岩下啓亮 Sardineが、1989年に自主制作した『50 / 50』は、岩下のピアノプレイヤーとしての実力が遺憾なく発揮された8曲入り作品集です。
歌とピアノが五分五分という意味で、タイトルを「フィフティ・フィフティ」としましたが、ひとり多重録音によるぶ厚いコーラスも特徴的です。
今回リリースするにあたって、音楽短期大学在学中に作曲法の講義で発表したインストルメンタルを1曲、ライブ時のリハーサルを2曲、「夢からさめなさい」初期バージョンを1曲の、計4曲を追加しました。
初リリースの2024年版には、ノイズや音量のばらつきが目立っていましたが、2025年版ではより聴きやすく修正されています。 どうぞお楽しみください。(TuneCoreに提出した作品紹介より)

1987年、音楽短期大学 学園祭にて
1. サンデードライバー
ぼくは1989年に就職のため郷里を離れたが、そのときに青年期にお別れを告げる作品集を作った。ピアノと歌を五分五分としたアレンジというコンセプトだったけれども、一曲めからリズムマシン(ローランドTR707)を使ってしまった。けれど冒頭を飾るのは、この曲以外に考えられなかった。 歌詞の「ミッキー・ロークに夢中」という箇所に時代を感じるが、アル・クーパーみたいなピアノのタッチは悪くない。録音中スタジオ(今はなき水前寺のスタジオSHEEP)に居合わせたター坊とマツバラさんにコーラスで参加してもらっているが、スワンプ的な趣を感じる。 私のボーカルスタイルはジョー・ジャクソンの影響下にあり、この曲などはそれが如実に表れている。「見せかけなーんかに、だまされないしね」と、はき捨てるような発声をするところあたり、とくに。
どこにいこうがオレの勝手だろ
なにをしようがオレの自由だろ
面倒くさい「お話」はやめろな
思わせぶりは止してくれ
通りぬける道を探しとこうか
うまく逃げる道、調べとこうか
誰もが家でくすぶってたくない
日曜だというのに
サンデードライバー
めちゃくちゃ混雑
サンデードライバー
何キロ渋滞
サンデードライバー
じりじり動かず
ドライブウェイ
べつになにかを期待しちゃないし
見せかけなんかに騙されないしね
きみはソファーに寝そべってるんだ
ミッキー・ロークに夢中
忘れたいのは昨日までのこと
きみはイヤだね思いださせるから
電話を取りたくない病気は
日曜だもの なおさら
サンデードライバー
あふれるバイパス
サンデードライバー
止まるな Beep‐Beep
サンデードライバー
なんでドライバー
サンデードライバー
才能をつぶすやつ それは
オレも きみも ヤツらも
サンデードライバー
どこまで往来
サンデードライバー
どこから将来
サンデードライバー
邪魔すなLady
サンデードライバー
焼けつく寸前
ちなみに「ハッ」という鋭いシャウトを決めているター坊とは、一緒に「スパイラルバンド」というバンドを組んでいた。彼がギターとリードボーカルで、ぼくがシンセサイザー(JUNO106)とセカンドボーカル。当時のクマモトのロックシーンでは、なかなか強力なバンドの一つだったと思うよ。

スパイラルバンド。1988年、熊本大学 黒髪祭にて。
2. 転校生
転校した経験はないものの、ぼくは学生時代にいつも疎外感を抱えていた。集団に馴染めずにずいぶん苦しい思いをした。そのことについて書いた歌詞だ。 これを聞いた人のほとんどが「テイク・ファイブ」だねと感想をもらす。たしかに4分の5拍子だけども、意識したのはデイブ・ブルーベックというよりも、ミュージカル映画『コーラス・ライン』の冒頭「I hope I get it」だ。また、当時よく共作していたテツローにテープを聞かせたとき、彼は「どうして間奏のソロを別録りにしたんだ?」と指摘された。「伴奏が多少薄くなってもかまわないから歌といっぺんに録音すべきだった」と。その時はちょっと不満に思ったが、今では彼の意見に同意する。同録すべきだった。 ぼくはライブのとき「転校生」を必ず最初に披露していた。はったり効いているからね、興味ない人をふり向かせる効果があるんだ。
