じゃなぁい、はケンタッキーフライドチキンのコマーシャルにおける賀来賢人の口調を表してみたもの。私、彼の飄々としたところが好きでさ)

 

2023/01/24

マストドンではなるたけ正直に、虚飾を排して書くよう心がけているが、かえってそれで、ツラくなってきている。

ツイッターでは言葉に鎧を着せていた。隙をつくらないよう身構えていたが、ある意味それで、ラクに書けていた。

心情を露わにすると、なんだか裸になったような気がする。昨日から私、要らんことばかり書いているじゃないの。

私はいったい何のために、誰のために誠実であろうと努めているのだろう。誰もそんなこと、要求していないのに。

 

寒いなあ。小雨が降ってる。今日は火曜日か。ゴミ捨てに行きたくないなあ。

 

子どものころから大好きだった歌でした。たぶんテレビの洋画劇場で聞いたのだと思います。バエズが歌い、モリコーネが作曲だと知ったのは、ずいぶん後のことでした。(1/23まりぞうさんへのリプライ)

昨日まりぞうさんのトゥートで触れられていた曲。『Sacco and Vanzetti(邦題:死刑台のメロディ)』のオリジナルサウンドトラックより「Here's to you(邦題:勝利への賛歌)」。 作曲:エンニオ・モリコーネ。歌:ジョーン・バエズ

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使用済みおむつお持たせについて、

保護者に持ち帰ってもらう保育所にその理由をたずねたところ、半数以上が「保管するスペースの確保や衛生面の管理が困難」と回答した。

これ、一概に保育施設等を責められない問題で、マンションの一室を借りている託児所や療育支援の施設なんかでは、袋に詰めた大量のおむつを置くところがまずない。置けたとしても、臭いがする。都市部だとなおさら深刻だよね。でも、子どものお着替え袋に使用済みおむつが入っているのは不衛生だし、保護者もげんなりするよね。

結局これは自助や共助では解決しえない、公助の問題だから、ときの政権が子育て支援を政策の柱としている以上、政府が具体的な策を示し、動いてもらうしかない。

やや飛躍するけど、これは自衛隊トイレットペーパー不足の問題と同根なんだ。国は推進する事業ばかりに投資したがるが、そのしわ寄せは意外なところに現れる。国は社会は、公衆と環境にまつわる衛生問題をおろそかにしてはならない。それは敵基地攻撃能力の拡充やマイナカード普及率よりも、もっと大切なことなんだ。

www3.nhk.or.jp

 

これほど熊本で吹雪くのは珍しい。

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やばいな。これは積もる。ノーマルしか履いてないんだ。遠回りして徐行で帰ろう。

やたらと混んでいたけど、なんとかうちにたどり着いたよ。

(<ご無事で何よりです! お疲れ様でした>とのリプライをいただいて)

ありがとうございます。こんなに寒い熊本市は初めてかも。

 

2023/01/25

グッド・モーニン。

やあみんな、吹雪の昨日とはうってかわって、快晴青空の熊本だ。心配された氷結もなく、気分上々だよ今朝は、 ……といいたいところだけど、 朝っぱらから胸っくそ悪いトゥートを見かけたんで、爽やかな気分が台無しさ。嫌ならスルーすりゃいいんだけど。ざんねーん

スティーヴ・ウィンウッド (邦題)「青空のヴァレリー

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エアリプってのは誤解をまねく表現方法だから、あまり良くないと思っている。ただ一つだけ明言しておくと、私が今朝ムカっ腹をたてたトゥートは、森哲平さんのトゥートではないです。

 

今週末、熊本いきます!しかし暖かいかと思ったら関東より寒い。 弾丸ツアーみたいな感じなんですが・・ 太平燕たべてこようかなと(タイセ_イさんからのリプライ)

ようこそ。楽しんでください。寒いから気をつけて。太平燕は、うーんやっぱり紅蘭亭かな。元祖の中華園はもうないから。いや、どこで食べても美味いです。

やっぱ紅蘭亭ですかねえ。市内だとあとは聖地と言われる湯らっくすへ。楽しんできます~

その「湯らっくす」に年末ムスメさん夫婦と行ったのですが、個人的には「あがんなっせ」のほうが好きです。アクセスは「湯らっくす」に軍配があがりますけど。

なんと! でも湯らっくすはサウナ聖地なので外すわけには。。。 あがんなっせは口コミサイトみたら追いつけ追い越せで大幅リニューアルしたようですね。 一帯、水が良いとこですからねえ。両方行きたいし温泉も行きたい・・・時間がない!

あまりサウナを重視していないので(笑)。時間があれば温泉に行ってもらいたいところです。私のおすすめは平山温泉と日奈久温泉

ですよねえ。サウナは自分にしては珍しくブームで踊っておりますが温泉も勿論狙ってます。 菊鹿にたぶん行くので平山温泉は考えてました。おすすめなんですね。 そういえば地震の前に有名な阿蘇の青風荘行ったけどそれはそれは素晴らしかったです。

註)他愛ないやりとりかもしれないけど、こういうのがSNSやってていちばん楽しい時間だと思う。この感じ、久しく忘れていたよ。

 

2023/01/26

ものすごく易しく説明するとね。過去あなたが誰かれの言動を見聞きして、浅はかだな、認識甘いな、こいつダメだなって思ったとしてもだ、そこで早々に見切りをつけないでほしかったんだよな。学業成績優秀だった人は往々にして学歴の低い人を軽蔑しがちだけど、低レベルの人がいつまでもそこでとどまっているとは限らないでしょう? 人間は歳をとるごとに退化するけれど、向上することだってまれにあるんだ。あの日あの時あれなんとまあと感じたかもしれないけど、最初の印象だけで誰かれの資質を評価に値せずと判断してしまうことは、早計かもしれないじゃないか。「それ以降私は彼奴の発言や行動を信用してません」と思うのも書くのも結構だけど、じゃあ私が「2002,3年ごろ某の街宣を見た。新しいリーダーだと当時もて囃されていたけど、聞けば他党の悪口ばかりで、なんだこんなもんかと失望した」と記憶をたぐり寄せたらいいのかな? 違うだろ。不毛な応酬はできればしたくない。

私は、政治家の人となりは意外に重要な要素だと思っている。あなたは、彼の人柄を胡散くさいと感じた。私は、彼の人柄を好ましいと感じた。その差は大きい。埋められない溝かもしれないね。

 

ゆうべ門脇麦が主演のドラマを途中から観ていたけど、彼女がコンサートマスターをつとめる市運営のオーケストラを潰そうと目論む市議(たぶん市の財政を圧迫しているから廃止すべきと主張しているだろう)が、市民会館のロビーで無料の豚汁をふるまって、オケの演奏を観させまいと妨害するシーンがあったんだ。

陳腐な設定というか、ありえない展開だなと呆れつつも、いや待て、世間は案外こんなものかもしれないぞと思った。同じタダなら、大衆はありがたい音楽よりも温かい豚汁に惹かれるものではないか、その心理の移ろいを読みきれないと、存続すべきは文化だという理念を掲げる側は、民意と乖離していく一方なのではないか、と。

もちろん市議の画策は失敗に終わる。腹くちくなった市民は、客席に戻ってオケの演奏を聴く。満席の市民会館に、英国の第二国歌と呼ばれる楽曲が高らかに鳴り響く。ドラマでの勝者はオケだった。

でも、これが現実だとしたら、会場にいた有権者の記憶に残るのは、『威風堂々』なオケの演奏よりもハッピを着て「あったかい豚汁いかがですかー」と一所懸命に呼びかけていた市議さん、の方じゃなかろうか。 ……なんてことを私は考えていた。

www.ntv.co.jp

註:後日、上の投稿を引用したトゥートを見かけた。その方はこの市議の行為を「維新しぐさ」と指摘していた。確かにその通りだし、間違ってはいないのだが、では、その身も蓋もない維新的な手法にどう対抗すればいいのか? 野党および野党支持者は、それこそを考えていく必要があるのではないか、と思う。

 

なんとも嫌な感じのするニュースである。

mainichi.jp

松野官房長官の会見によると、

偽情報の拡散は、普遍的価値に対する脅威であるのみならず、安全保障上も悪影響をもたらす(中略)外国による偽情報に関する情報の集約、分析、対外発信の強化、政府外の機関との連携の強化のための新たな体制をつくる

そうだが、このことが、ネット上の(政府にとっての怪しげな)情報を取り締まるための方便となるのではないかとの懸念が拭いされない。たとえば既存のファクトチェック機関等に多くの助成が注ぎこまれ、私たちの発言内容を監視する陣容が強化されるかもしれない。政府の方針に批判的な発信をするアカウントは、真偽検証され、疑わしい情報だと指弾される可能性もある。そのことを留意しておくべきだ。

 

