久しぶりに音楽の話をしよう。寒い冬に聴きたくなるのって、きみなら何だろう?
「アイス」。
初出は1979年『I Can See Your House From Here(邦題:リモート・ロマンス)』に収録。
①
けれども、最初に聴いたときに「アイス」の抒情はピンと来なかった。冗漫に感じてしまい、針を飛ばして聞いていたくらいだ。
が、その認識はのちに覆された。1993年発表の二枚組ライブアルバム、『ネバー・レット・ゴー』の一枚目に収録された「アイス」の烈しさに、ぼくは完全に打ちのめされたのである。
②
一言でいってしまうと、アンディ・ラティマーのギターに「気迫」を感じた。聴き比べてみれば分かるが、オリジナルとさほど違ったフレーズを弾いているわけではない。だのに、明らかに何かが違う。
それは盟友ピーター・バーデンス(キーボード。2002年に死去)と別れ、アンディ・ワード(ドラムス)もバンドから離れ、ついに一人になったラティマーの意気地なのかもしれない。『シングル・ファクター』以降の、キャメルを引き受けたがゆえの逞しさなのだと感じた。
1979年以降アンディの相棒となったコリン・バス(初代メンバーだったダグ・ファーガソンの安定したボトムと二代目リチャード・シンクレアの浮遊感あふれるテクニックの両方を兼ね備えた、アンディ理想のベーシスト)は、むだな経過音をいっさい弾かないし、オリジナルメンバーだったワードの肌理細やかさと比べると、ポール・バージェスの叩くドラムは当時のミキシングのせいもあって大味な印象を受けるが、拍の隙間が逆に大きなスペースを感じさせる要素にもなっている。
その空間をサスティーンたっぷりのギターが思う存分に押し広げてゆく。
アンディのギタースタイルは(ピンク・フロイドの)デヴィッド・ギルモアと(ジェネシスの)スティーヴ・ハケットの中間に位置すると考えていいだろう(彼がフルートを演奏するということも念頭に置いておくべし)。
それ以前に(英国のインストルメンタルグループ)シャドウズのハンク・マーヴィンと(カルロス・)サンタナの影響も顕著である。
「アイス」には、とりわけ後者二人の影響を嗅ぎとられる。中低音の硬質なクリアートーンにハンクを、フィードバックを使ったロングトーンとチョーキングにカルロスを。
だが先人から受けた影響の段階はとっくに過ぎている。「レディ・ファンタジー」でジェフ・ベックのフレーズをまんま借用していたころの線の細さは微塵もない。太い音色で、アンサンブル全体をグイグイと引っ張っていく。
そしてまた、シンセサイザーソロの途中で挟まれる、氷結のような音色のアルペジオ。C#maj7の奥行きある響き。
このDmのブルースは、同じタイプのインストルメンタルである、ジェフ・ベックの「哀しみの恋人たち」やサンタナの「哀愁のヨーロッパ」やゲイリー・ムーアの「パリの散歩道」、あるいはパット・メセニーの「ついておいで」と比肩しうる名曲である。
個人的には、それら以上だと思っている。
しかし、これはぼくの思いこみかもしれない。自分が評価しているほどギタリスト・アンディの世評は高くなさそうだと、勝手に思いこんでいたのだが。
それは大きな間違いだった。インターネットの時代になって、いかにギタリストのアンディが世界中で高く評価されているか、ようやく思い知ったのである。
そして「アイス」が、とりわけキャメルのファンにとっては、特別な一曲だってことも。
さあ、もう説明はこのくらいでいいだろう。あとはただ聴いてほしい。どれを聴いても同じ顔した金太郎飴に聞こえるかもしれないが、かまうもんか、あと三枚は貼るぞ。
③(削除されています。その代わりに同じライブの「カミング・オヴ・エイジ」を。)
ぼくがびっくりしたのは、ユーチューブでこのライブでの「アイス」の映像を知ってから。アンディがこれほど説得力あるプレーヤーだとは、観るまでは想像もつかなかった。しかし見ればみるほど唸らされるプレイだ。キーボードソロ後、次第にメラメラと燃えあがる情念の炎。ギター一挺でこれだけ語れるギタリストが果たしてどれだけいるだろう。
