鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

ロバート・パーマーの余韻/ウィンウッド・フェリー&パーマー③

「ウィンウッド・フェリー&パーマー②」の続きです。

ロバート・パーマー

サクサクッと紹介しよう。世辞や追従は彼の好まぬところだろうから。ロバート・パーマーは前述の二人に比べれば知名度がやや劣る。が、私見では並び称されるべき英国人ソウル・シンガーであると思う。よく知らないかたは、ぜひこの機会に名前を覚えよう。

 

それにしても②のブライアン・フェリーが「ジョニー・アンド・マリー」をカヴァーしたのは嬉しい驚きだった。でも、ぼくはこの単調な歌がなぜ人口に膾炙したのかが未だに理解できないでいる。

いちいち挙げはしないが、ブライアン以外のカヴァーも多い。ただ「ロバート・パーマーは知らないけどこの歌なら知ってるよ」って英語圏の人はとても多い(らしい)。確かに忘れられなくなるメロディーだけど何処が魅力なのだろう。歌詞のドラマ性か? ロッド・スチュワートの「マギー・メイ」みたいなものか? そういやロッド、ロバートの「サム・ガイズ~」をカヴァーしてたなあ。

……と、このペースで書いていたら終わらないから、どんどん先に進もう。

元いたヴィネガー・ジョー(売れるみこみのないバンド名だ)を解散し、身軽になったロバートは、ローウェル・ジョージミーターズを起用し、サザン・ロック的アプローチで再出発する。初期のサウンドはいわゆる「クラシック」ロックファンにも耳なじみがいいだろう。リトル・フィートの秀逸なカヴァーを聴いてみようか?

 スティーヴ・ウィンウッドと同じ、アイランドレーベルに所属していたロバートだが、4枚目の『ダブルファン』で当たりをとる。レコードジャケットは初期3枚と同じく、スケベな写真だが。

ディスコで名を馳せたトム・モールトンのミックスである。なんともソフトでメロウ。そしてこのアルバムから全米ヒットが生まれる。元フリーのベーシスト、アンディ・フレイザーが書いた、人類の平等と調和を願う歌、「エヴリ・カインダ・ピープル」。


Robert Palmer - Every Kinda People (Live 1978)

この誰もが好むA.O.R.路線をロバートは踏襲しなかった。代わりに出したカードが、過渡期の作品と呼ばれる『シークレット』。

ぼくはこれがむちゃくちゃ好きで、できれば全曲紹介したいくらいなんだけど。とにかくこの盤とダニー・コーチマーのソロを代わりばんこに聴いていたっけ。

Danny Kortchmar You and What Army - YouTube

『シークレット』はB面の流れが断然いいんだよね。タメを排した超タテノリで。

Jo Allenってライターと組んだ曲がとくに良いんだ。もう一丁いってみよう。

この揺らぎのなさは次作の『クルーズ』にも受け継がれる。ニューウェーブとの親和性は隠しようがなかった。タイトル曲ではトーキング・ヘッズのドラマーである、

クリス・フランツを呼んで、バスドラムの演奏を依頼している。ロバートは、クリスのキックを「ソリッドだ」と評価している。そう、彼が奏者に要求したのはソリッドさ、だ。


Robert Palmer - Looking For Clues (Live @ Bälinge Byfest '80)

パーマーはツアーバンドのメンバーを固定し、一体感を強化した。映像を観てもらえば分かるけどレコードよりも演奏がパキパキ、シャキシャキしている。ロバートの歌唱はあまりにも歯切れよく、白玉音符やビブラートとは一切無縁だ。

その切れ味勝負の路線は『プライド』まで続く。ザ・システムのナンバーを本人たちよりも黒っぽく歌う。デジタルによる音処理の取り組みは誰よりも早く、しかもアプローチは過激だった。ワールド・ミュージックの隆盛にも敏感に反応し、ハイライフやソカのリズムをアレンジに溶けこませた。リズムの探究は同時代の誰よりも熱心だった。

追記:「ウォント・ユー・モア」という妖しげなムードの佳曲がある。後に『ライディン・ハイ』でリメイクされるが、Spotifyのアルバムリストには残念ながら『プライド』が載っていない。ぜひオリジナルを聴いてほしい。下のベスト盤(B○○k○ffで購入¥500)には3曲めに収録されている。

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ところが85年、デュラン・デュランの連中に誘われてパワー・ステーションに参加、同名のアルバムは大ヒット、ロバートの知名度も大きくアップする。その翌年に彼は学習の成果とばかり、ビッグサウンドでヒットチャートに殴りこみをかけた。『リップタイド』と『ヘヴィ・ノヴァ』の2枚で遂に首位の座を射止め、グラミー賞を獲得するにいたる。