れいわ新選組の数少ない功績は、舩後靖彦氏、木村英子氏の二人を国会に送り出したことだ、という意見に対してのエアリプ)

そりゃまた身も蓋もないいいぐさだね。

ま、功績が数少なくても、皆無よりかはマシだ。

 

ぼうごなつこさんの「#令和の歴史教科書」最新話を読んで

 

おおっ、「愚民排除装置」Ver.2か!  あの機械、以前は竹田玄孫が二度ほど使っていたはずだが、所有者が変わったんだな。しかし無慈悲な機械よな。バシュッ、て。

 

私は、寒い日のほうがあきらかに(オーディオ装置の)音抜けがよいと感じるんだけど、みなさんはどうですか。

寒い夜はソウルを聞いて温まる。今夜はインプレッションズ。

 

2023/01/27

(「世界各国でいちばん聞かれているクラシックロックアーティスト」の図式をあげたトゥートに)

ボンジョヴィも強いですねー。どんな歌があるのか私ほとんど知らんけど。

(註:ツイッターで同じ投稿をみると、すごい数の反響である。心ない意見も少なくない)

うひゃあAndyさん災難だなあ。しかし、400件余の引用リツイートとはすごいね。さずがに私も経験したことないな。

ツイファンというサードパーティをのぞいたら、私も一つだけ、引用リツイート400越えがあった。覚えていないのは、返信を含めて読まないから。私は臆病なんだ。

さっきマストドンでも、私のトゥートが引用されているのをみかけて、ドキッとしたな。さいわい否定的なコメントは被さってなかったから、ホッとしたけどね。

 

ドレスコードはスマートカジュアルで、って何なんだよ。意味わかんねー(←あわてて今から調べている)。

 

目の錯覚かもしれないが、下弦の月? が膨張してみえた。

 

2023/01/28

京都にずっといたのに、京都と大阪と兵庫の位置関係をまったく理解していなかったこと等について悩める投稿をみかけて)

 

位置関係の把握か。

私の場合、原始的な方法かもしれないが、身体で覚える、だね。

見知らぬ駅に降り、まっすぐ歩いて街の中心を探す。中央と思しき地点から、時計回りに正方形を描くようにぐるりと巡る。小一時間ほどかけて歩けば、その街の規模がわかる。街の顔が見えてくる。住む人の様子がうかがえる。

自分の裡におおまかな地図を描き、実際の地図と見比べてみると、意外なほど外れていないことに気づく。さっき曲がった角はコレだな、この建物は病院だったのか、などなど。国内でも国外でも、私はそうやって土地勘を鍛えてきた。

構造の簡単な街、複雑な街、歩いていて楽しい街、苦痛な街、街はどれも違い、一つとして同じ街はない。街の探索に慣れてきたら、迷うことさえ楽しくなる。あれれ、ここさっきも見た景色だぞ、ひょっとしてオレ同じ所ぐるぐる回ってたのか、なんてね。私の場合、難易度の高い街ほど魅力的に思える。

これ、男性ならではの行動だと思う方がいるかもしれない。けれども、上に書いたような感覚を、もっともリアルに描いているなと私が思ったのは、須賀敦子だった。読んでいて、アドリア海に面した町を探索しているようで、ドキドキしたな。

ただ、街道筋の景色は、日本じゅうどこへ行ってもさほど変わらない。高崎だろうが浜松だろうが久留米だろうが、街の周縁は均質化する一方だ。「歩く」や「立ちどまる」がなく、自宅から目的地(店舗)まで、点から点への移動がもっぱらだから。

どこか観光したいところはありますか、の問いにはこう答えたい。観光施設に行くのが目的ではなく、あなたが生まれて育った町がみたいのです、と。

国内でも海外でも、そうした歩き方をすると風景の解像度がどんどん上がって、そこに住む人々の息遣いのようなものも感じられて楽しいのですよね。(高橋ミレイさんのトゥートより)

トリエステの坂道』のように? 熊本中心部を歩き中(タイセ_イさんのトゥートより)

上通の先、並木坂、上林町、藤崎宮に向かうあたりが、歩いていておもしろいです。

北上してまさにこれからその辺です!(自分の嗅覚自賛!)

 

【過去記事『サウダージ』について】

2012年から翌年3月にかけて、次第に行き詰っていく様子が手に取るようにわかるツイートの選り抜き。もちろん私の心象風景であり、現実そのものではない。

とにかくよく歩いた。自ら「歩きの達人」を名乗れるくらいに。東京では電車賃を浮かすために路線選びを工夫した。たとえば都営三田の沿線に目的地があるとすれば、運賃の高い三田線を使わず、二十分ほど歩いて東武東上線を利用するというふうな。この時期に書きつけたメモからの、贅肉のない剃刀みたいなスケッチは、そうしたケチケチ作戦の産物だ。

なお、当時はスマフォを所有していなかった。所有の携帯電話からではなく、Webからの投稿で、書くのはもっぱら未明の刻だった。

kp4323w3255b5t267.hatenablog.com

 

2023/01/29

variety.com

あゝ、なんてことだ。トム・ヴァーレインが亡くなるなんて! テレヴィジョンの『マーキー・ムーン』は青春の聖典だった。トム・ヴァーラインはオレだと思いこむほどに。

もちろん『マーキー・ムーン』は不朽の名盤なんだけど、未聴の方にどれか一曲をと問われたら、テレヴィジョンのセカンドアルバム『アドヴェンチャー』収録の「デイズ」をあげたい。今の若い人たちにも、すんなり受けいれられる、みずみずしさに満ちあふれているから。

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ソロアルバムからも、ソロ第二作『ドリームタイム』より、終曲「Mary Marie」を。ハチロクのリズムをセンスよく各パートに配置した佳曲である。トム・ヴァーラインの音楽は、詩的なセンスはもちろん、アンサンブルの構築に妙味があった。 (ちなみにVerlaineは詩人ヴェルレーヌを意識した名前で、こんにちヴァーレインと表記するのが一般的だが、私はついヴァーラインと表記してしまうんだ)。

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(「マーキー・ムーン」のレコードヴァージョンを掲げた追悼トゥートへの返信)

私もA面の最後でフェイドアウトする方が好きです。CD以降の完全版はちゃんとエンディングが決着するけど、F.O.のほうが輪廻する感じがして。

 

【一週間後のおさらい】
アントニオ・ロウレイロについて、やはり2021年発表のシングル「サウダージ」を紹介しておきたい。サウダージの意味を探究しているような内容の楽曲で、スティーヴィ・ワンダーを思わせるシンセベースのラインが美しい。そう、すべてのパートが歌っている。鼓動のように脈打っている。

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鰯 (Sardine) 2023/01/30

マストドン蒼象の記録5(2023/01/15〜2023/01/21)

2023/01/15

なんと……ジェフを喪ったばかりだというのに、こんどはユキヒロが。悲しすぎる。

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高橋幸宏をどれか一曲、と考えたら、私は矢野顕子1986年のNHKライブをあげたい。とくにラストの「グリーンフィールズ」。歌うようにいつくしむように、音楽を押し広げるドラム。16分50秒あたりの所作をみれば、そのことがわかるだろう。さよなら、そしてありがとう。

youtu.be

(ソロ作品では)私も「今日の空」がまっさきに浮かんだ。

 

拙速ではないのか。今現在もコロナウイルスは猛威をふるっているではないか。マスク着用に何の支障があるというのか。政府は、マスクが社会経済の停滞を招いているとでも思っているのだろうか。何事もなかったことにふるまうことが今を生きる術だというのか。だが、それは欺瞞だ。

新型コロナウイルスの感染対策として推奨されている屋内でのマスク着用を、症状のある人などを除いて原則不要とする案を政府が検討していることが14日、分かった。感染症法上の位置付けを季節性インフルエンザと同じ「5類」へ移行する議論の中で見直し案が浮上した。

nordot.app

 

(まな板のチヌをゲギョと記したトゥートに)

チヌは下魚なのか。足が早いからか。私はタイよりか好きだけどね。安いし。

 

以前に書いたことだけど。 マストドンに投稿したトゥートを、ツイッターで読んでねと告知しても、あまり反響は得られない。それは“ホット”ではないからだよね。逆もまた然り。私はツイッターのリンクを貼ったトゥートをあまり気に留めない。あゝツイッターで話題なのね、とクールな目でみてしまう。

それはやはり、読む/読まれるの関係性があるか無しかにかかっているからだと思うんだ。はい告知します、読んでね読んでねと投げこんでも、余程おもしろくないかぎり、読んではくれない。日ごろ自分の投稿を気にかけてくれている人が書いた文章だから、どれ読もうかって気になるんだよね。

