鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

道場

 

 安倍晋三とは何かを考えていると以下の出来事を思い出した。むかし戯れにしたためた雑文を、ここに載せておく。

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 小学校3年生のとき、父親に剣道を習えと促されたことがある。甘ったれた性根を叩き直してこいというのだ。わたしが曖昧に頷くと、父はさっそく伝を手繰って県北警察署に隣接した「県下でもっとも厳しい」道場に通うべく、さっそく手続きを済ませた。

 一人で通ってみよと命ぜられたので、わたしはバスに乗って市内南千反畑の道場へと赴いた。恐るおそる玄関から道場の中を覗くと屈強な男たちーー警察官だろうーーが裂帛の気合を発しながら竹刀を振っている。想像以上の厳しい雰囲気に気圧され、わたしは怖じ気づき、だがなけなしの勇気を振り絞って、正面からそろりそろりと入っていった。ところが、入ったはよいけれども、いったい誰に声をかけたらよいものかが分からない。そもそも、誰もわたしのことを気にとめていないように思えた。

 そこでわたしは玄関へ引き返し、三和土に脱いだズックを小脇に抱え、道場の端っこを用心深く進み、玄関の反対側にある奥の扉へ向かった。途中で誰かしらーー例えば師範代みたいな立場の人がーー声をかけてきたら、そのときは観念して返事しようと思う反面、誰からも声をかけられなかったら、そのまま道場から脱け出そうと決めた。しかし練習に集中していたのか、あるいは誰かのお子さんがウロウロしていると思ったかどうかは知らんが、とにかくわたしに声をかけてくる大人は一人もいなかった。

 したがって脱出は容易に成功した。県警所轄の道場だのになんと無用心な、とは今だから思えることであり、当時そんな悠長なことを考える余裕などなかったが、いずれにせよわたしは、表玄関から裏口まで、ただ単に道場を通過しただけだった。

 脱け出した先には白川公園があり、雨水で木の腐りかけたベンチが設えられていた。わたしはそこに座って緊張をほぐした。季節は冬に近かったと記憶するが、背中に汗がじっとりとにじんでいた。その不快な感触は今でも覚えている。

《道場で剣道の稽古に勤しんでいた大人たちには、すべて見抜かれていたんだ、『自分から申し出ることもできないような臆病者のボクちゃんには剣道を習う資格などないのだよ』と。》

 わたしは心中そう結論づけて、今日の自分の情けない振るまいを自己正当化していた。

 あとは帰ってからどう釈明するかである。父の失望はとうに覚悟していたが、それでも叱責する憤怒の形相を想像するだけで憂鬱になった。バス停には戻らずに、公園のベンチにしゃがみこんだまま、わたしは何時までもぐずぐずと時間をやり過ごしていた。〈了〉

 

ローラの肖像(1947年10月18日~1997年4月8日)

ぼくは四六時中ローラ・ニーロを聴いているわけではない。

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だけども年に何度か、ローラの歌声に耳を傾ける夜がある。聞いたら最後、確実に引き込まれる。他の歌い手と違って聞き流せない。集中を余儀なくされる。余所見のできない感じがする。

ところが先日、ふとした場面で、この歌を聞いた。

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ある方の編んだCDRに潜まれた「セクシー・ママ」に胸を衝かれた。初期の切迫感は薄れたものの、歌声に包容力がある。新鮮に響いたのだ。そこで今夜は、この『スマイル』から始まる、自然と緑に囲まれた日々を綴った、ローラ後期の活動に焦点を絞ってみよう。くしくも今日は4月8日、1997年にローラがなくなった日である。

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ローラは動物が好きだった。生きるものの権利を真剣に考える人だった。この「キャット・ソング」は何の企みもなく、猫の行動をつぶさに観察し、それを歌ったものだ。

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谷内六郎のイラストも印象的な77年のライヴ盤『光の季節』。極上のメンバーによって奏でられる『イーライと13番目の懺悔』収録の名曲「タイマー」は当時の彼氏ジョン・トロペイによる、時計を思わせるギターの刻みに驚嘆する。

