鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

『河童の夢』 2011年08月20日

 

 

 昨日、三年前に夢で見た話をTwitterに連投したことを、ふと思いだし、Twilogで「河童」と検索をかけて、ひっぱりだしてみた。前エントリの続編です。併せてお読みください。

 

 2011年08月20日(土)

f:id:kp4323w3255b5t267:20141003153838j:plain(当時アイコンに使っていた写真)

イワシ タケ イスケ@cohen_kanrinin

 他人の夢の話ほど退屈なものはない。と三島由紀夫はいったが、今朝がた見た夢は、あまりにも奇妙なものだった。退屈かどうか、みなさまに判断してもらうことにしよう。ぼくの見た夢、それは芥川龍之介よろしく、喋る河童が登場するのである……

posted at 10:41:42

 

1)通りを隔てた邸宅の庭にある池に、大きな亀がいるそうだ。近所の子どもらが口々に、スゲーでかッと喚いている。つっかけ履きで忍び寄って、恐るおそる覗いてみると、陸亀だか草亀だか知らんが、φ45cmほどのオリーブ色の甲羅に覆われた立派な亀が、悠々と泳いでいた。

2)しばらく眺めていると、亀は泳ぐのをやめ、池のほとりによじ登った。すると亀の甲羅がみるみるうちにせりあがって来、ドーム型の形状になった。 そしてその甲羅の下から、指先に水かきの備わった手足が、ニョキニョキと生えてくる。取り囲む人々が固唾をのんでいると、

3)甲羅のくぼみから特徴のあるくちばしが覗き、続いて濡れた藻のような髪と、皮をむいたキュウリのような色をした皿が現れた。どう見てもこれは、紛うことなき「河童」である。この夏の昼下がりに起こった非現実的な現象に、誰もが対処できぬまま、ことばを失っていた。 

4)「やれやれ、とうとう見つかっちまったか」と自嘲気味に河童はつぶやいた。甲高い声がうつろに響いた。「亀に化けて、のんびりしていたかったんだが……しかたない。もと居たところへ帰るとするか」。そしてあたりをぐるりと見渡して「××川まで、どのくらいだ」と訊いた。

5)2kmぐらいだ、と誰かが答えた。通りの次の角を曲がって、ひたすら東に向かって歩くと、栄橋のたもとにたどり着く。大人の足で30分はゆうにかかる距離である。「2kmか。ちと遠いな」と河童は独りごちる。「しかたないや。歩いてゆこう。干からびてしまわないうちに」

6)河童は池にきびすを返し、通りをすたすたと歩きはじめた。河童の背後を老若男女の人間たちがぞろぞろとついていく。誰もなにも言わない。喋ってはいけないような雰囲気が漂っている。熱気をはらんだ風が通りを吹きすさぶ。茹だるような暑さのなか、沈黙の集団が進む。

 7)「おい、そこのメガネ」。河童は唐突にひとりの男を指さす。「あんたは、市の職員だろう?」と問いかける。のび太くんを大人にしたような、市のマーク入り作業服を着た男が、せわしなく肯く。河童は意地悪な口調で「なあ、この事態にどう収拾をつけるつもりだ」と訊ねた。

 8)「えーあのー、私どもと致しましては、事故に至らぬよう、市民の安心・安全を最優先に考え……」しどろもどろで職員が答えると、「ひき続き見まもり続ける所存ですってか」と河童はせせら笑う。そして「河童の安心・安全は、どうだっていいんだな」と愚痴って見せた。

 9)「いえ、そんなことは……私どもは、いえぼくは、河童さんの無事を、こころよりお祈り申し上げておりますし……」市職員は、やっとの思いでそう答えた。「××川にお帰りになるまで、責任を持って見届けますので、何卒、どうか、よしなに……」消え入りそうな声である。

 10)「わかったよ」と河童は舌打ちをし、「べつにあんたをいじめたいわけじゃない。どうせ××川の管轄は国土交通省なんだし……」と専門的な知識を披露した。「ただ、日本の治水事業はいったいどうなっておるんだね? そうは思わんか、ええ?」といたって意気軒昂である。

 11)「ところでさ……」と河童はにわかに声を潜める。そして市職員の後ろに位置どったぼくに、鋭い視線を差し向けた。「そこにいるイワシさんよ。あんた最近、ツイッターに夢中なんだそうじゃないか。なんでも暇さえあれば、ツイートしたがってるって、もっぱらのうわさだぜ」

12)いきなり話を振られたぼくは、焦り、うろたえた。なぜ河童が、ぼくの名前を知っているんだろう。そしてなぜ、最近ツイッターに興じているという、ぼくのプライバシーを関知しているんだろう。背筋に冷たいものがツーッと走る。夏の盛りだというのに、ぼくは震えた。

13)「河童はなんでも知ってるんだよ。市民の日常なんざ、ぜんぶお見通しさ」芝居がかった口調で、ぼくを睨めつける河童。「そんなことはどうだっていいんだ。それよりさ、こんなにおいしい話題、あんたはただ傍観しているだけなのかい? 河童だぜ、河童が実在してるんだぜ?」

14)「“河童なう”。いまこれをつぶやかなくて、なにをつぶやくってんだ。実況ツイート、ただちにやるべきなんじゃないの?」河童はぼくの眼前にグッと詰め寄って、「違うか?」と、青臭い息を吐きかけた。