白状すると、私はマストドンをし始めてから、はてなブログ鰯の独白』を再開している。マストドンの投稿を一週間ごとにまとめているんだ。ツイッターには告知しているよ。ツイッター常駐から離脱した岩下の、その後を気にかけてくれる方が数名はいるから、その方々のために。訪問者数は平均して一日50人くらい。マストドンには告知しない。すでに皆さん目にしているからさ。 これも前に書いたことだけど、私は自分の文章を残しておきたい。だからブログ記事にまとめているんだ。

人それぞれだけど、「自分の発信したお喋りなんか残らなくてもいい、なんなら書いたそばから消えてしまってかまわない」という意見をよく見かける。だけど私はそのたびに「そりゃもったいない話」だと思ってしまう。 私は中学生の時分から、詩とかマンガとか日記とかを一緒くたにしたノートを欠かさず書いていて、ほとんど捨てずにとっている。さすがに読み返しはしないけど、自分にとっては、かけがえのない大切な宝ものだ。

だから、マストドンの記事をまとめてくれるサードパーティがあればいいと思う反面、なくてもいいかな、と思っている。はてブにまとめた記事をプリントアウトして、スクラップしているからね。 自分でも、何やってんだ莫迦じゃね? と苦笑してしまうけれども、畢竟これが私の趣味なんだろうな

 

"エビデンス"って別に相手をやっつけるための魔法の言葉じゃないだろうに。という意見に)

エビデンス」について、私も前々から同じ違和感を抱いておりました。医療従事者の方からも、「エビデンスは医療の現場で日々使われている専門用語ですが(具体例を列挙)、SNSでの使われ方は正直ひどいと思います」という感想をいただいたことがあります。

 

2023/01/16

"Tighten up" Yellow Magic Orchestra

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"Shadows on the Ground" Yellow Magic Orchestra

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今朝の通勤音楽は『サーヴィス』。「リンボ」「マッドマン」(大好きな)「パースペクティヴ」など佳曲が多いが、この曲の流麗さも見逃せない。それこそ今様シティポップの文脈で捉えなおせるんじゃないかしら。

 

熊本地裁の刑事裁判、特定の裁判官が〝即日判決〟連発 開廷30分で実刑も 「拙速では」と疑問の声

記事より一部を引用。

元東京高裁判事の木谷明弁護士(東京)は「即日判決は、法廷が形骸化するとの批判もある。裁判は当事者の意見を十分に聞き、被告と被害者がともに納得できる内容になっていることが重要。事務処理的な対応になっているとしたら、賛成できない」と指摘する。

kumanichi.com

 

水道橋博士の辞職・れいわローテーションについて れいわ新選組代表 山本太郎 談話】

① またも奇策を弄した、落伍者救済だなどと大新聞および各方面から叩かれているようだけど、今後の党の伸長には良い判断だと思う。山本太郎の個人商店から脱却してもらいたい、れいわオーナーズとしては。

② 私は、各政党の得票率に応じて議席数を配分する比例代表制を弱小政党として最大限に活用するために、熟慮した上での判断だったと理解している。面白半分でローテーションなんてできないよ。なんなら他の政党もれいわに倣えばいいと思う。議席に安住している余所の議員も緊張感を持てるんじゃないかしら。

③ れいわ新選組がきもに銘じてほしいこと。それは水道橋博士の公約だった<反スラップ法。権力を持たない私人に対する口封じ、イジメの裁判をできない法律を作る>を実現することだ。博士の意志をぜひとも継承してもらいたい。それがれいわ新選組に一票を投じた有権者への誠意だと私は思う。(以上、Twitterに投稿済)

reiwa-shinsengumi.com

註:直接リプライはなかったものの、マストドン内でも今回の「れいわローテーション」については批判が目立った。「ピンクのN国」とか、さんざんな言われよう。一々反論はしないけど、あーそう見えるんだな、しゃあないやと思うだけで。

上の投稿は多く読まれたはずだ。しかし、それから数日間、私の投稿への反応はかなり少なくなった。ツイッターと違って、マストドンで「れいわ新選組」があきらかに冷遇されている証左だ。

 

2023/01/17

"Lady Day and John Coltrane" Gil Scott-Heron

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全国の教育、保育施設等に、児童や園児を対象とした殺害犯行予告メールが届く事案が発生している。盛岡や山口のニュースは既出だが、私の地元熊本でも、複数の施設に同様のメールが届いており、報道にもあるように、「今から1週間以内に、全国のどこかで通学中の小学生を同時多発的に殺害する」という内容なのだそうだ。対策をこうじるために現場は緊張の度合いを高めている。もし・万が一を考えると、愉快犯的な犯罪ではと決めつけるわけにもいかない。直接の犯行予告がきていない施設であるなら、明日も通常どおりのスケジュールを行うしかないが、何故どうしてこのように卑劣な事案が発生するのか、本邦社会がかろうじて保っていた「してはならない」の閾値が昨今つるべ落としに下がってきているのではないか、との思いが拭いされない。

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翌日(1/18)熊本でも<園児の殺害予告メール 熊本市の保育施設2カ所に 市が注意呼びかけ>と報じられた。

 

30代に子育てに追われていたけど、あの時に子育て世代は社会的弱者だと実感した。生後二ヶ月の息子を簡易託児所に預けて毎日送り迎えしていたという体験談を読んで

私も大筋はそんな感じだった。保育園の送り迎え、夕飯のしたく、他さまざまの家事。授業参観ももっぱら私。子どもからは「もっとフツーの家庭で育ちたかったよ」とあとでいわれたけど。

四半世紀前の首都圏の衛星都市でも、参観後の懇談会に出席する父親は、クラスで私ひとりだった。今はも少し増えたのだろうか。

それまでノンポリだった私が、今の考えに変化していったのは、保育園の保護者会、小学校での子ども会・学童・ミニバスクラブなどの役員、はては市の体育指導員と、なんだかんだを引き受けて、地域の実情に通じていったからだろうな。

当時住んでいた「野老」は、旧町内の保守層と都内勤務の新ファミリーが共存する不思議な町だった。どちらにも属しない私は、ふたつの価値観がぶつかる狭間にいて、あるときは調整役、またあるときは学校や行政に訴えかける当事者だった。

そのとき「市民」として動いた経験が、ある種の思想を形成していったのは間違いない。私はどの党派にも加わらなかったけれども、式典での君が代には立たなかったから、周りはヒダリだとみなしていたはずだ。しかし思想信条で排除されることもなく、今ふり返ればかなりリベラルな地域性だった。

あー、長くなった。昔語りはほどほどに。なにせホラ、ここマストドンは年寄りの繰り言をタダで披露できる結構な場所らしいけど、あまり調子に乗ってると、過去を潤色しかねないから。そうならないうちに、このへんで、おしまい。

こんにちは。だいじょうぶですよ。むしろもっと聞きたいです、との返信に

いずれまた。今夜はやめときます。ありがとう。

 

2023/01/18

Four in the morning Crapped out Yawning

Longing my life away

I’ll never worry Why should I?

It’s all gonna fade

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In my little town

I never meant nothin’ I was just my father’s son ……

Nothing but the dead and dying

Back in my little town

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The Northern and the Southern Hemispheres

Love emerges and it disappears

I do it for your love  I do it for your love

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今日の足もと。

靴:(ホーキング)陽焼けにつき変色、エービーシーマートのバーゲン品で1,000円。

ズボン:(洋服のアオヤマ 処分品)これも変色で100円+裾直し700円=計800円。 着心地、履き心地ともに申し分なし。温かい。

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凶器を持った不審者が敷地内に入ったらどうするかシミュレートしてみようという議案に、

長い棒みたいなもので相手を威嚇します」 「消化器を振りかけます、あと殺虫剤とか」 「とにかく何か、手当たり次第そこにある物を投げつけます

という意見があがった。私は 「ぜーんぶ不正解」 と声を大にして、 「そんな自分の身を危険にさらしてどうすんの。相手が刃物かなんか投げてきたらアウトじゃないか。身を挺して守る、って発想を捨てること。まず保護すべきを安全なところへ誘導する。それと同時に自分も不審者から遠ざかる。危ないと思ったらすぐに逃げなきゃだめだ。命あってのモノダネだよ」 といった。

が、私の伝え方がまずかったのだろうか。みんなきょとんとしていた。 向こうみずと勇敢は違う。そこを勘違いしていると、きみらは身を危険にさらしかねない。 口酸っぱくしてでも、そう伝えるべきだった。明日また、別の機会にいい添えよう。

 

父が残した衣服のうち、気に入ったものは私が着ている。かなりの数であるが、唯一、袖が若干短い。 ちと短いな、と思うたびに、父を思いだす。

私も亡父の洋服は積極的に着るほうだな。杉綾のコートはヘヴィーローテーション。袖丈が多少短い事情はいずこも一緒かも。

 

