鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

1968年のグレイス・スリック

 

ぼくはジェファーソン・エアプレインのよき理解者であるとはいいがたい。

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サンフランシスコ産でほぼ同期のグレイトフル・デッドにも似て、捉えどころがないというか、魅力が伝わってこないのだ。もちろん代表的な作品は一通り修めてはいるけれど、ファンと名乗れるほどの材料は持ちあわせていない。

だけど、このフィルムに映るバンドはすこぶる魅力的だ。

1968年のルーフトップ(屋上)といえば、ビートルズの「ゲットバック・セッション」がすぐ頭に浮かぶが、ジェファーソンズのこのフィルムも、記憶に残る記録だ。

とりわけグレイス・スリック。かの女があらゆる意味でこの時代のアメリカを象徴する女性であったことは疑いようがない。そのことが観ているとよく伝わってくる。

さきほど、ジェファーソンズの音楽を「捉えどころのない」と形容したが、より正確にいえば「とりとめのない」である。さらにいえば「まとまりがない」。パッと聞いた印象がごちゃごちゃしている。お互いが譲り合わない。

とくに二人のリード・ヴォーカリスト、マーティ・バリンとグレイスの不協和は、音楽的知識がなくてもそれとわかるほど、ハーモナイズされていない。積極的にぶつかっている(グレイスの「絡み」をマーティが快く思ってなかったとの記事もあった)。

バンドも同様だ。アンサンブルの意志をあまり感じない。しかしよく耳を傾けると、メンバー一人ひとりの技量は、達者とまではいかないが、さほど低くないのである。しっかりした基礎を持っているといってもいい。それでいて調和しないのは解せない。

いや待てよ。ひょっとしたらこれは、ジェファーソン・エアプレインの司令官である(今年1月に惜しくも他界した)ポール・カントナーによる、意図的な混乱ではないかとも考えられる。アンサンブルの整合性を半ば無視することで、メンバーそれぞれの個性を最大限に抽出する目論見だったのではないか。

音楽は、とりわけロックは対話であり議論である。エゴとエゴとのぶつかり合いもまた、人間関係と同様に正しく反映すべきであるとの「政治的な」意図を、カントナーが持ちこんだのではないか。そうでなければ説明がつかない。

なぜなら音楽内部に発生する衝突=不協和こそがジェファーソン・エアプレインというバンドの個性そのものだから。そう思って先のフィルムを注意深く観てみよう。4:40あたりから下手のマーティが、中央のグレイスに「食ってかかる」場面を。グレイスは思わずクスッと笑う。

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グレイスは伸びやかに応える。マーティは不敵な笑みを浮かべる。上手のポールがさらに絡めば、歪なトライアド(三和音)が形成される。諧調はない。が、乱調はエキサイティングである。

仲が悪いわけではない。のちにアーバンな「ハート」のヒットでソロ歌手として成功するマーティ・バリンだが、古巣が懐かしくなって再加入したのも、カントナー船長の構想した「木の舟」が居心地いいゆえにだろう。

その証拠に、かれらは外敵が現れると結束を固める。あの悪名高き「オルタモント」をチラっとのぞいてみよう。

ステージ警備を請け負った)ヘルス・エンジェルスの乱行にブチ切れて客席に飛びこむマーティ、説得を試みるポール、戸惑い、嘆き、呼びかけ、しかし最後には怒りをあらわにするグレイス。暴力に対する、三者三様の憤りのかたちがそこにある。

ぼくの最もすきなアルバムである)『ヴォランティアーズ(イン・アメリカ)』に示されたメッセージは、ともすれば楽観的な理想主義と受け止められたが、そのシリアスなまなざしは、混乱する今となっては妙に新鮮に映る。

下に掲げたスタジオでのライブ(マーティの形相がちょっと怖いね)は、

相変らずラフなアンサンブルながらも、弛緩せず、タイトになっている。< Jefferson Airplane - We Can Be Together - YouTube >の宣言通り、一致団結は目前だったのだ。

しかし創造の極致は長続きせず、木の舟は星の船にとって代わるのだった。その背景の一つに、先に挙げた「オルタモント」があったであろうことは想像に難くない。

 

もう一度、屋上のジェファーソン・エアプレインを観てみよう。かれらの演奏する背後には巨大なビルがそびえたっている。ビルには“RCA”の文字が刻まれている。かれらを売りさばく利益で肥え太ったレコード会社を擁するコングロマリット

人はなんとちっぽけなものだろうか。

システムの前に私たちは無力であるのだろうか。

だけど、

人間の尊厳を見失いかけるたびに、ぼくは音楽に救われる。

演奏後ニューヨーク市警察にしょっ引かれ、おそらくは事情聴取されるであろうバンドの面々および関係者。だけど、屋上から去るグレイスのステップは軽やかだ。

茶色いレインコートの裾からスラリと伸びた白い素足が眩しい。

グレイス・スリック、1968年はまさしくあなたの年だった。

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どうして今日(7月10日)、そんなに好きでもなかったジェファーソン・エアプレインのことなんかを思いだしたんだろう。

理由はわからないけど、一つだけ申し添えておこう。ぼくがジェファーソンズでいちばん好きだった曲は、(ベーシストのジャック・キャサディとホット・ツナを結成する)ギタリストのヨーマ・カウコネンが独奏するこれだ。

Embryonic Journey”か。難しいな。邦題の「旅する前に」は違う気がする。きみならどう日本語に訳す?