鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

スティーヴ・ウインウッドの海洋音楽/ウィンウッド・フェリー&パーマー①

 

ぼくがよく聴く音楽ジャンルのことをアメリカではクラシック・ロックと呼ぶそうだ。

古典的なロック、か。悔しいが、反論できないな。すでに評価の定まった音楽ジャンルだもの。モダンじゃないのにモダンジャズ、みたいなものだ。ニール・ヤングが好きな人はルー・リードもたいてい好きだし、ザ・バンドの悪口を聞いたことはない。ぼくはボブ・ディランを批判する文章に、お目にかかったことがないけど、きみはどう?

今回、自分の好きな革新的クラシックロッカー(笑)を三者とりあげてみた。英国産ブルーアイド・ソウルの代表格でもある(EL&Pならぬ)ウィンウッド・フェリー&パーマーは、どこに出しても恥ずかしくない名前であるから、若い衆はこの御三方をしっかり履修しておくように。

できれば、連続した記事として3つのエントリーをまとめて読んでいただければ幸いに存じます。

スティーヴ・ウィンウッド

英国を代表する名歌手である。10代でスペンサー・デイヴィス・グループにオルガン奏者として参加し、あまりにも歌が上手いため、リードヴォーカルの座を奪う。次いでトラフィックを結成、エリック・クラプトンブラインド・フェイスを組むなど、常にシーンの中心で存在感を示していた。ロック界きっての好人物としても有名。ぼくが初めてスティーヴの歌に接したのは70年代半ば、ツトム・ヤマシタの特集がNHKで放映されたときのことだ。歌い手の印象は記憶にない。ただ、天かけるような歌声の持ち主は誰だか知りたくなった。そこで“GO”をクラスメイトから借りて、ヴォーカルの名前がスティーヴ・ウィンウッドだと突きとめた。

翌週にはソロアルバムを入手した。

1976年発表のソロ第1作目である。アルバム2曲目のこれは、とりとめのない楽曲構成だけども、マルチプレーヤーであるスティーヴの弾くキーボードやギターと、ウィークスbとニューマークdsの複合的なリズムセクションの絡みは聴けばきくほど味が出る。

リラックスしながら緊張感を保つという音楽家の極意を彼はナチュラルに備えていた。

前掲の初ソロ作がすっかり気にいったぼくは、その前作(にしてトラフィックの区切りの作品)である『ホエン・ザ・イーグル・フライズ』を入手、このB面1曲めをA面と勘違いしながら何度も聴いていた。ロスコ・ジーの跳ねまわるベースラインが秀逸なこのナンバーは、シンプルな構成ながら徐々に熱を帯びてくるスティーヴの歌がすばらしい。なんでだろう、ウィンウッドの出世作『アーク・オヴ・ア・ダイヴァー』で、いちばん好きな歌がこれなんだ。力みのまったくないのがいいのかな? 聞いてて完全な充足を覚える。ぼくは村上龍って作家がニガテなんだけど、彼が小説の中で「~ウィンウッドの海洋音楽が流れていた」と描写していた箇所が好きでね、海洋音楽、まさにその通り。

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ところでぼくは、1983年に催されたARMSコンサートの「スローダウン・サンダウン」を観て以来、スティーヴは世界でいちばんミニ・モーグシンセサイザーの扱いが巧いと思っているが、彼のシンセソロで出色の出来なのは、ジョージ・ハリスンの「慈愛の輝き」だと思う(数多くのレコーディングに参加していることも言い添えておこう)。

Sundown Slowdown - Steve Winwood ソロは2分37秒から

Love Comes To Everyone - 2004 Digital Remaster, a song by George Harrison on Spotify

マルチ・プレーヤーとしての集大成として『トーキング・バック・トゥ・ザ・ナイト』をほぼ独力で制作したのち、心機一転、1986年『バック・イン・ザ・ハイ・ライフ』のゴージャスな音作りでグラミー賞を獲ったスティーヴは、押しも押されもせぬ大御所になった。ぼくはそのころから積極的に聴かなくなったけど、1997年『ジャンクション・セヴン』は、スティーヴ流ソウルの完成形として、もっと評価されてもよいと思う。女性R&Bシンガー・デズリーとのデュエットなんか、当時は頻繁にかかっていたけれど、やはり他とは比較にならないほどの気品(ノーブルさ)に満ちていた。

さて、

スティーヴ・ウィンウッドYoutubeの著作物管理に厳しく、スマフォでレコードのオリジナル音源はほぼ聴けない。オフィシャルチャンネルには12の動画しかアップされていないが、中でもダントツの人気なのが、暖炉の前で歌われる「キャント・ファインド・マイ・ウェイ・ホーム」。


Steve Winwood // Blind Faith - "Can't Find My Way Home"

ブラインド・フェイスのオリジナルレコーディングよりも、エリック・クラプトンのライブ盤『ワズ・ヒア』を踏襲しているように思えるのはぼくだけか? って、これ前にも書きましたっけ。これは一種のゴスペルかなとぼくは思うのだけど、ベトナム戦争についての歌ではないかとの指摘もあった。ともあれ、暖炉の薪が爆ぜる音すら音楽に転化してしまうスティーヴは、神童とよばれた昔から今にいたるまでミューズの寵愛を受けている。

冒頭にも述べたが、スティーヴ・ウィンウッドはゴシップとは無縁だ。同業者も人格者だと口をそろえ、悪口の類はまったく聞かない。ロックミュージシャンにはめずらしいタイプだ。が、強いていえばその欠点のなさが欠点なのかもしれない。ロック・レジェンドに相応しい「物語」を創出しにくいところが。

加えて、パフォーマンスが地味だという印象もあった。派手なアクションとは無縁だし、いでたちも普段着そのままだし。でも、2017年発表のライブ盤を聞いてもらえば分かるけど、アラウンドセヴンティーとは思えないほどの声の張り、オリジナルキーのキープはさすがだと唸るしかない。おそらくスティーヴは「音楽そのもののハイクオリティであることが最大のファンサービス」だと心得ているのだろう。

ぼくはスティーヴ・ウィンウッドから「表現とは何か」を学んだ。若いころピアノを弾き語りしていたが、はっきり言ってスティーヴの真似っこだった(そしてもちろん、似ても似つかなかった)。けど、表現者としての在りようは今なお見習いたいと思っている。

スティーヴ・ウィンウッドの海洋音楽。

それはまさに海のように大きく、豊かで、穏やかで、しかも激しい。

年齢を重ねるとともに自然体がステージ映えするようになった、ニール・ヤングみたいな風貌した、スティーヴの今を掲げて、この稿の終わりとしたい。


Steve Winwood - "Back In The High Life Again" (Live Performance)

「ウィンウッド・フェリー&パーマー②」に続きます。