ふるさと納税」。なんで稼いでるやつにワザワザ税金でキックバックなんかしてやる必要があるんだよ。 腹立つから一回も使ったことねえわあんなの。損してるとはよく言われるが矜持の問題だよ

損してる、とはよくいわれるな。とくにふるさと納税やらマイナカードのポイントやらで。なぜやらないの、今のうちだよと。

 

自民王国の熊本だが、じつは維新の会との親和性が高い。松野明美、(選挙区は違えど)小野泰輔と、二人も国会議員を輩出している。

日本維新の会は18日の会見で熊本県支部を設立し、代表には、党本部で選対本部長代行を務める井上英孝衆議院議員が就任したことを発表した。 また、去年の参院選で初当選した松野明美参議院議員が副代表に、元熊本県副知事の小野泰輔衆議院議員が顧問に就任した(TKUニュース)

なお、この件とは関係ないことだが、今日帰宅時に、参政党のオレンジ色の幟を立てた小集団が、街宣しているのを見かけ、暗澹たる気持ちになった。

 

2023/01/19

久しぶりにSpotifyロバート・パーマーを開いたら今まで欠番だった『メイビー・イッツ・ライヴ』と『プライド』がラインナップに加わっていた。これは嬉しい。彼が“ソリッド”を追及していた時代の作品だけど、メロドラマ風のバラードで見得を切ることも忘れない。唯一無二の歌手だったなあとつくづく思う。

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朝起きて、メロドラマ風、と記したのは外れていると考え直した。ロバート・パーマーの歌唱というか表現スタイルは、つねに客観的で感傷に溺れない、一種のストイシズムに支えられている。そこが彼の、他とは違うところだから。

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1983年の『プライド』はとくにB面がおもしろい。「セイ・ユー・ウィル」のビッグバンド擬きアンサンブル、「ユー・キャン・ハヴ・イット(クール&ザ・ギャングのカヴァー)」のミドルエイトの歌いっぷり、終曲「シルバー・ガン」の呪術的ワンノートにおけるコラージュ等、創意工夫のオンパレードだ。 ロバート・パーマーについての短い記事を以前ブログに書いている。よろしければご笑覧あれ。

 

kp4323w3255b5t267.hatenablog.com

 

……んー不調だな私。いろんな意味で。

 

ですます改め全文転載

岡山県備前市は0歳~5歳児まですべての園児の保育料を無償化していた。また、2022年4月から「子育て世帯の負担を減らすため」として市内の10小学校、5中学校の給食費と学用品費を無償化してきた。 ところが、備前市教育庁は12月16日付で「令和5年度の給食費及び学用品について」「令和5年度の保育料について」と題する文書を市立学校児童・生徒の保護者、市立学校入学予定児童の保護者、保育園・子ども園の保護者あてに配布。これによると、園児・児童・生徒及びその世帯員の全員がマイナンバーカードを取得している場合、申請により保育料・給食費・学用品の納付が免除(無料)になるとのこと。つまり家族にマイナンバーカードを取得していない人がいれば、保育料等の無償化の対象から外れることになる。マイナンバーカードを取得している・していない、で納付免除に差があるというのは教育の機会均等に反し新たな差別を生み出すことになる。マイナンバーカードを取得していても取得していなくても従来通り、園児の保育料、児童生徒の給食費・学用品費を無料とするよう切に願う。

www.change.org

チェンジ・オーガニゼーションのライン署名については賛否両論あるけれど、前掲のキャンペーンについては拡散するべきだと思い、マストドンにて応援を求める次第である。

無償化の申請にマイナンバーカード取得が必須であるとするなら、無償化ほんらいの目的である少子化対策子育て支援事業の主旨から完全に逸脱しているといえる。ゆえにこれは、行政に見直しを求めることができる事案だ。私が<子ども達への平等な教育・保育を求める実行委員会 びぜん子育てホットスペース>に賛同し、署名したのも、議会に諮るまでもなく、制度変更が可能であるはずと考えたからである。

(しかし、その予測が甘かったことを、翌日の東京新聞記事で知ることになる)

 

2023/01/20

すでに無償化されてるのに、「やっぱり、マイナンバーカード持ってないヤツは対象外にするよ」という

www.tokyo-np.co.jp

しかし、これは想像以上にひどい事案だ。備前市の担当者の頑ななコメントがそれを物語る。

備前市教育総務課の担当者は「マイナンバーカード普及を100%にしようという市全体の方針で進めている」と説明。取得できないような事情のある家庭はどうするのか尋ねても、「今後、課題が出てくれば検討する」と述べるにとどまる。

マイナカード交付率今月8日時点で68.37%、岡山県内の自治体ではトップクラスの備前市

吉村市長は先月の市議会で「マイナンバーカードの普及でみなさまの生活を豊かにすることができるため、国も自治体も100%取得を目指す意義がある」と強調。今月の「広報びぜん」に寄せた新年あいさつで、「市民全員にカードを取得していただけるよう啓発に努め、先進的なデジタル都市を目指す」などとした。

他、関係省庁にも取材をもとめるなどして、マイナンバーカード普及になりふり構わぬ政府と交付金削減に恐々とする地方自治体との構図を浮かび上がらせた、多角的かつ立体的な記事である。ぜひ一読をお勧めする。

(この、備前市マイナンバーカードごり押し問題については、拡散の必要性を感じたから、ツイッターでも同じ内容を投稿した)

 

デヴィッド・クロスビーが亡くなった、との報せに)

え⁉︎

デヴィッド・クロスビーの訃報を知る朝。

晩年の活動に目覚ましいものがあった。 ベッカ・スティーヴンス、マイケル・リーグ、ミシェル・ウィリスら新進気鋭のミュージシャンと組んだアルバム、『Here If You Listen』を紹介しておこう。

今は、ただ悲しい。

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私は昔の仲間とのしがらみをたち切ってからがクロスビーの真骨頂だと思っている。

具体的にいえば、息子(とはいえよくある二世とはまったく事情が異なる)のジェームズ・レイモンドと、クロスビー・ピーヴァー&レイモンドを結成してからが俄然おもしろいのだ。スティーリー・ダン的なセンスを持つマルチプレイヤー、レイモンドの技術を得、クロスビーの音楽は懐メロに陥らず最先端に生まれ変わった。前述の『ライトハウス』に集った3人も今のアメリカで最も興味深い活動をしているミュージシャンたちだ。クロスビーが元来持っていた「ジャズ」の資質を開花させたのは、若手との交流である。

以前クロスビーがツイッターでロジャー・マッギン(古巣バーズのフロントマン)をブロックしたことが話題になったが、マッギン自身はクロスビーを嫌ってはいないとコメントしている。晩年の彼が自ら孤立を選ぶ面倒くさい爺さまだったことは疑いようもないが、私は最後のディケイドでクロスビーが送りだした5つの作品を「傑作の森」と評価したい。

2014年『Croz』からウィントン・マルサリスのトランペットが美しい一曲を。

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【年寄りの懊悩ほど厄介なものはない】

十年前に熊本に帰郷してから、私は昔の仲間たちから、また音楽活動を再開しようとたびたび誘われた。パンクバンドやらジャズフュージョンのグループやらクラシックのアンサンブルからベンチャーズのコピーまで。そのことごとくを断った。つきあい悪い偏屈なやつだと思われただろう。でも馴れあいはゴメンだ。便利屋で使われるのはカンベンだ。日常業務に精一杯の私は音楽に情熱をそそぐ余力がない。採譜したり練習したり、楽器を担いだりミーティングしたりを考えただけでも億劫だ。意見の相違で消耗するのが目に見えている……

と、ここまで書いて「嘘だ」と思う。おまえホントは音楽やりたいんだろ? 自分の思うがままに、有利な条件で。だが、そんなもの待ってても永久に訪れないさ。自ら動かなけりゃな。おのれを欺くな、鰯。

なあ、これが老境というものだ。 内面にドロドロとした惑いを抱えており、ついぞ解消されることはない。 枯れた好々爺を演じるつもりはない。 そんな、期待される老人像をなぞるなんてまっぴらだよ。 不機嫌づらして他人様に迷惑をかけたくはないが、私ゃ周りにサービスするほどお人好しじゃないんだ。

 

David Crosby "If I Could Only Remember My Name"はSide 1の2曲目"Cowboy Movie"が大好きなんです。改めて聴くとNeil Youngの曲のような雰囲気、具体的に言うとDown By The Riverを思い出した。

確かに。ジェリー・ガルシアの弾くギターが、ニール・ヤングのような音色ですね。ニールは、デヴィッドの「オールモスト・カット・マイ・ヘア」を好んでいました(ベスト盤『CSN』のライナーノーツにニールのコメントが載っている)。

 

