小学二年生のときに、
母が赤い靴を買ってきた。
日ごろ履きなれた白ズックと違って、
すこぶるしゃれたデザインの靴だった。
赤い靴を履いて歩く姿を想像すると、
ぼくはわくわくして、
なかなか寝つけなかった。
翌朝、颯爽と玄関を飛びだして、
赤い靴を履いて学校の門をくぐった。
ところが下駄箱の前にたどりつくなり、
刺すような視線が、足もとに注がれたのだ。
「こいつ女の履くような靴を履いとる」
「赤か色は女の色ぞ、おまえは女や?」
「なん学校に来るとに格好つけとるや」
「女の腐れたようなやつね、あんたは」
やっかみ半分と妬みが半分の、
軽蔑や嘲笑の混じった罵声を浴びて、
ぼくは動揺し、狼狽し、うずくまり、
その場に膝を抱えて涙を流した。
そのとき、級友のひとりがさけんだ。
「よさんや、みんなしてからかうのは!
ご両親に買うてもろた新品じゃなかや、
悪口いわれたらジブンはどがんや?
腹がたつだろ? 悲しくなろうが。
大勢でひとりを苛めるもんじゃなか」
正論に誰も、何も言い返せなくなって、
下駄箱のまわりから散っていった。
「だいじょうぶね、まあ気にしなすな、
赤いけど、カッコいい靴じゃなかや」
正義感にあふれたひとりの級友は、
肩に手をまわして、ぼくを励ました。
だけど不思議なことに、
そのときぼくが「憎い」と思ったのは、
野次った大勢の「かれら」ではなく、
同情してくれた「そいつ」だった。
その後、玄関の下駄箱の奥で、
二度と履かれることなく、
赤い靴は埃にまみれた。
ウインショッテン(バラ)の花殻