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鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

『ぼくは歩いてハイになる』 アンソロジー2011

 

 2011年3月から12月まで、Twilogのなかから、これはいま読んでも共感できるなと思うものを選り抜いてみました。途中いくつか長めの「連続ツイート」がありますが、てきとうに拾い読みしてください。

選択基準は、歩いているときや電車で移動中に感じたことを書きとめたもの、です。

 

本町から片町まで、廃線跡の下河原緑道を歩いて通っている。行き交う人々がみな、例えその内面に苦渋を抱えていようとも、晴れ渡った空の下では一様に幸福そうに映る。南部線を跨ぎ、高安寺の脇から旧街道へと到る坂道の途中で、ふと振り返ってみると、多摩丘陵がうっすらと春色に霞みがかっていた。

posted at 20:01:42

JR武蔵野線新秋津駅から西武池袋線秋津駅へいたる秋津の町の夕暮れの寄る辺なさよ。
方々から立ちこめる立ち飲み屋の焼き鳥の香りに誘われて誘われそれでもまだどこにも寄らず。

posted at 15:09:58

昨日の夕刻、国分寺崖(がい)線を探索。武蔵野台から雑木林に分け入り、旧鎌倉街道の切通を上り、武蔵野線を望む小高い場所で案内してくれた同僚いや友人と発泡酒を飲み、ひとしきり語ったあとは国分寺跡、お鷹の道と湧水群を尻目にハケを上り、国分寺駅へと到る小二時間の旅を、心ゆくまで満喫した。

posted at 18:26:30

突然のにわか雨。テントの下で雨宿り。作業員一同、凍えつつ身を寄せあう。雷光の閃き、雷鳴の轟き、天を仰ぎ、暗雲のゆくえを目で追う。寄る辺ない感じがするねと、誰かの口からもれた呟きに、テントに避難した全員が深く頷く。太古の昔より人間は自然に畏れを抱いたが、今の世でもそれは変わらない。

posted at 04:15:17

雨の中を歩くのが好きだった。ずぶ濡れになっても平気だった。けれども近ごろ雨に身をさらすのが億劫になった。雨粒の一滴すら怖れるようになった。

posted at 01:54:54

今日の空はいつにも増して軍用機の往来が頻繁だった。

posted at 18:53:38

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うっかり寝過ごして、降りる駅を過ぎてしまった。次の駅で降りて折り返すことをしばし考え、ええいこのまま終いまで乗っていようか、終点の駅で折り返してみるかと、酔狂を実行するに思い至った。日常の、ふだんからの、ちょっとした逸脱。posted at 05:58:37

武蔵野線は、府中本町と西船橋を弧で描く路線だが、そこから海浜幕張を経て東京駅へ到着する。前々から訝しんでいた、これホントに東京駅まで行くのかと。その疑いがいま解消される。片道おおよそ1時間半。行って帰って約三時間。ただ電車に乗っているだけ。posted at 05:58:55

武蔵浦和から先に行ったことがない。いや待てよ、違う、ぼくがまだ二十歳過ぎのころ、東武線から乗り換えて三郷のほうまで乗っていったことがなかったか? そうだそんなことが確かにあった。そのころ買ったばかりの一眼レフカメラを携え、中川のほとりを散策した。記憶の遡行。posted at 05:59:28

ずいぶん鄙びた場所だなと当時は思ったものだ。いまではそこら中にマンションやら一戸建て住宅が、ショッピングセンターや街道沿いのレストランが建ち並んでいる。が、それでも駅と駅との間には必ず田畑があり、それらを囲むようにこんもりとした森が茂っている。posted at 05:59:49

しかし三郷を過ぎ、流山に入ったあたりで、車内の様相が確実に変わった。乗り降りするひとの顔かたち、服装のセンス、喋り方など、すべての面において。埼玉と千葉の違いがこれほど明確だとは思いもよらなかった。率直にいえば、ざっくばらんというか、よりくだけた感じ。posted at 06:00:06

よく言えば気取りがないし、悪く言えばだらしがない。それはとくに若者、男女を問わず高校生・大学生のふるまいに顕著であった。千葉に比べると埼玉の若者は良くも悪くもおっとりしており大人しい。断っておくが、これは批判じゃないよ。あくまでも、ぼくの印象。posted at 06:00:23

