鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

C&P(カット・アンド・ペースト)

 
 エムブレム問題は、一向に収束する気配がない。先日も、この記事にかんして様々な意見が取りざたされていた よくわかる、なぜ「五輪とリエージュのロゴは似てない」と考えるデザイナーが多いのか?(深津貴之) - 個人 - Yahoo!ニュース 。ぼくなんか、<世界に登録済みの商標はヘタをすると億単位です。(略)未登録の野良ロゴは、この数十倍存在すると考えられます。これはもう全部をチェックするのは不可能ですね。>の、アンダーラインした「野良ゴロ」だけでも、筆者の「意識」がにじみ出ているようで、せっかくの丁寧な説明がだいなしだと感じてしまった。また、カーク隊長こと山本一郎氏のコレも 『GQ』でボツになった「五輪エンブレム」佐野研二郎さんのネット炎上関連の原稿と経緯について(山本一郎) - 個人 - Yahoo!ニュース 、問題の本質からズレているぞという指摘はご尤もだけど、なんだか釈然としない思いが終始つきまとった。
 ネット民が問題にしている部分を、両者とも見誤っているのではないだろうか?
 お二方は、一般人が、ロゴやエムブレムを制作する方々が当面するさまざまな厄介ごとを想像できないとでも思っているのかな。そんなこたぁ分かってるさ。
 問題は、権利にまつわる諸々じゃない。あくまでも制作過程の部分だ。そこがあまりにも不透明だしインスタントだから、真面目にやれやーという声が上がっているのに。
 プロを標榜するものの創作態度じゃないから、憤っているのに。
 
 ぼくたちは、この20年間で、デジタルの恩恵に授かってきた。ありとあらゆる素材を選別し、加工し、世に提出する過程を、しろうとなりに識ってしまった。ネット上の記事や写真のURLをコピーし、手前のツイッターやブログに貼りつける作業を、罪悪感もなく苦労もなく、みんなサクサクっとやってのけている。こんなこと、20年前には考えつかなかった状況だ。
 そういえば、Windows95が発表されてしばらく経ったころ、ぼくは知り合いのデータベースを作成するアルバイトに携わっていた。ぼくがなれない手つきで、一言一句を打ちこんでいると、知人は苦笑しながら、ぼくにアドヴァイスしてくれた。
「そんなことしなくても、ここの文章を丸ごと、こっちに運べばいいじゃん」
「え、どうやったらいいんですか?」
「マウスを右クリックして、切り取って、貼りつければいい。カット・アンド・ペーストっていうんだよ。それで、作業がずいぶん捗るはずだ」
 はあ、と感心しつつも、ぼくのそのときの率直な感想は、それってズルいんじゃないか、だった。
 知人は、ぼくに旧いマッキントッシュのコンピュータを呉れ、それに「パフォーマー」というソフトをインストールしてくれた。
MIDIでキーボードと接続して、これで作曲してごらん。同じパターンのリフや楽節があったら、そいつをコピーしてペーストすればいい。マニュアルで何度も入力しないですむから、すごく便利だよ」
 ぼくはそれまで、ぜんぶの楽器を自力で演奏していた。仕事ではカモンミュージックの「レコンポーザー」を使うこともあったが、体質に合わなかった。要するに、数値による入力が面倒くさかったのだ。それも、コピーとペーストの技法を知らぬまま、頭からお尻まで、ぜんぶを入力していたゆえに、だったが。
「作業が迅速になれば、それだけ想像する余地も増えるってもんだよ。なにせ、練習する労力から解放されるんだから」
 ぼくはしかし、もらったマックとパフォーマーを使いこなせなかった。自宅で自分の曲を制作するときは、相変わらず昔のやりかた、つまり弾けるようになるまで練習し、それを4チャンネルのカセットレコーダーに録音するというアナログな方法を、頑なに変えなかった。いや、それは頑固というよりも、たんにパフォーマーの使い道をマスターできないという、怠惰からだったのだが。
 そのころに作った、「C&P」という曲がある。カット・アンド・ペーストということばの響き、語呂の良さに触発されたのだった。
 ぼくは前に書いた「立ってるだけ」という曲と一緒にデモテープに紛れこませた。 

 KeyがC#で二つのコードを行ったり来たりする、シンプルな構造のナンバーだった。当時聴いていたBECKアレステッド・ディベロップメントの影響があったのかもしれない、途中には調子に乗ってラップまで挑戦してみた。

 歌詞を書き写してみる、手打ちで。
熱くなるなBaby クールにきめちゃえばいいのさ
割り切りは肝心 倫理上問題ないのさ
つまるところは単なる手段 特別な技術いらない
知識は邪魔なだけ 簡単で確実で素早く安全
 
みんなC&P 切って切って切って切り刻む
みんなC&P 貼って貼って貼って貼りつける
編集能力は必要よ
 
片っ端から 放り込んじゃえばいいのS&H(サンプル・アンド・ホールド)
形整えて ひっつけテク はめこんでいく
仕上げはミニマルなフレーズ サブリミナルなシーケンス
ガキどもの脳みそを 洗えばいいのだそいつは新鮮
 
みんなC&P カッコいいとこ、おいしいとこ、イケるとこ
みんなC&P サイズ揃えて加工しやすくしといてね
編集能力が キミにはどうも欠けていますね
HIP-HOPをおさらいしたらどう?
 