前に再雇用の70過ぎた男性と組んで経理をやってたことあるんだけど、本人はずっとやってきた自負と知識と自分より下の女に負けるかという謎の敵対心があるんだけど、もう伝票の整理一つ、仕訳一つ追いつかないのよ、溜め込む一方で。

あー刺さるされる。手が動かない。多量をさばけない。視力は下がる。集中力は衰える。要らぬ自尊心はないと思いたいが、人に任せる、委ねるを嫌がる傾向は、確かに年々増している。これは紛うことなき「老害」だ。早く後進に道を譲らねば。致命的なヒューマンエラーをしでかさぬうちに。

事業者様よ早く代わりを探してきてくれ。私のような使えねえポンコツに頼るな。

(註:探してきてくれの箇所は、当初「あてがってくれ」と書いていたが、女をあてがえと暴言をふり撒く輩のような言葉づかいだと気づいたので、編集してあらためた)

たとえば私は「ポイント」という概念が理解できていないんだ。貯める? 使う? 還元? わからない。なにもかも。わからなければならないのだろうが、わかることをこころが拒んでいる。

とはいえ、路頭に迷いたくはないよな。誰しもーー

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【あとがき】

寄る年波を感じるばかりの一週間だった。今年に入ってジェフ・ベック高橋幸宏、デヴィッド・クロスビーと、大好きな音楽家が次々と亡くなっていくからつらい。正直なところ参っている。そんな心境を反映してか、晦渋なトゥートが大半を占めた。

鰯 (Sardine) 2023/01/22

マストドン蒼象の記録4(2023/01/08~2023/01/14)

2023/01/08

Chamber MusicとしてのJazz』は、一年ほど前に編んだプレイリスト。並べてみるとなぜかピアノものばかりになった(笑)。
私はピアノ三重奏、とりわけロマン派の作曲家のが好きで。オーケストラのダイナミックよりも各演奏者の丁々発止をおもしろく思う質なんだ。それで室内楽と共通する構造のジャズを揃えてみた。だからブルース色は希薄。本来ならMJQやデイヴ・ブルーベック5あたりも入れるべきなんだろうけど、それだとお勉強になっちゃうから最近の演奏に寄せてみた。
だけど、この十年でいちばん驚愕した「ジャズ」ピアニストは誰かと問われれば、ティグラン・ハマシアンだな。圧倒されっぱなしだった。やはり音楽を成り立たせる根っこがあるとないとでは大違い。
私はテクニックの巧拙を気にしないんだ。パートナーはタッチにやたらうるさいけど、私はわりと鷹揚。そこで意見が分かれる。ま、最終的には、やっぱりビル・エヴァンスいいよねに落着するんだけどさ。

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(反応への返信)

①アーロン・パークスはタイム感がすぐれていますね。昨夜、グラスパーとかモンクとかの名前がタイムラインに散見したので、私も好みを出してみようかと思ったのです。

②(ビル・エヴァンスかい⁉︎ というツッコミに)

オスカー・ピーターソンでもよかったんですよ、そこは。

 

明日いや今日だ、長距離運転せにゃならんのに、こんな未明に起きてていいのか私?

 

ゆうべ私は、5、6人はミュートしたもん。何でか知らんが、我が正義に酔いしれている連中が、大量にブースト(拡散)されてきて、やばいなコレはと感じたからさ。

いちマストドンユーザーとして、私はフェディバースのfederationについては、さほど重きを置いていないんだ。いろんな意味で「連合」という日本語に懲りているからかもね。
それから、マストドンは個人が他所のサーバーをブロックすることもできるみたいだけど、それってあまり意味がないように思う。そこに属する全員を丸ごと排除するのは、私の趣味じゃないんだ。いい人だっているかもしれないじゃん。

 

さて、出かける準備をせねば。

広川で休憩。高速道路はそれほど混んでいない。

先ほど福岡から帰還。久しぶりに妻方の親戚とお会いした。病院通いと健康の話題がいちばん盛りあがった。

葬式の話とか墓の話とかもたくさん話したな。
帰途、薄暮の高速を走らせながら、私(たち)はあとどれくらい生きてられるんだろう、死んだら思考の一切合切が消え失せてしまうんだよなあ、ってついつい考えてしまったよ。

私はいつも高速では80㎞くらいでクルマを走らせている。
100㎞に近づいたら、とたんに怖くなる。

 

2023/01/09

シンフォニーのダイナミックが嫌いなわけではないが、子どものころ交響楽団の演奏するさまをテレビなどでみるたび、みんな同じ服装で役割分担が決まってて、楽譜通りに弾いて指揮者に従って、なんだか軍隊みたいで窮屈そうだと思ったものだ。とくにその思いを強くしたのが『あぁ!新世界』というフランキー堺が主演のドラマ(1975年 TBS 脚本倉本聰)で、ドヴォルザーク交響曲第9番ではたった一度だけシンバルを演奏する箇所があるけど、そこを叩き損なう打楽器奏者の話で、見ていて痛ましかった印象が強烈に残っている。しかもあのシンバル、たいして目立たないんだよね。弱起でメゾフォルテで(同じく一箇所だけシンバルの)ブルックナーの第7番みたいに華々しくない。ドヴォルザークなに考えてんのオレならたぶん第四楽章だけで数十発は指定するぜ、といいたくなる。後に私は何の因果か打楽器を専攻したのだが、休符が多いとヒマなのは確かで、そんなとき私は他のパートが懸命に演奏する様子をつぶさに観察していた。ふり返ってみれば、私の人生そのものが打楽器奏者みたいなもので、集団の端っこでときたま賑やかしに加わるというスタンスだったな、と思う。

www.tbs.co.jp

枕もとの猫とブラームスの第4番を聴いている。もうちょっと眠ろう。起きていると余計なことを考えすぎる。

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私の知る人で、なんでも語尾に「です」をつけて話す男性がいます。

今からそっちに行くです。
その件は後からしますです。
それはしきらん(できない)です。
それ、オレがやっといたです。

歳上には語尾に「です」をつけていれば失礼にあたらないと考えているようです。でも、語気はえらくぶっきらぼうなんです。

 

細谷雄一について、昨年11月8~9日に、私はこんなツイートを投稿している。

トラス元首相が失脚した時、減税政策が英国民の不興を買ったとの報道がさかんに流れた。消費税減税に疑問を投げかける誘導も目についたが、トラスの減税は富裕層や大企業に恩恵を与えるもので、むしろ「所得税減税を進める一方で付加価値税増税し、国民に勤勉と倹約を促す」サッチャリズムに近かった。
さらにいうなら、アベノミクスと酷似していた。それを糊塗するために、ことさら細谷氏は「社会民主主義的」だと強調したのではないか。
国際政治学者がヤッシー田中康夫)の皮肉にご立腹だのは私的にどうでもいいことだが、「安倍総理がインタビューの中身を心配されている。私が全ての顧問を引き受けている」と週刊ダイヤモンド誌副編集長にゲラを見せるよう迫った、元朝日新聞編集委員(峯村健司)とつるんでいるのは、かなりきな臭いと感じている。

と、私は政権を支えるイデオローグとして細谷氏を警戒している。参考までに。

 

個人的な思いに固執しない、全体を見渡しながらプレーするを心がけたいものだね。

 

私、語尾カタカナたまに意図して書くな。

伊丹十三の真似をして、__である

橋本治の真似をして、__だから。などなど。

伊集院静は出たての頃から若年寄りふうな文体だった

 

そういえばヤッシーとはこんなやりとりをしたことがある。

田中)
岩下さん、「『33年後』に聞こえる音楽」(拙ブログ)を読み直していて気付いたのですが、
>>小説の出来ばえに腐心すること、小説の結構に辻褄を合わせるに躍起になることが、 
「結構」は、構成とかの意味かしら? 老婆心ながら。国土強靱化の原稿も有難う御座います。
岩下)
その「結構」は、「拵え」といった意味です。そうですね、「小説の結構」という言い回しがむかしの文豪っぽくて気に入っていたんです。「構成」のほうが適切かもしれませんね。
田中)
いえいえ、小生は、結構というのは副詞だとばかり思っていました。

「結構」の類似に「経済」がある。__した方がより経済である、とか。これもまた、私が昭和の小説に耽溺した名残だな。

件のブログ記事はコチラ
2014年10月、はてブに投稿している。

kp4323w3255b5t267.hatenablog.com

 

@kisakino_minaさんの投稿、いつも楽しみにしている。内容はもちろんのこと、文のよどみのなさ、意味不明なところが全く見あたらなく、感心することしきりで、私はぜんぶにお気に入りをおくりたくなる。

 

イマ聴き。ビッグ・シーフ「Time Escaping

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ビッグ・シーフのメンバーが編んだと思しきプレイリスト。冒頭のジョン・マーティン2連発からデペッシュ・モードへ移行する流れで惹きこまれる、ジャンルではなく、音楽に何を求めて聞いているのかがポイントになる。あーそれ選びますか分かりますって感覚の共有。ミュージシャンのセレクトは、総じて興味深い。