そして東流山のあたりは濃い霧に包まれていた。posted at 06:00:36

そんな悪天候にもかかわらず、目の前のマンションのベランダの軒先には、洗濯物を干しっぱなしにしている部屋が何軒かあった。大きな白いシーツが風に揺れている。濃霧のきれはしの向こうにゆっくりと波打っている、まるでスローモーションのように。posted at 04:49:10

霧の立ちこめる情景に見入っているうち、タルコフスキーの「ノスタルジア」を唐突に思いだした。最初はあまりにも退屈に思え、何度も眠気に襲われたのに、いくつかの場面が脳裏に焼きついてしまい、数週間後にはまた観たくなった、意識の深い部分に訴えかける、あの映画を。posted at 04:49:32

映画について詳しくない。ただ、ぼくにとってかけがえのない映画は、どれもみな映画のなかで起こっている出来事に、実際に関与しているような錯覚を覚えさせるもの、あるいは始まって終わるまでのあいだ、まるで映画の住人になってしまうようなものだ。posted at 04:49:46

ノスタルジア」がそうだし、ジャック・タチの「ぼくの伯父さん」がそうだ。小津の後半の作品もそうかもしれない。いずれにも共通していえることは、一見無意味ともとれる、日常の些細な所作を、丁寧に・執拗に反復してみせるところだ。posted at 04:50:05

いま、こうやって電車に乗り、車窓の景色をぼんやりと眺めている。その状態は映画を観ているのと非常に近い。ある一定の時間、ぼくは否応なしに運ばれ続ける。通勤の目的を失った通勤電車は、ただの電車になり、移動手段ではなく、移動する容れものに変わる。posted at 04:50:54

主体を失って客体となる。無目的な電車の乗客は、映画を観るものと、態度が同一なのである。posted at 04:51:15

ぼくの寝言のような、中身の乏しい思考は、しかしけたたましい嬌声に、中断を余儀なくされる。しどけない姿態をさらしながら、紙パックに挿したストローを噛んでいる。上目づかいで手鏡を睨みながら、前髪を整えている。あふれんばかりの生命力、存在感に圧倒される。posted at 04:51:47

と、思うまもなくドアが開き、湿り気を帯びた風がホームから車内に運ばれる。さっきまでの喧噪がまるで偽りだったかのように、車内が静寂につつまれる。西船橋で二分間停車ののち、武蔵野線京葉線の支線に入り、海浜幕張を経て東京駅へといたる。posted at 04:52:07

西船橋から、海岸に向かってぐっと張りだした線路は、そのまま東京湾の沿岸をなぞるように走る。高架から見下ろす、濃霧につつまれた湾岸の景色は、水墨画のように色彩を失い、白と黒の濃淡で表される世界となっていた。posted at 06:00:58

運河を浮かぶ浚渫船の鈍色や、煙突の赤いストライプ以外、目に飛びこむ色は、ほとんどない不鮮明な視界。倉庫や工場の輪郭は失い、陸と海と空の境界すら判然としない。すべてが元の形状を留めず、曖昧にぼやけている。posted at 06:01:14

それにしてもなんと巨大な、建ち並ぶ倉庫の群れだろう。関東の消費をあまねく満たすための、流通のベースとなる東京湾。羽田へのモノレールに乗るときにも感じるが、想像をはるかに超える物流基地の規模を見るにつけ、ぼくという一個人が、取るに足りないちっぽけな存在に思えてしまう。posted at 06:01:32

湾岸をひた走る武蔵野線直通電車、浦安の町を眼下に望んでいる。液状化に苛まれた痕跡を確かめようと、しばし目を凝らすが、車内から一瞥するくらいでは、なにも分からない。阪神淡路の震災の二ヶ月後、復旧した新幹線の車窓から、神戸の街を覗いた、あのときの後ろめたい思いが、ふと甦る。posted at 06:01:52

《気になるなら、その目で確かめたいなら、降りてみればいいのに。傾いた家屋やがれきの積まれた路地を、ひたすら歩いてみればいいのに。それができない、しようとしないオマエは、ただの傍観者で、被災を論ずる資格なぞないのだ》と、怯懦な自分を苛む声が耳奥にこだまする。posted at 06:02:07

