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鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

いい歳の取り方をしたスモールタウン・ボーイ(ジミー・ソマーヴィル)

 

 1980年代半ば、ぼくは欧州産のエレポップが大の苦手だった。ドン・ドン・ドン・ドンと刻まれるバスドラの四つ打ちが聞こえてくるたび、勘弁してよと口にしていた。ブロンスキ・ビートもその一群だと思っていたから、歯牙にもかけなかった。当時はMTV全盛期で「ホワイ?」がよくかかっていたが、バイト先の楽器店で流すと同僚のギンちゃんが「なんだか気持ち悪い、この歌いかた」と嫌っていた。初めはぼくもそう感じていたのだが、しばらく経つと、わりといい曲じゃんと思い直した。単純だが飽きない曲調。それを成り立たせていたのはジミー・ソマーヴィルの卓越した歌唱力だと、ユーロビートが苦手なぼくも、さすがに認めざるを得なかった。

 けれども、ブロンスキ・ビートのことは次第に意識しなくなった。脱退したジミーがザ・コミュナーズを結成したニュースは知っていたけれども、追いはしなかったし、やがてジミー・ソマーヴィルのことはすっかり忘れてしまった。

 

 ジミーのことを思いだしたのは、つい最近だ。例のごとくTwitterを眺めていたら、こんな画像が流れてきたのである。まずはご覧あれ。

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 2年前にアップされたものだが、ジミーの普段着(ちょっとだらしない)と、連れているワンちゃんの組み合わせがじつにいい。ヤラセくさいという意見もあるようだが、微笑ましい絵じゃないか。何よりも(かなり下手くそなギターの)ストリートミュージシャンが刻むエイトビートで歌われる「スモールタウン・ボーイ」のアーシーな感触に、ぼくは思わずおおっと身を乗りだした。

《「スモールタウン・ボーイ」って、こんなにいい曲だったか?》

 それから程なくして『The Very Best of Jimmy Somerville, Bronski Beat and The Communards』の中古盤を廉価で発見し、聴きなおしてすっかりジミーの歌声に惚れこんだ。こいつ、すごいじゃないか。これだけ歌に感情を込められ、しかもさらりと歌い果せる歌い手は滅多にいない。ぼくは若いころの不見識を恥ずかしく思った。何故かれを見過ごしてしまったのだろう。

🔗 The Very Best of Jimmy Somerville, Bronski Beat and The Communards - Wikipedia, the free encyclopedia

 

 ジミー・ソマーヴィル(およびブロンスキ・ビート)にかんする日本版ウィキペディアは記されていない。が、ネットで検索して幾つかの記事を読んでみた。なかでもいちばん構成がしっかりしていて、ジミーの全体像がつかめる記事はこれだった。

🔗 ジミー・ソマーヴィル バイオグラフィー

 この『Queer Music Experience.』というページはお勧めだ。筆者・藤嶋隆樹氏の視点が定まっており、語るトーンが一貫している。理由は「What's Queer Music? 」を読まれればわかる。他の記事も読んでみてほしい(ぼくはこの記事で、故ダン・ハートマンがゲイだったことを知った)。

 

 当時のぼくは正直なところ歌詞がどうであるかを考えてはいなかった。ブロンスキ・ビートの歌詞の内容も深刻に捉えていなかった。当時はドラマ仕立てのヴィデオクリップが多かったから、ブームにあやかったものだろうと考えていた。が、今の目であらためて観てみると、映像に込められた強いメッセージ性に目の開く思いがする。

 くどくどと説明するより、実際に観てもらえば、それは一目瞭然だ。

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「スモールタウン・ボーイ」では疎外されたものの傷みが切々と訴えられる。ゲイでありまがら「小さな町」で暮らすことの辛さ、かなわぬ思いを抱くことの苦しみ、狩られる身であることの恐怖、息子の性的傾向を理解しようとしない両親との訣別……それらがジミーの塩辛いハイトーンで、しかし声高にではなく、抑制して歌われる。紛うことなき名曲であり、その根底にはジミー・ソマーヴィルの本質的な感覚、ブルースが流れている。

 

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「ホワイ?」は階層社会に生きる若者の苦悩をストレートに表している。主題はブラックな境遇に置かれた現在の日本の若者にも理解できるだろう、すぐれた風刺と批判精神に貫かれている。肉たたきを虚空に突きあげる白衣のジミーは、まさに労働者階級の英雄であるが、無慈悲な資本主義の神は、コミュニストたちの蜂起を最後には凍結してしまう。

