鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

トッド・ラングレンの「テクノポリス」

 

 昨日、リュウジが休憩中にひょっこり現れた。

「こないだ借りたジョニ・ミッチェルのボックス、返しにきた」

 袋の中をみると、おや、もう一枚入ってる。 

「これは?」

「トッドの新譜。こないだ、ツイッターに書いとったろうが」 

f:id:kp4323w3255b5t267:20150427084331j:image ぞんざいなデザイン。らしいといえばらしいが。

「内容はどうね。前作『STATE』は、なかなか聴かせる佳作だったが」

「今回はほとんど打ち込み(コンピュータ制御)。ギターはほとんど入っとらんね」

「ふうん」

 ぼくとリュウジは駐車場に向かい、かれのクルマの中でちょっと聴いてみた。

「これの最後に例の『テクノポリス』がボートラで収録されとる」

Todd Rundgren - Technopolis - Yellow Magic Orchestra cover - YouTube

 言いかたはナンだが、予想範囲の編曲と出来だった。ぼくは音楽の最中にもかかわらず感想を洩らした。

 「聴く前からだいたい想像できたね、こぎゃん塩梅になるだろうって」

「まあな。トッドらしいといえばそれまでだけど」

「日本のファン向けのサービスってところかね。おっ、主メロがギターに替わった」

 ギターの音色が、故・大村憲司氏のそれに似ているところが、ちょっとおかしかった。

 聴きながらぼくは、オリジナルのイエロー・マジック・オーケストラ版を頭の中で鳴らしていた。いま鳴っているトッド版のそれと重ねあわせた、ダブル・イメージを試みてみたのだ。

YMO - Technopolis Official Video - YouTube

 あらためて確認してみると、当時はカクカクのタテノリに感じたYMOのヴァージョンが、うねりと揺らしを内包していたことに今さらながら気づかされる。それは他でもなく細野晴臣高橋幸宏リズムセクションがもたらすグルーヴである。比してトッドは、ドイツ軍の侵攻みたいなハンドクラップで、殊更にタテノリを強調している。

 それともう一つ。YMO版とトッド版の最大の違いは、最初に出てくる8小節を、トッドはざっくりとカットしていることだ。

 パパパ・パパ・パパパーとクローズしていた和声が開き、その間隙を縫って、ユキヒロがタタタ・タタタとスネアドラムを連打する、あそこがいちばん坂本龍一らしいモダンな和音展開なんだが。よもやトッドが音を取れなかったわけではあるまい。というより、浮遊するコード進行は、それこそ「お手のもの」だったはず。となると、現在のトッド氏は「タルいので、不要」だと判断したのだろう。

「しかし、トッドならこれくらい作るのは朝飯前だろ?あまりにも捻りがないというか、ありきたりというか……」

 ぼくは不満を口にした。

「どうせカヴァーするなら、いっそ完コピ(完全コピー)すりゃいいのに。つまり『FAITHFUL Ⅱ』を製作したらよかとよ。そのほうが、よっぽど売れるけん」

「まあ、そう言いなさんな。トッドももう六十六ぞ。あんまり無理はできんよ」

「そうばってんが……」

 トッド・ラングレン1976年のアルバム『FAITHFUL(邦題:『誓いの明日』)』では、A面にヤードバーズザ・ビーチ・ボーイズビートルズ(2曲)、ボブ・ディランジミ・ヘンドリックス計6曲のナンバーを、本家クリソツにカヴァーしていた。とくにBB5の「グッド・バイブレーション」を初めて聴いたときの高揚感は未だに忘れられない。強烈な体験だった。老境に入ったトッドに、それを再び求めるのは酷なのだろうか。*追加に掲げた『(RE)production』を参照のこと。 

 釈然としないぼくの様子を見て、リュウジはなだめるようにいった。

「まあ、新譜を聴いてみるたい。おれもそれほど聴きこんではおらんけど」

 休憩時間が終わろうとしていた。ぼくはリュウジに礼をいい、駐車場を離れた。

 

 仕事の行き帰りに、トッド・ラングレンの新譜『GLOBAL』を聴いてみた。

  1. "Evrybody" – 3:28
  2. "Flesh & Blood" – 4:50
  3. "Rise" – 3:44
  4. "Holyland" – 4:04
  5. "Blind" – 4:38 (Ft. Bobby Strickland on alto sax)
  6. "Earth Mother" – 3:27 (ft. Rachel Haden, Janet Kirker, Michele Rundgren, Jill Sobule & Tal Wilkenfeld)
  7. "Global Nation" – 3:44
  8. "Soothe" – 4:23
  9. "Terra Firma" – 4:25
  10. "Fate" – 4:09
  11. "Skyscraper" – 4:06 (ft. Kasim Sulton)
  12. "This Island Earth" – 4:01