みんな知らないやつばかり
ぼくも知らないやつだもの
うまくつきあえって
ムリだ
時間が足りなすぎるいつも
アクセントが違うから気に食わない
とかさ
事情が違うからミスをしでかす
とかね
転校生 転校生
余所者 目つきの悪いやつ
転校生 転校生
いつでもぼくは 異邦人
またもどしてしまったんだ
教室に入るのが怖くって
説明しろったってムリだ
絶対
説明
不可能
大人しくしすぎるとヤツら
つけあがるばかりだし
あんまり目立っていると
放課後もあるからね
転校生 転校生
のけ者 つきあい悪いやつ
転校生 転校生
いつでもぼくは エイリアン
転校生 転校生
のけ者 目つきの悪いやつ
転校生 転校生
いつでもぼくは エトランゼ
転校生 転校生
余所者 つきあい悪いやつ
転校生 転校生
いつでもぼくは 異邦人
3. エミリーはプレイガール
架構の「スクールデイズ」。自由奔放な女のこに翻弄される経験なんて、じつはない。けれども「ラブコメ」を想像するのは楽しかった。キラキラした3分間ポップスをつくるときが、いちばん幸せな時間なんだよね。たとえば、「ミドルエイトの部分は校内放送みたいな音質にしてよ」とエンジニアに頼んだりしてさ。
カセットテープを配ってまわったとき、ベーシストのシミズくんに「よくこんなタイトル思いつくよなあ」と感心されたときのことを覚えている。じつはピンク・フロイド「シー・エミリー・プレイ」の邦題を拝借したんだよ、と彼には言えずじまいで……
前奏のハンドクラッピングを聞いて、たまたまスタジオに居合わせた女性がクスッと笑ったのを覚えている。ブームタウン・ラッツ「哀愁のマンデー」のパロディーだって分かったんだろうな。
ふり向いてくれてもいいじゃないか 知らんふりばっかりいつもじゃないか
こんなにぼくの胸は張りさけそうさ 気がつかないの?
無造作に束ねた髪がいいね はだしに履くスニーカーもなかなかさ
尖らした口もとはとてもキュートだよ
エミリー エミリー
エミリーはプレイガール No, No, No
エミリー エミリー
エミリーはプレイガール No, No, No
好き勝手ばかりの わがまま娘 なまいきな ぼくのエンジェル
思いきって「好きだ」といってみようか 聞き飽きたことばだと思うけれどさ
このままずっとガマンしているなんて 気がくるいそう
授業中はぼんやり窓の外を眺めて やる気ないあくびなんてしてるでしょう?
つまらないならぼくとデートなんかどう? いえるかよ、そんな
エミリー エミリー
エミリーはプレイガール No, No, No
エミリー エミリー
エミリーはプレイガール No, No, No
点取り虫だと 舌を突きだした 憎らしいぜ ぼくのエンジェル
はじまりは四月のクラス替えのとき 間違いは誰彼となく贈るきみのスマイル
Wink
今日もまた誰かのクルマかバイク 午後になればさっさときみはエスケイプ
まじめに勉強なんてやってられないぜ
エミリー エミリー
エミリーはプレイガール No, No, No
エミリー エミリー
エミリーはプレイガール No, No, No
エミリーはプレイガール No, No, No
エミリーはプレイガール No, No, No
4. ダイビング
この特徴あるアルペジオがどこからきたのかは自覚していない。半睡した状態でピアノを弾いていたんじゃないかな。ギターを弾いているような感覚で(このリフレインは、U2の「I fall down」が意識下にあったのかもしれない)。
ミキシングを担当したハナシロくんが、「この曲は故郷の沖縄を思いださせるから好きだ」といっていたのを覚えている。終盤に波のSEを挿入したのも彼のアイディアで、ともすれば退屈になりがちなピアノ弾き語りに彩りを添えてくれた。