100% - playlist by Big Thief | Spotify

 

やっぱりちゃんと書いておいた方がいいかな。私はれいわ新選組が(意図的か意図的でないかにかかわらず)ハブられているのが耐えられない。だから何人かミュートした。

辰巳孝太郎の府知事選については1月7日のトゥートで私が静観とした理由と同じです。以上。

 

Twitterを「敵」に、Mastodonを「味方」として語るような単純な構図、Twitter内の敵味方政治と一体何が違うの?ってのはある。もちろん違いはあるし、それは大事なんだけど、簡単単純な二項対立は警戒するよね。 

森哲平さんは今すごく大切なことをいっているよ。

ここしっかりと押さえておかないと、マストドンツイッターの二の舞になる。

 

今夜の夕飯おかずはおでん。これで昨年末収穫した大根ぜんぶを使いきった。

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2023/01/10

【今週の新譜】
ジョン・ライドンまじですよ。笑ってしまうけど、これはおちょくりではないと思う。キャプテン・センシブルのアプローチにちょっと似ている。

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日豊本線津久見駅で先月15日の夕方、構内の線路上で視覚障害のある80代の女性が特急列車にはねられて死亡する事故が起きた。
駅員がいない時間帯だったことから、大分市の駅の無人化に反対する裁判を起こした原告団が現場を訪れ、当時の状況などを調査した。
弁護団の徳田靖之弁護士は「事故の原因はまだはっきりしない部分もあるが、駅員がいれば助けられた可能性があると思う」と話した。

www3.nhk.or.jp

 

(タイムラインにアップされた写真への感想)

心象風景といおうか、凄まじい写真だと感じました。

(先日火事で焼けてしまったお店の近くの細い道なんですよ、という説明に)

ううむ、なるほど……

 

bunshun.jp

news.yahoo.co.jp

財務省国立博物館への予算を削減する一方で、元財務相が国立マンガ施設の構想をぶち上げる、。なんなんだこの倒錯は。

 

火曜日 ここより永遠へ偉大なる逃走へ

 

2023/01/11

【年甲斐もなく、お恥ずかしい話】

とても頭が痛くて、しばらく横になっていたら、単純だけど力強い旋律の動機が頭のなかでリピートしだした。はっきりいって趣味じゃない、鈍くさくてカッコ悪いメロディーだ。しかしちょっと待て、これは半年前入浴中に思いついた、これまた単純なサビにつながるんじゃないか?
深夜だというのに、私はアンプを通さずにギターをかき鳴らして、しばらく歌ってみた。したらピタッと接着した。キーはCメジャー、ほぼスリーコード。イメージとしてはアクロスザユニヴァースとワンラヴを合体させた感じ。三十分くらい弾いたら構成はだいたい固まった。あとはストレートな歌詞を載っければよい。なあに焦るこたない、締め切りなんかないんだし、こいつはスタンダードになるかもよ!
けどそこで、盛り上がる気持ちに水を差すような思いが過る。この歌を完成したとして、それから先どうするつもりだ? どこに向かって、誰に向けて出そうっていうんだ。
還暦すぎた爺さまがまるで中学生よろしく夜中に煩悶している。しょうがねえなぁと苦笑しつつも、私はこの歌をなんとか形にしてやんなきゃ、の思いに駆られている。
気がついたら頭痛は治っていた。

 

"Girlfriend is Better" Talking Heads

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フレキシブルに、きめ細やかに対応すればするほど、多岐のオプションを追加すればするほど、ひと一人にかかる工程も責任も増してゆく。制度設計は最初に思い描いたようにならないものだ。

 

ほぼ一日中パソコンを使っているから、マストドンくらいはスマフォで済ませたい。

煮詰まらないようにするには、滞在時間を少なくするしかないね。何にでもいえることだけど、耽溺は身体に毒だ。

いつも自分に言い聞かせていることです。

 

SPA石黒隆之の噴飯ものの記事。レナード・コーエンを引き合いに、知ったようなことを吐かしているが、「デモクラシーがアメリカにやってくる」のテキトーな解釈(の引用)に、かつてコーエン信奉者だった私は怒り心頭に発している。

nikkan-spa.jp

なぜか。それは多義的な解釈が可能なコーエンの詞を、それこそ記事を書いたライターみずからが一面的な解釈に押しこもうとしているからだ。

kp4323w3255b5t267.hatenablog.com

 

森鴎外平野啓一郎ロバート・キャンベルに語らせるという構成は悪くない。『沈黙の塔』を再読したくなった。最後に磯田道史が熱弁していたことは平野のいうところの「分人」に他ならないが(しかし、番組タイトルなんとかならんか)。

www.nhk-ondemand.jp

芸術の認める価値は、因襲を破る処にある。因襲の圏内にうろついている作は凡作である。因襲の目で芸術を見れば、あらゆる芸術が危険に見える。
学問だって同じ事である。学問も因襲を破って進んで行く。一国の一時代の風尚に肘を掣せられていては、学問は死ぬる。
どこの国、いつの世でも、新しい道を歩いて行く人の背後には、必ず反動者の群がいて隙を窺っている。そしてある機会に起って迫害を加える。ただ口実だけが国により時代によって変る。危険なる洋書もその口実に過ぎない。
森鴎外『沈黙の塔』(明治四十三年)より抜粋

 

もちろん私もSNSには食傷気味だ。読む/読まれるの相関関係を窮屈に感じることもある。自分に向けてではないことまでを自分への批判だと誤解することも度々だ。理由もなくないがしろにされているような気がして、そんなときはアカウントごと消し去りたくなる。
けれども私は書くことが好きだ。漠然と考えたことを言葉に置き換えてみて、その表現が的を射たときの歓びは他に比べようもない。もっと文章がうまくなりたい。思うがままを自由自在に操れる技術がほしい。
どうにもならない望みだろうか。私は私の書いた言葉を忘れたくない。便秘症の精神かもしれないが、自分の書いた文章はできるだけ保存しておきたい。
この、書き散らしたくても書き散らせない性分、投稿寸前まで逡巡する傾向が、結果的にSNSでの暴走を繫ぎとめているような気がする。
私のしなくてもいいがまんはいつか実を結ぶだろうか? 可能性は限りなくゼロに等しいが、途絶の直前まで、書いた事実が残るよう、記録しておきたいと思っている。

 

2023/01/12

【鰯の独白は「毒吐く」ではない】

十年以上もSNSを続けていれば、いい加減に煮詰まる。似たようなことばかり書いている、進歩ないなあと思うこともしばしばである。だからといって「自分の投稿など書いたそばからなくなってもかまわない」とは思わない。
ジョージ・マーティンは、アビーロードの録音技師たちに「ビートルズがスタジオに入ったら、どんなささいな会話でも録っておくように」と指示した。
おおげさにいえば、私もそんな感じだ。何月何日に何を食べたか、どんな空の色だったか、そのとき何が起こったのか、あとでふり返って、思考の推移を確かめたい。
おかしなもので、どうでもいいような独り言でも、そのときどきの何気ない言葉の選択が、わりと鍵を握っていたり、本質を突いていたりもする。
だから、いったん書いたテキストは滅多に捨てない。必ずどこかに格納している。ツイッターにおけるツイログのようなサービスは今のところマストドンに見当たらないので、自力で保管するしかないが。

自分の発信が他にどう影響を及ぼすかにはあまり興味がない。また、自説を補強するために他の発言(トゥート)を援用(ブースト)することはできるだけ避けている。

 

“Stay" David Bowie

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ショックだ。初めて人前で弾いたオレンジ、高校の授業サボって買ったブロウバイブロウ、1980年に九電記念体育館で実物を拝んだ。思い出が走馬灯のように駆けめぐる。人生はまるで寂しいハイウェイ。ジェフ・ベックありがとう。

(あ、弾いたのはマックス・ミドルトンのパートです。念のため)

私もはなむけに一つ、"Nadia"を選ぼう。
ジェフ・ベックのすごみは、世紀を跨いでも衰えるどころか、なお新境地を探してやまない、開拓精神にあったと思う。己が模倣に陥ることなく、生涯現役のままキャリアをまっとうしたミュージシャンは、数えるほどしかいない。

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今日、一瞬だが記憶がとだえた。あれほど日ごろから世話になっていた人に会ったのに、どうしても名前を思い出せなかったのだ。慌てて調べて、文字面をみてようやく名前を思い出せたが、怖かった。こんなに心細い思いをしたことは最近なかった。

 

(80年代は「ほんとうに空虚な時代だった、そう感じるのは私だけだろうか」といった逸見龍生さんのトゥートに)