青べか物語」で描かれた浦安が、薄墨のように色褪せた町並みを無防備にさらしている。山本周五郎の、市井のひとの営みが、行間から立ちのぼってくるような文章を、いつか書きたいという願望がある。だが、しかしその前に、ぼくにはやるべきことがあるはずだ。posted at 06:02:25

ぼくは自分に問いただす。《現実に戻らなければ。辛い現実にしっかりと向きあわねば。日々の厄介な問題から逃れようとせず、一つひとつ、目前にさし迫る問題を解いていかなくては・・・ それができないで何が「表現」だ? 何が「創作活動」だ? 欺瞞じゃないか》と。posted at 06:02:46

そして電車は舞浜に着く。奇妙な格好をした一群が大挙して車内になだれ込んできた。posted at 06:03:03

TDL観光帰りのご一行。となりにドカッと座った女性が「ママーこっちの席空いてるー」と大声で呼びかける。関西の訛りがある10名ほどのこの団体、なんの共同体だろう。よもや家族の関係ではあるまいが、親密に見えるのは、耳のついた被りもののせいか。posted at 05:46:57

ネズミの形をした窓のモノレールが徐行しており、さらに奥には、ヨーロッパ風の城や、火山や、色とりどりのホテルが建ち並んでいる。非日常を演出する空間だと承知していても、通勤電車から日常の視点で眺めると、何とも奇妙で、シュールな風景だ。posted at 05:47:35

まったく千葉は奥が深い。いろんな「貌」を持ち合わせており、一筋縄ではいかない。となりの県なのに、まるで異国のようだ。これがぼくの棲む埼玉と地続きで、一本の路線で結ばれている事実に軽い興奮を覚える。同じ関東平野、そんなに遠い距離ではないのだ、と。posted at 05:47:51

だから高濃度の放射線量も、液状化現象も、余所事として捉えるわけにはいかない。さし迫った問題として、わが事だと認識しなくてはならない。一時間半、武蔵野線に揺られることにより、イメージの修正を余儀なくされたのだ。posted at 05:48:24

新木場を過ぎた電車は、高架を降り地下へ、東京都の腸を潜行してゆく。向かい合わせた席の男が、スマートフォンを無我夢中でまさぐっている。座っているのにリュックサックを背負ったままで。何か文字らしきものを打ち込み続けている。ツイッターでもやっているのかな。posted at 05:49:01

ブレーキの軋む音がし、電車は東京駅へ滑り込む。圧縮された空気の抜ける音がし、左右のドアが一斉に開閉する。関西方面から来たママさんご一行も、リュックを背負ったツイッター男も、物憂げに席を離れ、ホームへと向かいだす。最後にぼくも席を立ち、大きな伸びをした。posted at 05:49:32

《ようやく終点に着いた。さてこれからどうしよう》構内のトイレで用を足しながら、しばし考える。《改札を出て、日本橋あたりを散策しようか、それとも……》しばらくしたのち、ぼくは再び、府中本町行きの乗客になっていた。改札を出たかでないかは、ご想像にお任せする。posted at 05:50:08

移動は、人の想像力を惹起する。旅先で、多くの着想が生まれる。距離の問題ではない、日常から意識的に離れること、離れることによって違う角度から何かを発見すること、それが大事なんじゃないかな。

posted at 08:05:

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昨日の夕方、東口。マックの店先の席に座っている白人の初老の男性が、周囲の迷惑も顧みず大声で歌っていた。 MP3プレーヤーをイヤホンで音楽を聴きながら、それにあわせて歌っている。と、なにやら聞き覚えのあるフレーズが聞こえてきたので、ぼくは思わず耳をそばだてた。posted at 05:46:10

Now You Don't~ が繰りかえされる。彼は吐き捨てるような調子で畳みかける。~Your Next Meal. 押し潰しただみ声で、ミ~ルと引っ張る。間違いないあの歌だ、確信したぼくは、ジャストのタイミングでリップシンクした。HOW DOES IT FEEL! posted at 05:47:03

二度目の How Does It Feel のときに、ぼくは「あんたが歌ってるのはボブ・ディランの『ライク・ア・ローリング・ストーン』だよね」という、やや共感めいた思いを込めて、口の端に笑みを作りつつ、彼をまともに覗きこんだ。しかし彼は、posted at 05:47:24

