鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

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 10月28日、熊本県と県観光連盟の主催によるセミナーが開催された。「外国人観光客受入によるビジネス展開に興味のある事業主」 が対象だけど、ぼくも観光業界の端くれに座してはいるから、堂々と申しこんだ。

「外国人観光客等『おもてなし』向上プロジェクト・キックオフセミナー」と題されたセミナーを受講するにあたって、しかし躊躇いがなかったわけではない。日ごろツイッターやブログで、政府が音頭を取る「おもてなし」の嘘くささを批判している身としては、言動不一致のような気がしたのも確かである。だが、これはいうなれば敵情視察のようなものだ、相手の考え方を知るのも悪くないと自分に言い聞かせながら、会場の肥後銀行熊本駅前支店セミナールーム(森都心ビル2F)に赴いた。

 会場に着くと大勢の参加者で席はすでに満杯だった。地方局のTVカメラも複数入っている。予想した以上に大がかりな催しだと感じながら、真ん中の空いた席に座った。

 県観光連盟専務理事の挨拶が終わったあと、県商工観光労働部観光経済交流局観光課・課長補佐から、今回の事業の趣旨等についての説明があった。

 

①外国人観光客は全国的に右肩上がりで増加しており、本県においても前年度比145%で、年間60万人の目標に達成しそうな勢いである。

 国際定期便の就航(台湾・香港)、八代港への大型クルーズ船寄航実績増、免税制度の拡充が活発化していることに加え、各種スポーツの国際大会なども開催されるので、今後も外国人観光客の増加が期待できる。

②8月8日に県知事と熊本市長との政策協議のなかで、「おもてなし」の向上を目的に連携することを確認し、地域経済の活性化と雇用創出につながるとの認識で一致した。すなわち、観光業から観光産業への転換である。

③そこで県としては観光産業の外国人観光客受入環境整備事業として、「おもてなし」プロジェクトを始動、具体的には(取組1)ウェルカムマインドの醸成、(取組2)満足度向上のための環境整備を目標に掲げる。

 この(取組1)「おもてなしセミナー」の開催には、内閣府より地方創生交付金の内示があり、(取組2)の公共施設等の誘導サイン、ショッピング環境の多言語化、カード決済の整備といった環境整備についても、地方創生交付金の対象となる予定である。

④「おもてなしセミナー」は定員15名程度/クラスを県内4ヶ所の各地域で催す。会場は肥後銀行各支店、募集は商工団体・関係自治体・肥後銀行、受講料は無料である。

 

 続いて「おもてなし」向上プロジェクトの内容について、セミナーを請け負う会社の代表(女性)から説明があった。

「キックオフセミナー『インパウンド未来予想図』」というタイトルを高らかに掲げ、Superfindmindともいうべき溌剌とした饒舌さで語られる「未来予想図」は、楽観的な数字の羅列と相まって、さすがに受講者を惹きつける内容だった。

 

①インパウンド<インバウンド(旅行)とは | JTB総合研究所 >の概況をまず大まかに説明された。2015年は1月〜8月で1287万人の外国人観光客が訪日しており、1900万人を年内に突破するかもしれない。外国人観光客が伸びた理由として、アジア圏であることと、観光資源が多いことを挙げた。

 UNWTO国連世界観光機関 http://unwto-ap.org/ )によれば、2015年から2030年にかけて、世界の観光客は現在の9億人から18億人の2倍に増えるだろうと予測している。

 このインパウンドが加速した最大の要因はいうまでもなく東京オリンピックの開催によるものである。

②JNTO(日本政府観光局 日本政府観光局(JNTO) )2014年の調査によると、訪日外客数の70%はアジアからである。言い換えれば、英語が(日本人と同様に)外国語である旅客が多いということであり、つまり、シンプルな会話と異文化への理解により、アジアからの観光客をさらに増やすことが可能である。

③今、起きている変化は、1.団体客から個人客への多様化、2.訪日需要の通年化(ピーク時に集中しなくなった)、3.目的地もより広範囲になり、ゴールデンルート(羽田→東京→箱根→名古屋→京都・奈良→関空)以外の観光スポットが注目されている。

