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鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

『アメリカン・ビューティー』

Music

 

2015/09/17。安保関連法案における、参議院の特別委員会で、与党が姑息な手段を使って、法案を可決するという、暴挙を目のあたりにしながら、のんびりと音楽夜話に興じる気分には、なかなかなれない。けれども緊張の糸を、張りつめたままでいると、いつプツリと切れてしまうか、それでは元も子もない。緊張と弛緩は、粘り強く生きてゆくために、健やかに暮らすために、必要な要素なのだ。

f:id:kp4323w3255b5t267:20150918044015j:image とりあえずにおいを嗅ぐ。
 
先日コレを見つけた。グレイトフル・デッドの、『アメリカン・ビューティー』。以前チラッと耳にして、悪くないと思っていたが、三大苦手大物アーティストとして、頑なに拒んできていた。しかし入手したのち、何回か聴いているうち、ぼくはどうやらデッド嫌いを、克服できたみたいだ。約45年も前の作品にしては、驚くほど録音がクリアだし、曲がコンパクトにまとまっており、冗長な部分が皆無なのもいい。こういうことを書くと、分かってないなあと、デッドヘッズからは思われるだろうが、ジェリー・ガルシア以外の、メンバーの区別もつかぬ、門外漢の素朴な感想と、お見逃しください。
一つだけ気づいたことを述べれば、コード進行のユニークさ。うなぎみたいにヌルヌルと捉えどころがないが、いったんポイントを見つけてしまえば、あとはその変化が待ち遠しくなる。具体的にはドミナント(属和音)から、さらにドミナントに潜るやら、サブドミナント下属音)から、さらにサブドミナントを重ねるやらと、トニック(主和音)からのちょっとした逸脱は、レイ・デイヴィスのキンクスにも通じる、独特な経過をたどる。たぶん聴けばきくほど、そういった他との相違が、発見できるような気がする。
さてぼくは宣言しなければなるまい、デッド嫌いを卒業しましたと。これから他のアルバムを追う予定はないが、機会あるごとに少しずつ知っていこう。長いながい道程を、進んでいくためのお伴に、「♪Trackin'」と口ずさむのは、悪くないなと思うのである。
しかし現政権が、米国隷属を鮮明に表した日に、よりにもよって『アメリカン・ビューティー』というタイトルの、アルバムを聴いている自分は、いったいなんだろうと、倒錯した気持ちにもなるが。
f:id:kp4323w3255b5t267:20150918044022j:image なぜだかハレーションを起こした。
え?
三大苦手ビッグネームの、他の二つはなんだか教えろ、だって?
たぶん、いつか手を伸ばすだろうけど、未開拓の分野も、少しは残しておきたいね。
未明の刻のひとりごと。それでは今日はこのへんで。
 
iPhoneより投稿)
 
 【追記】
ご存知の方も多いと思うけど、いちおう指摘しておきます。
日本の「はっぴいえんど」というバンドが、このアルバムから多大な影響を受けていることを。
とくに顕著なのは「暗闇坂むささび変化」と「春らんまん」。
 
【追記2】
先日、宮崎県の延岡からの帰り道、高千穂方面に向かう自動車専用道路のジャンクションで、間違って大分県の佐伯方面に入ってしまった。長いトンネルをいくつも潜って、ようやく北川って出口が見つかって、国道10号線を通って延岡市街まで戻ったんだけど、そのあいだ夜道は暗くって、どこ走っているか皆目見当つかなくって、ものすごく心細かったのね。しかもアシュケーナージが弾くショパンの『4つのバラード&スケルツォ(デッカ盤)』を聴いていたからか、不安は倍増するばかり。そこでディスクを『アメリカンビューティー』に入れ替えたところアラ不思議、それまで感じていた不安感は一掃、平常心をとり戻しました。グレイトフル・デッド、霊験あらかた、ですネ。