鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

『出世鯉』(旧タイトル:鯉の生菓子)

 
 リュウジとの会話。
「イナカにいくと、よくたくさん料理を振舞われるわな。あれ、ありがた迷惑でさ」
「ああ、味はともかく、量がどっさりで」
「おれはあんまり食わんけん、行った先で困るんだな。料理はまだしも、甘いものの類を出された日にゃ」
「甘酒饅頭とかね」
「饅頭やらまだまし」リュウジはしばらく考えた。「ほら、知らんかね? 鯉の」
「こい?」
「鯉を模った和菓子があろうが。端午の節句とかに贈らす。アレなんか、困るねえ」
「あー、そっちの鯉か」
 ぼくは即座にソレを思い浮かべたが、かんじんの名前が出てこない。
「アレはなんて言うとだろうねえ」
「さあ、おれは知らんね。第一、名前とかあるとだろうか?」
「凡そ世の中に存在しているもので、固有名詞のないものはない」
 ぼくは断言し、運転中のリュウジの横で、スマフォをとりだして検索をかけた。
「えーと、検索ワードは、鯉・あんこ・端午の節句。これで調べてみるね」
 音声検索のボタンをタッチして、「鯉・あんこ・端午の節句」と唱えてみた。すると発音が不明瞭だったのか、画面に出てきた検索ワードはなんと、「恋・マ★★、タンゴのセックス」だった!
「なんやこらー、なんちゅう変換するとや、このスマフォは!」
「持ち主の趣味やら傾向やらが反映したんじゃなかや?」
 リュウジは含み笑いつつも、「和菓子で検索してみらんね」とアドヴァイスした。
 しかし、ソレらしきものを探しあてることができない。それにクルマのなかでスマフォの画面を見ていると、なんだか気分が悪くなってくる。ぼくは検索をあきらめた。
「わからん。後で調べてみる」とぼくがいうと、リュウジは「ムリして調べんでもよかよ」と苦笑いした。
「しかし、あの外皮のもちっとした感じ。餡子がドカッと詰まった感じ。思いだしただけで、胸がむかむかしてくるな」
「あの外皮はなんで出来てるとかね。蒸した餅かなんか?」
「あれは、牛皮かね? おれは詳しく知らん。興味なかけん」
「ちょっと食感が名古屋の『ういろう』を思わすね」
「もう、かんべんしてくれ。甘いものの話は」
 リュウジがしかめっ面をしだしたので、その話題は打ち切りとなった。
 
