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鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

今は「有事」なのですから

 

風邪をひいているせいか思考が重力に抗えない。

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浮遊できない思考はおのずと下へ下へと沈んでゆく。予想しているよりも事態はいっそう酷くなっているのに、とりあえずそれを脇に置いて、何事もなかった風を装いながら日々を生きている。

かつて、これほど惨い時代が過去にあっただろうか。いや、ない。少なくともぼくが生まれ育ってきた数十年の間で、今がいちばん悪い時代だということは間違いない。しかも、これから先の回復の兆しはない。すべての領域において暗い予測ばかりが立ってしまう。

 

先日、話題の映画を観た。『この世界の片隅に』というアニメーションである。

良質な作品である。映画としての出来映えに注文はない。そのことは上掲記事にも書いたが、観終ってちょうど一週間が経った今、「たんに手放しで誉めて良かったんだろうか?」という思いがふつふつと湧きあがってきた。

太平洋戦争の渦中にいきる「すず」と、嫁ぎ先の家族の日常を描いたこの作品に、含むところはなんらない。いや、むしろ問われるのは観客である私たちである。ぼくは、この映画を観ている間、呉に住む人びとの生き(死に)と同調し、他人事ではないような感覚に陥ったが、さて今、2016年11月の現在、私たちをとりまく社会は、日本と言う国ははたして平和だろうかと自問してみて、残念ながら平和ではないと認識するに及んで、ぼくは『この世界の片隅に』生きている今が、戦時中であることを自覚したのである。

なるほど映画のように、戦闘機や爆撃機は飛来しないし、食料は配給ではないし、青年の出征を送ることもない。威張りくさった憲兵はいないし、隣保間の助け合いも頻繁ではない。が、にもかかわらず、あれは遠い昔の出来事だと客観視できないでいる。

なぜだろう?

なぜ過去の、戦時中の生活に「私」はタイムスリップしてしまったのか?

ぼくは答えを弾きだせずにいた。それを認めるのが怖かった。だけど、思いきって言おう。今は「戦時中」なのである。日本は既に、戦争をはじめてしまった。「駆けつけ警護」という欺まんを弄し、自衛隊を「南スーダン」という戦闘地域に(あえて言う)派兵してしまった。 戦時下に観た映画であるからこそ、胸にズシリと重石が乗っかっているのだ。

戦争はもはや余所事ではない。

 

ぼくは半年前に震災を経験した。被災地では水や電気といったライフラインが途切れ、自衛隊の救助活動なしでは暮らしもままならない状況だった。が、以前の日常に復旧する道筋は見える。町や家屋は破壊されたけれども、手を施せばいずれは元の暮らしに戻る。大げさなようだが、そんな思いを励みに生きてきた。こんな風景を日常化させてしまってなるものかという意地が熊本の人びとに共通していた。

しかしそれは自分の手で、自分たちの手で日常をとり戻せるのが可能な範囲だったからこその思いだった。もしも自助努力の遠く及ばぬ範囲で、あるいは国家間の争いだとしたら、思いなど通じやしない。国が、国家権力を行使し、私たちの生活に探りを入れ、直接的な影響を及ぼし、制限を加えはじめたら、それはもう日中戦争を含めた15年間の再来だといっても過言ではないだろう。私たちはもう、取り返しのつかない時点にまで来てしまった。

さあ、そこでどうする?どうやって生きてゆく。

今問われるは、まさにそこだ。国家の決めた方針に大人しく従うか、権力の横暴に隷従するのか、飴玉のように差しだされたゴシップや空疎なエンタメにうつつを抜かすか?

それとも、徹底的に抗うか?

抗うとしたらどのような手段で?

答えはない。答えなど見つからない。ただ途方に暮れ、現実の劣化と崩壊をSNSにつぶやき、嘆くだけなのか?

抗う姿勢は徒労でしかないのか?

 

昨年ぼくは自分の中途半端な正義感を批判されたし、嘲りもされた。イワシのようなヤツはけっきょくいつまでも現状に不満を持っていて、しかも解決する手段を提示できないと指摘された。それは分かっている。ぼくは本当に無能である。だけど、ぼくを指弾したかれらは、はたして現状にたいしてなんら不満なく、安穏と暮らせているのだろうか。分からない。ただ、ぼくの発した警告なり行動なりが、かれらの安全圏内を脅かしたのかもしれない。だからこそ躍起になって批判していたのだろうと一年前を振り返ってみて思う。

でも、ひょっとしてキミたち、ガマンしてるんじゃないのか?

ぼくが指したい部分は、じつにそこだ。我慢して、大人しく体制に阿っていることで、生活が保守できると考えているんじゃないか。

たぶん、いや間違いなく、そのような安全保障は反故にされる。キミたちが自分たちを守ってくれていると信仰しているところの国家やら組織やら企業やらは、残念ながらキミたちを生涯守るつもりはないんだよ。

たぶん、いや間違いなく、キミたちの敵は、周辺諸国でもなければ、ぼくのような不満分子でもない。他でもない、キミが信じたいと願っている国家そのものだ。敵は外に在るのではなくキミの内にある。そこが視えないかぎり、キミはキミ自身の育んだ不可視の敵に絶え間なく怯え続けるだけだ。国の方針に従わない者をにくみ、疑義を唱えるものをうすぎたなく詰り、みずからが圧政に加担している可能性に目をつぶり、さも自分こそが被害者であるかのようにふるまう、その倒錯した姿を鏡に映してごらん。キミは今何を守っている?何を我慢している?耐えがたきを耐えたその先に、美しい国が到来することを夢みているのか?