④(削除されています)
ダイナミックさという点ではこの『Rajas』時のテイクが一番かもしれない。アンディのチョーキングいちいちに応えて、泣き所を心得た観客が歓声をあげ、ドラムがフィルインで煽る。
絶好調に聞こえるが、しかしラティマーは長年骨髄線維症に悩まされていた 。07年に骨髄移植を決意し、キャメルとしての活動は低迷を余儀なくされる。相棒コリン・バスはインドネシアでサバ・ハバス・ムスタファを成功させる(そう、コリンは知る人ぞ知るスリー・ムスタファ・スリーのメンバーだったのです)。けれども体調が回復に向かうにつれ、アンディは活動を徐々に再開し、13年には『スノーグース』のリメイクアルバムを発表するにいたる。
⑤(削除されています)
上に掲げた動画は昨年夏のツアーの様子だけど、他にも数本ある同ツアーの画像の中から(やや画質・音質の悪い)コレを選んだ理由は、撮影している男たちのやりとりが愉快だからである。たぶんこんな会話をしている。
「おい、そろそろ『アイス』演るんじゃね?」
「『アイス』演ってくんないかなあ、マジで」
(アンディ、愛器レスポールを掲げつつ)、
『こいつとは古いつきあいになるよ、1971年からだからなあ。
……次のナンバーは、アイス』
「おーっ!」
「ウヒョー!!!」
まあ、適当に訳したけど、だいたいこんな風だ。途中でカメラは客席にパンするが、観客は見事に野郎ばかり(笑)、しかもみな目が真剣である。愛されてんなあ。
年齢をとるにしたがって、ますますラクダみたいな顔つきになってきたアンディ。けれども彼が、21世紀の今日も健在でギターを奏でていることにファンは励まされるのだと思う。ぼくもそう。来日したらぜひ会いにいきたいミュージシャンのひとりだ。
それにしても、と思う。
アンディがこの単純な構造の、ギターソロの口実みたいなインストルメンタルを書きあげたときに、そしてタイトルを「アイス」だと定めたときに、それなりの手ごたえは感じたかもしれないが、はたしてこれが自身の代表曲になり得ると想像しただろうか、と。
楽曲は、時を経るとともに成長するものである。北欧のフィヨルドのように荘厳な景色を表出する後年の「アイス」を聴くたびに、ぼくはそのことを痛感するのだ。
【追記】
ついでといってはなんだが、これも聴いてみてほしい。現在は瀬戸内海の愛媛県弓削島に在住のデイブ・シンクレア(元キャラバン他)、2011年のソロアルバムからの一曲だ。キャラメル※の再現とばかりにアンディがギターで参加している。ヴォーカルに(一昨年に引退した)ロバート・ワイアットと(ルネッサンスの)アニー・ハズラム。ため息つくばかりの夢の共演である。
※ キャラメル=キャラバン+キャメル
【蛇足】
"I Can See Your House From Here"というタイトル、パット・メセニーの作品にもあるけれど、キリスト教圏では宗教的な意味合いをもつ言葉であるらしい。
ぼくはかつて『駱駝の背中に揺られ』という小説を書いたことがある。毎度のことだが恥ずかしいので門外不出だけど、作品の冒頭で主人公に、「ここからあなたの家を見ることができます」と語らせている。
嗚呼しかし、またもやぼくは喋りすぎたようだ。でも許してほしい。今回の記事は自分のためだけに書いたものだから。
【5月25日の追記】
今年(2016年5月)にキャメルは来日、観にいった李ひとみさんのご報告によると、
今日(22日)はプログレフェス@日比谷野音だったの。スティーブ・ハケットに続きトリがキャメル。スティーブは昨夜の単独ライブ同様GenesisClassicオンパレード!変調変拍子を堪能!キャメルはICEとLongGoodbyeが最高だったよ。
だそうである。くーッ、観たかったなあ。
アンディ・ラティマーの直近のインタビューを載せておこう。
ハンク・マーヴィンとカルロス・サンタナが外れてなかったので、ひとまずホッ。
それから、キャメルが大好きな日本のみなさんの、心温まる感想の数々はコチラ。