鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

12年前に書いた小曲

 

これは昨年末に書棚を整理していたら出てきた手書き譜です。献呈した演奏家に一度だけ弾いていただいたんだけど、電話ごしに聞こえてきたそれは、初見ながら完璧だった演奏ゆえに、作者の力量不足を思い知らされる結果となりました。

拙い箇所がたくさんあります。チェロのパートは間違いだらけです。よく分からないくせにハ音記号で書いたので、ところどころ臨時記号が抜け落ちています。また、ピアノのパートも広い音域を有効に使えていません。
要するに水準にすら達していなかった。
ぼくは恥ずかしくなって楽譜をひっこめました。それと同時に、自分が思い描いた音像と実際に奏でられた楽音との乖離に、他者にイメージを伝えることの難しさを痛感したのでした。
おそらく、何度か奏者と打ち合わせをしながら修正を重ねていけば、それなりの、聞くに耐えうる楽曲に到達したのでしょう。けれどもぼくはその労を惜しんだ。見透かされるのを怖れて。いま思えば、とっくに見透かされていたのですけれどね、初見の段階で。
ぼくはあてどない夢をみていたのです。
楽譜を贈っただけでぼくの意図は了解されるものだ、と。しかしそれは錯覚でした。あのとき自分が為すべきは、なんとかしてこの曲を公に演奏できるレベルまで引っ張りあげてもらうことだった。怠ったのは、演奏家に頼みこんで、欠点を指摘されながら細部を改訂し、練っていくという「共同作業」だったのだ。
12年後の今になって、遅まきながらそれに気づき、ぼくは悔やみながらも、過ちを胸に刻みこもうと、ここに不出来な手書き譜を掲げたのです。
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じつは年頭、このブログのために、新春特別企画と称して、かつて書いた小説の一章を抜粋しようかと、原稿を探していたのです。が、その目論みはこの譜をみた瞬間に、きれいさっぱり消えてしまった。ぼくがこれから書くべきはアーカイブではなく、過去を懐かしむことでもなく、まだ書かれていない、まっさらな一行に挑むことなのだ、と。
「草の根通信」終刊号の、松下センセの写真を見つめつつ、2016年の元旦に思いをあらたにした次第です。
 
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みなさん、本年もよろしくお願いします。鰯
 
 

(2016.1.1  iPhoneより投稿)