鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

When I'm Fifty Four

 

3月23日に54歳の誕生日を迎えたイワシだったが、

f:id:kp4323w3255b5t267:20160321180408j:image

なにか気の利いたエントリを書かなければと焦っているうちに、二日も経ってしまった。なぜおれは自然な文章が書けないんだろうと思い悩んでいたところ、桃園凛さんのブログを読んで、或る一行にオッと目を瞠った。

「口腔崩壊」

詳細は凛さんの記事に譲る※が、要するに貧困の所為で歯医者に通えず、口内がひどい状態になっている人が増えているというレポートがあるそうな(元ソースを当たらずに書いている)。イワシはハタと膝を叩いた。

《なんだ、コレまんま自分に当てはまる話じゃないか》

 

イワシは幼少の頃から歯が丈夫ではなかった。小学生のころから虫歯になっても歯医者に診てもらわず、親が無理やり通わせても途中でサボっていた。そのツケがたたり、十代後半には虫歯にぜんぶ穴が開き、二十代前半には前歯の一部が欠けた。だから口を開くのが億劫になり、内向的な性格になった。見かねた両親がまとまった金をくれ、新市街の角にある腕のよいと評判の歯科医院でインプラント、即ち差し歯を作ってもらった。奥歯には銀を詰めたり被せたりをした。二十代も半ばになって、ようやく口腔の悩みから解放されたのである。

イワシは遅れてきた分を取り戻そうと躍起になった。外交的になった反面、少し慢心もした。二十代後半のかれは生意気だったかも知れぬ。作り物の歯で得た自信は、しかし作り物でしかなかった。結婚をし、子どもが生まれ、しばらく経ったのち、差し歯ではない犬歯が疼きだしたのである。大したこたないと放置していたら、歯の根が腫れあがり、おたふくのようになった。慌てて近所の歯医者に駈けこみ、そこだけを抜いてもらったが、その歯科医の腕前は今ひとつだった上、保険内でこさえた故か安物の差し歯はたかだか数年でポロリと外れた。

最初は騙しだまし取れた歯を差しこんでいたが、ポリグリップを塗布してもグラつきは治らなかった。というより入れ歯専用の安定剤を歯茎と差し歯に注入するのがそもそも無茶である。そのうち面倒くさくなって放置しておいたら、歯茎の穴が徐々に塞がり、金具が嵌らなくなってしまった。以後、向かって右側の犬歯がない、情けない口もとになった。

三年前に帰郷した頃、尋常性乾癬に罹ったが、抗ステロイド剤の影響だろうか、奥歯が次々に抜けだした。或る日とつぜん前触れもなく、痛みもなく、根っこ毎ポロリと抜け落ちるのである。今イワシの口腔には、僅か数本しか奥歯がない状態だ。さらに右側の差し歯の抜けた部分をカバーするため、もっぱら向かって左側で噛んでいたのだが、その無理がたたってか、ちょうど対角線上にあたる右下の前歯が削げはじめ、やがて会津磐梯の山容のように、三分の二がなくなってしまった。

さあこうなると、碌にものは噛めない。歯ごたえのある食材は滅多に口にしなくなった。たとえばナッツ類は大の好物だったが、歯がなくなってしまった今ではほとんど食べない。肉料理も欲しくなくなった。食べる気が起こらないのだ。歯が少なくなるに従って、味覚は確実に衰える。味とは舌だけが感じるものではなく、口腔全体で把握されるものなのだ。

まあ、それは歯を大事にしなかったイワシの自業自得とは言えようが、かれとて人一倍歯のケアには心を配り、せっせと磨いてはいたものだ。最近では歯磨き粉を使用せず、何もつけずにブラッシングしているが、口腔内はせめて清潔にを心がけてはいるようだ。

しかし、もはや手遅れだ。歯を救う手立てはないに等しい。先日叔父の通夜で、イワシは歯科医院を開業している従姉妹の旦那と初めて顔を合わせたが、通夜の席で歯の相談をするのもはばかられ、結局なにも始まらなかった。それに先立つものがない。今のカツカツの暮らし向きでは、とてもじゃないが歯に金はかけられぬ。

あゝこれこそが「口腔崩壊」という名の社会問題の実際例だ。これをお読みのあなた、他人事だと笑ってないで、歯に異常があるなしにかかわらず、定期的に検診なさい。歯が悪いと惨めだぞ。明るい笑顔が作れぬぞ。イワシが自信たっぷりに笑ってられたのは、かれの人生中、たかだか十年程度であるぞ。

しかしそれにしても、新市街に在った歯科医は優秀だった。かれは街中の喧騒を嫌い、へき地に自ら赴いた。何という名前の医師だったか忘れてしまったが、かれの拵えた差し歯は今なお健在である。

が、残りの差し歯がぜんぶ抜け落ちる夢をたまにみる。ハッと目が覚めるたび、抜けないように大切にしようと思う。

 

歯の事情は長いことコンプレックスだった。けれどもこうして書くことで、少しばかり悩みの解消した気がする。

以上。54歳の実相でした。

 

iPhoneより投稿)

 

 

※この記事を書くきっかけになった、桃園凛さんのブログをぜひご覧ください。

 

【参考資料】