あなただけではない、というのはおこがましいけれど、二十代の真っ只中だった80年代は、私の人生の中で、最も無味乾燥な10年間だった。

 

2023/01/13

小説を濫読し、見ようみまねで書きはじめた頃はガッチガチに硬かった。雑味と思えるところを何度も削ぎ落とし、澄み切った文章にすれば上等だと錯覚していた。 硬化する一方だった私のtextを柔らかく解したのはインターネットだった。最初はどこにも投稿せずに専ら読むだったが、mixiTwitterで書くようになってからは〈喋るように、語りかけるように書いたらいいんだな〉と、気構えないことを心がけていた。 ツイッターに慣れてくると140字以内にまとめるワザを会得した。いかにもざっくばらんな調子を演出できるようにもなった。みずから拵えたフォーミュラに流しこむことで、書くから投稿するまでの一連を"it's automatic"でスムーズに行えるようになった。 現実の私は、お喋りが得意ではない。言い足らなかったり、言いすぎたりするので。私の「喋るように書く」は一種のスタイルだ。理想の語り手を設定しているといおうか、つまり作為的なものだ。 ここマストドンでは、そういった狙いを極力なくしていきたい。どこに着地するかわからない思考のなりゆきを、そのまま反映させたい。あーもうすぐ500字だ。中途半端なエンディン

「文章上手くなりたい」っていう人、まずはコアを見つめてくれって思ってる。むしろ今の時代は文章が「上手い」だけの人がやったら多くて、正直おもんない。(森哲平氏のトゥートより)

(前掲を受け)私は自分がどんなにつまらない人間か知っている(つもり)。だから刺さるささる。

私は文章教室を開催したいわけではないんだ。
ここで、くそくだらないやめようかなっていえば、いや書けばいいんだろうか。今やほとんどそんな気分だよ。やめだやめ。

 

"Rhinoseros" The Smashing Pumpkins

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さっきからふりだした雨音を聞いていたら気持ちがいくぶんか和らいだ。

感情がたかぶるのは悪いことではない。日常で感情をあらわにできることなぞ滅多にないからね。今やSNSくらいじゃないの?

感情の昂りは、もちろん自分の内側で起こることで、それをどう表出するかはまた別問題。私の場合、たいてい一人でプンスカして終わる。

私もこの絵(悲しみの聖女)が好きだ。国立西洋美術館で、しばらく立ちどまって見入ったものだ。青の深いことといったら!

 

チャイくん、行ってきます。

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【みなさんのご意見ひととおり拝見しました。そうだな私は……】

私はもう何年も前から「市民」の二文字を意識して使わないようにしている。
例えば、前回の衆院選について、

(政党間の)「ボス交」によって、突如として指令(?)してきた候補を、市民側が拒否し、メディア的には後唐的(?)に知名度は劣った候補を当選させ(た)

というトゥートを先週見かけた(元トゥートに記されていた具体的な政党名と候補者名は伏せた)けれども。
私は、その「市民側」という括りを、ひどく独善的に感じてしまうんだ。
だいたい、「ボス交」って何よ?
いや意味するところは理解できるよ。でもそこ、カギ括弧で使うところか?
私には、ネトウヨが揶揄するところの「世田谷自然サヨク」というスラングを言い得て妙だと思ってしまう感性というか心情が確かにある。
私は、「私たち『市民』は〜」と高らかにうたわれてしまうとさ、目の前でバーンと扉を閉ざされてしまったような気がするんだよ。
それって田舎者の僻み根性なのかな? 私が(休み時間おわりにつき強制終了)

②〜③

2021年10月14日のツイートより
最近「市民」という言葉を、てらいなく使うことができなくなった。私たち市民の声を〜と一旦書いてみて、違うな、と削除したこともある。その躊躇が何に起因しているのか、今回(衆議院選挙・東京8区)杉並で起きた一連をみて、ようやく分かった気がする。私が市民と書くのを躊躇う理由は、市民を自認する人たちが、市民資格を厳格に定めているからである。
市民の定めた暗黙のレギュレーションが、不可視のサークルの中に存在している。規約は明文化されていないが、資格の有無はさまざまな角度から吟味される。学歴はもちろん思想の筋のよさが重視され、野良とみなされたら即座にはじかれる。カギ括弧つき市民の育んだ排除の論理が、合理的に働く仕組みだ。
とにかくナローレンジ。異物をのみこめずに吐き出してしまう。ムリに呑みこむ必要はないが、たんなる好き嫌いで市民をカテゴライズするのはやはり間違っている。裾野の広がりを恐れるがあまり、市民の範囲をいたずらに狭めてはならない。もっとオーブンに、政治のスケールを大きくしよう(ではありませんか)。

ものすごくかいつまんで言いますと、自分たちだけが「市民」だと思うな、です。
学者や大手紙記者や法曹人らの想定する市民だけが市民ではない、ということです。
それ以外の大勢を、サークルからはみ出した市民を、イメージしてみてほしい。「市民」であることを標榜するのであれば。
私は、<ワアワア言っている人たち>だの<永遠に杉並出入り禁止>だの、排除の言葉を内面化した「市民」には、ほんとうに辟易しています。

 

れいわ新選組山本太郎の演説を見るとわかるけど、どこでも音響と照明は絶対に手を抜かない。可能な時はBGMも使う。今の日本人はテレビでそういうのに慣れているから同じフォーマットでやられるとコロっといく(るまたんさんのトゥートより)

あははは。さしずめ私はコロっといったくちだ。

 

ブランドXの“Sun in the Night”
昨年 5月7日の街宣で、(山本太郎)代表が登場する直前に、ベーシストが弾いていた。
彼の弾く“通奏低音”は、場を温める以上の効果があった。この国の過酷な現実をシリアスに訴えつつも、決して絶叫することのない(山本の)演説に身を揺らしながら、私はギル・スコット・ヘロンのポエトリー・リーディングを連想していた、
と書いたら買い被りかね?

open.spotify.com

 

2023/01/14

Annette Peacock "The Perfect Release"について)

アネット・ピーコックの作品中、とび抜けて好きです(他のはちょい敷居が高い)。ミドルトンのフレーズはけっこうワンパターンなんだけど、ここまで自由に弾きまくっているのはめずらしい。

"X-Dreams"の方が思い入れあります、との返信)

あらためて聞くと、“X-Dreams”よかったです。以前は手強い印象がありました。

 

(いつ聴いてもPoetic Champions Composeは名盤、との意見に)

じつはちゃんと聞いたことがなくて。昨晩じっくり聞いてみて、すごくよかったです。

(私的にはこれとVeedon Fleeceが双璧、との返信)

あゝ"Veedon Fleece"は(ヴァン・モリソンの中で)私も大好きです。

 

「ヨシミネ弁護士がね」と妻がいうので、私は「え?」と渋い顔をした。
「どうしてそんな顔するの」
「ん、あまり好きじゃないから」
「違う人じゃない? 私が話そうとしてるのは、吉峯啓晴(ひろはる)先生のことだよ」
「あ、吉峯耕平じゃないのか」
「誰よそれ」
「いや、前に引用リツイートで皮肉られたからさ」
妻は呆れたという顔をした。
ツイッターのしすぎよ」
今は違うよ、とはさすがにいえなかった。

 

政府は、処理水の放出によって風評被害を起こさないよう、徹底した安全性の確認と周知、それに全国での安全・安心に向けた理解醸成を柱に取り組むとしています。
具体的には、先月、全国放送のテレビコマーシャルやインターネット動画サイト、新聞などでの広告を展開し、今後も多様な手段での情報発信を拡充するとしています。

この記事のこれでもか的ボリュームが、政府の取り組みをまさに物語っている。

www3.nhk.or.jp

同僚が私に「とうとう処理水を放出しちゃうんですね」と関連記事を示してきた。
彼はあきらかに政府の決定を憂慮していたけれど、私は「困ったことだね」としか答えられなかった。

まともな判断力を持った大人なら、今の政治がよくないという認識にいたるはずだ。
問題は、現政権に不満があっても、それがただちに投票行動へ結びつかないことだ。

 

【いったん削除した3トゥートを再掲します】

iwashi-dokuhaku.medium.com

昨日12/29の朝NHK BS1で、『声は届くのか〜秘蔵フィルムが映し出す1969新宿西口地下広場〜』(初回は11月26日)の再々放送があったので、観ていた。

ベトナム戦争に反対する若者たちが新宿駅の西口地下広場に集い反戦ソングを歌った一大ムーブメント「フォークゲリラ」。番組が入手した映像には、7千人の群衆の歌声や討論など見る者を圧倒する熱気が記録されていた。この貴重な映像をベースに当時現場に居合わせた人たちを取材。若者たちの「声」は今の時代にどのように届いているのか?1969年のフィルムとそこに登場する人たちの2022年の姿が交錯するドキュメンタリーで、吉岡忍氏をはじめ、盛田隆二氏、大木晴子氏ほか数名が同時の情況を語るという構成だった。