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78年『ネステッド(邦題:愛の営み)』より、「ひかり-ポップの原理」。性愛と宇宙が一体となった法悦境を、さりげなく歌う。曲調がどことなくトッド・ラングレンっぽい。

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同年NYボトムラインでのライヴ録音。ローラのライヴ盤となると71年のフィルモア・イーストが名高いが、あの『飛翔』の一曲め「アメリカのハト」と、この「アメリカン・ドリーマー」は、対をなすかたちで配置されている。

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ぼくの大好きなトッド・ラングレンとローラの夢の共演は、この「マン・イン・ザ・ムーン」ともう1曲「ツリー・オヴ・ジ・エイジズ」である。しかもギターではなく、シンセサイザーでの参加。佳曲の多い『マザーズ・スピリチュアル』の中では地味な印象はいなめない。でも、2曲だけでも収録されたんだ、よしとするか。

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「トゥ・ア・チャイルド」で始まり「マザーズ・スピリチュアル~リフレイン」で終わる、84年のコンセプチュアルなアルバム、できれば全編を通しで聴いてほしい。

泣くから。


Laura Nyro-The Confession/High Heeled Sneekers

ここで矩をこえてYouTubeを貼ります。Spotifyには権利関係からか、この89年ボトムラインでのライヴ盤がないので。個人的には77年のバンドよりもローラとの相性がよいと思う。とくにギタリスト(同じイタリア系)ジミー・ヴィヴィーノのリックを絡めたコードワークがゴキゲンだ。

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93年発表の『抱擁~犬の散歩はお願いね、そして明かりはつけておいて』は邦題も秀逸ならば内容も一級品だ。スティーリー・ダンをプロデュースしたゲイリー・カッツにより入念に拵えられたアルバムとして、キャリアの集大成として位置づけられよう。こういう「真夜中のオアシス」を思わす軽快なナンバーもあれば、

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女性の権利を高らかに謳う「ウーマン・オヴ・ザ・ワールド」のようにシリアスなナンバーもある。が、余計な力の抜けた歌唱法で、聴く側に負担を与えない。これは(R&Bの模倣段階だった)初期のローラでは到達し得なかった、自然体の境地である。

しかし、ローラは1997年の春、49歳で夭折する。

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ぼくは、こんな架空インタビュー記事を書くほど、ローラ・ニーロに入れこんだ。多くのローラファン同様、思い入れは相当なものだが、しかし、ともすればこの過剰な贔屓が新規リスナーの参入を阻んでいたのではないかという反省がある。というのも、昨年音楽好きなQ大生と話していたとき、彼はジュディ・シルを知っていたのに、ローラのことを知らなかった。ショックだった。順番あべこべだろ、とぼくは感じた。

だから、今回はあんまりシリアスな側面を強調しすぎないよう心がけた。どうか気軽に触れてほしい。ローラの残した音楽は決して重くもなく、怖くもないし、また、彼女のメッセージ性を前面に出した歌詞、ナチュラリズム志向や一貫したフェミニストの姿勢も、2018年のこんにちだからこそ、抵抗なく理解されるものだと思う。

さあ、最後に何を聴こうか。ネイティヴ・アメリカンに思いを馳せた「ブロークン・レインボウ」か、バート・バカラックのカヴァー「ウォーク・オン・バイ」か、それとも私のモットーでもある「シリアス・プレイグラウンド」にしようか.......

うん、今夜は軽く締めくくろう。03年の『エンジェル・イン・ザ・ダーク』より、バイーアの風をかすかに感じるようなアレンジの「ガーディニア・トーク」を。

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Gardenia talk It’s spring

Gardenia talk It must be spring

Oh, maybe I’d like to know you

Struck by the poetry

I know it’s not the time to show you

I may know you in my dream

you never hear me

Talk the talk Talk the talk of love

Swoon like a teenager

Oh!

(拙訳)

クチナシのお喋り それは春ね

クチナシのお喋り 春でなくちゃ

あー、たぶんわたし、あなたを知りたい
詩情に打たれて
分かってる、まだあなたに見せられない
わたし、夢の中のあなたを知ってる

聞かないでね、

話す話は、愛の話

あー、10代みたく卒倒!

