鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

怒りをこめてふりかえれ

 

【註】ジョン・オズボーン(英)の戯曲『怒りをこめて振り返れ』とは関係ない記事です。

 

前回の予告についてだが、いろいろと回想しているうちに書く気がすっかり失せてしまった。というのも、当時の自分のありようを思いだすと平静ではいられなくなったからである。

ぼくにとって1980年代、とくに前半は暗黒時代だった。

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美化しようにもできない惨めな時代だった。向上心もなく、その日を惰性で生きていた。東京でバンド活動をしているといえば聞こえはいいが、バンドを維持する努力もろくにせず、ただ漠然と音楽を制作するばかりだった。またゴミみたいな曲を作っちまったよと自嘲して、ゴミを生みだすくらいなら作らないほうがましだぜと忠告されたこともある。

音楽以外にぼくは何かしていただろうか。ああ、いたずらに眠り、食べ、時間を浪費していた。空虚を埋めるために音楽を浴びるほど聴いた。レコードの所有枚数はかなり多かったが、そのうち真に感銘を受けたものがどれだけあっただろう。数えるほどしかない。ぼくはただ時代のヒットチャートをなぞっていたにすぎない。あーこういう音響が今の流行なんだと認識し、その技巧をなぞっては悦に入っていただけだ。たまに都内のクラブに赴いて最新のステップを踏んでもみたが、本心では「つまらない」と思っていた。耳を凝らし、音の構造ばかりを比較し、娯楽として楽しむ気持ちは皆無だった。自分でも驚くほど醒めていた。「どうしてこんな見え透いた仕掛けに騙されるんだ、みんな莫迦じゃないのか?」と周りで踊っているきらびやかな装いの若者を内心ののしっていた。そのメンタリティはまるでネトウヨ冷笑系のようだった。だからとてもじゃないが、かれらのことを他人事のように批判できない。それは自分の過去を否定するに等しい行いだからだ。

女にはもてなかった。欲望は人一倍あったし、拠りどころも欲しかったが、恋人はできなかった。たいていの女たちは、ぼくの冷淡さや薄情さをすぐに見抜き、早々に離れていった。ぼくは得ることばかりを考え、与えることを怠った。相手を思いやる気持ちもなく、ただ抱きたい欲求を持て余すばかりの毎日だった。あゝこうして書いているだけでも薄気味悪い。もてなくて当然だ、要するにキモかったんだ。

政治的意識なぞひとかけらもなかった。前にも書いたが、投票するようになったのは20代も後半になってからである。政治なんてインチキだ、政治家なんて誰ひとり信用できないと幼稚な認識に留まっていた。選挙に行くわけがない。今の「音楽に政治を持ちこむなw」式の、しょうもないガキだったのである。

ぼくは20代前半の自分が嫌いだ。怠惰で、いい加減で、小狡くて、陰険で、尊大で、他者をみくびる、最低な野郎だった。

あのころの自分を顧みると後悔するばかりだ。どうしてぼくは夢中にならなかったのだろう。何故ぼくは熱心に取り組まなかったのだろう。すべてにおいて中途半端だった。チャンスは何度もあった。若いというだけで期待をかけられ、波打ち際に飛びこまないかと誘いかけられもした。が、ぼくは乗らなかった、サーフィンは得意じゃないんだと、その場しのぎの口実をつけては、ひたすら逃げまくっていた。それはポストモダンの時代にふさわしい態度だったかもしれない。ぼくは正面切って立ち向かうことを避けてばかりいた。本質に迫ろうとせず、ぼくには無理のようだと早々に諦めていた。

もっと学ぶべきだった。せっかく受かった大学を中退せずにきちんと単位をとって卒業すべきだった。いろいろな考え方の友人と語らい、交流すべきだった。自分の肌にあう本ばかり選ばず、体系的に読むべきだった。遊ぶときは遊ぶと、斜に構えず徹底的に楽しむべきだった。あの眩しい海岸線の戯れにも嘲笑せずに飛びこむべきだった。ぼくはなにを怖れていたんだろう。ぼくはなぜ真っ当な青春に背を向けてしまったのだろう?

 

いくら後悔したところで過去は取り戻せない。

怨念を呟きつつ生きていたあのころと比べたら今のぼくはずいぶんマシになった。生活態度は前向きだし、さまざまなことを経験しつつ、楽しみながら暮らしている。時間を無為に費やしている感覚はない。あらゆることに鋭敏であろうと心がけている。感性をマヒさせることなく今この瞬間を捉えようと意識して過ごすと、つらいことも多いし、しんどい思いもするが、それでもあゝおれは今たしかに生きているなと実感できる。

あのころに流行ったポップスは殆ど忘れてしまったが、今なお記憶に残っている上澄みはやはり上質なものだ。ぼくは懐メロを好まない。そして時代の淘汰に耐えた音楽を懐メロだとは思わない。80年代は言ってしまえば「ジャンプでシャウトでレッツダンス!」の軽佻浮薄な季節だった。が、今の耳で聞いても素晴らしく思える楽曲がいくつか残っており、それを丁寧に掬いあげて後進に伝えることは当時を知る者の務めだと思っている。

あの暗黒時代には戻りたくない。厳しい時代であっても、今のほうがいい。ぼくは今が好きだ。今が最高だ!と転がっていこうぜ。

怒りをこめてふりかえる、ぼくは優しいまなざしを持った中年さ。だから識りたがりの若いきみに、いろいろと忠告したくなるんだ。こんな歌を知ってるか?

"Advice For The Young At Heart"ってね。

 

TFF - Pale Shelter (Original 1982 12" Ext Version) (Audio Only) - YouTube

Tears For Fears - Advice For The Young At Heart (HD) - YouTube