こちらをチラッと一瞥したのち、愛想笑みを返すでもなく、そのまま不機嫌な態で、Like A Rollin' Stone とがなり続けた。ぼくは肩をすくめ、その場をそそくさと立ち去ったが、posted at 05:47:53

しかし彼はなぜ、どんな気持ちでディランを歌っていたのだろう。単なる気晴らしにはとても思えなかった。何かを訴えているように見えた。裕福そうな初老の白人が、日本の現状と日本人に対して「気をつけろ落ちるぞ」と警告しているように思えた。posted at 05:48:08

〈余計なお世話だ……〉と内心で毒づきながらも、老人のイライラした調子のだみ声は、駅のコンコースから改札口までかすかに届いていた。そして「どんな気がする? 帰る道を失った気分は」というあの問いかけは、帰宅するまでずっとつきまとい、いまだに離れないでいるのだ。

posted at 05:49:19

 

土曜日の早朝、新宿駅西口ヨドバシカメラ前の長距離バスのりばで異様な光景を見た。リクルートスーツの集団が4,5名のグループを形成し、全員直立不動で互いに向かい合って、「いまを決してムダにしないことっ」「自分にできる精一杯のこと、それ以上のことをやり遂げよう」と確認し合っているのだ。posted at 13:59:53

リクルートスーツの若い集団が就活中なのか就職後なのかはわからないが、リーダーと思しき者の口調には反論を許さぬ断固たる強制力があり、直立不動でハイッ、と答える彼らはひたすら圧力に耐えているようにも見えた。これは企業の新人研修か。それとも社会人に備えてのセミナーのようなものか?

posted at 14:26:48

 

今朝は雨。傘をさして歩くと、薄く煙った町並みが静かにたたずんでいる。道端に、名前を知らぬ小さな黄色い花が咲いているのを見つけた。雨に負けぬ花。健気な姿がいとおしい。

posted at 07:38:18

だが、その静謐な町の眺めも、駅へといたる通りに入ると様相が一変する。原色のオンパレード。他を圧するように派手な色あいの看板の羅列。互いが互いを打ち消しあう無意味。なぜ、かくも日本の街の景観は、これほどまでに穢くなってしまったのだろう。

posted at 07:42:01

 

ひとりごと。なんだか闇夜に向けて銃を放っているような気がする。 狙うべく標的も見あたらないまま。

posted at 05:07:04

昨日は雨の降るなか、てくてく歩いてみた。線路の脇を進み、小高い丘を越え、雑木林を抜け、住宅地にさしかかり、袋小路に陥った。ようやく抜け出し、茶畑の道から見渡せる駅前を目指したが、いつもと違う角度から望んだ我が街は、普段とは少し違う、よそよそしい顔をしていた。

posted at 05:02:51

K台からA町を経て、二つの踏切を跨ぎ、H町へと至る。あれやこれやと思いだし、せつない気持ちがあふれそうになる。かかりつけの診療所だとか、東口の公園だとか。雨ににじんだ過去の記憶が、ぼくを感傷へと導くのだ。

posted at 05:34:20

でもね、バスに揺られるのも悪くはないよ。故郷では市内に出るときバスに頼るほか手段がなかったが、そのころを思いだし、ノスタルジックな気分に浸った。野火止あたりで見た夕日に朱く染まる街並みもきれいだった。

posted at 05:29:50

しかし埼玉の風景はどこもかしこもたいして変わらない。駅前・商店街・民家・マンション・茶畑・雑木林・送電線・バイパスの渋滞。さいた まんぞうの名(迷)曲『なぜか埼玉』の歌詞の如く。「なぜかしらねど ここは埼玉 まえもうしろも ぜんぶ埼玉 西も東も みんな埼玉 北も南も みんな埼玉」

posted at 05:08:03

通う道すがら、生け垣の向こうから、大音量のリズム&ブルーズが聞こえてきた。そっと垣間見ると、壁一面のレコードが目に入る。さらに奥の間にも、レコード棚が列をなしている。途方もない枚数を蔵しているようだ。旧い造りの一軒家なのだが、主がどんな御方なのかが、とてもお気になる。

