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鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

この次はモアベターよ!

 

前回掲載した記事は、当ブログで最も多くの人に読まれている。が、過去のヒット記事のように、賛同ばかりとは限らない。けれども、否定的なメンションを直接いただいていないのは不可解な現象である。それと、これだけは肝に銘じておきたい。これまで訪問してくださった方の殆どは、田中康夫さん、宮崎県日向市の黒木さん、そして今回は小野昌弘さんに関心があったのであって、イワシの文章を読みたいがために訪問したわけではないってことを。

今日は大晦日。来年のことを口にすると鬼が笑うというが、来年の抱負を書く程度なら罰はあたるまい。

来年は、もっと大勢の方がぼくの文章を読みたい目的でこのブログにアクセスしていただけるよう、さらなる研鑽に勤める。

自分でも、なかなか思い上がった宣言だとは思うけどね。

 

さっき、ツイッターをながめていたら、こんな四択設問を見かけた。

質問:2016年は、2015年よりも?

①良い年になる。

②さらに悪くなる。

③変わらない。

④わからない。

途中経過を確かめてみると、②が70%を超えている。ぼくはため息をついた。

ネガティヴでシニカルなことにかけては人後に落ちない自負のあるイワシだが、どうやらわがタイムラインには、ぼく以上のペシミストが七割いるようである。そりゃ確かに昨今の社会情勢を鑑みるに楽観的な未来予想図なんて描けない。現政権のありよう、とくに社会保障や税制の不平等な改革と断行をみるたび、絶望的な気分に陥ってしまう。

が、だからといって、萎れてばかりいていいのだろうか?

もっと奮起しなけりゃならんのじゃないか?

《来年は、今年より、もっと悪くなるかも》

そう思いこんでいたら、なおさら悪くなる一方ではないか。

内憂外患の現在、一億総活躍なんたらといった絵空事みたいなスローガンは必要ではない。悲惨な現状は正しく認識しなければならない。だけど、いい大人が揃いもそろって、もうこの国には希望がない、ただ没落していくばかりだと嘆いているばかりで果たしていいのか? これ以上生活が悪くならないためには、既得権益を打破するには、でたらめな予算配分に原発再稼動に「待った」をかけるには、具体的にどうするかを、前向きに考えなきゃダメなんじゃないのか。

せめて、今年は悪かったけど、来年は良くしたいじゃないか。

だから、ぼくは①をクリックした、来年は良い年になる、と。

 

良い年にしなければならない。(共産党の委員長みたいな口ぶりですが)良い年にしようじゃありませんか。それは人が人として生きていくための、基本的な了解事項ではないのか。なにも大言壮語をぶてと言っているわけじゃない。「そうやって空虚なお題目を唱えつつ現実に目を背けたから日本は戦争に突入して負けたんだ」という言い分も、「あなたの仰っていることはブラック企業の経営者が唱えているのと同様だ」と言いたくなる気持ちも分かる。だが待てよ、そうじゃない。これは思いこみとか精神論とかではないんだ。ただ、後ろ向きになるよりは、前向きに構えたほうがいいんじゃないか。世代論の枠に括るつもりはないが、そんな俯きがちの姿勢ばかりを見せていては、バトンタッチする若者たちや子どもたち、次の世代に示しがつかない、そうは思わないか?

来年は、より良い年にしようぜ。住みやすい、暮らしやすい世の中に変えていこうぜ。あゝ若いころは斜に構え、前向きで建設的かつ説教くさい言説に悪態をついていたイワシとは思えない言いぐさだ。こういうの、いっとう嫌いだったくせして。実はそれほどぼくは変わっちゃいない。だけどシニカルでネガティヴな気運があまりにも充満していることに違和感を覚えている。だから敢えて、柄にもなくポジティヴなことばを使うのさ。

翌年、2016年を、今年よりも悪い年にしてはダメだ。

良くしようと志向し、準備し、設計しなければ。

小さな誓いをたてようじゃないか。自炊が得意になるでもいいし、タバコをやめるでもいいし、ガールフレンドに告るでもいい。みんなそれぞれの目標に向かって、今よりほんの少しでもましな明日を迎えようよ。

これが今日の誓いだ、We Can Work It Out! 

f:id:kp4323w3255b5t267:20151231100147j:image 2015年ダントツの「燃える朝焼け」

 

ぼくがツイッターを好きな理由は、下に掲げたような心温まるツイートに不意打ちを食らうからだ。そしてこれこそが、ささやかだけど、具体的な目標設定ではないだろうか。

今年の終わりに 眺めるだけの ツイッターから さえずりが出来るようになった。もっと もっと 使えるようになりたい。 教えてくれた 人びとに ありがとうと言いたい。 天高く さえずる ひばりのように 声が出せるようになりたい。春が来るまでに。

では、ぼくは小森のオバちゃまみたいに(あるいは「はらいそ」の細野さんみたいに)、このせりふを使って2015年の締めくくりとします。

「来る年はモアベターよ!」