鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

カレンに花束を!

 


The Carpenters Live At The BBC 1971 (Full Show ...

 

 2月4日は、カレン・カーペンターの命日だったので、ぼくのTwitterのタイムラインには、カーペンターズについての思い出を語ったり、ユーチューブの動画を掲げたりする投稿が多かった。ぼくも年に一回は、カーペンターズがむしょうに聴きたくなる期間があるので、いろんな画像や音源をサーフィンして、少ししんみりしたり、大いに元気づけられたりした。

 中学生の時分、日本でのカーペンターズ人気は最高潮に達していたが、ぼくはさほどカーペンターズが好きではなかった。とりすました感じ、品行方正な坊ちゃん嬢ちゃんのイメージがつきまとってい、聴いていて気恥ずかしく感じていたのだ。そのうちぼくはハードロック、プログレッシブロックの奔流に呑みこまれてしまい、カーペンターズのことなど、いつの間にか気にしなくなっていた。

 そのうちカレンは亡くなり、カーペンターズは活動をやめ、ぼくはぼくでバンドをいくつか作っては壊し、人よりかなり遅くに就職した。

 ある日、酔っ払ってタクシーに乗った。深夜2時過ぎを回っていたと思う。運転手の点けたラジオから、「シング」が聴こえてきた。♪ラーララ・ララーラ……。ぼくは中間部の転調から子どものコーラスが入ってくるあたりで、不覚にも泣いた。

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 莫迦。おれはこんな凄い音楽を今のいままで見逃していたのか!

 

 それからは一気呵成。オリジナルアルバムの数々を翌日には買い求めていた。10年ぶりの邂逅。いままでの遅れを取り戻そうと、むさぼるように聴いていた。20代半ばのころ。

 それからカーペンターズは、ぼくの音楽地図のなかでも、とくべつな場所に位置している。いつ聴いても発見があり、いつ聴いてもこころ満たされる。

 多くを語るつもりはない。

 ただ、ひとつだけ声を大にして言いたいことがある。

 

 カレン・カーペンターは素晴らしい歌手であると同時に素晴らしいドラマーだった。

 

 このことはいくら強調しても、しすぎることはないと思う。

 うそだと思うなら、冒頭の映像『The Carpenters Live At The BBC 1971 (Full Show)』の、16分20秒あたりから始まる「バカラックメドレー」を、どうぞご覧ください。カレンの歌声と、カレンの叩くドラムを。単体でもすごいのに、併せ技となると、もうなんにも言えない。ただただ圧倒される、音楽の密度に、自然さに、しなやかさに。

 歌うようなドラムとは、まさにこのことである。 

 

 かつて、(詳細は忘れたが)米音楽業界の重鎮が、テレビでドラムを叩きながら歌っているカレンを観るなり、やおら某所(A&Mだったと記憶する)に電話を架け、こう叫んだという。

「なにをやっているんだ、ステージの後ろに引っ込んでるこの娘を、ドラムから引っ剥がすんだ。彼女は前に出て歌うべき逸材だ!」

 その鶴の一声によって、彼女の運命は大きく変わっていった。フロントに立つようになって、カレンは一流の歌手として大きく飛躍した。指摘したその重鎮は慧眼だったかもしれないが、ぼくはちょっと恨むな。

 

 カレンのドラムをてっとり早く堪能したいなら、「カレン・カーペンター:キックアス・ドラマー」という(身もふたもないタイトルの)映像がいいだろう。ぼくの好きなトゥナイトショーの「ミスター・グーダー」も入っているし、ティンパレスからメロディタムまでを叩きまくる「ドラム・ワークショップ」までを一望できる。

 76年アムステルダムでのライブを見てごらん。「カレン、ザ・ドラマー」がどのようにショーの中で機能していたかがわかるだろう。25分過ぎの「ピアノ・ピッカー」から。(音質・画質はあまりよくないが)

Carpenters - Live in Holland (1976) - YouTube

 日本公演での「ミスター・グーダー」もみつけた。 音質・画質とも申し分ないし、なまじのプログレよりもよほどプログレッシブだぜ。

www.youtube.com

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 それにしても、この娘はなんて嬉しそうにドラムを叩くんだろう。

 スティックからマレットにすばやく持ち替えて、シンバルロールで曲を締めくくるときの彼女の表情をみるがいい。しんそこ幸せそうじゃないか。

 そうだ、それでいいんだ、音符とあなたは、相思相愛だ。

 カレンは音楽を愛し、音楽はカレンを愛した。

 カレンに花束を!