(お粗末)

2017年12月のMedium

 

学校と制服

これは凄い、何度も観てしまった。

佐々木敦氏がほめていたから観てみたけれども、

アイドルネッサンス「5センチメンタル」(MV

好きなテキストではないし、視聴していてなんとも言えない違和感を覚えた。けれども、その引っかかりを無視できるほど私は感度を鈍らせたくない。この稚拙なようで、じつは用意周到なプロモーションヴィデオには、スマフォ全盛の時代の録音とは何か?との意識を強烈に喚起させられる。

という2日前の感想は、今朝になって覆された。違和感の正体を別の動画で発見したからだ。

だって正直いって絵面が嫌い。今日たまさか見かけた、ハウスシチューの(Webの)コマーシャル映像に似ている。「女子高生」の見せかた、扱われかたがステロタイプで気味が悪い。


湯川玲菜、“クリームシチュー役”で冬の王様“鍋”に「ライバル宣言」

いつまで公開されるかは分からないが、このCFをみて私は食欲が失せた(追記:やっぱり秋元康が絡んでいた)。

AGFの乳牛や鹿児島の鰻などと同じように、若い女性を食べものに擬えるという「男性目線」のWeb広告は、どうしようもなく陳腐で、古くさく感じる。

それ以上に、

たぶん私は、学校と制服が嫌いなんだろう。階段や廊下や教室を背景の夢や希望や甘酸っぱい感傷を求めていないのだ。

個人的に嫌な思い出があるわけではないのだが、校舎と制服姿が画面に出てくるたびに、うんざりしてしまう。

だから、

たとえ最初に示した動画の、画面の移動にしたがって歌声の遠近が変化するという、シンクロの秀逸なアイディアでさえも、学校が舞台で主人公が制服を着用しているかぎり、私には制度の内側からはみ出なすことのない窮屈な表現だとしか映らないのである。

と同時に、

いい加減に日本社会は、女子にすべてを担わせるのはやめたらどうか、と思う。

今回は年寄りの繰り言みたいになった。

あー歳をとるのは嫌なもんだねぇ。

What a drag it’s getting old!

鰯(Sardine)2017/12/06

 

【12月7日の追記】

いや、学校を舞台に、主人公が制服を着ていたってかまわないんだよ。40年近く前のこのコマーシャルを凌駕できるのなら。


1978年 資生堂CM 口紅「初恋」

演出:実相寺昭雄 出演:薬師丸ひろ子

 

明治150年?
最近Twitterに投稿した文章を、そのままC&Pします。Mediumの皆さんはどう思われますか。

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①「明治150年」のポスターなんだそうな。内閣官房「明治150年」関連施策推進室からの貼付依頼。「明治150年」の機運を高めていくため、多くの住民の目に留まるよう積極的な貼付をお願いします、とのこと。「150年」?考えすぎかな。

(註:「世界一のクリスマスツリー」なるイベントの「樹齢150年」という謳い文句を暗示させている。)

② 前に示したキャンペーンのポスター、あえて説明しなかったけど、危ないとは思いませんか。

③ 怖いのは、何枚貼ったか実績を報告するように、と通達文書に記してあるところです。単純に戦前回帰とは言いたくありませんが、なんとも強圧的な周知徹底ぶりではありませんか。

④ つまり「明治150年」のポスター何枚が、どのように貼られたかを調査しますよ、各自治体は報告しなさいと通達しているんだぜ、内閣官房の名の下に。おっかないとは思いませんか。

⑤ パッと見は地味だけど、ロゴを含め、やたらと凝った意匠のポスターです。金かかっている。

⑥ ぼくは怖いね。だって、このポスターの目的は、国民の意識をある一定の方向へと導くことだから。なぜ明治を起点にするのか、なぜ貼られた実態を内閣官房が調査すると通達するのか。