 トッドらしいというか、身もふたもないタイトルである。前作が『STATE』で、その前が『ARENA』。単刀直入にして裏読みナシ。今回のは、前々々作の『LIER』にテイストが似ている感じがする。

 トッドは、歌詞にうるさいタイプだ。プロデュースする際にも、アーティストにたいして詞の注文をつけるという。ことばの使い道に厳しい人なのだ。今回の「グローバル」でも、ことさら歌詞を大切にしている、そんな気がした。

『LIER』では文明・社会への批判が主だったが、今回の「グローバル」では、もう少し肯定的に世界を捉えなおそうとしているようだ。現代に生きることの不安を口にしながらも、最終的には「たった一つの勝利」へ導かれるべきだという、トッド流の「世界的意識」が全体を覆っている印象である。

『ノー・ワールド・オーダー』なんて剣呑なタイトルをアルバムに冠するトッドだが、かれは本質的に自由主義者である。ただ、その「世界秩序」からこぼれおちる人がいてはならない、環境を破壊してはならないというのがトッドの考えの根本にある。強引かもしれないが、それは日本の政治家であるオザワイチロウにかなり近しい(と思うよ、堀茂樹センセ)。つまりトッド・ラングレンの歌詞に表れる思想とは「自立と共生」。であるからこそ、トッドの音楽は優しくも「厳しい」。

 そんなことを考えながら、「でも、安直なアレンジだよなあ」と感じてしまう自分が嫌になる。ぼくにせよリュウジにせよ、トッドとのつき合いは三十余年。手の内は読める。だから、音楽的な部分で新味を感じることは、もはやほとんどない。

 そう思っていたのだが……。

 リュウジ、ぼくは今日ツイッターで、こんな記事を見かけたんだ。

トッド・ラングレン 4/26オハイオ公演のフルセット・ライヴ映像がリプレイ配信中 - amass

 ここにアップされている最新のライブを観て、ぼくはネガティヴな感想が180度反転した。きみはもう既に観ているのかもしれないが、これを観たら「グローバル」でトッドが何をやりたかったかが、おぼろげに掴めたような気がするよ。

 セットの大半は「グローバル」のナンバーで占められている。DJと女性コーラス2名を配した編成に、「ロックスター・トッド」を期待していた観客は、あきらかに戸惑っている。拍手もまばらだ。しかしそんなことは意に介さず、トッドは新曲ばかりを、どんどん繰りだすのだ。

 トッドはギターを持たず、歌うことのみに専念する。その一途な姿は、どことなく教会の説教師を髣髴とさせる。かれは新譜の歌詞を完璧に覚えている。プロとして当たり前のことと言われればそれまでだが、齢六十六のかれにとって、歌詞を覚えるのは大変だろうなと思う。いや待て。かれの記憶力はものすごいと読んだ覚えがある。凡人のぼくらと比較してはいけないな。それに、『インスピレーション!』という本のインタビューで、トッドは作曲の極意を「覚えていること」だと語っていた。それを誠実にライブの現場で実行していることがよく伝わる、すぐれた映像だった。

 最初はとまどい気味だった観客も、トッドの意図が徐々に浸透していったのか、代表曲の「ワン・ワールド」を歌いだすころには、じゅうぶんに温まっている。後半に何曲か披露するギターは、正直いって往年の指さばきはもはや望めぬけれども、ハイライトに『LIER』の「"Future" 」を持ってくるところに、かれがどのようなメッセージを観客に託そうとしているのかが、しっかりと伝わるセットリストになっている。

 アンコールでは、前作『STATE』でぼくがクサした「代表曲メドレー」が歌われる。そう、これはサービス。だけどトッドは「いまの自分に出来うるスタイル」として、大雑把な四つ打ちサウンドをあえて選択したのだろう。やっつけ仕事とも思えるボーナストラックは、じつに上手いこと再生利用されていた。

 そうなってくると、「テクノポリス」をカヴァーしたのも、なんらかの意味があるように思われてくるから不思議だ。ひょっとしたらトッドには、まだ先のビジョンがあるのかもしれない。たぶんぼくには、それがまだ視えていないだけの話だ。