posted at 05:31:29

美味しいトマトが実った畑。冗談を交わしつつ汗を垂らす現場。変化のない家並みに住まう慎ましい人びと。が、一筋縄ではいかない個性も所々に潜んでいる。愛すべき埼玉。しかしこの地にも、目に見えない何ものかが静かに降り注ぎ、日夜蓄積しているというのだ。にわかには信じがたい事だけれども……

posted at 05:46:39

ふと見あげた 眩しすぎる空の青 まっすぐに伸びてゆく 一筋の飛行機雲 そういったことどもを ぼくは語りたい。

posted at 06:44:28

どんな些細なことでも記録しておこう。記憶は次第に薄れていくものだから。

posted at 02:42:58

日々見慣れた街並みも、写真でみると、まったく違った印象を受ける。

posted at 04:01:52

記憶は日々薄れていくものだけど、想いは永遠に残る。

posted at 04:28:43

だけど、今日この日に感じたこと、見聞きしたことなどを、できるだけ書き留めておこう。いつしか思い出を呼び覚ますために、過去の記憶を引き出すためにも。

posted at 07:42:28

 

吹きさらしの武蔵野線のホームにたたずむ、4歳くらいの女の子とベビーカーに乗った2歳くらいの妹。ベビーカーは停止線ぎりぎりで線路と平行に置かれている。ホームを垂直になぶる横風が吹きすさぶ。危ない。屈託のない妹の笑顔とは対照的に姉の表情は不安げだ。ぼくは訝しがる、親はどこに? posted at 07:33:33

猛烈な勢いで貨物列車が通過する。ぼくは姉妹の傍ににじり寄る。万が一ベビーカーが風に押されたら、未就学児の姉の力ではどうすることもできないだろうから。すぐに手を出せるところまで近づいたのだ。貨物列車が通り過ぎる。何事もなく、少し安堵する。しかしぼくは憤る、いったい親はどこだ? posted at 07:34:21

幼子をホームに放置したままの、無責任な親はいったいどこにいる? かれこれ5分近くも、いったいどこへ行ってしまってる? トイレかキオスクか、それとも……と、ぼくは最悪の事態を想像してしまう。ベビーカーに乗った妹は、あいかわらず屈託なくほほ笑んでいる。まるで天使のように。posted at 07:35:46

姉のほうはといえば、しょっちゅう昇降口のほうを見やり、親が戻ってくるのを心待ちにしている様子。おうちの人はどうしたのと、声をかけるべきではないかとよほど迷った。しかしそれも不安を煽るだけだろうし、第一、不審者と間違えられたらたまらない。そう思うと、うかつに手出しはできない。posted at 07:36:29

しかし、そこでぼくはふと気づいた。ベビーカーの周りを見渡すと、ぼくと同じように微妙な間合いをとって、ふたりのこどもを見守る中年男と、学生風の若い男がいることに。彼らもまた、心配でならないのだ。いつでもこどもたちの安全を確保できるような位置に、それとなく立っている。posted at 07:37:45

やがて上り電車が滑りこんできた。この子たちをホームに残したまま、乗るかどうか、乗れるかどうかと躊躇う。電車が減速するあいだ、ぼくは考えあぐね、そして停止し、ドアが開いた瞬間、やっぱりこの電車は乗り過ごそう、この子たちに声をかけてみようと決心した、まさにそのときだった。posted at 07:38:59

ふたりの女児の、父親と思われる若い男が、なにごともなかったかのように、ベビーカーの取っ手を掴み、姉の子の頭を撫でた。姉は父親の足もとに掴まり、嬉しそうに笑った。笑顔を取り戻したお姉ちゃんの顔を確かめ、ああ無事でよかったと、ぼくは一安心し、それからそそくさと電車に乗りこんだ。posted at 07:40:05

ドアが閉まり、電車が走り出した。ふたりの女の子と父親の姿が、みるみるうちに後方に遠ざかる。安堵と憤りがないまぜになった気持ちを抱いたまま、ぼくは心の中で祈った。かりそめにも親ならば、子どもの手を絶対に手放すなよ、と。posted at 07:40:48

車内に目を移すと、さっき子どもたちをそれとなく見守っていた、ふたりの男と視線が交わった。お互いに曖昧な笑みを浮かべあった。照れくさかったので、ぼくはべつの車輌に移動したが、そこであえて自問してみた、見守るだけじゃなしに、もっと積極的に、ことばがけすべきじゃなかったのか、と。posted at 07:41:43