途中から全共斗のヘルメットをかぶった学生たちが参加するようになって、集会の様相が次第に変化していく。それらを過激派とみなす警察はついに機動隊を動員、逮捕者が出、フォークゲリラは解散を余儀なくされる。

このプロセスをみて私は、なぜ山本太郎とれいわ新選組が、立憲民主党共産党のコアな支持者から嫌われるのかが、遅まきながら理解できたような気がした。

彼らからしてみれば、山本の応援演説は選挙の規を超えたもので、党勢拡大に利用しているように映ったのだろうな、これまでの自分たちの地道な活動が荒らされたように感じたのだろうな、と。気持ちはわかる。実際に無礼なふるまいが「れ新」のサポーターにあったのかもしれない。ならばかつての極左と重なってみえるのも詮ないことなのかもしれない。

だけど、それは偏見だと(れいわオーナーズである)私は思う。れいわ新選組のうち出す路線が、かつての野党のそれと違うのは当然で、独自性がなければ山本が新たに党を立ちあげる必要もないわけだし、今までの野党にどうしても相容れないものを感じていた人たちがれいわに期待を寄せているわけだから。それに違和感を覚えるのなら、れいわとは違った方法で、党なり候補者なりをアピールすればいい。現に参院選の東京では、山添拓が見事にやってのけたではないか。山本太郎を上回る票数を獲得できたのはなぜか、既存の政党こそ分析を急ぐ必要があるのではなかろうか。

フォークゲリラの話に戻る。

フォークゲリラの若者たちは、自分たち以外の他者=違った価値観を持つ人たちに向かって、懸命に語りかけていた。勤め人に学生の道楽みたいに思われようと理想論だと笑われようと、このままの社会でいいのかを、めげずに問いかけていた。そこは学ぶべき姿勢ではないか。自分と違う立場の人を排除するのではなく理解させること。言うのは簡単だが行うのは難しい。だが他者説得を回避しているようでは、次もまた次も負け続けるだけだ。もう閉塞するのはやめにしよう。来年が「新しい戦前になる」のならなおさら、それを食いとめる意志のあるもの同士で連帯しあわなけりゃならない。

長くなった。最後に以前Mediumに書いた記事を貼っておく。以下に引用した

新宿西口で「アベ政治を許さない」ポスターを置いて、みんなでフォークソングを合唱しているご老人たちがいたけど、あれはキツイ。街宣右翼よりもキツイ

に顕著な社会運動への忌避感や冷笑の態度を、とくに私のような遅れてきた世代は、克服しなければならないと感じている。

①から③までを投稿したのち、
読むのに難儀な文章を、自分が書いてしまっては世話ないな。お目汚しスミマセン。でも、できれば②を飛ばさないでほしいな。そこがむしろ肝心な箇所なんだから、①と③だけだと誤読されそうだ。
と但し書きをつけた。

むしろ③で引用した2018年の記事を読んでもらえればいいな。

私はツイッターを眺めていて、ときどき残酷だなあと思う。だって、その西口でフォークソングを歌っていたグループを、庇ったり支持したりする意見がほぼ皆無だったからね(中略)なぜ、居たたまれなかったの一言で斥けるのさ?
いいじゃないか歌わせておけば。それがかりに青春の追憶をなぞっているだけにせよ、それを迷惑そうなまなざしで眺めることに、いったい何の意味がある?
彼らをアップデートする“リソース”とやらが時間の無駄と思うにせよ、だ。それこそ“オルタナティヴ”を提示すりゃいいんじゃないか? SEALDsは一つの回答だったと思うが、ヒップホップが好みでないなら、それこそ自分たちの世代にぴったりの表現ジャンルを“持ちこめば”いいじゃないか。フォークったって今様があるでしょうよ。あなたたちの好きな、オーガニックでハートフルな、2018年の連帯ソングを探すなり作るなりすればいいだけの話、だよ。

iwashi-dokuhaku.medium.com

伝え方を工夫しているほうが邪険にされるのも、またヘンな話だと思うよ。

 

もし人間が合理的なら棄権するという研究もあるので、あまり他人の投票行動を責めないでほしい。非合理的な人を増やしていきたいものですね。(拙トゥートへの感想)

他人の投票行動を責めているつもりはありません。前回の参院選、立民が擁立した地方区の野党統一候補者はあまりにも不甲斐なかった。大勢の有権者が、あれでは自民現には勝てない、と感じたはずです。私自身、意外と合理的な人間なので、今のままでは、次回の国政選挙を棄権する可能性があります。

(私が「棄権」をいいだしたので、タイムラインがにわかに騒然となる)

【正直に申し上げますと】

前回の参院選について述べると、立民と連合熊本は前熊本市長に打診しましたが、幸山政史は県政を目指したいと固辞、代わりにたてた候補者は、申し訳ないけれど勝てる要素が皆無だった。もちろん私は野党共闘の候補に投票しましたが、フラットに比較すれば、人物も政策も自民現のほうが優れていると認めざるをえませんでした。
棄権が合理的な選択ではなく、自公政権を利する結果につながることも理解しています。しかし今のままでは、次の国政選挙では、棄権か自民候補に入れるかの二択しか残されていないのではないか、と危惧しています。

(が、タイムラインに投票棄権についての否定的な意見が相次ぐ)

わかりました、棄権するかも、は取り消しましょう。もともと棄権を勧めるつもりは毛頭ありませんから。
でもね、野党の地方支部がほんとうに危機感を持っているかどうかは、はなはだ疑問です。なんだかんだいっても反自民だったら野党側に投票するさ、とたかをくくってないか。現状に胡座かいているの有権者にまる見えですよ、とはいっておきたいですね。

野党および野党支持者は、投票にいたるまでの心理、人の心の動きを想像したほうがいいですね。人はナンセンスだと理解しつつもあえてナンセンスを選択することがある、と。
棄権や白票は全く無意味な利敵行為なんだよね、よし分かった、でもオレはそうするよ。だってそいつが今の気分にもっとも沿うものだからさ。自民に投票は論外だけど今の野党にだけは入れたくないもん」という負のスパイラルに容易に陥る。
そういう愚民は切り捨てる? あなたの傍観者的な態度は問題をみて見ぬふりをしているのと同じだ、と難詰する? 
私は、そんなあなたも救いたいんだ、と手を差しのべるほうに一票を投ずるけどね。
がんばれ野党。がんばれ反自民。冷静と冷淡を取り違えるな。一瞬たりとも鼻で嗤うな。それ、自滅の道まっしぐらだから。

投票に行きなさいも白票やめろも、要するに野党に入れてもらいたがってるからそう言うわけでしょ。私も他人に白票だの投票行かないだのはすすめないが、相手をマニピュレーションするための適当な議論には乗れないよ。(森哲平氏のトゥート)

自説を補強するためのブーストはしないと先日誓ったばかりだが、前掲は私が言い足りなかった部分を的確についていると思ったから、許してね。
森さんのトゥートは、たまに辛くて吞みこめないときもあるが、やはり他にはない、独特の観点をお持ちだなと感心します。

gigazine.net

食事どきに地上波をみるけど、最近のテレビはむしろ、臆面もなくツイッターを判断基準にしていると感じるな。とくにTBSのバラエティに顕著だけど、ドッキリ的な番組で、木村拓哉が「よし、ツイッターのトレンド狙うぞ」という場面なんかタイアップみたいだなと思った。もっとも私が気づかなかっただけで、以前からそうだったのかもしれないが。

 

ラリー・コリエルキース・ジャレットサイケデリックな時代は、もっと注目してもいいと思うな。変わり種だけど、かなり斬新なことをやってる。二人ともシンガーソングライターだったんだよ。歌が巧いとはお世辞にもいえないけどね。

【私のプレイリスト「ロックなジャズロック」を聴いてみませんか?】
私の作ったので、いちばん多く「いいね」をもらったプレイリストだ。なんと28人も(笑)。
だけど出だしのライフタイムで、かなり脱落するんじゃないかな。

電化マイルズ、ビリー・コブハムウェザー・リポート、イレヴンス・ハウスと、ゴリゴリなジャズロックをてんこ盛りしてみた。ピタッと2時間に収まっていたけどチック・コリアが逝去したときにリターン・トゥ・フォエヴァーを追加したから2時間8分になった。この中ではデヴィッド・サンシャスだけがちょい柔らかめだけど、E-ストリートバンドの初代鍵盤奏者という輝かしい実績を加味して押しこんだんだ。フランク・ザッパで〆。

open.spotify.com

なんと投稿してから数時間で「いいね」の数が28人から36人に増えた。マストドンの波及効果もなかなかのもんじゃない?

鰯(Sardine)2023/01/15