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鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

シンボライズ 

東京オリンピックのエムブレム問題について、世評の喧しい昨今であるが、不透明な選考過程や広告業界の凭れあい体質といった部分を、このブログで取りあげるつもりはない。ただし今回の現象は、デザインという切り口から、現代における芸術表現全体の問題点を考察するきっかけともなった。
とはいえ、あまりしかつめらしく考えをめぐらすと肩がこるので、雑感を交えつつ、複数回に渡ってつらつらと書いてみようかと思う。
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先日、台風の倒れたサクラの樹木を片づけているときに、それはそれは大きな毛虫というか、芋虫に出くわした。体長はおおよそ手持ちのiPhone5sくらい。もそもそと動くそいつを写真に収めてから、作業の邪魔にならないところまで避難させておいた。
アゲハチョウか蛾の仲間か、調べる余裕がなかったので、ツイッターに掲げておいたら、とげありさんから「カレハガだと思います」との返信が届いていた。調べてみたら、やはりそのようだ。カレハガの成虫は時たま見かけるが、よく注意しないと気づかない。枯葉と完全に見紛うほど、擬態が巧みなので、見過ごしてしまう。まるで忍者か、ステルス戦闘機のよう。ぼくはカレハガのさまざまな画像を眺めながら、環境に生息するための進化と適応に、しばし思いをはせていた。
 
ぼくはそれほど積極的に自然と向き合っているわけではない。けれども時間があるときには、なるべく意識的に、自然の様子を観察している。職場周りの環境は、豊かな自然に恵まれている。四季折々の変化を、草木や花々や昆虫のさまざまな姿態を、記憶の底にスケッチしておく。
自然の中には驚くほどのストイックなデザインが偏在し、そのスタティックとも言える意匠に、ぼくは興味をひかれる。花弁の形状や、茎の断面や、葉脈の広がりや、年輪の紋様に。自然の編みだした、意図は含まぬけれど、それぞれに意味のある、複雑な色と形に。目を凝らしてみれば、どんなに優れたデザイナーが、束になってかかっても、決して描きだせないような、稠密な線と面と立体とを、つぶさに発見できる。そして、自然には敵わねえや、と独り嘆息を洩らす。
おそらくいにしえの人々は、自然の描きだしたデザインを、畏怖と憧れとをもって、内心にうごめく名状し得ない何ものか、を仮託したのではないか。動物の肢体に、花々の媚態に、植物の蔓延に、生と死とエロスを感じたのではないか。降る雪の結晶や、鉱物の断面に、シンメトリックな規則性を。迸る雷光や、引き裂かれた樹木の幹に、人智の及ばぬ脅威と破壊を。刻々と移り変わる、空に流れる雲々や、潮の満ち干きの、天体の無窮動に、今ここに在る生命のシステムとメカニズムを。
その、自然がこしらえた圧倒的なフォルムを、この世に生きたことの証として、この世にうごめく生き物のメンバーとして、お互いを認知しあうため、人間は自然から見出した形状を、切り取り、簡素化し、図案化し、表出することに精を出した。アルタミラの洞窟に描かれた壁画は、いったい何のために、何の目的で描かれたのだろう。なにゆえあれほど切実な筆致で、形を色を刻みつけたのだろう。ぼくたち人類は、世界を掌中に収めることはできない。できたとしても、それはほんの一部分を、切りとっただけなのだ。
どこからか何かしらを持ってきて、そこにいくらかの手を加え、これがデザインですと宣言すれば、商売にはなるだろう。しかし、そこに精神は宿らない。発表されたエムブレムは、洗練されたものかもしれないし、素人には判らないテクニークが介在しているのかもしれないが、世界全体を映しだすほどの、象徴性を有してはいない。
象徴とはなんだろう。その紋章に示された意味とは。ことばでは説明できない、説明のしようがないものを、視覚的に把握できるよう、図案化したものではないのか。ぼくたちはそこに、秘められたメッセージを嗅ぎとる。が、面と線と色とで表されたシンボルのなかに、自然から得た着想が反映されていなければ、がらんどうの供物に過ぎない。あなたは仏を彫った、しかし目玉を入れなかった、魂が抜けていたので。
謙虚であらねばならない、予は表現者であると称えるのであれば。みずからの表現を世に問うのであれば、これは誰かからの預かりものであり、私自身はごく僅かに過ぎないと、先ずは認めることだ。そして、自分が発明したと錯覚しているものは、既に先人が探りあてていた領域であり、さらにその殆どは、自然界に元からあったものを借用しているに過ぎない。
それが森羅万象をシンボライズするときの、最低限の心がまえである。
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 表現者は今一度、その原点に立ち戻るべきではないか?