 また、そのことにより、リピーターも増えている。具体的には、台湾の10人に1人は訪日しているというデータもある。

④ただし、ニホンの「おもてなし」には残念な点が多い。人と人とのコミュニケーションの問題と、環境設備の問題とに大別されるが、1.外国語のサービスが少ない、2.飲食店のシステムや食べ方がよくわからない、3.飲食店の値段と分量、4.過剰包装、5.対応に柔軟性がない、6.土産物屋が少ない等、が主に挙げられる問題点である。

 また、日本人の外国人に対する(してはならない)反応として、迎合型と無視型があるが、最近の傾向として、1.コミュニケーションを図ろうとしない、2.会話にトライしない、3.目を合わせようとしない、4.無表情であるといった指摘が、外国人観光客より多く寄せられている。

⑤特に伸びている市場を挙げると、やはり中国である。2014年の調べでは、観光客数こそ台湾・韓国に次いで3位だけれども、買物消費額は一人当たり13万5千円弱とダントツであり、今年は約19万円であるとの報告もある。その購買欲を喚起し、気持ちよくお金をつかわせる取り組みを図ることが急務である。

熊本県にかんしていえば、観光資源が豊かである一方、工夫がない。観光資源が豊か過ぎると言い換えてもいい。外国人観光客のニーズや嗜好に合わせた、見せ方やアピールが必要である。

 そのためには集客だけにとどまらず、また、自社だけで取り組まず、地域をあげて取り組む姿勢、全業種/全地域における戦略が必要になってくる。集客だけ、語学対応だけでは足りない。SNSでの情報発信や、口コミによる広がりは無視できない。ALL 熊本で、訪日外国人(インパウンド)対策を行おう。

 

「熊本は、観光に必須な5つの要件、食・自然・文化・宿泊・交通のいずれもが揃っている、すばらしい観光地です。熊本に来てよかった、また来たいと思わせるような、おもてなしを身に着けるため、11月から2月まで、計12回の講習を予定しています」

 講師はそう言って、蹴りだしセミナーを締めくくった。

 

 駆け足で受講したセミナーの概要を記した。しかし、ぼくがほんとうに興味深かったのは、本講義のあとに行われた、複数の参加者からの質疑である。

「先生にお伺いしたいのは、販売エリアの棲み分けについてです。参考資料にある銀座三越の免税サービスについて、日本人のお客様と、外国からのお客様の売り場を、どのように振り分けたのかを知りたい」

「導線やレジの配置を工夫しました」

「たとえばロープウェーに外国人客が10名、日本人が1名、乗っていたとします。車内はガヤガヤとうるさい。そうした場合『お静かに』といったシールや張り紙を貼れば、解決するんでしょうか?」

「張り紙等はじつはあまり効果ないのです。大陸のお客様の場合、とくにその傾向があります。『誰かには注意してるんだろうが、自分には注意されていない』と解釈しがちなんですね」

「たとえば、韓国からのお客様は、勝手に飲食物を持ち込む、中国からのお客様は食べ散らかす。習慣かもしれないが、どういった注意をすればいいのか?」

「お客様それぞれに対して、そのおこないはダメ、禁止されていますと、きっぱり説明する以外ないですね。それを億劫がっていては、ほんとうのおもてなしはできません。

 箸が持ちづらいからといって、フォークやスプーンを出す必要はありません。箸の持ち方をきちんと説明してあげることが大切です。つまり、外国人のお客がいらっしゃったからといって、“Welcome”と挨拶する必要はありません。『いらっしゃいませ』でいいのです」

 

 さて、この一連のやりとりを聞いていて、ぼくは首を捻った。

 その内向きな意識を払拭しないかぎり、いくらセミナーを受講しようが、とてもじゃないが「おもてなし」は達成できないんじゃないか。解決すべき問題と、個人的感情の弁別がついていない気がする。コミニュケーション不足が課題であるのに、コミニュケーションを回避する方向に思考が向かうとは。

 質した方々は、それぞれの体験をもとに、切実に問われたのであろう。中国や韓国から来たお客様のあしらいに、頭を悩ませた苦みが、ことばの端々から痛いほど伝わってくる。ただ、その「困っている」要素の大部分が、ぼくには今の社会の実相を反映したものとしか思えないのだ。すなわち「嫌」に根ざした排外の感情。