ぼくが『この国の片隅に』を観て重苦しい気持ちになった理由は、おそらく「すず」が無抵抗に現状を受け容れている点だろう。異を唱えない、いや異を唱える手段を持たず、抗うという発想すらなく、ただひたすらに現実を映し、描く。それはともすれば、諦めに直結する。もちろん作者も「すず」自身も、そんなつもりは毛頭ないだろう。だが、その素朴な筆致が「美しく」解釈されてしまう危険性をはらんでいるという点は、指摘しておいたほうがよいかもしれない。

 

四月の震災のとき、ボランティアの話題が上った。野良ボラという侮蔑的な呼称に、ぼくは異を唱えた。自発的であるはずのボランティアには公認のみならずいろんな形態があってもいい筈、それを野良と十把一からげにするのはどうか?と。ぼくは実際にボランティア活動をなさっている方から厳しく糾された。被災地の現実はそんな甘いものではない、統制のとれない・連絡のつかないような組織はボランティアを名乗る資格がないと。そして、

「今は『有事』なのですから」

と、文末が締めくくられていた。

「有事」。確かにそうであるに違いない。火急の状況で怪しげな民間団体に慮る余裕はなかろう。混乱をきたすようであれば排除も止むなしなのかも知れない。その点において、ぼくは何の異議も唱えない。喫緊の事態の最中に機会の平等を唱えるほど、ぼくもおめでたくはない。

が、同時にぼくは懼れるのである。「有事」の名のもとに、いかに多くの細やかな思いやりのある相互信頼が壊されてきたことだろう。「有事」だから止むなしとして、いかに慎ましく穏やかな交流が遮断されたことだろう。「有事」なることばは戦車のキャタピラーのごとく「お花畑」を踏みにじってゆく。言語の、イメージの問題ではない。言葉狩りでもない。ただ「有事」ということばに白紙委任状を授けてはならない。「有事」は錦の御旗ではない。取り扱うには細心の注意を払う必要があることばだ。

だから、今を軽々に戦時中だと唱えるつもりはない。戦時だと認識したとしても、それを簡単に容認してしまってはならない。「有事」を常態化させないこと。それはただ平和を祈念するばかりではなく、戦争は嫌だね、絶対に悪だね、はやく平時に戻りたいねと莫迦みたいに喚くことである。それが武器を持たず、抵抗する術を知らぬ市井の一人の、唯一の抵抗手段だ。

厭戦の機運を醸しだすこと。いい加減やめようぜこんな醜い争いは、と戦闘モードの権力サイドに水を差すこと。ぼくはついさっき、『この世界の片隅に』は反戦映画ではなく、木下惠介の『陸軍』のような厭戦映画ではないか、と古道具上海リルさんに返信した。戦局の激化に伴い出征を余儀なくされる息子、それを見送る母親。最後の長回しでカメラは息子を追いかける田中絹代を執拗に捉える。そこには戦争の理不尽に対する抗議が確かに秘められている。が、表だって反戦を訴えはしない。もしもそういった場面が微塵でも発見されたら、たちまち検閲の対象となってしまうだろう。そういった暴力の支配する閉塞感と、今の空気は別種のものかもしれない。が、戦後70年を経て私たちが目前にする新たなる検閲は、なんと複雑怪奇で面妖なものか。抵抗しようにも抵抗できない、辺見庸のことばを借りれば「鵺のような全体主義」である。そこにささやかな一石を投ずるにはかなりな表現の工夫が必要である。たぶん『この世界の片隅に』がリーチすべきは、ぼくやリルさんのような今の世相に常々懸念を抱いている人ではなく、むしろ「いつもと変わらないんじゃない?日本はまだ平和なものよ」と思っている人にこそ届くべき作品なのである(ただし、クラウドファンディングの過程において『花は咲く』のプロモーション映像を手がける制作側の姿勢を、したたかとみるか節操がないとみるかは論の分かれるところであろう)。

ともあれ、今もっとも必要な表現とは、糜爛な空気に風穴を開け、人びとの意識を少しでも揺り動かし、刷新を促す種類のものである。けれどもその表現が万人向けであればあるほど、あべこべに利用される懸念も発生する。「すず」を迎え入れる呉の一家は、親切で心優しき人たちだけど(もちろん裏に潜む複雑な感情を作品はないがしろにはしていないが)、これを理想的な家族のありかたとして逆利用されかねない危うさがあることもまた確かなのだ。魅力的な軍艦の威容やロシュフォールと見まごうほどの華やかな街角の誘惑(もちろん抑制の効いた表現ゆえ致命傷には至らぬが)は、一歩間違えば「あの時代は良かった」式のノスタルジーへ容易にスライドしてしまうだろう。そう読み解かれないための予防線をぼくたちは張る必要がある。かれらは往々にして「文化」を一色に染めあげようと日夜画策しているのだから。

 

さて、自衛隊が派遣されてしまった以上、もちろん今は有事である。が、有事ですからというエクスキューズを使って、相手の口を封じ込めようという気配が横溢するようならば、ぼくは徹底的に抗うつもりだ。ぼくはただ黙って耐え忍ぶほどお人よしじゃないから、有事ですから我慢しましょうって風潮にはガマンならないんだ。