【あらすじ】
ええと、主人公田宮陽子の父親です。最近娘の様子がおかしい、と勘づいたのは、高校三年生になってすぐのことでした。大学受験を控えたこの大切な時期に、陽子は学校から帰るやいなや、ただちにピアノの練習を始めるのだそうです。妻に言わせるとその勢いたるや尋常ではないと。さらに、深夜まで同じ曲を聴いておると。
だから家族会議を開いて陽子を問い詰めました、「どういうことなんだ」と。するとどうです、彼女はおずおずと『新人音楽コンクール』の応募用紙を差し出すではありませんか。「出場したい」と、切々と訴えるんですよ。
ぼくはね、言ってやりました、「いまがどういう時期だかわかっているのか」って、ええきっぱりと。だのに陽子は頑ななんです。「いましかないんです」とか言い張って。頑固なのはだれに似ているのでしょうかね……ともかくぼくは反対です。だって、ピアノでメシが食えるわけないでしょうが。そうは思いませんか?
姉の佳子から聞いたところによると、どうも共演する男子生徒が「陽子といい感じ」だと。名前を松本祐二といってあの松本興業の次男坊、つまり御曹司だと。まあね、ああいう大金持ちの息子さんなら、道楽でいいんでしょうけど、うちにはうちの事情ってものがありますし……困るんだよ、そそのかされてはね。
なんでも『フランクのヴァイオリンソナタ』って曲を演奏するんだそうです。ぼくはビートルズ世代でロックオンリーですから、クラシックはさっぱりですが、いったいなにが二重奏だ、のぼせるのもたいがいにしろ、といいたい。
陽子のピアノ教師、百目鬼先生の所にこれから行くところなんです。事の真相を確かめに、です。あのじいさんにもひとこと言っておかないと。「陽子は受験ですからレッスンは当分控えたい」って。だけどあの先生おっかないからなぁ……それじゃ、失礼します。
――あのー、これってあらすじになるんですか? (田宮征三)
以上、青春小説『二重奏』のあらすじである。30文字/25行の指定があった。ふざけすぎかな?と思ったが、これが「坊ちゃん文学賞」の下読みの方々に好評だったそうで、高橋源一郎さんも「あらすじだけならダントツ最優秀賞」と(複雑な心境になるようなことを)おっしゃってくださった。
さて、本編は一週間くらいあとには投稿する予定でいる。400字詰原稿用紙99枚ぶんの内容なので、二回に分けて投稿することも考えたが、どうせならブランクをあけずに一気に読んでもらいたいので、一回のエントリにしようと決めた。
それまで、予習として(笑)この演奏を聴いておいてもらいたい。
アルテュール・グリュミオーのVnとジェルジ・シェベック(シェボック)のPfによる、セザール・フランク作曲『ヴァイオリンソナタ・イ長調』を。
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前半はフォーレ。フランクのは44分30秒からラストまでの四楽章。
そういえば、中沢新一さんから何のアルバムを聴きながら書いたの?と訊かれて、77年録音のグリュミオーですと答えたら、「へえ意外だな。ぼくはもっと新しいひとの演奏を聴きながら読んだんだよ」とおっしゃられたな。
世評がどうだかは知らないが、数多の演奏家の名演と聞き比べてみても、この盤は遜色ないと思うし、いつ聴いてもみずみずしい、ぼくにとっては永遠の一枚だ。
だけどこのCD、野老に置きっぱなしで、いま手もとにないんだ。