自画自賛になるけれども「焼けた砂 握りしめた 女を探してくれ」のイメージは鮮烈だ。映像を喚起する音楽だと思う。そういえば、『50 / 50』を作ってから一年後に里帰りしたとき、ある女性から「どうせ町に戻れば、忘れてしまうくせ」と、歌詞そのままを告げられたことがある。今思えば、ぼくの薄情さを詰られたんだな。
8月の熱い風 昼と夜の境目
何杯目かのソーダを 退屈は飲み干した
出来すぎの話だから 誰も信じやしない
忙しいひとたちには どうでもいいこと
Heaven for you
それは瞬きみたいな夏の記録
Heaven for you
つらい仕事と仕事のあいだの
短すぎる休日
錆びたレールを枕に 昨日ずっと眠ってた
貨物列車に頭を はじかれる夢みてた
昨日凪いていたのに 今日の海は荒れてる
ヘミングウェイよろしく 海を観察できる
Heaven for you
それは瞬きみたいな夏の記憶
Heaven for you
つらい仕事と仕事のあいだの
短すぎる休日
気づいたひとはいなくて
見届けた報せもなく
時に思いだすのは
ひどく曖昧な 笑顔だけ
焼けた砂握りしめた 女を探してくれ
うまく説明できない ここにいないこと
怠け者のつぶやきさ 気にしなくてもいいよ
どうせ町に戻れば 忘れてしまうくせ
Heaven for you
Heaven for you
カセットテープではここまでがA面。
カセットテープで、ここからはB面。
5. 海にいるのは
少年期に特有な、女性への過度な神聖化についてを描いたものだ。憧れの・年上の女性を崇拝するが、みずから造った偶像が壊れるのではないかと恐れてもいる。じつは歌詞の一節に、最初につけた題名が含まれているが、今日的な観点から判断し、大島弓子の短編マンガに着想を得たゆえの、このタイトルへと変更している。
ライブでは、印象派ふうの転調で展開していく中間部で学友にヴァイオリンを弾いてもらっていたが、録音の参加はかなわなかった。脱ロックの指向性からかコンチネンタルなトーンが全体を覆っている。
通っていた音楽短期大学では、講師の何人かに「きみには他の学生にはない個性がある。それを大事にしなさい」と助言された。専攻した器楽科の教授らからはまるで評価されていなかったが(自作自演で遊んでないで練習せい、としょっちゅう指導された)、オルガン科や舞台表現などの他分野の先生方からは、ずいぶん励ましてもらった。
I love you 何度あなたはいうのか
数えきれない男どもの耳もとで
I love you 子ども扱いするなら
あのつまらない大人になろうか
今夜は誰の 腕の中であなた さめたまなざしで
I love you いつか教えてくれた
女はみんな高貴な娼婦、だと
欺く悩ましく それが承知のゲーム
一晩ならば夢は買えるのか?
今夜は誰の 腕の中であなた さめたまなざしで
誰もあなたは許しちゃいない
髪をとかし ルージュを塗り アイラインをひく
女
鏡のなかに 溶けてゆく女
手をこまねいて 見つめてる少年
Yeah, Yeah
I love you 何度もぼくはいうだろう
数えきれない男どもの代わりに
I love you 決して汚されやしない
今夜どいつが通りすぎようと
I love you
6. 24Blues
24歳まで、ぼくは自動車免許を持たなかった。だからどこへ行くにも、バスか鉄道だった。地方都市は便が少なく、最終も早い。人気のない待合室で、ポツンと待っていると、寂寥感が募った。そんなとき意中の女性のことが頭から離れない。あの娘が傍らにいればいいのに、というせつない想いを歌っている。
スタジオに置かれたナカシマくんのオルガンを使った。ハモンドではなくKORG CX-3。けれどもレズリースピーカーを通したので、わりといい雰囲気で弾けた。
プロコル・ハルムの「Too much between us」? あゝその通りさ。でも、実際ふたりの間隔は永遠に縮まらなかったんだ。
ところで。私は50歳まで喫煙者だった。歌詞にタバコが頻出すること、あらかじめご了承ください。この歌も、かなり音像が“スモーキー”だよね?