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【追記】

  BBCのこの映像を観て、マイムではないかと訝しがる向きもあろう。確かに「ヘルプ!」ではハモンドの音が聞こえるのにリチャードはウーリッツァ(製エレクトリックピアノ)を弾いていたり、あの人数ではとうてい再現できるはずもない、ぶ厚いコーラスが聞こえていたり、する。

  まあ、ぶっちゃけて言うと、これは予め録っておいたテープに合わせて、歌ったり弾いたりしているのである。だから、あて振りではないかと言われれば、そうですねと返すしかない。確かBBCの放送基準は、BBCで制作したオリジナルの録音物を使用することになっているはずだ(例・ビートルズBBCシリーズなど)。そうするとこれは、この番組のために制作されたオリジナルな音源だと思われる。ただし、下敷きとなっているのは、レコードとして発売されたマスターだろう。そのコピーを元に、各トラックの抜き差しがなされたものだと想像する。

(例えば「愛のプレリュード」におけるドラムのフィルインなどは、ハル・ブレインが叩いているレコードの演奏とは明らかに違う。この映像で演奏しているツアー要員のドラマーが叩いているのだろう、たぶん。)

  でも、まあ、そんなのどうだっていいことだ、ぼくにとって。 それがマイムだろうが、打面を軽くなぞっているのだろうが、べつに構いはしない。カレンがセットに座って、スティックを操りながら歌っている、この事実だけでぼくは満足なんだ。

  だって、カレンはドラムを叩けるもの。

  本物と偽物の区別くらい見分けがつくさ。なぜならぼくは、打楽器を専攻していたからね。彼女のスティックコントロールが、ルーディメントに基づいたものだと分かるんだよ。彼女のテクニックは、しっかりとした基礎に裏打ちされているんだ。

  蛇足だけどね、いちおう断っておきました。

 

 

【さらにつけ足し】

 ベスト盤『40/40』(萩原健太氏のライナーノートが秀逸)のクレジットによると、カーベンターズの代表曲でカレンがドラムを叩いているのは以下の録音。

「イエスタデイ・ワンス・モア」

「涙の乗車券」

「ラヴ・イズ・サレンダー」(大好き!)

「マスカレード」

「プリーズ・ミスター・ポストマン」

「シング」

 他は初期のアルバムだと名手ハル・ブレインを、後期になると(「いとしのレイラ」でおなじみの)ジム・ゴードン、(70年代のエルヴィス・プレスリーのライブで叩き捲くっていた剛腕)ロン・タット、(M.J.の全盛期に起用されていた)ジョン・ロビンソンエド・グリーン、ラリー・ロンディンなどの一流ドラマーを起用している。このドラマーの選び方一つをとっても(アレンジャーとしての)リチャード・カーペンターの完璧主義ぶりがうかがえよう。

 なお、カーベンターズのボトムを一貫して支えたベーシスト、ジョー・オズボーン*は、「ドラムマガジン」誌のインタビューでこう証言している。

「ハル・ブレインは曲の後半になるとハシる傾向があったけど※ 、カレンはジャストだったよ。タイム感が抜群に安定していたんだ」 

※ もちろんハル・ブレインは押しも押されもせぬ名ドラマーであり、そのタッチは他の追随を許さぬ素晴らしいものだという前提あっての(相棒からの)発言。

 

* が、そのジョー・オズボーンも先日亡くなった(2019.02.04 追補)

www.udiscovermusic.jp

 

 

【またまた付足】

 先日バート・バカラックにかんする映像を探していたところ、カーペンターズのライブ映像がたくさんアップされていることを知った。これは、と思ったものをいくつか紹介しましょう(2016年7月1日)。

① The Carpenters - Medley of Burt Bacharach Songs 1970


Bacharach Medley-The Carpenters-Live

 記事冒頭のBBC制作とメドレーの構成は殆ど一緒だが、どこか大学のキャンパス(営舎かもしれない、男性の比率が多いので)で演奏したと思しきコレは、カレンのドラムを叩く姿がよくわかる、臨場感にあふれたカメラワークがより好ましい。「ウォーク・オン・バイ」のメロタム回しなんか、下からのアングルでカッコいいです。最初はおとなしく見ていた観客が次第に惹きこまれていく、リアルなカーペンターズに。

 

Carpenters Live at the The Talk of the Town 1974

 上の日本公演とほぼ同時期のロンドンでのライブ(カーペンターズビーチ・ボーイズ同様、イギリスでの人気が高かった)。リチャードの前振りトークもまったく一緒の「ミスター・グーダー」は、こもり気味の音質がちょっぴり残念だけど、ボブ・メッセンジャーのフルートの不調を補って余りある)カレンのドラムの切れ味が抜群で、アープ2600シンセサイザーを操るリチャードの手つきがよく分かる、秀逸な映像である。

Carpenters in Concert at the New London Theatre - 1976

 これはじっくりと腰を据え、全編通しでご覧いただきたい。「バンド」としてのカーペンターズの完成形である。音楽の密度が半端ではない。舞台構成のすみずみまで拵えが行き届いている。で言及した『メドレー(「ピアノ・ピッカー」からスタートしてジョージ・ガーシュインの楽曲にのせてカレンが数々の打楽器を演奏する)』は12分あたりから始まりますが、こちらの画像が音質も含めてきれいなのでお勧めです。しかし13分にもおよぶ後半のメドレーはどうだ! 自分らのヒットをバカラックメドレーのように俯瞰して捉えられるリチャードの構想力には脱帽するしかない。あと、「(バッハの「プレリュード」を前奏にあしらった)フロム・ジス・モーメント・オン(コール・ポーター作)」におけるカレンの歌唱力といったら……ときりがないので止めておくけど、この『ライブ・イン・ロンドン』を観ずしてカーペンターズを語ることなかれ。

 

 

 【併読されたし】

kp4323w3255b5t267.hatenablog.com