鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

甘美な痛み(伊丹十三『タンポポ』)


Tampopo...gangster eating oysters

「何採ってんだ?」「牡蠣よ」 この簡潔なやりとりは、小津安二郎の映画の台詞を彷彿とさせる。 

 
 東京での生活に行き詰まり、故郷に逃げ帰ったことがある。だけど、まっすぐ帰ることもできなくて、鈍行を乗り継ぎ、地方都市のいくつかに寄り道しながら、結論をひたすら先延ばしにしていた。
 大阪についたころには、金が底をついていた。博多までの新幹線自由席の切符を買ったら、三千円ほどしか残らなかった。これでなにか食べようか、いやそれよりもくたびれた、どこかで休みたい、この大阪キタの、ゴミゴミした喧騒から、いっとき逃れたい。
 ぼくは目の前の映画館に入った。かかっていたのは封切り直後の伊丹十三監督作品・第二作である『タンポポ』。べつになんでも構わなかった。中で眠ろうと思っていたから。
 
 だけど選択を間違った。食べものの映画だとは思わなかった。旨そうな料理を美味しそうに食べるシーンがつぎつぎにくり出される。空腹の身に、これは堪えた。眠るどころではない、身もだえしながら、観るしかなかった。
 食欲ばかりではない、『タンポポ』は性欲をも刺激した。なまじのポルノ映画よりも、はるかにエロチックだった。とくに白いスーツに身を固めた、若き日の役所広司が、生卵を使って黒田福美とからみあうシーンときたら。しかしそのあとの、冒頭に示した、洞口依子の海女の少女のシーンにおよぶと、なにか根源的な部分に触れられたような感じがし、下腹部の高まりはただちに収っていくのだった。
 生牡蠣に付着した血。男の傷口を舐める少女。これを破瓜の暗喩だと捉えるのは簡単だが、ぼくにはそう思えない。少なくともそのときは、そんなことを考えなかった。ただ悲しかった。あまりにも切なかった。なぜぼくはいろんなものを喪失してしまったんだろうという思いにかられていた。かかる音楽が、それに拍車をかけた。マーラーだとは、そのころ知る由もない。ただただなんて甘美な調べだろうと感じいった。後になって『ベニスに死す』でも使われていると知った、グスタフ・マーラー交響曲第五番・第4楽章だが、ぼくにとっての「アダージョ」は、ルキノ・ヴィスコンティではなく、伊丹十三なのである。
 
タンポポ』には、本筋とは関係のない十三のエピソードがあり、シークエンスの何れもが、生死と密接に関連づけられている。食べて飲んで、眠る。それが人間の営みの、ほとんどすべてなのだと、否応なく思い知らされる。人生とはなんとこっけいで、おろかしく、おかしなものだろう。それを「食」をタームにし、マルチアングルから映しだしている。
 伊丹十三といえば『マルサの女』が代表作だとされているが、海外での評価は、『タンポポ』のほうが高いときく。そうだろうなと思う。「食」に焦点を絞ったこの映画は、エチゾチック・ジャポニズムというよりも、文化や習慣あるいは言語の違いを飛びこえて語りかけてくる、普遍性がある。誤解を恐れず言いきってしまえば、それは「人間賛歌」だと思う。演技者としてのかれから、キザで斜に構えたイメージを抱きがちだが、伊丹十三の作品群には人間なるものへの興味、一貫したヒューマニズムが流れている。そんな映画を撮る男が、どうして自裁などするだろう?
(ト、単純なぼくは思うんだがなあ)
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  映画館を出たときには、日が暮れかかっていた。梅田の街を行き交う人の波をみても、ぼくはもう気圧されなかった。ただただ愛おしいと感じた。
 猛烈に腹が減った。なけなしの小銭を握りしめたぼくは、すぐそばの大衆食堂にかけこみ、きつねうどんを注文した。空腹と相まって、そいつはすこぶる旨かった。
 
 人生の節目に、ひとは映画と出会う。ぼくの場合はそれが、『タンポポ』だった。幸福な出会いだったなと今でも思ってますよ、mon oncle Itami Juzo