今夜こそはおまえに告げなくちゃいけない
俺がどんなに俺がこんなに想っているかを
最終までもう少し時間があるんだ
何をいおうか どう切り出すか考えている
I can't say どうしても俺にはいえない
I can't say おまえになんにもいえない
待合室は寒い だけどこころは熱い
あと三分か あと二分かでおまえが降りてくる
うまく笑えるだろうか自然にふるまえるか
いくら悩んで 考えたって詮のないこと
I can't say どうしても俺にはいえない
I can't say 簡単で分かりきったことなのに
I can't say どうして、俺にはいえない
I can't say 若僧がたやすく口にしてるくせ
へたくそな口笛でブルーズを吹いてみた
コンクリートの壁に響き そして燻りつづけてる
I can't say
何本目の煙草だ いつ火を点けたんだ
吸殻みたく いつも気持ちを揉み消すばかり
二十四のブルーズよ あの娘の耳に届け
俺の願いと 俺の祈りが躓く前に
I can't say どうしても俺にはいえない
I can't say おまえにただ一言だけ
I can't say I can't say I can't say
I can't say プラットホームにゆっくり降りてくる
降りてくる
降りてくる
Oh, No
ぼくは内気だった。自分の気持ちを素直に伝えられなくて、いつも意地を張っていた。年老いた今になって分かったことがある。あのころのぼくは、人の気持ちを汲もうとしなかった。ただ一方的に、自分の思いばかりを主張していた。少しでも相手の立場を考えれば、また違った展開もあっただろうに。
7. Maybe the first time
ぼくは音楽短期大学に通っていた。この歌などいかにもイナカの音大生が作りそうな定型ポップスだよね。陽気な曲調だのに、歌詞はシニカル。女性との接しかたに慣れない男性は、えてして相手の所為にしがちだ。「こんなことって初めて」という素直な口ぐせさえも気にさわるほど。それゆえ「ひどいね」「ひどいわ」とゲスト(サンデードライバーと同じコンビ)にささやかれているのは(ぼくの投影であるところの)この歌の語り部なのである。もちろん、ローリング・ストーンズの「ラスト・タイム」から、ちゃっかりヒントをいただいている。
まあ、独りよがりな性質をまったく自覚していなかったわけではない。自分を戯画化する程度には客観視できるようにもなった。このコメディソングの系譜は後に何曲かのバリエーションを生みだす。「忙しいひと」とか「あいにいかなくちゃ」とかが、そうだよ。
いかさま さかさま 得意中の得意さ
逃げ道 屁理屈 ペテン師いつもの気まぐれ
いっそ任せろ いっそヤラせろ きっと全問へいちゃら
やられた 参った しくじっちまって舌打ち
落ち着け 考えろ 時間はまだ残ってるぜ
三つ数えろ 最初からもう一度 きっとすらすら解けるさ
Maybe the first time, I don't know
Maybe the first time, I don't know
こんなことって初めて、だって
いつのオンナも同じことぬかす
こんなことって初めて、だって
いまさらないぜ ひどいや
なんだか こんなの とってもズルいと思わない?
公式 筋道 論理の手管もお手あげ
納得いかない 理屈に合わない 教科書に書いてない
Maybe the first time, I don't know
Maybe the first time, I don't know
こんなことって初めて、だって
どんなオンナもそう言いやがる
こんなことって初めて、だって
そんなの まるでバカみたいだ
こんなことって初めて、だって
卑怯だ、きみは ひどいや
「ひどいね」
「ひどいわ」
Maybe the first time, I don't know
Maybe the first time, I don't know
8. 夢からさめなさい
この歌は大胆にもゴスペルの体裁をとった。もっとも日本国民の大多数と同様、ぼくには「大いなる存在」の概念に乏しいから、宗教的な色彩は皆無だけども。連れ添う相手への決意表明みたいな内容で、自分の結婚式のときにも歌ったよ。
コーラスは全部ぼく一人で録音したけど、何回くらい重ねただろう、よく覚えていない。あまり計画しないで、感じるままにハーモニーをつけていった。ときどき鬱陶しく感じるときもあるが、この曲はやはり、ぼくの代表作の一つかもしれないね。
ぼくは下戸だが、歌入れの日は慣れない酒を飲んで声の調子が悪かった。別の日に録音すればとアドヴァイスされたけど、もう時間がなかった。一週間後には就職先の浜松に旅立たなければならなかったから、不出来でもかまわんと強行したんだ。でも、結果それでよかった。翌日なんとか8曲入りカセットを50枚ほどダビングして、方々に配りまくって、郷里クマモトにいとまごいを告げた。もう思い残すことは、ほとんどなかった。
今までぼくらは何をしてきた?