 ときの政権が、中国や韓国を仮想の敵に見立て、マスメディアが旗を振ってそれに応えるという目下の状況が、人心に影響し、アジアからのお客様を素直にもてなせない理由になっているのだとしたら、事態は深刻である。

 政府は、ことあるごとに歴史問題や領土問題で中韓との緊張関係を演出している。その一方で、訪日してくれる観光客をもてなせという。ダブル・スタンダード以外の何ものでもないではないか。それは、ののしりあいながら握手しろと言っているようなものだ。

 もしも、日本が観光立国を目指すなら(それは2001年小泉内閣時の「ビジット・ジャパン・キャンペーン」に端を発するが)、ただ、来てください歓待しますよと誘致するばかりではダメなのだ。一方の外交がスムーズに連動していないと、もてなしたい気持ちはどうしたって屈折したものになる。

 質疑者の一人はこう洩らした、「大勢の外国人客が来ることによって、数少ない日本人の客足が遠ざかる。私はそのことを危惧しているんです」と。

 私たちは岐路に立っている。大挙して訪れる外国人観光客を厭うか、それとも受け入れるのか。

 じつは、答えは決まっている、生き残るためには受け入れるしかないのだと。そして受け入れるからには、それ相応の決心も必要なのだと。異文化に、習慣の違いにアレルギーを起こしている場合ではない。その段階はとうに過ぎた。いくら拒んだって、かれらはやってくる。観光資源の豊富な日本を観て、楽しむために。

 そのとき、日本人の好きな、伝統的な古きよきニッポン像は、変質してしまうのかもしれない。けれども、それを怖れているばかりでは、真に伝えたい日本のトラディショナルな領域にまで、たどり着いてはくれまい。まずは「嫌」という負の感情から解放されること。そこから始めなくちゃ、「おもてなし」なんて到底覚束ない。

(註:この問題は今後より深く掘り下げてみたい。たとえば、自然環境を守れ・美しい山河を汚すなといった純粋な思いが、しばしば、他所者は語るな・出ていけという排外の主張にすり替わるケースがあるけれども、その心理的メカニズムについて。)

 

 

 これから先は本筋から外れるよ。

 ぼくも、これからは観光しかないのかな、と思うときがある。ない頭を絞って考えてみても、この先、市場が賑わうような産業が勃興するとはとても思えないし。だけど、こんなぼくとて、住まう郷土が没落していくのを、ただ指をくわえて眺めていたくはない。自分がたまたま、観光と近い職種に従事している関係もあって、最近ではとみに、「誰かを此処に招待すること」を意識するようになった。

 もし、関東や関西にいる友だちが来熊(ライユウと読むのです、念のため)したら、さてどこへ連れて行こう? ベルリンやグアテマラの友だちに勧めるとしたら、どこを案内しよう? そんなことを考えるのは愉快だし、気づけばいつも意識の片隅に置いている。

 昨日(10月27日)は八代に行った。熊本で二番目の人口を持つこの街は、なぜだか自分と縁が遠かった。知り合いはいないし、最後に行ったのは87年ごろだったか、矢野顕子の「出前コンサート」をリュウジと観にいって以来だ。

 どうして八代へ行こうと思ったか。それは、八代市立博物館未来の森ミュージアムの特別展覧会、『交流する弥生人』を観るという目的があったからだけれども、ほんとうのきっかけは、ツイッター絲山秋子さんのツイートを目にしたからだ。

 絲山秋子さんは、ぼくがもっとも好きな作家のひとりで、『イッツ・オンリー・トーク』や『海の仙人』なんか、もう何遍も読み返したものだ。短編でも『アーリオ・オーリオ』なんか、涙が出るほど好きだった。ま、これが証拠だ。

 イワシ タケ イスケ(@cohen_kanrinin)/「絲山秋子」の検索結果 - Twilog

 で、絲山さんの小説って、『逃亡くそたわけ』みたいな、ロードムービー的な作品が多いのね。クルマを走らせるシーンが、やたらと印象的な。それを思い出したら、もう矢も立てもたまらなくなって、よし今日はドライブするぞと決心したんだ。