⑦ 政府の意図は透けて見えますが、賛否を問うまでもなく言えることがありますね。「税金の無駄!」

②から⑦まではすべてメンションに対する私の返信です(どんな意見が来たかは想像してみてください、少なくとも「クソリプ」ではなかった)。

さて、このように問題を提起しました。私にとって、この情報を流すことは、少なからずリスクを伴う行為です。

ですが、投稿しないよりもするべきだと思った。小さな一石を投じることで、どれくらいの波紋が広がるかはさだかではないけれど。

実際のアクション?常に起こしてますよ。

鰯(Sardine)2017/12/11

 

覚書;タメを作る

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創作するのに今は良い時代だ。思いつきを即、記録しておけるから。着想を逃す心配がなくなった。

アイディアを忘れて途方にくれることはない。見たままを瞬時に撮影しておくことも、ひらめきを下書きに控えておくことも、いい感じの鼻歌を録音しておくことも、とりあえずキープしておけば安心だ。

創作するのに今は便利な時代だ。貯まった素材を自由に編集できる。

トリミングしたり色調を整えたり、別々のテキストを繋ぎ合わせたり、圧縮したり同期させたり、まあ色々と、まとめるための技術が進歩している。

で、出来上がったら簡単に発表できる。迷ったり躊躇ったり逡巡することなく、クリックした瞬間、即座に公開できる。

まさに「インスタ」ントな表現者が、即席でこしらえた作品を披露できる。機会は均等に、有名無名を問わず、「私の今」を反映した感性を競いあう。

なんと素晴らしい夢のような世界。人類はついにここまで到達した、誰もがアーティストを名乗れる時代!

が、

いとも簡単にアップできるがゆえの、表現物には致命的な欠陥がある。

それは、年月の経過が培うところの、何度もくり返し鑑賞に耐えられる程の、作品そのものの勁さや逞しさや、手強さや奥深さに欠けるということ。

受け取った者の心を捉えて離さない、作品に繫ぎとめる力が備わらないのだ。思いつきをそのまま放流してしまうと、食いつきやすいが飽きられるのも早い。簡単に底が割れ、見切られてしまう。熟考の跡なきを見透かされてしまう。薄っぺらさを、内容の浅はかさを。

だから覚えておくことだ。何かヒントなるものが閃いたときに、それをすぐさま記録するのではなく、書きとめて安心するのではなく、覚えておくことだ。

すぐに忘れるようならば、それは取るに足らないものだ。どうしても忘れられなくなるまで、何度もなんども、頭の中でくり返し、アイディアを固めていくがいい。

そのプロセスで失うものもあるだろうし忘れてしまう部分もあるだろう。でも、忘れてしまう程度ならば、それは大した着想ではない。自分の心すら支配できないのであれば、人の心を掴むなぞ到底不可能である。

一語一句、忘れられなくなるほど、考えは、練らなきゃならない。

自信は大切だ。自信がなけりゃ創作は不可能だ。創造の推進力には、自惚れが必要だ。

ああ好きだなあ、いけるんじゃないか、上手くいきそうだ、この感じ悪くない、手ごたえアリだ、よしこの調子だ、と、自惚れるマインドがなけりゃ、なかなかものにはできない。

だから、自信につながる自惚れは必要だけども、とりあえず記録してしまうと、とかく人間は怠けものだから、「とりあえず」の段階で満足してしまう。

閃きを素朴な感情の発露だと勘違いし、これで十分だ、と錯覚してしまう。それが運よく人に褒められたり、ちやほやされたりされると有頂天になる。

実力の発揮だと。

違うちがう。それはテクノロジーの発達に過ぎない。さまざまな記録保存装置の、恩恵にあずかっているだけなんだよ。

もちろん自信は持つべきだ。けど、あまり自惚れなさんな。

ポール・マッカートニーは、ジョン・レノンと曲を作るときに「覚えてしまうまでひたすらくり返して歌う」とインタビューに答えていた。テープレコーダーのない時代には、そうする以外他に道はなかったと。翌朝忘れているようなら歌はその程度の出来だったのだと自らに言い聞かせて。そのように、忘れようにも忘れられなくなる状態を、ポールはなによりも重視したのだ。