あてのない夢を見て ひたすら待っていただけ
腐り果てるその前に 夢からさめなさい
時間の流れはとても早くて
ぼくやきみの若さを 奪いとってしまうだろう
もう待たなくてもいい 夢からさめなさい
おー 今がその時さ おー きみを抱きしめ
抱きしめ誓おう
おー 新しい朝が おー すぐにそこまで
そこまで来ている
出会いをその手で捨ててしまった
でも、あの時の間違いを 二度とくり返さなきゃいいさ
もう赦してあげなさい 夢からさめなさい
おー 今がその時さ おー きみを抱きしめ
抱きしめ誓おう
おー 新しい朝が おー すぐにそこまで
そこまで来ている
ほら、こんなに素直になれるさ
きみが好き
ぼくは君が好き
きみが大好きさ
ほんとうさ、好きさ
心配しないで
ぼくはここにいる
きみを愛してる
これは夢じゃない
あまねく光りが世界をつつみ
もうすぐ動きはじめる ぼくらも動きはじめるか
もう一度やってみるか あきらめないで
おー ラララ……
おー きみを抱きしめ 抱きしめ誓おう
おー ラララ……
おー きみを抱きしめ 抱きしめ 抱きしめ
Yeah
以上全8曲が、1989年作の『50 / 50』でした。
2025年(36年前だ!)に、こうしてあらためて聞いてみると、やっぱりバブル期だなあという感想を抱く。なんていうかな、悩みが深刻ではないんだよね。「思い出のアルバム」って感じ。これはやはりぼくが恵まれた環境にいたからだと思う。録音からミックスダウンまで、合計10万円かかったけれど、一週間・毎日・一日じゅうスタジオに入り浸ってレコーディングしていたから、いま思えば破格の値段だった。
ここからの4曲は、配信のために追加したボーナストラック。
10. 転校生 (ライブ リハーサル)
前述したとおり「転校生」はライブの重要なレパートリーだった。このリハーサルよりさらに高速で、激しくピアノを叩いたものだ。ぼくはライブになると内向きな攻撃性が剥きだしになる。意外とパンキッシュなんだ。大人しくバラードでも歌っていれば、上手にブッキングされただろうが、どのハコでもあつかいに困っていたみたい。
これと次の曲は1996年の録音だ。ふたたび上京したぼくは、自主制作盤『離してはいけない』を発表してから何度か都内のライブハウスに出演した。そのときのリハーサルが残っていた。本番はもっと出来がよかった(はずだ)が、録音は残っていない。
※歌詞は前述のとおり
11. Z橋で待つ (ライブ リハーサル)
1996年に自主制作盤『離してはいけない』を発表したとき、ある男性から「Z橋はよくない」と面と向かっていわれたことがある。たしかにアルバムの一曲めとしてはインパクトに欠けていたかもしれない。
そこで、ぼくは彼をライブに招待した。すると評価が「よかった」にひるがえった。生演奏のほうが真価を発揮できるタイプの歌なのだろう。歌とピアノ(とくに左手が)がっちりかみ合うからね。
単独でライブするときには、『離してはいけない』から二、三曲と、『50 / 50』からは二、三曲を歌った。当時のセトリをみると「転校生」以外に「海にいるのは」と「ダイビング」を選んでいる。ラストはいつも、「ラッカラッカ(『Windsor Knot』に収録した「新世紀行進曲」のこと)」で締めくくった。
十代のころに味わった絶望は三十歳を過ぎても未だに変わらない
くたばりかけの貨物列車が のろのろと引きずられている
黒い塊が次々に夕焼けに流しこまれる
そして俺はかなわない思いを胸に抱いて鉄柵を乗り越えてハモニカを吹いている
Z橋で待っている きみが来てくれるといいな
人間関係を希薄に感じると原っぱに飛びこんで土の匂いをかいでた
煙草工場の甘くて苦い匂いが立ちこめている
痩せっぽち野良猫が誰かさんの古靴を咥えて走る
そして俺は所在なく紫に染まった空を見渡しながら林檎を頬張っている
Z橋で待っている ここで頑張っている
航空自衛隊の練習機が白い雲を吐きだしながら秋の終わりを告げる
操車場を跨ぐZ橋のたもと 線路際コスモスが揺れている
あゝそれでもやっぱり季節はめぐる この季節を過ぎればきみはどこか遠い
そして俺は喋りすぎて喋るのをやめ かんじんのことだけは口に出せずに、消えた
Z橋で待っている どうか気がついておくれ
Z橋で待っている きみが来るような気がしてる

これは並木坂にあったBlue Jamというライブハウスだね。
12. 夢からさめなさい (初期バージョン)