この世界を生き抜いていくためには、Speedが必要
「ちょっとしたものすべて」を手に入れるんなら
そのLoopの中に入らなければ……
欲しいモノが簡単に手に入れられるんならそれはいいことだ
テクノロジーを否定するのなら電気のない国に行くがいい
音楽だって映像だって五感を刺激するための装置だ
資本社会を否定するのならお金のない国へ行くがいいさ 
 
これはC&P 切って切って切って切り刻む
みんなC&P 貼って貼って貼って貼りつける
編集能力が キミには決定的に欠落していますね
HIP-HOP以前のヒトだね 
C&P
C&P
C&P
 もちろん、C&Pの部分を文字入力するときは、コピーしてペーストしたけど。
 
 これを聴いた「紹介屋」は、少し首を傾げた。
「おもしろい曲だと思うよ。さびもキャッチーだし。でも、この詞のまんまじゃ苦しいな。微調整の必要がある」
「たとえば、どんなところが?」
「編集能力、が分かりづらい。どういう文脈で頻発するのか、が」
「あー、これは最近の音楽雑誌で取りざたされているんです。編集能力のあるなしが、今後のアーティストには不可欠であると。編集能力に欠けた、いわゆる作家タイプのアーティストは淘汰される運命にあると」
「イワシくんは、それに反撥したわけね」
「まあ、そうです。その評論家は、アンディー・パートリッジやピート・タウンゼンドのような(作家型の)ミュージシャンは、編集能力に欠けるとも書いていました。それにまあ、カチンときたわけです」
「んー、結局そこが、分かりにくい部分なわけだよ。音楽批評への再批評。一般の人には楽しめない。結論が、HIP-HOP以前か以後か、では、普遍性に欠けるでしょ。もっと、大きなテーマにもなり得るんだがなぁ。この、加速化する状況を風刺するような」
 書き換えてみてよと紹介屋は提案した。ぼくは歌詞をいじくって整えた。が、大筋は変えたくなかった。それで、中途半端な改訂になった。(写真参照)
f:id:kp4323w3255b5t267:20150908132758j:image
ファイルに当時の写真が挟まってました。
 コンピュータで作業が効率化される社会を描こうとしたのだが、かえって毒気の薄まる結果になった。結論の「IT革命」という部分が、取ってつけたようで弱い。流行語は、風化する宿命である。やはりHIP-HOPで正解だったのだ。これは、変化を余儀なくされるアレンジメントについてのささやかな異議申し立て、だったのだから。
 さて、この曲を聴いた「大物プロデューサー」は、一笑に付した。
「ダメだ。こんなの使えないや、ボツだよボツ」
「コピー機のコマーシャルなんかに使えませんかね」と冗談を言ってみると、
「お前さん、冗談の通じない世界があるんだぜ」と凄まれた。
 
 20年前に比べると、いまやC&Pはあたりまえの世の中になった。しろうとさんが、レディメイドの素材を、さまざまなアプリを使って、思い思いにコラージュし、気軽にアップしている。この現状を、職人気質の勝るプロは、苦々しい思いで見ているに違いない。内心で毒ついているかもしれない、プロの現場はそんな甘いモンじゃないんだよ、と。
 だが、果たしてそうだろうか?
 今回の佐野研二郎氏およびMR_DESIGNの制作過程が明らかになり、「丁寧な説明」がなされればなされるほど、一般人の「落胆」は大きくなる一方だ。
 なんだよ、こんな安直なやりかたで作品を制作していたのか、と。
 我われしろうとが使うアプリとは、比べものにならないスペックの機材で制作されたにせよ、その制作過程のお手軽さは、ほとんど変わらないではないか。
 どこからか引っ張ってきたものを、貼りつけているだけじゃないか。
 とどのつまり。
 如何に微調整の手際が鮮やかだとしても、それが権威とされる業界に、ネット民は決定的な不審のまなざしを向けつつある。
 もちろん、コンピュータの発達およびインターネットの普及は、作業の効率化を促進し、滑らかで、精度の高いデザインを、即座に提供することができるようになった。
 その恩恵に預かりつつ、でも、と立ち止ってしまう。
 ぼくたちは、かんじんな部分を削ぎ落としてしまったのではないかと。
 それは、ひとつの世界を表現するための、もっとも大切な要素だったのではないかと。
 手間暇を惜しむことにより、ぼくたちは何かを失ってしまった。
 その、無用とも思える試行錯誤の過程で。