① とある駅の無人駐車場は、20分間無料だった。ぼくはそのあいだに昼飯を済まし、さてクルマを出発させようとしたところ、右側の後輪にひっかかりがあった。あわてて停車して確認したところ、例のジャッキみたいな鉄板が、ゆっくりと下りているところだった。時計を確かめると20分ぴったり。たぶん、ちょうど20分経過したので板が上がりはじめたが、その前に通過してしまったので、ふたたび下りたのだろうと判断した。しかし、どうも決まりが悪い。コインを入れる機械のところに赴いて、停車していた番号のボタンを押して100円を入れようと試みた。が、機械に反応はなかった。つぎの予定が迫っていたので、後ろ髪を引かれつつも駐車場をあとにした。けれども駅舎にいる誰かにひとこと断っていたほうがよかったかなと、後々まで気を揉んだ。
② 帰宅途中に異様な光景を見た。道路の両側の歩道に、迷彩服を着た隊員たちが、2, 30名ほど歩きながら車道の路肩や歩道脇の草むらに視線を落としている。ヘルメットの下に宿る眼光は鋭い。いったい何事だろう、なにか探しているみたいだけれど、とぼくは訝しんだが、そのことはすぐに忘れてしまった。
ところが、翌朝の通勤路にも同じ光景に出くわした。隊員たちの口もとに綻びはなく、頬は硬く引き締っている。昨日の夕方よりもいっそう深刻な面持ちである。この道路の近くには駐屯地があり、さらに北へ向かうと演習場がある。その道すがら彼らはなにか落としたのだろうか?ともあれ、住宅地の朝にはあまりにも似つかわしくない、剣呑な雰囲気だった。
この間まで隊員だった方に話をうかがった。すると彼は、ああそれは、と頷いた。
「落し物ですよ。無くしてはならないもの。たとえば薬きょうだとか。一個でも数が合わなければ、捜索するはめになる。そりゃあ懸命ですよ。市民の安全がかかっているもん。もし誰かに拾われたらマズいでしょ?必死で探すんです」
「でもそれって、見つかるもんなんですか?」
「くまなく捜索した挙句、発見されなかった場合、なんらかの処分が下されますね。私の在任中にもありました。ひと月探しても見つからなかった。その、ひと月探したという事実が、かりに処分を下す際にも、必要になるのです」
彼らの真剣な面持ちが脳裏によみがえった。そしてぼくは、ツイッターにリアルタイムで投稿するような愚かしい真似をしなくてよかった、と思った。ちなみに、この捜索の様子は何人もの市民が目撃している。同僚も「あーそれ見た」と言っていた。
③ これも帰宅途中の出来事である。最寄りの銀行のATMコーナーのベンチ椅子に落し物らしきものがあるのを視界の片隅に捉えた。そばに寄ってみるとキーホルダーとカードが置いてある。ATMでの用事を済ませたぼくは、すぐさま立ち去ろうと自動ドアの外に出た。が、いやまてよと思い直した。ぼくが椅子のそばまで近づいて、置いてあるものをのぞきこんだ様子は、防犯カメラがしっかり捉えているはずだ。不審に思われてはかなわない。ぼくはATMコーナーに引き返し、シャッターの傍にある通用口に設えられたインターホンのボタンを押した。すみません落し物があるみたいですよーと言いながら、二、三度ボタンを押してみた。が、返事はナシ。時間外とはいえ行員は一人も居ないのだろうか?と途方にくれていると、ぼくと同じ年頃の女性がATMコーナーに入ってきた。
ぼくは意識的に大きな声で、彼女に話しかけた。
「あのー、ここにあるコレって、落し物ですよね?」
「あらホントだ。何かしら?カードと、キーホルダーよね。鍵はついてなさそうだけど」
「ぼく、さっきから何度も呼びだしているんですが、中にどなたもいらっしゃらないみたいで……」
「でも、このままにしておくほうがいいと思うわ。きっと行員の方が、あとで保管するでしょうし」
「ですよねー」
この(わざとらしい)やりとりの一部始終が、しっかりとカメラに収められていますようにと祈りながら、ぼくは銀行をあとにしたのである。
Tree Frog. 跳ばないアマガエル。
こうやって書いてみて、つくづく思うんだが、どうしてぼくはこんなにも小市民的なんだろう。小心者の自分がホトホトいやになる。心配性もここまでくると困りもので、精神の縮こまった感じがする。もっと堂々と生きていたい、何者にも臆することなく。
ま、半分は気の持ちようなんでしょうが。
プリファブ・スプラウトの「キング・オブ・ロックンロール」を貼ろうかと思ったが、
YESのベーシスト、クリス・スクワイアの逝去を悼んで、唯一のソロアルバムを掲げておく。