鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

アオサギ

 

 
 
職場の近くに貯水池があるので、水鳥が多く生息している。マガモがいちばん多いのだが、シラサギの姿もけっこう見かける。ぼくは鳥の種類や生態に詳しくないが、それでも鳥の飛翔を仰ぎみると、ああいいなあと唸ってしまう。シラサギの群れが隊を編んで、水面すれすれを滑空しながら着水するさまなどは、なかなかの見物である。
水鳥の中でもひときわ異彩を放つのが、アオサギである。群れをなさず、孤高を保つというより謳歌しているように見える。翼を大きく広げて悠々と空を舞うさまは、まさに王者の風格が漂う。
このアオサギ、コーエンの池に棲む鯉を狙う。大ぶりな鯉は咥えきれないからか食べられないけれど、まだ小ぶりの、成長しきっていない鯉がよく餌食になる。鯉の数はみるみるうちに減ってきている。おまけに最近は味をしめたらしく、昼間っから堂々と池の傍の建物に停まり、人の気配を窺いながらも、虎視眈々いや鷺視タンタンと鯉を狙っていやがる。アオサギに恨みはないけれど、鯉の身も心配だから、ぼくはアオサギのことを、少し憎らしく思う。
にっくきアオサギ、スタイルは抜群である。その優美な姿を撮ろうとiPhoneをかざした途端、しかし素早く飛び立ってしまう。大胆なくせして用心深い。けれどもカラスにはからっきし弱い。カラスの二、三羽に追いまくられ、身を捩りながら逃げていく情けない姿も何度か見かけた。そんなわけで、やつの近影はなかなか収められない。せいぜいこんな具合だ。
f:id:kp4323w3255b5t267:20150313174842j:plain f:id:kp4323w3255b5t267:20150313174908j:plain
この画像をTwitterに投稿したら、アオサギ研究の学者の方が即刻「お気に入り」に入れていた。
 
夕方、池をのぞいてみたら、体長三十センチ程度の中堅の鯉が、池の底に沈んでいた。てっきり死んだものだと思い、網で掬いあげてみたところ、口をパクパクさせ、力なく尾びれを上下する。ぼくはふたたび池にかれを放ったが、鯉は腹を見せ、ふたたび池の底へ沈んでいく。たぶん明日には死んでしまうのだろう。いや、ひょっとしたら明日には、なにごともなく泳いでいるかもしれない。いやいやあの様子では、九分九厘、助からないだろう。
以前に鯉について二つの記事を書いた※。だからか鯉に、なんとなく肩入れしたくなる。さっき網に掬ったとき、かれはなにかを訴えている、ぼくにはそんなふうに思えてしまったのだ。
「まだ、生きてます。どうか土に埋めないで。水の中に、ぼくを還して」
そんな喘ぎ声が、聞えてきたような気がしたのだ。
他の大きな鯉たちが、横になって動かない鯉をとり囲んでいる。心配しているのかどうかはわからないが、背びれのあたりを口先でさかんに突いている。仲間に庇われて、あるいは看取られて、かれはこれからの何時間かを生きるのだろう。
ふと背後をふり返った。バラ園のいばらのかげから、アオサギがこちらの様子を窺っている。ぼくは睨みつけた。あっちへ失せやがれ。仮令この瀕死の鯉が、おまえのいたぶりで弱ったのではないにしても。魚を獲ることが、おまえの生きる術だとしても。いまはこいつらを、この弱った鯉を餌食にしないでくれ!
 
ぼくの感傷を察知したのか、アオサギは静かにその場を飛び去った。
 
 
 
【追記】
翌日(3/14)の夕刻、動かなくなった鯉を温室の裏に埋葬した。