鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

劇画『I・飢男』に登場したザ・フー

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左:ピート・タウンゼンド、右:ロジャー・ダルトリー

 

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著名な劇画原作家、小池一夫さんが平成31年4月17日に亡くなった。82歳だった。

ぼくは小池一夫作品の良い読者ではない。代表作の『子連れ狼』も全巻は読んでいない。だが、青春のときどきに、そこにある雑誌を手にとれば、小池一夫原作の劇画は、必ず連載されていた。昭和から平成を生きた自分のような中高年は、好む好まざるにかかわらず、氏の作品に触れ、影響されているはずである。

ロック少年だったぼくに、とくに衝撃を与えた作品は、これから紹介する『I・飢男(アイウエオ・ボーイ)』である(作画:池上遼一)。最初『週刊現代』に連載されたが、のちに『劇画ゲンダイ』へ、それから小学館の『GORO』と、掲載誌が転々としている。ぼくが目にしたのは、『GORO』掲載時の「アメリカ編」である。通常より大きなサイズの雑誌に、池上遼一のシャープなタッチで描かれる美男美女の艶姿は、思春期のぼくに鮮烈な印象を与えた。

そして、この『I・飢男』には、今なお現役で活躍する実在のロックバンド、ザ・フーが登場する。例えばそれは『巨人の星』に長嶋茂雄王貞治が登場するような、虚実ない交ぜの面白さがあった。

説明はほどほどにしよう、このブログ記事では「フーの諸君(byギラム)」が登場する場面だけを、ざっとかいつまんで紹介したい。

 

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昼の部のコンサートを終えて、意気揚々と楽屋にひきあげたザ・フーの4人。ところが、楽屋には怪しげな闖入者が一人(主人公:暮海猛夫)。男は殺人者として追われている身だと自己紹介し、金は払うからレストランの夕食につきあってほしい、と申し出る。何のために? と訝るフーの面々に、男は、映画プロデューサーのギラムと会わなければならないと告げる。ヴォーカリストロジャー・ダルトリーが差し出したコーラを一気に飲み干した男は、そのまま意識を失う。フーの4人は、スーツケース一杯に詰まった金を奪って、この男をほっぽり出すことも可能だったが、自分たちを信じて眠りについた見知らぬ日本人の男に、意気を感じ、要求を受け入れる。ギタリストのピート・タウンゼンドは男の携えていたケースを「見ろよ」とメンバーにうながす。

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「ガッツなんだな!」「ハードでストロングな男だ」

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「おれは引き受ける(ロジャー)」

「勿論(ピート)」

「おれも!(キース・ムーン、ドラムス)」←似てる。

「Me Too!(ジョン・エントウィッスル、ベース)」

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『フーズ・バイ・ナンバーズ(旧題:ロックンロール・ゲーム)』は(『I・飢男』連載時)1975年のアルバム。ちなみにジャケットのイラストはジョン・エントウィッスルによるもの。

 

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熱狂するファンに囲まれるザ・フー。彼らを煙幕とした暮海猛夫は警察の張った非常線を突破し、Aギラム氏の待つ高級レストラン、ブラウンダービーにたどりつく。

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<高級レストランに入店したダルトリーがウェイターにラフな服装を咎められ、その場で解いた靴紐をネクタイ代わりにして、ほれこれでいいだろってカマしたところ。>兵庫県伊丹市在住・樹山さんの回想)

突然の珍客にもギラムは平然と、フーの諸君も席につきたまえと、食事を振る舞う。夜の部のステージに備えて料理にがっつく野蛮なバンドマンたち。だが、この時点でケン・ラッセル監督『トミー』の主役を張り、さらに『リストマニア』が公開されているだろうロジャー・ダルトリーは、ハリウッドの大物プロデューサーに独自の映画論をぶつ。

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これも映画への関心は人一倍のピート・タウンゼンドも映画論に一丁噛みする。

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ここで改めて『I・餓男』の筋書きを紹介する。
<写真を職業とする広瀬未来は偶然、大物政治家のスキャンダル写真を撮ってしまったため口封じに強姦されて自殺してしまう。それを知り復讐を誓う恋人の暮海猛夫。巨大組織との、あらゆる手段を使用した壮絶な戦いがはじまる。>

プロデューサーのギラムは、暮海猛夫の「物語」に興味を持つが、どう扱うかは態度を保留していた。が、それを「フーの諸君」は後押しするのである。

「『ポセイドン(アドベンチャー)』の次には何が来るんでしょうかね! ミスター・ギラム。あなたがアーウィン・アレンを追い越すためには『ポセイドン』を超えるものをつくらなければならないだろうなあ、やっぱ! おれたちゃあ期待で胸が膨らむね! 執念をかけてあなたが次につくろうとする映画は何だろうと! アレンに勝負を挑む企画は何なのだろうとね!(ロジャーのセリフより)」

つまり、暮海猛夫の持ちこんだ企画(政界スキャンダルに巻きこまれ恋人を殺害された男の復讐譚)を撮れ、と焚きつけているのである。

さて、食事を終えたフーの面々は、ごちそうさんとギラムに告げ、おさらばするぜ、と席を立つ。同時に、いったん暮海から受け取った日本円の札束を彼の目前に放りやる。そして以下のように、この劇の一場面から退場する。

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キザはどっちだい? と言いたくなるが、このセリフはやはり、ザ・フーでなくてはならなかった。

ぼくは2011年12月に、こんなツイートを投稿している。

そして、2019年4月19日に、

追悼。小池一夫さん。

先生の『I・飢男』におけるザ・フーの配置は的確でした。物語の展開上、フー以外はあり得ない。ローリング・ストーンズレッド・ツェッペリンではダメなのだ。「ガッツなんだな」「ハードでストロングな男だ」等のセリフも「キザだけど」「いい線いってる。」でした。

と、この劇画について再び投稿している。それほど衝撃だったのだ。なぜなら、『I・飢男』によって我がザ・フー観は醸成されたようなものであるからだ。

ザ・フーは漢気あふれ、義侠心に満ちた、インテリジェンスを備えたバンドである、と。

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そう思わせるにいたった、小池一夫氏のテキストに思いを馳せる一助となるなら、この記事をまとめた甲斐もあろうというものだ。

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<説明:マキの姉、夏子の助けを借りて単身、アメリカに渡った暮海猛夫。復讐を遂げるために、ハリウッドの超大物映画プロデューサー、A・ギラムに接触を試みるが……。

収録作「アメリカ編 兇殺行 アンクル・トド」ほか「サンセット・ブルバード 夕日に向かう道」「目的」「桜ンボのマール」「地獄を通ってでも行くぜ」の全5話を収録。>

この「地獄を通ってでも行くぜ」に、ザ・フーの諸君が登場する。インターネットで無料でも読めるようだが、できれば単行本を入手していただきたい。

 

 

【過去記事】

kp4323w3255b5t267.hatenablog.com

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