東伏見の現場に入った初日のことをいまでもハッキリと覚えている。
青梅通りに面した現場に設えられたプレハブ小屋には、20人ほどの作業員がひしめきあっている。床を歩くと白い土埃が舞う。長机にパイプ椅子が並んでいる。どこに座ればよいのか戸惑っていると、ここが空いてますよと、手ぬぐいを姉さんかぶりにしていた女性に、座る場所を教えてもらった。
ぐるりと周りを見渡してみる。
奇妙に静かだ。本を読んでいるやつがいやに目につく。ポール・オースター、ブッダの教え、レヴィナス、河合隼雄……黙々とページをめくっている。
そのとき、騒々しい足音を立てて、坊主頭の男が部屋の中へ押し入ってきた。ぼくの隣にどっかりと腰を下ろすと彼は、ポール・オースターを読んでいたもうひとりの坊主頭に、大声でこう言い放った、
「昨日ウェザー・リポートを3枚、たて続けに聴きましたよ!」
「へえ、で、どうだったの」
「よかったですけどね。頭がくらくらしましたよ。小難しくておれには」
「へへ。酔っ払って聴いてるからじゃねえの」
やりとりは続く。ザヴィヌルどうの、ジャコはどうのと、演奏技術の談義がかしましい。何だなんだここは、大学の文化サークルじゃあるまいし……。
ぼくが呆れていると、「いまから朝礼始めまーす」と呼びかける声があがった。
みんな一斉に声の主へ顔を向けた。代理人と呼ばれる彼は、これまた若かった。
「今日から3名、新人さんが入ります。みなさんでわからないところは指導してあげてください。それでは今日の作業の概要を説明します……」
ぼくが指示を聞き漏らすまいと緊張していると、向かいに座った長身の男がちらとこちらを見た。ぼくが首を傾げると、慌てて目を逸らす。へんなやつ。彼の手元にはレディオヘッドの「KID‐A」が意味ありげに置いてある。まるで、ぼくは今このCDが気に入ってるんですと言わんばかりに、自己主張のうかがえる置きかただった。
《おもしろいじゃないの》
ぼくは内心ほくそ笑んだ。働けるならどこでもいいやと思って応募した仕事だったが、意外と楽しめるんじゃないか。少なくとも退屈はしなさそうだ、そう考えた。
「それでは、作業に入りまーす」
代理人が告げると、みんなは軍手をはめつつのそのそと立ち上がり、気だるそうな足どりでプレハブの外へ出て行く。ぼくはあわててそのあとに従った。
これから始まる遺跡発掘作業への、不安と期待の入れ混じった感情に揺れながら。
(つづく)
いや、続けるつもりはないです。ここでおしまい。↑