着想を形にするまでのプロセスを、私たちは得てして迂遠だとバイパスし、す早く即席でモノにしたがる。

だが待て。

そいつを世に送り出す前に、今一度、吟味してみないか。どこか改善する余地がないかどうか、も一度、確かめてみないか。

発表はいつだってできる。何も今すぐでなくたってかまわない。

タメを作るんだ、頭と、心の中に。

①歌をつくる秘訣。パッとひらめいた詞やメロディーを一日じゅう頭の中で鳴らし続ける。すぐに歌詞を書きつけたり録音したりしない。あいまいな箇所がなくなるまで、あーでもないこーでもないと試してみる。そしてありとあらゆる場面で、鼻歌でも大声でもいい、忘れられなくなるまで、しつこく歌ってみる。
②たぶん、詩をつくるのも同じ要領だと思う。ひらめきをつかまえる、くり返して覚えこむ、着想を逃がさないよう声に出して詠む。もう一度言う、声に出して、詠む。
③アマチュアでも、いやアマチュアだからこそ、着想をすぐさま形にするのではなく、じっくり練りあげる創作の態度が必要ではないか。私たちは名曲を15分くらいで書きあげてしまう、エルトン・ジョンではないのだから。

どうか誤解しないでほしい。

誰彼の、しなやかな感性を妨げるつもりはない。ただ、工夫する余地を見過ごすよりか、若い作品の場合、熟考を重ねたほうが、より良くなる結果が目に見えるから、それが私くらい歳をとると、ようやく分かってくるものだから、ついつい、余計な忠告をしたくなるんだ。

だから、その、つまり。

タメを作れ、すぐに結果を求めるな。

いずれ反応は返ってくるから、しっかりタメておくんだ。

と、ここ何日間か頭にめぐらした愚考を未編集のまま投稿しようと思う。

へっ、誰も読みやしないさ、覚書やメモの類は。

鰯(Sardine)2017/12/20

 

赤い靴

小学二年生のときに、母が赤い靴を買ってきた。

日ごろ履きなれた白ズックと違って、すこぶるしゃれたデザインの靴だった。

赤い靴を履いて歩く姿を想像すると、ぼくはわくわくして、なかなか寝つけなかった。

翌朝、赤い靴を履いたぼくは、颯爽と玄関を飛びだして校門をくぐった。

ところが下駄箱の前にたどりつくなり、刺すような視線が足もとに注がれた。

「こいつ女の履くような靴を履いとる」

「赤か色は女の色ぞ、おまえは女や?」

「なん学校に来るとに格好つけとるや」

「女の腐れたようなやつね、あんたは」

やっかみ半分と妬みが半分の、軽蔑や嘲笑の混じった罵声を浴びて、ぼくは動揺し、狼狽し、うずくまり、その場に膝を抱えて涙を流した。

と、

そのとき、級友のひとりがさけんだ。

「よさんや、みんなしてからかうのは! ご両親に買うてもろた新品じゃなかや、悪口いわれたらジブンはどがんや? 腹がたつだろ? 悲しくなろうが。大勢でひとりを苛めるもんじゃなか」

正論に誰も、何も言い返せなくなって、下駄箱のまわりから散っていった。

「だいじょうぶね、まあ気にしなすな、赤いけど、カッコいい靴じゃなかや」

正義感にあふれたその級友は、肩に手をまわして、ぼくを励ました。

だけど不思議なことに、そのときぼくが「憎い」と思ったのは、野次った大勢の「かれら」ではなく、同情してくれた、「そいつ」だった。

その後、二度と履かれることのない赤い靴は、下駄箱の奥で埃にまみれた。

初出;はてなブログ 2014/11/28:再掲

kp4323w3255b5t267.hatenablog.com

鰯(Sardine)2017/12/24

 

#FightTogetherWithShiori

追記(随時)

medium.com

ついに米ニューヨークタイムズがこの問題を取り上げた。が、日本のマスメディアは相変わらず黙殺している。

At last the New York Times picked up this issue. But the mass media in Japan are still silent.

www.nytimes.com

She Broke Japan's Silence on Rape

As the United States reckons with an outpouring of sexual misconduct cases that have shaken Capitol Hill, Hollywood,…
www.nytimes.com


