鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

政治Ⅱ

 

政治の話は何となく躊躇われるのが日本の社会である。少なくとも職場の同僚や友人同士との会話で、政治について語ることなど殆どないのが一般的な傾向であろう(家庭内でも同様である)。

もちろん昨今の情勢もあって、雇用・賃金の問題をきっかけに、経済の格差については随分語られるようになったが、しかし現政権にかんするストレートな感想や支持する政党などの話題は、やはり避ける傾向にあるように思う。容易に一般化してはならないだろうが、少なくとも私の周りで政治の話を積極的に交わし合う風景は見られない。ただそれとなく、言外に匂わす程度である。

比してSNSではどうか。支持政党から重点政策の些細な違いまで、百家争鳴、細分化が進んでいる。与党/野党の対立はもとより、政党あるいは政策が共通する者同士の間にさえ、セグメント化が加速している印象を受ける。これは現実社会の様相とは真反対で、日常こういったやりとりがなされれば、日本の政治風土も幾分は風通しが良くなるはずだが、実際には現実で本音を曝けだせない分、SNSでの発言が苛烈になっているだけだとも考えられよう。

 

私がTwitterを始めた理由は政治的言及をしたいがためだったので、自分の構築するタイムラインが政治一色に染まるのはやむを得ないことだ。けれども率直なところ、粗雑なコメントの奔流にややうんざりしている。批難を承知でいえば政治的言説の多くがワンパターン、創意工夫にかけるのだ。

確かに過激な言葉を用いれば用いるほど衆目を集める。自分の投稿にしたって、怒りを露わにしたようなツイートがよく引用される。ズバリと言ってくれた、そうだその通りだと喝采を浴びる一方で、その盛り上がりについていけない、もしくはしらけてしまう人々が存在することを忘れてはならない。かれかの女らは政治に無関心なわけではないが、激した言葉の氾濫には慣れていないし、目にするのを億劫がる。楽しみのために始めた筈のSNSが政治的言説に塗れていくのに辟易している、もしくは醒めた目でみている。黙って静かに〈発信力のあるアカウント〉から遠ざかる。自分の領域を侵されないように。

政治的発信を絶えず行っているアカウントたちは、ある種の信念を持った上で特化するのであろう。が、人は四六時中政治のことを考えているわけではない。政治から離れたい場合だってある。そういった性質の人に、どういった言葉を届けるか。どのような語りかけをすれば耳を傾けるか。政治的な効果を狙って発信するならば、もっと工夫を施さなくてはならない。より下世話に言えば、耳心地よくアレンジしなければならない。押すだけでは駄目で、引きも要る。一本調子のアジテーションに人は耳を貸さない。ましてや「ついて来られない奴は置き去りにするぜ」式に見得を切るのは、血気盛んな一部にとっては頼もしく映るだろうが、そのノリにノレない者にとっては傲慢にしか映らない。あるいはまた、そういう調子のよい運動に釘を刺さずにはおれない一言居士も、同様に厄介そうだと遠ざけられる可能性がある。

中庸を装えというのではない。どの立場に拠るにせよ、いわゆる一般層に理解できる範囲を、今一度確かめるべきではないかと言いたいのだ。先鋭化が過ぎると人はついていけない。次第に脱落してしまう。自らの信念や思想の根幹から些かもブレないよう腐心するのは結構だが、それの高じるがあまり他者を見くびるようになってしまったらお終いだ。共感を得られず、閉じられたサークル内をグルグル空回りするだけとなる。メンバー同士で符牒を交わしあい、絶えず納得しあう循環構造に他者の入る余地はどこにもない。熟慮し、省みてほしい。自分の発信が果たして普遍性を有しているかどうかを。それを測るのは難しくはない。今あなたが投稿したのと同じ口調を現実の社会で使えるか?友人、同僚、家族、周りにいる身近な人に同じように物申せるか?あなたに共鳴して「いいね」のハートマークを押した何倍もの人数が、「いいね」と思っていないかもと想像してみてほしい。かれかの女らが反応しないのは、ただ無視しているだけなのかもしれない、と。

斯様な考えを昔流に言うなら「プチブル(ジョアジー)」が妥当であろう。さよう私は先鋭化を怖れる。極端な立場に自分を追い込みたくないし、そもそも確固たる思想信条を持たない。ただ、私なりに感じる今の政治への疑義を、少しでも多くの人と共有したい。狙いは、希いはそこにある。

私には声高に政治を語らない3つの理由がある。

⑴自分自身が政治を語るのに倦むことのないように、

⑵関心のない・少ない層にこそ意思を届けたいために、

⑶政治と生活の一致するところを見定めるために、

私は政治的発言に特化しないように努める。なぜなら政治的な意図は私の選ぶ語句の端々に必ず表れるし、政治と日々の暮らしは分かち難くあるものだと思うから。(4月12日)

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これは昨日、MediumにDraft(下書き)したけれど、投稿しそびれた文章です。あちらでは政治的な主張を控えているため、ちょっと刺激が強いかなと自制しました。私という主語の、やや気どった文体を採用しているのは、思考を促進するための便法です(鼻についたらゴメンね)。

ところで先日、ツイッターで(公式な発信源である)本アカウントと、(本音をさらす)別アカウントを混同している方をみかけた。本アカの調子で別アカを書いている。思わず吹きだしてしまったが、笑いごとではない。自分にも起こりうる事態である。だってホラぼくだって、“Medium”と「はてな」の区別がつかなくなってきているぢゃないか。

 

 

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