鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

○○性を持ちこむべからず

 

私は目下ささやかなコミュニティに属している。そこには多彩な顔ぶれが揃っているけれども、氏素性は知らない。居心地は悪くない。そこには不文律があり、それさえ守っていれば誰もが平等で、平和な関係を築くことができるのだ。その暗黙のルールとは、

政治を持ちこまないことである。

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そこで私は、かなり節度をもってふるまっている。猫をかぶっているといってもいい。ただ趣味のことばかりを語っている。たとえば、

ミック・ジャガーって最高にセクシー」とか、 

The Rolling Stones - Hot Stuff - OFFICIAL PROMO - YouTube

ジューダス・プリースト、昔キライだったけど最近は意外と好きかも」とか、

Judas Priest - Breaking The Law - YouTube

ま、他愛ないおしゃべりに興じているわけだ。

その平和なコミュニティーで、場を波立たせるような言動は各自が慎んでいるけれど、発言の端々から支持政党のうかがい知れるときがある。

クラシックのピアニストについて、私とよく会話している婦人は、おそらく霞ヶ関界隈に深くかかわっており、たまに現政権寄りの姿勢を見せる。あきえさんの着付けにケチをつける奥様方を、あら貴女達の躾のほうがなってないわよと憤りをあらわにする。でも、あからさまに擁護はしない。控えめに、数十年先を見据えた仕事だと政策を好意的に評する。そのころ私はもう生きてはいないけれどもね、と自嘲を含ませつつ。

私は異見を唱えはしない。聞いていなかったことにする。興味ある話題にしか反応しない。しなくてもよい、がルールなので。

ところで。

私より二まわりは年下の、やんちゃな若い男性がいる。やんちゃとはいえ、乱暴狼藉をはたらくわけではない。ただ意図的に粗暴な言を弄する。人によっては煩く感じるのだろうが、私は彼の粋がりの下に、そこはかとない知性の垣間見える瞬間があって、とても面白く感じた。余所では人気者の彼が、なぜ私を気に入ったのかは分からない。けれども彼も私の存在を意識しているのは確かで、ときおり意見を拾いあげたり、声をかけたりしてくる。

「あの、くだらない話ばかりですみません。いつでもオミットしてかまわないですから……」

と低姿勢で来られると、まんざらでもない私はつい〈愛い奴〉と思ってしまうのだ。

「お気になさらず。クラクシオンよりかクラクチオンのほうが__らしかったかな? 今後も屹立しまくってね」

なーンて隠語を使ったりして。そんなやりとりが愉快でたまらなかった。

 

そんな彼の内心も、だんだん読めてきた。じつは育ちがよく、一流大卒で教養も備え、安定した企業に勤めているらしい彼は、仕事上での些細なトラブルや友人との感情のすれ違いなんかを、脚色することなく愉快なエピソードとしてコンパクトにまとめ上げる才能があった。けれど好不調の波はあり、不機嫌を露わにし、社会的弱者や近隣国への不快感をそれとなく仄めかすこともあった。私はとくにたしなめるつもりはなかった。際どい軽口が彼の身上であり、皮肉交じりで社会一般の常識を鼻で笑うような姿勢が大勢にウケているのだから、その評判を妨げるつもりはなかった。

が、

あれは年が明けてすぐ、ベテランの漫才師が顔を黒く塗る今さらな芸で内外から顰蹙をかっていた頃のこと。彼はこんなことを言った。

「『〇〇差別だ』って言ってる人の顔は少し口角が上がってる気がして嫌なんだ。高揚感に心をおかしくされてしまった人が、何を見ても差別だと判断したり、過剰に権利を守ろうとしたりする」

皮相なものの見方だなと思っていたら、次いでこんなことも言いだした。

「テクノロジーを信用していないマン(たぶん経済評論の傍ら恋愛指南講座も催している数奇な御仁)を見て『たかが電気の為に命を危険に晒すのか』とiPhone見ながら演説した坂本龍一を思い出した」

ファンではないけど、その言いぐさに引っかかるものを感じた私は、

「教授の値打は大企業のコマーシャルにしれっと出演しつつ反戦・反原発を唱えるところ。そこの矛盾を突いても詮ない。貧しく無名の誰彼が同じことを訴えても、誰も何も批難しないでしょう?」

やんわり釘を刺した。しばらく彼は黙っていたが、やがておもむろに口を開いた。

太陽光発電のコマーシャルにも出ていますね。話題にはならないかもしれませんが原発反対だたかが電気だといいつつ電化製品触ってたら、僕はそれが素人でもいじってしまうと思います」