この、実家のアップライトピアノを使って録音した初期テイクのほうが、音質は粗いけど、じつは好きかもしれない。スタジオでグランドピアノを弾いている『50 / 50』版よりも、演奏がもっさりしてなくて、聞いていて負担にならないから。
間奏のシンセサイザーは当時所有していたプロフェット600。これを楽譜におこしてトランペット奏者に吹いてもらおうと交渉したが、「これはピッコロトランペットの音域だから、ムリだよ」と断られた。ぼくはビートルズの「ペニーレイン」をイメージしていたんだが、あれもバッハの『ブランデンブルク協奏曲』に着想を得たのだ、と後年知ることになる。
※歌詞は前述のとおり
12. 陽の沈む丘
私が通った音楽短期大学の作曲法の授業で発表した曲だ。指導教官の感想は「ポピュラー音楽だね」のひとこと。同期のナカハラくんが、初見でほぼ完璧にフルートを演奏してくれた(聞くところによると、彼は今、中学校の校長先生なんだそうだ)。
あ、ピアノはぼくです。 もともとは歌詞がついていた。「壊れたカリヨン、太陽の沈む丘」ってね。学び舎は丘の上にあって、学生たちは気兼ねなく大きな音を出せた。今にして思えば、音楽を学ぶには悪くない環境だった。
さて、『50 / 50』にまつわるエピソードを、もう一つ紹介しておこう。
これを録音したスタジオSHEEPは、地元FM局の番組収録によく使われていた。2曲コーラスに参加しているマツバラさんは、よくパーソナリティをつとめていた。
ある日その収録に、デビューしたばかりの高野寛さんがプロモーションに来ていた。ぼくは彼のファーストアルバムを持っていて音楽性の高さを気に入っていたから、マツバラさんに頼んで会わせてもらった。スタジオに隣接するカフェで高野さんと話した。
ぼくは「今このスタジオで自作曲を録音しているんです」と自己紹介した。彼に「どんな感じの音楽を制作しているんですか?」と訊ねられたので、「トッド・ラングレンの『バラッド・オブ』みたいなスタイルで」と答えた。「あー、それはいいな、出来あがったらぜひ聞かせてください」と高野さんはいった。社交辞令だったかもしれないが、ご好意を間に受けたぼくは、彼の所属事務所にテープを送った。
それから一年近く後のこと、就職先の浜松のアパートで、帰宅するとポストに細長い郵便物が届いていた。何だコレは? と訝しつつあけてみると、卒業証書などを入れる筒だった。筒の中に入っていたのは賞状で、『FM東京 高野寛のデモテープ大賞 最優秀賞』としたためてあった。そして私の名前が書かれたそばに、「お元気ですか?」の一筆が添えられていた(残念ながら賞状はどこかに紛失した。捨てるはずないから、探せばきっと見つかるはずだ)。
出張帰りでクタクタだったけど、そんな疲れは一気にふっ飛んだ。報われた! と思った。そしてぼくは、就職してしばらく封印していた音楽制作を再開しようと、性懲りもなく決意したのだった。
ぼくが自分の音楽活動で賞をもらったことは、後にも先にも、このときだけだ。つまり『50 / 50』は、岩下啓亮 Sardine唯一の、栄光の記録なのである。
さて、放送を聞いていないから想像するしかないけど、高野寛さんは自分の番組でどの曲を紹介してくれたんだろう。きみはどれだと思う? 鰯 (Sardine) 2024/05/24 初出
当時、上通の長崎書店の2階に、中古レコードを販売するブースがあった。英米の輸入盤が100円均一で売られており、盤質はひどいものだったが、一回行くごとに20枚は買っていた。おかげさまで私は、当時の流行とはずいぶんズレた、マニアックな趣味に走ることとなった(たとえば、セルジオ・メンデスやフィフス・ディメンションの代表アルバムを一挙に揃えていた)。そんな中、私の心を強くとらえて離さなかった一枚がある。ハリー・ニルソンの『ニルソン・シングス・ニューマン』。ランディ・ニューマンの作品ばかりをピアノと歌と(ニルソンによる)多重録音コーラスだけで聞かせるという構成のアルバムだ。こんな作品集を作ってみたいなと思ったのが、この『50/50』を録音するきっかけとなったのだ。
私の歌に、懐かしさ、ノスタルジー、浮世離れした感じが漂っているのは、音楽学校に通い、数年年下の同期生たちとつきあいながら、自宅に帰ると、むかしの英米のポップスを聞いているといった、二重性に起因するものだ。どこにも所属できずに、将来のことを決めかねていたころの”Happy-Sad”な感情が、どの歌にも反映されている。鰯 (Sardine) 2025/06/15
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