 

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「イット・エイント・ネセサリー・ソー」では、感化院に囚われた若者たちの小さな反逆を描く。男性ばかりの環境にいるブロンスキの三人組は、絶望的な状況にありながらも何とか生きがいを見出そうと試みる。しかし、どことなく楽しそうでもある。陰鬱なブルーノートに覆われた楽曲は最後の和音でメジャーに転じて終止するが、ぼくはそこに光明というか(逆境に生きる人間のユーモアに)逞しさを感じる。これはゴスペルだ。

 

 ブロンスキ・ビートを脱退したジミーはピアニストのリチャード・コナーズとコミュナーズを結成、ソウルの名曲をリメイクし、ヒットチャートに踊り出る。どことなくアマチュアぽかった(そこが魅力でもあった)ブロンスキ・ビートに比べ、堅牢で隙のない音作りを徹底している。かれらは二枚のアルバムからソウルの名曲カヴァーを全英チャート上位に送りこんでいる。

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「ドント・リーヴ・ジス・ウェイ」は、フィアデルフィア・サウンドの立役者ギャンブル&ハフの代表作。テルマ・ヒューストンやハロルド・メルヴィン&ブルーノーツ(テディ・ペンダーグラスがリードヴォーカル)がヒットさせた。原曲に負けない多幸感にあふれたアレンジ(後半の半音転調といったら!鳥肌モノ)だが、ヴィデオクリップは非合法の集会が当局に摘発されるといった皮肉な結末に仕立てられている。

 

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「ネヴァー・キャン・セイ・グッドバイ」は、もともと(マイケルの在籍した)ジャクソン5の持ち歌だが、コミュナーズのアレンジはグロリア・ゲイナーのヴァージョンを底本にしている(余談だが、つんく♂の作曲したモーニング娘。の「ザ☆ピース!」はコミュナーズのヴァージョンを参考にしているのではないか)。これまた高揚感と自信に満ちあふれた天国的な快楽ナンバーであるが、コミュナーズは惜しくも解散してしまう。

 

 90年代および00年代におけるジミーの軌跡を後追いのぼくは詳しくない。ユーチューブでは、シルベスターの「ユ・メイク・ミー・フィール(マイティー・リアル)」や、フランキー・ヴァリとフォーシーズンズの「君の瞳に恋してる」(これもどちらかといえばボーイズ・タウン・ギャングのヴァージョンに倣っている。つまりジミーがチョイスする基準は「ディスコ(クラブ)映えするかどうか?」なのだ)などの有名曲が上位にヒットする。これだけの歌唱力を誇るジミーのことである、何を歌わせてもすばらしい出来映えだ。どの楽曲も凡百のダンスミュージックが束になってもかなわない、しなやかさと躍動感に満ちあふれている。

 

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🔗 ブロンスキ・ビートのジミー・ソマーヴィルが「Some Wonder」のPVを公開 - amass

 これは昨年にリリースされた『オマージュ』に収録された「サム・ワンダー」という曲だが、50代半ばにして些かも衰えを知らない艶やかな声質は驚異的である。嘘だと思うなら次に挙げた「トラヴェスティ」を聴いてみたまえ。サイコーに気持ちいいから!

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 この人はほんとうにいい歳の取り方をした。髭面も垢抜けないファッションセンスも、若いころより魅力的に思える。まったく無理がないのだ。冒頭に掲げたストリートシンガーとのやり取りが示すように、かつて閉塞感に苛まれながら生きていた若者が、おっさんになるにしたがって自然体でふるまえるようになったというか。だから同世代のぼくは、いいじゃないかジミー、とほほ笑んで見ていられる。なんだかきみとは友だちになれそうだ、そんな気持ちを抱かせる、こんにちのジミー・ソマーヴィルである。

 

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 たぶん2016年だからこそ、ジミーの歌声がしみるのだ。痛みを知るもの特有の声は聴く人の耳に心地よく響き、かつ荒んだ心を慰撫する効能がある。この年齢になってハイエナジーなディスコナンバー(笑)に浸ろうとは思いもよらなかったが、今のぼくにとっては、個人の幸福の追求と社会の不寛容さを指摘するシリアスな側面との、両方を兼ね備えたジミー・ソマーヴィル(インタビューに答えるかれは知的で機転が利くことも一言添えておこう)は、かけがえのない表現者のひとりに数えられる。

 

 最後に、亡くした同志に赤い旗を振る切ないナンバーを掲げて、この稿の終わりとしたい。

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