15)「河童なうって……」ぼくはやっとの思いで反論を試みた。「そんなツイートしたら、信憑性、疑われちゃいますよ。デマだ出鱈目だ何だって。せいぜいあなたの作り話・フィクションでしょってからかわれるのが関の山で、とにかく誰も信じようとはしないでしょうね」

16)ぼくの返答に河童は笑った。いや、笑ったような気がした。河童は無表情だから、笑ったという確証はどこにもない。ただ、くちばしの端がわずかに歪んだように見えたのだ。

17)「だからさ。いま・まさに・ここでツイッターの存在意義が問われているんだよ。即時性、それと表裏一体の信憑性がね、試されている」河童は口を大きく開く。くちばしの奥の、歯のない口腔が丸見えだ。「“河童なう”は、まさにツイッターの試金石となるはずだ。さあ、」

18)「いますぐ現場ツイートだ。ネタは山ほどある。提供してやるぞ。すぐさま情報を拡散・共有させてみろ。河童かく語る、そのとき河童はこう動いた……」興奮してきた河童は、キューっという奇声を発した。イヤなに気持ち悪ーいと、女性の野次馬たちが後ずさりした。

19)「残念だけど河童さん。ぼくにそんな影響力はないよ。ぼくのフォロワーは約200人。河童なうに注目する人は、おそらくほとんどいやしない。それに……」ぼくはくちびるを噛みしめた。「だいいち即時ツイートするツールがない。ぼくは自宅のPCからしか送信しないから」

20)ぼくはそこで口を噤んだ。河童も二の句が告げられないでいた。しばらくジリジリととどまった時間が続いた。河童を先頭とする無言の集団が、川に向かって、のろのろと進んでいくのみだった。

21)すると、のび太くん似の市職員が、ぼくに語りかけた。「よかったら、これを使ってください」と、真新しいスマートフォンを差し出して。「買ったばかりで、まだ要領を得ないけど。これでツイッターを送信できます。河童さんの言うとおりだ。これをつぶやかない手はない」

22)「いま、まさに、ここで起こっていることを、覚え書きでもいいから、誰か書き残しておくべきなのです。でないと、ぼくたちがここで見たもの、ここで経験していることがらが、それこそすべて、夢まぼろしになってしまう」

23)「これは実際に起こった出来事なんだということを、どうか記録してください。あとで読み返してみて、ああそうだった、河童のやつ、そんなこと喋ったよなあって再確認したい。ここに集まっているみんなも、そう思っているはずです。なぜならイワシさん、あなたは……」

24)「ここに居合わせた、唯一のメディアなのですから」市職員は、ぼくの掌に、しっかりとスマートフォンを託した。「“河童なう”、連続で送信してください」と言って。ぼくは思わず周りを見渡す。と、河童とぼくらの背後にいたひとたちが、みな一様に、うんうんと肯いていた。

25)「唯一のメディアって、んな大げさだよまったく」河童はケ・ケ・ケと声を立てて笑った。が、声の調子にさっきまでの揶揄は影を潜めていた。「というわけで、イワシさんよ。いままでのいきさつを含めて、実況ツイートしてくれよ」と河童は朗らかそうだった。

26)そして河童は青空を見あげて、誰に告げるでもなくつぶやいた。「ああ、それにしても、のどがからからだぜ。それに皿の水が干上がっちまいそうだ……」

27)すると、ぼくの傍らにいた少女が、河童に向かって、500mlのペットボトルをおずおずと差し出した。だが、河童は気づかない。ぼくが促すと、少女は決心して、「河童さん、お水をどうぞ」と、せいいっぱいの声を張りあげた。

28)「おお、お嬢ちゃん、ありがとう」ようやく気づいた河童は、満面の笑みを浮かべた(ように見えた)。「遠慮なくいただくよ。もっともミネラルウォーターは、あんまり好みじゃないが……」と憎まれ口をはさみつつ、頭の皿に水を振りかけて叫んだ、「ああ、生きかえる!」

29)通りの真ん中で立ち停まって、河童は頭の皿に水を注ぎかけていた。彼の視線の向こうには、陽炎に揺らぐ栄橋のたもとが見える。××川までの距離は、あとわずかだ……

 

イワシ タケ イスケ@cohen_kanrinin

 ……ここで目が覚めた。以上、これがぼくの今朝がた見た河童の夢です。奇妙な夢だったので細部までよく覚えていた。寝ているあいだ、ぼくは退屈じゃなかったけれど、じっさい文字に起こしてみると、やっぱり少し退屈でしたね。

posted at 10:49:32

 

 3年も経つと、さすがに少し時代を感じる。当時スマフォはまだめずらしかったし(少なくともぼくの周辺では)、Twitterは改行ができなかった。

 この連続投稿、あたりまえだがほとんど反響がなかった。当時200余名だったフォロワーのみなさんは(タイムラインを独占されて)さぞや迷惑だっただろう。けれども反応してくださったかたが、ひとりだけいた。ぼくはそれだけでも、ずいぶん励まされた。

 以下はそのときの返信。

 

 2011年08月21日(日)

@___さん。「河童の夢」を読んでいただいたうえ、タイトルまでつけていただき、ありがとうございます。朝めざめて、いま見た夢を忘れないうちに書いておかなくちゃと思い、走り書きした文章をそのままtwitterに流しこんだのです。読みかえすと恥ずかしかったです。

posted at 01:26:10