 八代で、国宝の「桜ヶ丘4号銅鐸」をはじめとする各地域の遺物を観ながら、集落と集落・クニとクニ、半島や大陸との交流に思いを馳せたり、町名表示が見当たらなくって狭い路地をさまよいながら探しあてた老舗の「角萬」で正統派のラーメンを食べたりして、このまま帰るのももったいないかなって、日奈久(ひなぐ)温泉まで足を伸ばした。

 海沿いの町日奈久は、鄙びたというよりも寂れたという形容が当っているような温泉街で、評判のよい松の湯は休業だったし、風格ある老舗の金波楼(※下掲記事参照)はボイラーの修繕中だとかで立ち寄り湯は叶わなかったので、公営浴場の東湯へ行った。写真を見てもらえばわかるけど、こんなボロい(失礼)外装で、一瞬入るのをためらったけれども、番台の女将さんが手招きしてくれたし、入ったら地元の旦那衆が、余所者のぼくにこんにちはとか、お先に失礼とか声をかけてくれるのが、なんか嬉しかったなあ。これぞまさに「おもてなし」だよ。客に気を遣わせないで、いい気分にさせてくれる。じゅうぶん温まって、お風呂から上がったら、肌がすべすべになっている。こりゃあ皮膚に効くぞって直感したな。またもや、つげ義春のヨシボーみたいに「誰かに教えたく」なっちゃった。

 復路は松橋と宇土の間の、旧国道3号線は嫁坂にある骨董品屋みたいな喫茶店「寿限無」で、物憂いジャズヴォーカルを聞きながらコーヒーをすすってた。さて帰ろうとレジの傍にある棚に目をやると、石斧やら銅鏡やらの遺物が陳列されている。ぼくが店主に、今日は八代の博物館で銅鐸や土器を観てきましたよ、可愛らしい小銅鐸を見てたら欲しくなっちゃったと告げたら、それから古代遺跡の話で意気投合、しばし盛りあがった。

 昨日はそういう休日だった。低予算で目一杯楽しんだ。今日受講したセミナーで、「いかに中国人観光客からたくさんのお金を」みたいな話を聞きながら、ぼくは安あがりな小旅行を、牛みたく反すうしていた。

 それもこれも、旅情をかきたてる絲山秋子さんの文章を目にしたからだ。 

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  Hinagu Onsen Public Bathhouse “Higashi-yu” ¥200

 

 観光大使なんて柄じゃないけど、ぼくは紹介屋を自認したいね。こんな穴場がありますよって、誰かれに伝えたいもの。そうだ、みんながみんな、観光大使になっちゃえばいいんだ。今日の講師の説明によれば、さいわい熊本は観光資源に恵まれすぎているらしいから、教えたくなるような場所の発掘には事欠かない。どんな最果ての町にも文化的な側面はあるし、そのお宝を発見するのが観光のおもしろさなんじゃないかな。

<カーナビもなければ、ETCも利用しない。GTSを搭載しないクルマで、迷いながら、知らない道を走るのが趣味。>

 まずは率先して愉しむこと。次に、その愉しみを誰かと分かち合うこと。てんで戦略的ではないし、きわめて個人的な活動なんだけど、それがぼく流の「お も て な し」。

 Repeat(er) after me!

 

 

 

 

 

【参考までに過去記事】  

kp4323w3255b5t267.hatenablog.com

 

【参考までに類似記事】  

crea.bunshun.jp

 これは先日(2016年1月)なじみのカレー屋さんに教えてもらった『CREA』の特集記事だが、なるほど言われてみれば、ぼくが秋に辿った道と似ているな。もっとも世界のムラカミハルキ、さすがに文章は達者だし、添えられた写真もすばらしい。下通と新市街を結ぶ小路地の本屋さん橙書店での朗読会に始まって、荒尾万田坑にも足を運んでいるし、ぼくが登れなかった金波楼にも宿泊したようだし、いや、結構なエッセイである(イヤミじゃないよ、ぼくは村上春樹を凄い作家だと思っているから)。バックナンバーを探して読んでみたって損はない。クマモトの魅力を多角的に捉えた、すぐれた観光案内でもあるから。