以上、先だって武蔵野線のホームで起こった小さなできごとでした。

posted at 07:42:20

 

海峡を渡る蝶 曇天の空に舞う 身の程を知らず 分を弁えず 鈍色の海原を眼下に か弱き羽を震わす 海峡を渡る蝶 無謀な片道飛行 突風になぶられ 白濁した波飛沫が 黄色い羽を濡らす それでもおまえは望む 遥か彼方に浮かぶ 薄墨色した岬の影を 都会の側溝に 朽ち果てるよりはましだ と

posted at 07:58:55

 

さっきみた西の空は、朱色に染まっていた。鮮やか過ぎる夕焼けは、人を不安な気持ちにさせる。

posted at 17:50:41

東武東上線 柳瀬川駅上りホーム。17時3分池袋行きの電車を待っていると、線路からなにやら叫び声が。覗きこむとなんと! 猫が雉(鳥のキジです)を追っかけていたのだ。雉は辛うじて脇の繁みに逃れ、見失った茶虎の猫も線路から逸れていったが……埼玉郊外でみた、まさにホンキーな光景でした。

posted at 06:04:50

改札を出て南の空を見上げると、するどい輪郭の三日月が浮かんでいた。

posted at 17:47:00

 

その町では毎日、4時半になると「夕焼け小焼け」のメロディーが放送される。小学校のラッパ型スピーカーから流れる音楽に、「この音楽が終わるまでに、おうちに帰りましょう」という女性のアナウンスがかぶさる。そんな短い時間で家に戻れっかよ、と、その地域のこどもたちはいちいち突っ込んでいる。posted at 17:53:26

毎日夕刻に流れる「夕焼け小焼け」に、耳を傾けていると、ああこの辺に住んでいたら、これをずっと聞き続けながら子どもたちは育ってゆくんだなと思った。しかし、このようなもの悲しい旋律を毎日聞くことで、どのような精神史が形作られてゆくのだろうか、影響のない筈がないと、ふと考えてしまった。posted at 17:59:54

放送される「夕焼け小焼け」はト長調で、メロディーはたぶんアコーディオンが担っている。「フーテンの寅さん」のような編成のアンサンブルを思い浮かべてもらえばいい。後ろのほうでは、スネアドラムのリムショットや、ボンゴだかウッドブロックだかの、馬の脚音みたいなリズムが鳴っている。posted at 18:04:04

ビオラがうっすらと対旋律を奏で、「夕焼け小焼け」は少しずつ音量を増してゆく。そして「帰りましょう~」の「う~」の音、すなわちソの音が引っ張られている間に、アコーディオンの背後に控えていたストリングスが、E♭の和音を響かせる。ご丁寧にもそのうえに、グロッケンシュピールが降りそそぐ。posted at 18:09:29

キラキラと降りそそぐグロッケンのオブリガートに耳を奪われている間、「夕焼け小焼け」はト長調から半音あがり変イ長調へと転調している。その、見えすいた転調部分にさしかかるたびに、ぼくはフワッと浮いたような気分を味わう。わかっていても半音階、調が変わったことに、快楽を感じてしまうのだ。posted at 18:13:31

それから先は、マントバーニふうというか、流麗なストリングスがオクターブで響き渡り、ピアノやらヴィブラフォンやらの一緒くたになったオブリガートがきらびやかに彩りを添え、しまいにはA♭maj7の和音が、ご丁寧にも三回繰り返され、「夕焼け小焼け」は今日一日を劇的に締めくくるのだ。posted at 18:19:21

「夕焼け小焼け」のエンディングにかぶさるように「それではみなさん、さようなら」というアナウンスが流れる。あたりに夕闇が迫りつつある、午後4時35分。これが子どもの人格形成に影響しないと誰が言い切れようか。毎日きまった時間に、環境そのものが、いつも同じ音楽で覆われてしまうのである。posted at 18:23:07

ぼくのような大人が聴くから、気になってしまうのかもしれないが、子どもたちはとくに意識しないまま、この「夕焼け小焼け」を記憶に焼きつけてしまうだろう。あたまから最後まで、寸分違わず。それは彼らが大人になったときの、原風景を形作る、呼び水であり、懐古へのBGMとなることは間違いない。posted at 18:27:45

