鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

老いの入舞、ブライアン・フェリー/ウィンウッド・フェリー&パーマー②

「ウィンウッド・フェリー&パーマー①」の続きです。

 

ブライアン・フェリー 

ロキシー・ミュージックのことを2年ほど前に書いて、

そこで「いずれフェリーについても書くつもり」だと宣言してしまったため、書かずに済ますわけにはいけない。小生さほど書く材料を持ちあわせておらぬが、あまり深刻にならないような内容にしようと思う。

さて、ブライアン・フェリーといえば、マンガ「マカロニほうれん荘」のトシちゃん的な風貌を思いだす。典型的なのが、有名なこのヴィデオクリップ。


Bryan Ferry - Let's Stick Together

ウィルバート・ハリスンのカヴァーだとか、クリス・スペディングがフライングVを弾いているだとか、そういう諸事がどうでもよくなるほど、ジェリー・ホール(1分55秒から)の印象が強烈だ。ヴァンプの登場にフェリー先生たじろいておられるが、いずれ性豪ミックに寝取られる未来を暗示させる(現ルパート・マードック夫人の)妖艶さである。愛に翻弄される男を演じさせると、ブライアンに敵う者はいない。

ただし、ダンディな意匠は音楽のイメージを補完するための「コスプレ」にすぎない。

それはロキシーの傑作アルバム『フレッシュ・アンド・ブラッド』に収録の「セイム・オールド・シーン」を聴いてもらえば分かると思う。あくまでも音で勝負、だ。

何というか、出だしのリズムボックスの音色を聞いただけで、すでに切なくなってくる。これはぼくだけの感傷か? いや違う、そういう人は大勢いると思う。

下に掲げた「セイム・オールド・シーン」のシングル盤(各国共通)ジャケット、この少女マンガタッチのイラスト、いったい誰が描いたのだろう?

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80年代を幕明けるにふさわしい傑作『アヴァロン』をリリースし、ロキシー・ミュージックを緩やかに収束させながら、ブライアンはさらに綿密な計画のもと『ボーイズ・アンド・ガールズ』を完成させる。

これは以前に書いたかもしれないが、今までに読んだポピュラー音楽に関する随筆の中でぼくがいちばん好きなのは、文化人類学者・長島信弘氏による、「アンチ・ダンディズム~ブライアン・フェリー私論(レコード・コレクターズ 増刊号「ブリティッシュ・ロックVol.2」に収録)」である。文章と、対象となる音楽の、幸福な一致。

世評の安直なイメージである「ブライアン=ダンディ」に釘を刺しつつ、長島氏はこの「ザ・チョーズン・ワン」を「複雑で、意外性に富み、聞いていて飽きない」と記している。ぼくはこれを読んで、そういう聴きかたもあるのだと目から鱗の落ちる思いがした。

それからぼくは、ブライアンを愛の放浪者であるというよりも、探求者ではないかと考えるようになった。愛の夢中に彷徨うのではなく、愛の状況を的確な音像(音によるスクリーン)に映しだすことが意図ではないかと。そう考えると、トム・ウルフの小説に着想を得たのだろう「ライト・スタッフ」なるタイトルも、歌詞に引用される「山は高く・河は深い」の一節にしても、「愛の資格について」を歌っているように思える。

なお「ライト・スタッフ」は元ザ・スミスジョニー・マーが作曲している。

90年代、『タクシー(93)』や『マムーナ(94)』でロビン・トロワ―(元プロコル・ハルム)を共同作業者に迎えいれたあたりから、次第にブライアン・フェリーは(ブリティッシュ)ロックの王道を歩みはじめる。

その姿勢をもっとも示したのが、2007年発表のボブ・ディランのカヴァー集『ディラネスク』である。なんて堂々とした外連味のないロックスタイルだろう。おなじみの「見張り塔でずっと」を聴いてみてほしい。ジミ・ヘンドリックス、デイヴ・メイスン、U2など数多のロックアーティストが取りあげているが、それらに遜色ないどころか、サラウンド感では凌駕していると言ってしまおう。もちろんブライアンは、老境を枯淡の境地で過ごすつもりは毛頭なく、愛の在り処を違った角度から捉えようと、さらなる工夫を怠らなかった。2010年の『オリンピア』ではヴェテランを多く起用、デリケートな音響づくりに腐心し、
Bryan Ferry - The Making of 'Olympia'

イメージを具体化する作業に情熱を傾けた。エレクトロニカへの飽くなき追求は、次の『アヴォンモア(14)』に受け継がれ、さらに複数のDJによるリミックス盤(16)も制作された。なんと旺盛な制作意欲だろう!


Bryan Ferry & Todd Terje - Johnny & Mary [Official Video]

近年のブライアンは、さすがに歌声に衰えが目立つ。が、その押しだすような発声にはアトモスフィアな音響がよく似合う。ぼくは彼のシブい歌唱に、いまは亡きレナード・コーエンを何度か想い起した。そして多くの「クラシック」ロックをカヴァーしてきた歌手であるブライアン・フェリーが、ついにロバート・パーマーのスタンダードナンバーを取りあげたことに、喜ぶと同時に驚きを禁じえなかった。

2017年ツアーの様子をみるかぎり、御大はまだまだ元気、音楽への情熱もじゅうぶんに感じられる。ぜひもう一花、ぼくたちがまだ見たこともなく、経験したこともない愛の情景を、音のスクリーンに映しだしてほしいと切に希う。

「ウィンウッド・フェリー&パーマー③」に続きます。