「ワン・ワールド」のブレイク部分で、かれはこうさけぶ、

「Ohio to Tokyo!」と。

(註:2017年の新譜『ホワイト・ナイト』の日本盤のみのボーナストラックに収録)

 かれの視界には、ニホンが確実に入っている。「グローバル」的な視座からみた、不安定な島国が。そのことは、不整脈みたいにテンポが不規則に移り変わり、長調短調のあいだを往き来する不思議な楽曲、「This Island Earth」に顕著である。ぼくはこれから時間をじっくりかけて、その隠されたコードを発見しなければいけない。

 

 

 やれやれ、今日は軽いエントリで済ますつもりだったのに、こんなにたくさん書いてしまった。これほど長いつきあいになるとね、やはりどうしても書いておきたいことが多くなる。

 え、タイトルと内容が違うって?

 そこはそれ、トッドに倣った営業上の戦略ってやつよ。

 ま、仕方ンなかねと笑ってくれよ、ぼくにトッドを教えてくれたリュウジ。

 

 

 【追記】

 今回、この稿を書くにあたって、Youtubeにこんな映像を発見した。

[HD]Yellow Magic Orchestra【YMO】 LIVE at NHK TV General[原画版] - YouTube

 細野&高橋のストンと落ちるリズムセクションは、まるでリック・ダンコとレヴォン・ヘルムザ・バンド)のような、いや、それ以上の円熟した境地に達している。あの有名な「ライディーン」も、主旋律よりもミッシェル・ルグラン的な和声のうつろいを教授の指はたどっている。その、クワイエット・ストームとも言い表せる柔らかな音色に身を浸しているだけで、温泉につかったような、まったりした気分になる。まさにイエロー・マジック。

 国の宝だと言い切ってしまおう。

 

 

リュウジからの追加情報】

⑴国内盤のライナーノーツは、トッドを師と仰ぐ、高野寛が書いている。

 師匠は、弟子の代表曲である「虹の都へ」をカヴァーしている。高野さん本人が、トッドのオリジナルみたいだと錯覚するほど、ナチュラルな仕上がりだ。

⑵バックコーラスに数人が参加しているが、カシム・サルトン、タル・ウィルケンフェルド等の名前が載っている。

 当代きってのベーシスト、タルちゃんや、かつての僚友カシムを呼んでおいて、ベースを弾かせないなんて。ホントなに考えてんだか、あのタマネギ頭は!

 

 

 

【7月28日の追記】

 15'フジロックのグリーンステージにおけるパフォーマンスで、トッド・ラングレンの「今」が注目されている。http://matome.naver.jp/m/odai/2143791317090472301

 そのあおりを受けてか、当ブログへのアクセスもこの記事に集中しているようだ(2015年7月27日時点)。いちおうぼくの立ち位置を表明しておくと、「もちろん戸惑いはあるが、これもまたトッドのスタイルであり、その多様性を見て見ぬふりしている限り、真にトッドを理解したことにならない」が今のぼくの見解です。

 できれば過去に投稿したツイートを確かめていただきたい。トッドの音楽に顕著な旋律や和声の移ろいみたいに、こころの揺れているのが分かるだろう。

http://twilog.org/cohen_kanrinin/search?word=%E3%83%88%E3%83%83%E3%83%89%20todd&ao=o

 

あ、これ聴いてみ。

Todd Rundgren - (RE)production (Full Album) - YouTube

<収録曲>
1."Prime Time" ' originally performed by The Tubes '
2."Dancing Barefoot" ' originally performed by Patti Smith '
3."Two Out Of Three Ain't Bad" ' originally performed by Meat Loaf '
4."Chasing Your Ghost" ' originally performed by What Is This? '
5."Love My Way" ' originally performed by Psychedelic Furs '
6."Personality Crisis" ' originally performed by New York Dolls '
7."Is It A Star?" ' originally performed by Hall & Oates '
8."Tell Me Your Dreams" ' originally performed by Jill Sobule '
9."Take It All" ' originally performed by Badfinger '
10."I Can't Take It" ' originally performed by Cheap Trick '
11."Dear God" ' originally performed by XTC '
12."Out Of My Mind" ' originally performed by Bourgeois Tagg '
13."Everything" ' originally performed by Rick Derringer '
14."Walk Like A Man" ' originally performed by Grand Funk '
15."Nothing to Lose" ' originally performed by Hunter '

 

 

 【参照記事】

kp4323w3255b5t267.hatenablog.com