それが良いことか悪いことか、ぼくには判断つかない。もう一週間ほど、このことを漠然と考えているのだけれど。ただ、確かに言えることは、これが現状だってことだ。子どもたちの無防備な耳は、いつだって自分をとりまく環境の音に左右されてしまう。半音転調のメカニズムを、自然と教育されてしまう。posted at 18:30:57

このことに関しては、もう少し考えてみたい。「夕焼け小焼け」の半音転調が、ぼくにもたらしたものを。そして、その町に住まう子どもたちに、どんな影響を与えるものなのかを。

posted at 18:33:31

 

で、イヤホンつけて“kind of blue” 聴きながら吹きさらしのホームに突っ立っていると、通過列車の警笛が“so what” とうまく被って、マイルスでもキャノンボールでもコルトレーンでもない、もうひとりの管楽器奏者による絶妙なアドリブに聞こえた。「モード」の持つ懐の深さ。

posted at 10:21:48

いまどこにいるのか定かではなくなる道がある。時間の感覚さえもがなくなってしまったような。舗装は途切れ、街灯もなく、ただ風の吹きすさぶ音が耳をなぶっている。ふと足もとを見下ろすと雉トラの猫がいる。スニーカーにまとわりつきながら語りかけてくる。この先は冥府だけど、それでも行くのかい? posted at 18:22:16

猫の頭をひと撫でして、ぼくは先へ進む。あたりは真っ暗闇で、もはや何も見えない。踏みつけられた枯葉がかさこそと擦れあう。足早に通り抜ける、冥府にも似た道を。視覚も聴覚も、時間と距離の感覚も、何もかも奪われてしまったみたいだ。いや、まてよ、ただひとつだけ感知できるものがある、匂いが。posted at 18:30:13

雨に匂いがあるように落葉にも匂いがあるのだ。posted at 18:31:14

ぼくは雑木林の中をさらに進む。はるか遠くに見えるのは旧いマンションの灯り。冥府にも思えるような暗がりの中だって、永遠に感じるような時間の喪失感だって、木立の匂いをかげば、平常心を取り戻せる。何かひとつだけでいい、頼れるものがあるなら、なんとか進んでいける、それがわずかであっても。

posted at 18:37:03

いつもと違う道を歩いて帰った。ホルモン焼きとかワインバーとか、新しいお店がいくつか出来ていて、なんだか知らない街みたいだった。

posted at 18:31:18

せっかちに歩く石畳の歩道。俯きぎみの視野には夕陽に伸びた自分の影と左右のつま先のみが映しだされるところへ、まぁそう焦るなよと耳元でささやくように、ミュートつきトランペットのマッチを擦るような音。急ぐこたぁないぜ立ちどまってみろよ、優雅なワルツにしようか、ぜんぶがそりゃBlues。

posted at 18:03:19

東の空に、しらじらとした月が、他人行儀の態で、ぽかりと浮かんでた。

posted at 17:52:52

人の営みも記憶もまた、その地に刻まれるものなのか。

posted at 06:09:16

ぼくは走って灰になる。空中に撒かれて地上に降り積もる。

posted at 06:11:11

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一昨日のことである。その日はとある事情により所持金がなかったので、やむなく仕事場の府中から自宅まで、歩いて帰ったのだった。なあにたいした距離ではないさ、府中街道まっすぐ進めばいいだけじゃんと気楽な気分で歩き出したのである。posted at 04:37:47

たしかに歩き始めは順調だった。旧甲州街道を左折し府中街道に入り、府中刑務所を脇目にしつつ国分寺崖線の坂道を上り泉町のX型歩道橋を渡る。ここまでの所要時間が約40分。いい調子だ、なんの問題もないさと鼻歌まじりで西国分寺駅を通過したのだった、が。posted at 04:47:22

 恋ヶ窪のあたりで府中街道を逸れ脇道に入ったのがまずかった。昨年この辺りで仕事したものだから、土地勘があると自惚れていたんである。ふたたび街道に直面したので迷わず進んだ。しかしそれは、府中街道ではなく、五日市街道だった。標識もなく、道幅も同じくらいだったので勘違いしたのである。posted at 04:53:23

