鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

みんなちょっとした隠し事を持っている、ぼくとぼくの猫以外は。

 
 もちろん、ISISによるシリアの邦人拘束事案について、言いたい気持ちはやまやまだったけど、今回ぼくは言及を控えた。声高に訴えることを自制した。拘束された邦人二名の安否を最優先と考え、うかつな感想を述べなかった。
 
 口を噤んだのには理由がある。
 それは、しごく個人的な出来事と関連している。先日ぼくは豪い目にあった。ぼくは当事者ではないのだが、解決に至るまでさんざん駆けずり回った。その一部始終をここに書くことは簡単だが、詳らかにはできない。秘密である。
 肝心な部分をボカして話そうか。
 ぼくは、これは見過ごせないなと思い、__に相談をせず、独断でてっぺんにかけあった。みな逡巡していたが、それを放置したままでは、よりいっそうの禍根を残すだろうと思った。ぼくは迅速に対応した。迷っている暇はなかった。やがて__が到着し、一件は公のものとなった。ぼくは一部始終を説明し、また、追って事情を聴取しにきた__にも同じことを包み隠さず語った。
 ひとまず解決したとぼくは思った。しかし、遅れて駆けつけた__の態度は不可解なものだった。どうやら先に一報を入れなかったのがまずかったらしい。それと、この一件が(たとえば__などに)広まるのを恐れているようだった。もちろん、ぼくにそんな態度はおくびにも出さない。ただし念を押された、このことは他言無用だ、と。
 ある程度は理解できる。そのことを余所に吹聴したとして、よいことはひとつもない。むしろ、自分たちの立場が不利になるだけだ。結果として誰にも迷惑はかからなかったし、反省材料として胸のうちに収めていれば、それでいい。事実は事実として公の機関に調査され、記録されている。後ろ暗い部分は、なにもない。
 しかし、重い鉛を飲みこんだ気分だった。疲労困憊したぼくは、うちに帰ってすぐさまベッドにもぐったが、うまく寝つけず、なんども目が覚めた。いつも膝元で気持ちよさそうに眠っている猫が、ぼくの顔を心配げにのぞきこんでいる。こいつはオスのわりには勘がよく働く。こないだ腹痛に襲われたときも、下腹部に寄り添って痛い部分を温めてくれた。
「だいじょうぶだよチャイ。明日には気分も晴れるさ」
 しかし翌朝、憂鬱だった。家を出るのが億劫で、サボりてぇなと思った。そんなふうに感じることは珍しかった。__につくと__と目が合った。鋭い目つきで黙契を促された。むろん、余計なことは喋らなかった。ただ、__にぎくしゃくしたしこりのようなものが残った。ぼくは秘密を漏らさぬよう心がけたが、すっかり神経が磨り減ってしまった。
 
 これが一部始終だけど、なんのことだか、さっぱりわからないでしょう?
 まあ、そういった状況が反映した結果だ、邦人拘束について積極的に語らなかったわけは。秘密を隠匿している自分が、なにを言っても説得力に欠けるような気がした。つまり負い目があった。いつものように政府を、現政権を、省庁を威勢よく叩く資格がないように思えたのだ。
 もっとも、ほんのちょっぴり期待もしていた。つまり今回は特殊な事情だから、相手に悟られぬよう、隠密裏に交渉しているのではないかと。なんだかんだいっても国の舵を取る官邸であり、情報を掌中に収めた外務省だ、72時間もあれば事態が好転するかもしれないじゃないかと。
 が、政府から放たれるメッセージは愚にもつかないものばかり。「テロには屈さない」というお題目のみが空々しく響くのみ。ぼくはいったい何に一縷の望みをかけていたのだろう。国家なのだから、国民を救うのは当然のことだと思っていたのだが。
 どうやら、国家は二人を救出するつもりはなさそうだ。それは二人の生命だけにとどまらない、国民の生命をも蔑ろにする意思の表明である。テロリストの要求には応じられないとは、毅然とした態度を貫いているようで、そのじつ、打つ手がないことを公然としている。ぼくは昨年末より、この政権は「隠さなくなった」と何度も口にしてきた。そう、それは隠しだてはもはや無用とばかり、非情で酷薄な素顔を臆面もなくさらすようになった、という意味だ。
 いったい「国家」とは誰の翻訳なんだろう。比較的最近に造られた概念じゃないのか。ぼくはいま敢えて調べずに書いているが、ぼくは、その「国家」そのものが、持ち家を支えきれずに、擬似家族であるところの「国民」を見捨てようとしているように感じる。
 日本という「国家」は、いま解体しつつあると。
 
 話がずいぶん逸れた。
 誰にだって秘密はある。ぼくにも触れられない・触れられたくないプライバシーな部分がある。ほら、よくいるじゃないか。「情報をぜんぶ開示してもらわないと、こちらとしても判断のしようがないですね」なーんて好き勝手をのたまうやつが。そうやすやすと、個人情報をおおっぴらにできるもんかい。ここ数日ぼくはそんな心理状態だった。
 今回の邦人拘束を開放する手だてがもしあるのなら、政府が「伏せ」カードを持っているかもしれないから、沈黙するのもやぶさかではないと思っていた。ぼくは国家の秘密保護に、ささやかながら協力したことになる。事態の推移を憂鬱に見守りながら。
 秘密を守ることで、問題が解決するなら、ぼくは秘密を遵守しよう。
 秘密を明らかにして、問題が解決するなら、進んで情報を開示しよう。
 そんな心積もりでさえいた。あゝ、おれはなんておめでたい野郎なんだ。
 ぼくは個人と公の狭間で、分裂しそうになっていた。個人的な事情と社会的な事象の弁別がつかなくなっていた。それで暴発してしまいそうな自分が恐ろしかった。いまだって、ここになにもかもぶちまけてしまいたい誘惑にかられている。だけどそんなコトをしたって詮ないことだし、第一、語ってしまえば「たかがそれっぽっちのコト」に過ぎない。
 もやもやとした感じは未だにつきまとっている。今夜も寝苦しい夜を過ごすことになるだろう。なにひとつ解決する手段は整っておらず、ただただ問題のみが山積するばかり。
 そのことをいちばん知っているのは、ぼく自身と、飼い猫のチャイだけである。
 Everybody's got something to hide except me and my Cat.
 みんなちょっとした隠し事を持っているだろ? ぼくとぼくの猫以外は。
 
f:id:kp4323w3255b5t267:20150123183030j:plain  チャイ。一歳半。♂ ハンサム。当ブログで初(全身)お目見え。
 
 ざっと読みかえしてみて、自分でも支離滅裂な文章だと思う。でも、書かなきゃ次に進めない気がしたんだ。不愉快でしたらごめんなさい。