鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

『ブラック・ローズ』 アイルランドの英雄 フィル・ライノット

 

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 やあ、ご機嫌いかが? 久しぶりに好きなロックについて語ろうか。

 シン・リジーが大好きなんだ。フィル・ライノットに憧れている。

 おれが女だったらヤツに惚れるね。フィルはきっと優しいだろう。

 フィルの歌声を聴いているとさ、なんか懐かしい気分になるんだ。

 

 今日もいっちょう代表的なナンバーをベタベタ貼りつけてやるぜ。

 まずは名刺代わりの一枚だ、『西洋無頼』より「ザ・ロッカー」。

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 まだツイン・リード・ギターじゃない「ごろつき」の時代。でも、高い位置でベースをかまえて歌う、フィルの粋なスタイルは既に確立している。

 

 ギタリスト二人を擁立し、四人組になったシン・リジーは『脱獄』で世界的にブレイクする。次にご紹介するこのふたつは絶対に外せない、押さえておきたい曲だ。

ジェイルブレイク」。ライブの冒頭を飾るにふさわしいナンバー。open.spotify.com

ヤツらは町へ」。フィルは一貫して、街にたむろする「ボーイズ」に語りかけた。open.spotify.com

 もちろんシン・リジーの魅力は、フィル・ライノットにとどまらない。スコット・ゴーハムとブライアン・ロバートソンの、よく練られたツイン・リード・ギターの絡み、ブライアン・ダウニーの堅実なドラミングなど、音楽的な土台がしっかりしている。その実力を余すところなく発揮したアルバムが二枚組の『ライブ・アンド・デンジャラス』だ。シン・リジーを最初に聴くなら、まずはこれをお勧めする。

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 四人だけのアンサンブルで、これだけの厚みを出せるバンドは、当時そういなかった。二曲目の「エメラルド」など、スタジオ盤よりも数等よいテイクがてんこ盛り。

 

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 しかし、シン・リジーが凡百のハードロックと決定的に違うのは、やはりフィル・ライノットの持つ詩人としての資質、R&Bの発展形としてのハードロックにとどまらない、音楽的な幅の広さだ。どの曲にも叙情があり、他に代替できないスタイルがある。上に掲げた「ショウダウン」など、アメリカのソウルミュージックと言われれば、うっかり信じてしまいそうだろ? それをもたらしたのはやはり、ブラジル人の父親とアイルランド人の母親の間に産まれたフィルの、熱烈な愛郷心と表裏一体の、一ヶ所に留まれない異邦に漂泊する感性である。ちょっと前にさかのぼるが、例えばこの「ダンシング・イン・ザ・ムーンライト」を聴いてごらん。

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 なんて優しい旋律を紡ぎだすんだろう、この愛すべき男は。

 

 さて、度重なるツアーを敢行し、ビッグネームを獲得したシン・リジーは、1979年ついにアルバム作品としての「傑作」をものとする。名盤『ブラック・ローズ』。

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 トニー・ヴィスコンティをプロデューサーに、旧友ゲイリー・ムーアをギタリストに迎えいれたこの作品は、弛みない構成もさることながら、全編にあふれるアイルランドの誇り高き精神性にあふれている。スタイリッシュな『アリバイ』や、思わず頬が緩む『サラ』のようなヴァリエーションをはさみつつ、アルバムは怒涛の組曲であるラストナンバーへと収斂していく。
 表題曲を単独で聴いてみてほしい。その望郷のこころに震えるから。

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 途中のギターソロは、フェアポート・コンベンションの『リージ&リーフ』に収録された「メドレー」の「アイルランドの放浪者」と同一である。すなわちトラッド。シン・リジーはついに、源泉にたどり着いたのである。

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  ここで2005年に開催された、「フィル・ライノット・トリビュート・コンサート」の模様をご覧いただきたい。ガリーが渾身の力をこめて、『ブラック・ローズ』を歌っている。スコット・ゴーハムとの時を越えたコンビネーションも、涙を誘う名演だ。


Gary Moore and Friends - Black Rose(One Night in Dublin) - YouTube

 

 そう、フィル・ライノットは「トリビュートされる存在」になった。かれはヘロインの過剰摂取で1986年1月4日にこの世を去る。華もあり才能もある男が、キャリアを究める途上で、ロックキッズの前から姿を消してしまった。

 じつをいうとおれは、『ブラック・ローズ』以降のシン・リジーに興味を失っていた。ジョン・サイクスという達者なギタリストを招いて作った『サンダー・アンド・ライトニング』は、へヴィーメタル風味が勝りすぎて、あまり好みではなかった。だからフィルが死去したときも、たいした感慨は抱かなかった。

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(追記:その後『サンダー・アンド・ライトニング』を聴き直し、ジョン・サイクスのギターにガッツを感じ、これもまた傑作であると認識をあらためた。)

 しかし、2000年をしばらくすぎたある日、おれはフィルの音楽にひょんなところで出くわす。ザ・コアーズの『ホーム』に収録されていた「オールド・タウン」を聴いて、百回聴いても飽きのこない、なんてステキな曲なんだろうと感じいったのだが、クレジットをみてビックリ仰天、作者がフィル・ライノットではないか!

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 これはどうしたことだと調べてみると、「オールド・タウン」は1982年に発表されたフィルのソロアルバム『The Philip Lynott Album』に収録されていた。コアーズが時代を超えてチャーミングな意匠でカバーしていることに、おれは嬉しくなると同時に、いいようのない悲しみに襲われた。

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 フィルは、おれたちに何かを言い残していった。その惜別のうたを、いまこうして受け取られるのは幸せなことだ。ゲイリー・ムーアもまた、2011年にこの世を去ったが、かれの代表曲の一つであり、羽生結弦ショートプログラムで使った「パリの散歩道」を作詞したのも誰あろう、フィル・ライノットなのである。

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 しかし、あんまりトリビュートしすぎると、天国にいるフィルから笑われそうだな。

おい、そんなに深刻ぶらずに、もっとリラックスして聴いてくれよ。

 頼むから大仰に崇め奉らないでくれよ。

 おれはただの、ダブリンのチンピラなんだからさ

 わかったよフィル、最後にこれを聴いていいかな。シンセサイザー全盛時代のアレンジで、街角の色男を演じてみせる、あんたのヴィデオをさ。

https://youtu.be/NXOrak1nhQo

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  ちくしょう、埠頭に向かって去っていくフィルの姿が、やけに霞んでみえるぜ。

This boy is crack'in up
This boy has broke down

I've been spending my money
In the old town
It's not the same honey
When you're not around
I've been spending my time
In the old town
I sure miss you honey
Now you're not around
Now you're not around
This old town

Ola
Ola!

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  フィル・ライノットは一貫して、街場のボーイズの感情をとらえる詩人だった。

 

 

 

 

 

 

【追記】

 本筋から外れるのでさらっと流すが、コアーズを侮っちゃいけない。アイリッシュ風味の、ただのお嬢ちゃんグループと思ってたら大間違いのこんこんちきだ。たしかにアンドレアはキュートだけれどもさ、四人兄妹の音楽は深い伝統に根ざしたものなんだ。そのことは最終作『ホーム』を聴けば分かることだけど、チーフタンズと共演しているこのフィルムをみれば、そのことが深ーく理解できる筈。いや、濃いよ。

The corrs and the chieftains - YouTube

 後半、パディ・モローニの奏でるティン・ホイッスルから、あのメロディが聴こえてこないか。そう、「アイルランドの放浪者」。

 な? シン・リジーに繋がるだろ? (tin=thin=ブリキ)