午後6時を過ぎており、夜の暗さになっていたので、誤りに気づかなかったのだ。20分ほど歩いて、こりゃおかしいぞと思いだし、それでもなお進むと、「立川市」の看板が! しまった間違えたかと思い、次に大きめの四つ角に来たら右折しようと思った。ここが立川なら右方向が野老方面になる、と。posted at 05:01:35

そこで比較的大きな通りを右に曲がったのだが、5分も進まぬうちに道は狭くなり、あたりは閑散としてきた。大きな団地があって、5階建てくらいのが数十棟並んでいる。案内板で確かめると「若葉団地」と記されている。ここはどこだ、いったいおれはいまどこにいると、不安な気分に陥ってしまった。posted at 05:07:09

なるだけ往来の頻繁な、人通りの多そうな道を選んで歩を進めた。すると、しばらくして見慣れた道に突き当たる。標識に→ 福生、と書いてある。えっ福生? と仰天したが、それが五日市街道だったのだ。つまり、posted at 05:18:24

ぼくは同じところ、立川市若葉町のあたりをぐるぐる回って、結局もとの道に戻ったというわけだ。そこでさすがに気持ちを切り替えて、→小金井橋、と書かれた方向、つまり来た道(五日市街道)を引き返すことにしたのである。恋ヶ窪付近で府中街道にふたたび出くわすまで。posted at 05:24:58

で、府中街道にぶじ戻ったが、胸中さまざまな想いが去来し、おれいったい何やってんだろうと韜晦することしきり、であった。道すがら考えたことをここで詳らかにするのは差し控えるが、そうとう文学的な想念が頭の中をめぐっていたのだ。posted at 05:30:24

ひとつだけ思いだしたことを書いておこう。それは中学3年生のころ、書棚の裏に隠していたはずの「月刊プレイボーイ」が、掃除した母親に見つかり、遊びから帰ってきたら机上に置かれていた。気恥ずかしさにぼくはとっさに家を飛びだし、5,6時間そこらへんをうろつきまわった、その時のことを。posted at 05:35:26

それが初めての、プチと冠につく家出だったのだ。それから何度も、10代の頃のぼくは家出を試みたが、そのときの寄る辺ない感情が、いまこんな中年になってもなお、甦ってくるのである。夜空の下をこうやって、街道をとぼとぼと歩いていると。posted at 05:40:18

立ち並ぶ家々をみながら思う。ああこの一つひとつの窓明かりに、団欒があるのだなあと。団欒ばかりではないかもしれないが、それぞれの生活があるのだなあと。休日前の夕餉の時間に、いったいおれはなにをやってるのだろうと、なんども自分を責めながら、府中街道を小平に入る。posted at 05:45:15

津田塾の前を通ると、校門の向こうに、それはそれはみごとな、巨大なクリスマスツリーが、闇の中の宝石みたく、色とりどりに輝いていた。写メに収めたい誘惑にかられたが、女子大の敷地を撮ることになるので自重した。ここに掲げてお見せできないのが残念なほど、ぼくの目には美しいものに映った。posted at 05:50:39

 ブリヂストン工場前のイルミネーションも見事なものだった。そうやって青梅・新青梅の街道を跨ぎ、ぼくは一心に野老を目指した。歩き疲れ、脚が痛み出し、腹が減り、思考は単純化する。街道沿いのさまざまなお店、外食チェーン店の明かりに苛まれながら、ぼくはひもじさを我慢し、東村山を抜ける。posted at 05:56:52

ようやく野老に帰ってきた。家にたどり着いたのがちょうど9時。5時に府中を出たから、4時間かかったことになる。こういう経験が、ぼくになにをもたらすかは、今後の自分次第だけど、こんな辛い思いはもうこりごりだというのが、2011年12月22日「夜の行進」の、率直な感想でした。

posted at 06:01:58

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南の空の、三日月と金星とが、会話しているように見えた。

posted at 18:10:37

2012年は小説を書く。

posted at 07:44:36

 

(苦笑)ウソつけ。ついに一篇もモノにできなかったくせして。

と、自分ツッコミして終わりにします。次いでアンソロジー2012~13も投稿します。するなと言われても、します。なお、タイトルはムーンライダーズの「僕は走って灰になる」をもじったものです。

ではまた、月の裏側でお会いしましょう。