ふうむ。そこで私は直截に訊ねてみた。

「えーっ? 原発反対する人は電化製品使っちゃいけないの? 有名人ならいじられても仕方ないのかもしれませんが、それは違うと思う」

すると彼は間髪入れず、

良い悪いの話は初めから全くしていません。切り取った絵面がギャグだと言うお話です。眼鏡どこ?と言いながら眼鏡かけてる人と同じです」

と、きわめて冷静かつ明瞭に私の問いを撥ね退けて、

「教授がいじられてる画像ありました」

スマフォの画面を読みながら街頭演説する坂本龍一の写真を、どこからか拾ってきてみせた。

ばかばかしくなった私は、それ以上追及するのをやめた。ただ、彼の「良い悪いの話は初めから全くしてません」というぶっきら棒な答えを反すうしては、口の中に苦い味が広がるのを感じていた。

 

彼にとって「反戦」や「反原発」といった鍵カッコは大した意味を持たない。それが社会にとって必要か否か、善か悪かを問うているわけではないというのだから。それよりも彼の指摘したい事がらは、「反対」を唱える者たちの立ち振る舞いの滑稽さ、なのだった。そして自身の男性性が繰りだす「くだらない」悪ふざけに水を差す向きに対しては、対抗心と嫌悪感を剥きだしにしてしまう。つまり、彼が指弾する対象は「僕の表現の自由を脅かそうとする連中」なのだった。

その気持ち、分からなくもないけれど……

まもなく彼は「アベ政治を許さない割には自分が列に割り込むことは許すジジババ」という、世代間対立を助長するようなスローガンに、いいねと賛同していた。そのことも私をガッカリさせた。

印象論じゃん、ガキっぽいしぐさだと思った。

 

先週、彼の好きなバンドのドラマーが、ファンの女の子に蹴りを入れて、逮捕されるという事件があった。インターネットの世界では「ヤツは昔っからヤバかったんだからこれしきのことでガタガタ騒ぐな」という意見が目立った。彼もまたドラマーを擁護し、どんなにライブパフォーマンスが凄かったかを力説していた。

私は彼の小児性に些か辟易していたから、さめた口調で、

「ひじょうに優れたビートを叩く方だと認めてはいるけど、乱暴なのはごめんこうむるわ」

と突きはなした。

「不正を許しておいて、それが現実だろ? って開き直るの、みっともないし、カッコわるいよ」

 私は、平和なコミュニティーに政治を、正確には政治性を含ませたことばを、持ちこんだのである。

それから二、三日、彼は姿をくらました。

 

私は若い人の声を聞くのが好きだ。彼らの、とくに男性のことばの中には、宝石のように純粋な輝きと、触れれば散らばってしまいそうな脆さと、固定観念に縛られない柔らかさと、安易に世界とは和解しないぞという融通の利かなさとが同居していて、そこが私のような、感性の枯渇した年寄りには眩しく映る。

“君の支持率は現在9,500p、もうすぐ10,000pに届く勢いですね。「アルファ」と呼ばれる目前だ。ただ、老婆心から言わせてもらうと、アルファになってもその柔軟な感性を曇らせてほしくない。三面怪人やテポドンパンダ等のヴェテランのように、薄汚れた皮肉と賢しげな冷笑に塗れてほしくないんだ。それはただの遊びで、束の間の戯れだとは百も承知だけれども、真剣さが介在しない遊戯なんて、退屈しのぎにもならない空疎な暇つぶしでしかないでしょう?

不正を見逃すな、巨悪に立ち向かえ!なーンて無理難題は言わない。今までと同じく軽妙洒脱に、身の丈に合った素朴な感想を発信すればいい。

けど、君が常々苦々しく感じている「抗う人びと」が、いったい何に抵抗し、何を訴えているのかに、もっと耳を傾けてほしいし、できれば彼・彼女らが反対する理由は何なのかを真剣に考えてみて。

嫌だな。の段階で思考停止せずに、もう一歩踏みこんでほしいんだ。”

 

政治性を持ちこんだ私は、穏やかなコミュニティの秩序を揺るがしたのかもしれない。遊び場から放逐される可能性を想像すると辛くなる。

でも……

一人の有望な若者がダークサイドに堕ちないよう諌めるために、お節介だと思われようと、もうしばらく私は、ここに留まるつもりだ。

さて。

神経戦の後も、あい変らず彼は私の話に耳を傾けている。聞いていますよ、のサインを欠かさず送り続けているが、はて、いったい彼は私に何を求めているのだろうか?

私は殊更に女性性を持ちこまぬよう腐心したつもりなのだが……

註:この記事はフィクションです。