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鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

アジアの片隅で

Music

 

悪いくせで、また『鰯の独白』を更新するのが億劫になってしまった。

というのも、何に身構えているのかは自分でもわからんが、書く気持ちを奮い立たせるのに一苦労なんである。モチーフはいろいろと思いつき、半分くらいは下書きしているにもかかわらず、発表するのにためらいを覚えてしまうのだ。

苦しまぎれに過去のエントリーを読んでみて、どんなことを書いていたかを確かめると、だいたい言いたいことはとっくに書いている。効果的に書かれているかどうかはともかく、文章に起こしてはいるのだ。人権擁護と表現の自由について。差別と被差別について。どの記事にどう書かれているか、いちいち引っぱり出して提示するのもなんだか気が進まない。これなんか、自分でもそうとう好きな記事なんだけれどね。↓

kp4323w3255b5t267.hatenablog.com

これを書いたときと同じくらいの感情の昂ぶりを、今の自分に期待するのは正直いって難しい。醒めてしまったわけではないのだが、同じような内容のことを焼き直ししてもしょうがないじゃんと思ってしまうから。あい変らずぼくは怒っているし、世に物申す気持ちを失ってはいないのだが、いや、でもしかしもう少し書き方を工夫しないと「新しい投稿でござい」と胸を張っては開陳できない。

 

その一方で、他愛ない話題を書きたい気持ちが山ほどある。好きな音楽のよもやま話に興じていたいのだ。「ジェネシスにおける、フィル・コリンズフィルインは、マックス・ローチのそれに匹敵する」だの、「ジェネシスにおける、トニー・バンクスの構築力は、ショスタコーヴィチに着想を得ている」だの、そういった好事家のみが通じ合うような記事を、ねちねちと綴ってみたいのだ。ところが、現実には常日ごろより「書けない」と嘆いていた、レナード・コーエンについて、それも『最近の唄』に収録された「客」についてを書こうとしたものだから、火傷して焦げついたまま、記事は途中で放ったらかしだ。なぜぼくは、登れもしない高い山を築いてしまうのだろう。もっと気楽に、扱いやすい題材を対象にすればいいのに。

 

それでは、前回の記事でグレッグ・レイクの逝去を偲んだときに、うっかり全編を観てしまった『エイジア』の83年ライブについて語ろうか?

エイジアというバンドは、80年代にプログレッシヴ・ロックのビッグネームたちが生き残りをかけて結成したバンドで、オリジナルメンバーは元UKのジョン・ウェットン(ベース・ヴォーカル)、元イエスのスティーヴ・ハウ(ギター)、元バグルスのジェフ・ダウンズ(キーボード)、元EL&Pのカール・パーマー(ドラムス)の4人。ところが、フロントマンのウェットンが何らかの理由で来日できなくなって、急きょ元EL&Pグレッグ・レイクが招かれ、合歓の郷かなんかで合宿し、けっきょくキーを半音だか1音だか下げて、日本公演を乗り切ったんです。いわゆる「産業ロック嫌い」だったぼくはコンサートを観に行ってないけど、そういう情報は方々から耳に入っていた。 Youtubeテレビ神奈川(だったかな)で放映されたときの映像がアップされている。観てみるかい?


ASIA with Greg Lake - Japan 1983 - Live at the Budokan

や、ゲイリー・ムーアとレイクの共演盤を良しとするぼくでも、さすがにこいつは受け容れ難い。好きな方には申し訳ないけど才能の無駄遣いだと思う。この83年式の「スポーティー」な雰囲気が耐えられないんだ。とくにジェフ・ダウンズ。仏壇具店みたいにキーボードをずらりと並べた虚仮威し、横走りしてまで弾く必要あるのか?尊敬すべきギタリスト、ハウ師匠も凡庸なフレーズでお茶を濁しているし、だけども「揺れるリズムキーパー」のパーマーは元気いっぱいで楽しそう。ハウとは相性よさそうだ……いやいやダメだダメ。懐古的に眺めようとも、つまらんものはつまらん。

所詮はカネのためっていうのが態度にありありと窺えるもの。それは当時、観に行かなくったって分かってたもの。ジャーニーもTOTOも悪いなヴァン・ヘイレンも、ショービジネスを臆面もなく前に出していたから、ぼくは『ベスト・ヒット・U.S.A』的なものから、カラフルで・溌剌とした・洋楽ヒットから距離を置いていたんだ。

恥ずかしくって。

このエイジアのライブや、そうだなジャズ・フェスティバルとして名を馳せた『ライブ・アンダー・ザ・スカイ』なんかの映像を観ていると、もう居心地悪くて正視できない。当時の日本の若者たちが、ものすごくまぬけにみえるから。パーマ、べっ甲メガネ、ポロシャツの大人しそうな男たち。じゃあオマエはどうだったんだと反論されたら、あゝ五十歩百歩だったよ。この呪詛はまんま自分に降りかかってくる。いつ立てばいいかなって心配しながら(当時のロックコンサートは大人しく座って聞くものでした。途中で立てば警備員から席に座れと押しつけられる)周りの様子を窺うような小心者だったぼく。だからこそ、あの時代特有の「ぎこちなさ」に居た堪れない気持ちになるんだ。

 

こないだスティングが来日していたけど。かれが在籍したポリスの83年の『シンクロニシティ』ツアーの映像が好きで当時よく観ていた。ハイライトでは初期の代表作「キャント・スタンド・ルージン・ユー」が演奏され、バンドがどんどん加速する。と、カメラは観客席に切り替わり、メガネをかけた東洋人のひ弱そうな若者(男性)がシャカリキに・一心不乱になってステップ踏んでいる光景が映しだされる。まわりの客は地元のアメリカ人で、踊る様子を苦笑しながら見ているんだけれども、そのうちの一人が冗談のつもりでか踊るそいつの肩をポンと突くわけよ。かれはガクンと前につんのめって、そこで画面が切り替わる(下の画像だと5:53から6:00にかけて)。


The Police ~ Can't Stand Losing You ~ Synchronicity Concert [1983]

スティングは歌い続ける、“Can't Stand Losin' You,Can't Stand Losin' You"。

映像チームのゴトリー&クレーム(元10cc)らしい、意地悪な演出だけど。

悲しかったねえ。

あれはボクだ!と心の中で叫んだ。

彼が日本人か、中国人か、韓国人かどうかはわからない。ぼく自身ロンドンでは再三チャイニーズ?と訊かれたし、ニューヨークではコーリアン?と問われた。彼らからみれば似たようなもんですよ、平たい顔をした東洋人。

アジアの片隅の島国で、東洋人が、英語もろくに喋れないくせして、ロックにうつつを抜かしてやがる。せいぜい稼がせてもらうさ。エイジア・イン・エイジア?悪い冗談だよ、ったく。

80年代はそういう時代だ。エンターテインメントの飴玉をしゃぶった頭すっからかんの若者が大手を振ってまかり通っていた。あの頃、真剣にものを考える態度は嘲笑の的だった。ぼくは笑われもしたが、他人を笑いもした。きわめて無自覚に無批判を装っていた。

そのツケが貯まって、支払えと督促が来ている。それが現在、2016年の今だ。

アジアの片隅で、小さくうずくまり、ネットの片隅で、無駄吠えし、咬みあっている。

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『エイジア・ライブ・イン・エイジア』1983年

 

ところで。ぼくは形而上ではヒダリだが、形而下ではミギのような気がするよ。

どちらでもいいさ。好きなように認定すればいい。

ぼくはしばらく、このブログを休もうと思う。

気が向いたら再開する。それまでサヨナラ。