鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

ドラムメジャーの少女

 

 
北の方へ行ったら お祭りがあるだろう
真っ直ぐな目をした 少女に会えるだろう
彼女にあったら よろしくと伝えてくれ
あの娘はまったく おれの真実だった
 
 
 
責任感の強い子だと 教師はいった
ありとあらゆる面で リーダーに相応しいと
紹介されたとき 少女ははにかんで
そんなんじゃないですと 控えめに答えた
 
放課後の音楽室は 午後4時には暗かった
撥打ちから基本動作から 徹底的に鍛えた
ドラムメジャーの少女は おれの傍で
仲間たちの一挙手一投足を 見守っていた
 
みんなが帰ったあと 個別で指導した
指揮杖の扱いや 号令のかけ方を
決して器用ではなく 覚えもよくなかったが
翌週にはきっちりと 課題をマスターしていた
 
大会までの日程に 余裕がないからと
教師や関係者は 案じていた 焦っていた
リーダーの責務は 日増しに重くなったが
つらい態度は おくびにも出さなかった
 
だが 大会まで一週間を切った日のこと
帰りしな教師は おれに相談した
あの子が弱音を吐くなんて よっぽどのことなんです
しかし 外部からきた指導員に なにが言えるだろう
 
東北新幹線のドアに もたれかかって
少女の抱える悩みを おれは考えていた、が
解消する手だてを おれは持たなかった
コースタイルの指導書には 書かれていないこと
 
 
 
大会当日のバンドは活気に漲って
子どもらしい笑い声が バスの中に溢れていた
ほら見て! 外国の選手があんなにいっばい!
みんなの輪の中で 少女も笑っていた
 
国際大会の 開会式セレモニー
秋篠宮と紀子さんが 出席する祭典
見てごらん 司会を務めるのはスーパー仁くん
きみたちのパレードで 式は幕開く
 
入口で出番を待つ 子どもたちに交じって
会場の雰囲気に 浮かれていたおれの
背後から 先生、と呼ぶ声が聞こえた
振りかえると少女の 不安げな面持ちだった
 
控え室の ベンチ椅子に掛けさせ
どうしたんだい?と穏やかに訊ねた
緊張を解きほぐす 手だてを考えていた
動揺しているとばかり おれは思っていた
 
少女はうったえた、あのね先生
ブーツが硬くって おまけにサイズが合わないの
足の先が痛くて 真っ直ぐ歩けない
これでいけるかどうか 確かめてください
 
少女はブーツを脱いで 靴下も脱いだ
まっしろなふくらはぎと 素足が現れた
つま先は血でにじみ、肉刺が潰れていた
触ると痛いといって 眉根をしかめた
 
責任感の強い子ですと 教師はいった
リーダーは頑張りやさんと みんな認めていた
しかしその任の重さが 一点に圧しかかり
少女の柔らかなつま先を 赤く染めたのだ
 
 
おれにできることは しごく限られていた
ハンカチで傷口を拭い 引き裂いて足指に巻いた
包帯がわりだよ 痛いけど我慢しな
あと10分で 本番が始まるのだから
 
ああなんという 残酷なことばだろう
傷を負った少女の 目をのぞきこんだおれは
もうちょっとの辛抱だ だから頑張れ、と励ました
もっとも嫌いなことば 頑張れ、を口にした
 
すると少女は こくりと頷いた
先生ありがとう もうだいじょうぶ
挫けそうになってたんだけど こんなの平気だよ
なんたって今日は 晴れの舞台だもんね
 
ブーツのファスナーをあげて スックと立ちあがり
満面の笑みを浮かべて 敬礼をしてみせた
おれもそれにつられて 慌てて返礼をした
ロッカールームにふたりの 笑い声が響いた
 
アリーナへ向かう通路で 少女は袖を引き
先生サイタマって知ってる? と唐突に訊ねた
知ってるよ
 どんなとこ?
  モリオカより都会だね
ウチのおとうさんね いまサイタマにいるんだよ
 
先生、先生は ちょっぴりおとうさんに似てる
先生よりちょっと 歳とってるけれど
横顔の感じが どことなく似てるの
あたし今度の春休み 会いにいくんだよ!
 
告げると少女は おれを追いぬいて
ものすごい勢いで 通路を駆けぬけていった
ドラムメジャーの 引き締まった表情で
仲間の待っている 光満ちあふれた場所へ
 
 
 
北の街へ行ったら お祭りがあるだろう
真っ直ぐな目をした 少女に会えるかも
彼女にあったら よろしくお伝えください
あの娘はまったく 真実を語っていた
 
 
 
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   註: ドラムメジャー → マーチングバンドを統率する役割を担う。指揮者。
 
   註: コースタイル → アメリカの軍楽隊を発祥とするマーチングスタイル。