が、

正直なところ心が離れてしまった。

そりゃあ売れて良かったネとは思うけど、アルマーニのスーツを着て、きれいなお姉さん達を侍らせ、肩で風切って歩くような強面のパブリックイメージは、仮令それが彼の一面だったとしても、やはり好きにはなれなかった。

享楽的な雰囲気の演出は「サム・ガイズ~」のころから顕著だったけど、セルフイメージを戯画化しすぎじゃないの? と感じてしまった。

だからロバート・パーマーを、ぼくは長らく聴かなかった。

 

打ち明けてしまうと、ぼくは2003年にロバートが54歳、パリで亡くなるまで、どんな新譜を出しているのかさえ知らなかった。1990年の『ドント・エクスプレイン』や、1992年の『ライディン・ハイ』は、彼の没後に聴いた。

ぼくは不明を恥じた。なぜ、見過ごしてしまっていたのだろう。これを聴かずして何を聴くというのか。ロバートは、音楽の追求をやめていなかった。どんなジャンルも自分の側に引き寄せる強引さと、頑丈な顎で咀嚼する旺盛な好奇心をもって、過去に培った知識と経験を深化させつつ、ロバート・パーマー独自の音楽として統合しようと挑戦していた。

たとえばこれはロバートなりのボサノヴァだ。けれどもサウダージの感覚はかけらもない。ブラジルでもポルトガルでもどこでもない、ロバート・パーマーの主観によってデフォルメされた架空の世界だ。しかし閉ざされてはいない。むしろ開放的である。

ジャズだってほら、ロバートが歌えばスウィングしないしクールでもない。だが、形骸化した音楽かと問えば、違う、「ジャズを土台とした別の何か」を創生している感じがする。『ドント~』から『HONEY』までの三作で(マイルス・デイヴィスのプロデュースで著名な)テオ・マセロを相棒に据えても、我がスタイルは頑なに変えなかった。

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1994年『HONEY』の内ジャケット。絵はロバート自身の手による。彼の脳内イメージを描いている?

ぼくは彼のディケイドを大急ぎで復習した。ジャズを、ソウルを、オールディーズを、カリプソを、レゲエを、コンパスポイントのサウンドメイキングを、ジュジュを、そしてヘヴィメタル(ヌーノ・ベッテンコートをギタリストに起用したこともある)までを一緒くたに呑みこんだ怪物を、聴くことで理解しようとした。

遺作となってしまった『ドライヴ』の主調をなすのは「ブルース」である。もちろんロバートのことだから単なる原点回帰ではない。今までに自分が学び得てきたものを加味して、世界のどこにもない「ロバート流ブルース」をこしらえている。

まるで錬金術師のように。

ロバートはロックの典型を嫌っていた。先輩格のロックミュージシャン等の尊大なふるまいをみて、ああはなるまいと決心したそうだ。ブルース・スプリングスティーンの歌(の酷さ)を公の席で批判したこともある。<証拠 🔗 ベストヒットUSA「Robert Palmer : interview」>彼がロック以外の、世界中の音楽ジャンルを回遊した理由は、もしかしたら凡庸なロックに堕しないための方策だったのかもしれない。

けれども、この「ミルク・カウ・ブルース」で聞かれる2種混合のリズムは、まるでローウェル・ジョージ率いるリトル・フィートみたいじゃないか。

Sailin' Shoes - Live Version, a song by Little Feat on Spotify

センチな言い方を許してもらえるなら、ドブロを抱えたロバートは、ローウェルと天国でセッションしているんじゃないかしら?
ROBERT PALMER【TV DINNERS】2003

ところでこのイルカくん、ロバートに形相がそっくりだね。

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ロバート・パーマーにとって、イルカは重要なアイコンだ。

彼は海が好きで、バハマ諸島のナッソーに居を構えていたこともある。レーベルの先輩スティーブ・ウィンウッドや、『アヴァロン』でリゾートの幻視を描いたブライアン・フェリーと並んで、ロバート・パーマーにも海洋音楽家の称号を与えたい。これは東洋の片田舎に住むぼくからの勝手でささやかな畏敬の念である。

ウィンウッドやフェリーやパーマーのレコードがきっかけとなって、さまざまな音楽に巡り会った。そのことをぼくはずっと忘れないでいたいし、また、若いリスナーに彼らの良さを伝えることは、年かさの音楽好きの努めだと思っている。

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