NYT記事を個人が翻訳したブログ。

naomikubota.tokyo

レイプに関する日本の沈黙を突き壊す(NYT記事翻訳)

12月29日、New York Times紙が1面と8面を使って、長文の記事 "She Broke Japan's Silence on Rape" を掲載した。
naomikubota.tokyo
:この記事について、池内恵東京大学准教授が、翻訳の内容に異論を唱えているけど、それが意訳か誤訳かの判断は、各自原文と比較のうえ確認されたし。

NYTは中国語版も。

cn.nytimes.com

她打破了日本對性侵話題的沉默

她是一名新聞實習生,他是一位著名記者。在日本,性侵犯仍是一個人們諱莫如深的話題。在這裡,鮮有女性向警方報告強姦案,但伊藤詩織決定說出自己的故事。
cn.nytimes.com
また、仏フィガロ紙も取り上げている。

www.lefigaro.fr

Shiori Ito, l'affaire de viol qui secoue le Japon

Agressée par un proche du pouvoir, une journaliste se bat pour faire reconnaître les faits et dénoncer un tabou…
www.lefigaro.fr
さらに伊コリエーレ・デラ・セラでも。

www.corriere.it

Denigrata dopo lo stupro: Shiori sfida tabù giapponesi

Nonostante da due anni sia vittima di ripetute umiliazioni, la sua sete di giustizia non è stata scalfita. Nell'aprile…
www.corriere.it
BBCラジオによるインタビュー記事。

www.bbc.co.uk

Japan's #MeToo Moment, Business Matters - BBC World Service

Journalist Shiori Ito refused to be quiet about what happened to her
www.bbc.co.uk
BBC日本語版による日本語訳。

www.bbc.com

日本でも「#MeToo(私も)」の声 伊藤詩織さんの話

暴行や虐待、そして強姦について被害者が話をするのは、どのような状況だろうと辛く、困難なことだ。警察や司法の手続きを通じて正義を獲得しようとしても、被害者がほとんど乗り越えがたい障害に直面する国もある。 日本もそうした国の一つだ。…
www.bbc.com
英インディペンデント紙。

www.independent.co.uk

Japanese woman shatters culture of silence about rape

It was a spring Friday night when one of Japan's best-known television journalists invited Shiori Ito out for a drink.…
www.independent.co.uk
スウェーデン最大の新聞、ダーゲンス・ニュヘテル紙。

www.dn.se

Hon vågar gå först i Japans #metoo - DN.SE

När Shiori Ito var tio år tog hennes mamma med henne till ett sommarland. I en utomhuspool lekte hon glatt i den nya…
www.dn.se
ベトナムのニュースサイトにも。

dantri.com.vn

Cô gái Nhật phá vỡ 'truyền thống', kể về chuyện bị hãm hiếp

Mùa xuân năm 2015, một trong những nhà báo truyền hình nổi tiếng nhất Nhật Bản đã mời cô Shiori Ito đi uống rượu. Khóa…
dantri.com.vn
米ポリティコに掲載された、伊藤さん本人の言葉による記事。

www.politico.eu

Saying #MeToo in Japan

TOKYO - In late May, at a press conference in the Tokyo District Court, I went public about being raped. In Japan, it's…
www.politico.eu
イスラエルのニュース専門局の動画。

www.i24news.tv

i24NEWS - THE SPIN ROOM | Journalist...

THE SPIN ROOM | Journalist Ito breaks Japan's silence on rape | Wednesday, January 24th 2018
www.i24news.tv
米ABCニュースでも。

abcnews.go.com

In patriarchal Japan, saying 'Me Too' can be risky for women

Japanese women who say "Me too" do so at their own risk. Online comments accused Rika Shiiki of lying and being a…
abcnews.go.com

www.elle.fr

CNNの記事も追加しておこう(2017/04/22)。

edition.cnn.com

 

http://www.bbc.com/news/world-asia-43721227

How do we press the Japanese media?

日本のマスコミは何故、報じないのだ!?

鰯(Sardine)2017/12/31