 
 後日、某所(※ 北岡自然公園と「阿部一族」 - 鰯の独白 に登場する上通の喫茶店「H」)に行った際にふと思いだし、その話題を振ってみた。
「それは〈和菓子〉で検索かけたから分からんとよ、〈生菓子〉で調べてみよう」
 と、Gが調べているあいだ、オーナーのSさんと話していた。
「なん? 恋の和菓子ってロマンチックね。わたし和菓子、好きよ」
「コイ違いですよ。池の鯉です。Sさん知らんね? 鯉の形をした和菓子を」
 「知っとるよ。引き出物なんかにも出てくる。アレがどうかしたと?」
「アレが敵わんねという話を、先日ともだちと話してたんです」
「あら、わたしは嫌いではないよ、というか、美味しいじゃないの」
「おいしい? アレが? おれはダメです。ああいう系の和菓子は」
「ああいう系、ってどんな?」
「最中やら饅頭やら餡子の詰まったの。一個ならいいけど、たくさんあるとね、見ただけで食傷する」
「なら、近所の蜂楽饅頭(九州地方にある回転焼)は?」
「黒ならOK。だけど、先日一個だけ買ったら、黒じゃなしに白餡で、がっぱきました(がっかりしました)」
「黒ていうけん間違えるとよ。小豆って言うと、売り子のおばさんたちも間違えらっさん」
「そうですか。ともかく饅頭はごめんだな。チーズ万十とか」
「玉名のほうに美味しいチーズまんがあるよ」
「餡とチーズが一緒くたというのが、がまんならんのです。そういった意味じゃ、イチゴ大福にも抵抗ありますね。安直にハイブリットするなと。食べ物にかんしてはおれ、けっこう原理主義なのかも」
「まー不自由ね。白餡も苦手?」
「うん。だから『しらぬひ』※も食わん。親父は大好物だけど。熊本の銘菓だと『黒糖ドーナツ棒』はまだ許せるけど、『(誉の)陣太鼓』なんて、もう見るだけでごちそうさん、です」
「あらー、マヨネーズは嫌いだわ、お酒は弱いわ、そのうえ甘いものも苦手ときたら、イワシくん、食べるもんなかたい、ホントお子ちゃま舌ねぇ」
「あーどうせ、そうですよ(Sさんには敵わないや、ホントに)。ぜんたい、お祝い事に包まれるものなんか、不味いにきまってますよ。紅白の落雁とか」
「それはあなた、美味しい落雁を知らないからよ。菊池の落雁を食べたことある? 絶品よ、舌のうえでスーッと溶けて」
「手のひらサイズの和菓子ならね、おれも嫌いじゃないですが……」
 と、そのとき、「イワシくんの探してるの、コレでしょ」とGが画面を差し向けた。
「あー、コレコレ。コレに近いね。ていうか、たぶんコレだと思う」
「長崎の銘菓みたいだよ。長崎の和菓子やさんが、やたらヒットする。
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 で、やっぱり端午の節句に欠かせない和菓子みたいだね」
「ふうん。で、この鯉の和菓子は、なんて名前なの?」
鯉の生菓子
「それ、まんまじゃん」
「だって、どれをのぞいても、鯉の生菓子としか書いてなかもん。だから、『鯉の生菓子』が正式名称なんだ。たぶん」
「そんなあ。ありとあらゆるものには固有名詞がついているはずだのに。んな、ゾンザイな……」
「まあ、商品名をつけにくいのは確かだな」
 ぼくは納得いかないまま、画面をみつめた。なるほど確かに〈鯉の生菓子〉。鯉の形をしており、中には餡が詰まっている。条件は整っている。
 が、なんか違和感が残る。
「この画像の鯉って、どれもみんなリアルだよね。立派に模られていて。でも違う。そうじゃないんだ。おれが知っているのは、もっとドテッとしてて、平べったくて、折詰箱いっぱいを占拠していて。色もこんなに鮮やかじゃなくって、人工着色料と思しきどぎついピンクや青色が使われていて、おまけにデザインがへたくそで、立体的じゃなくて、鯛焼きみたいに偏平で……」
「うん、うん。言いたいことはよくわかる」
 Gは頷き、ぼくの口吻をさえぎった。
「いかにも不味そうなやつね。外皮がぶ厚くて。わたしもソレはイメージできる」
 Sさんが「ここに載っている写真は、どれも美味しそうだものね」といった。
イワシくんはまだ、ホントに美味しい和菓子にめぐり合っとらんとよ、きっと」
  
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 というわけで、絵を描いてみた。ヘタクソゆえに、イメージしているものよりかわいらしく描けてしまったが、実際はもっと憎々しげで、ちっともかわいくない。見るからにげんなり感を出すのは、なかなか難しいものだ。
 しかしリュウジよ、謎は解けたぞ。アレの正式名称は「鯉の生菓子」だ。でも、なんとも釈然としない答えだ、スッキリしないなあ。
 
 
 ところでリュウジ、不知火は「しらぬひ」なのか「しらぬい」なのか、その問題がまだ残っていた。不知火町の小・中学校は「Shiranuhi」と記してあったし、きみが言うようにN H Kのニュースでは「しらぬひ」と発音しているし。だけど確かに「しらぬひ」と書かれていても、みんなフランス人みたく「しらぬい」とHを発音しないんだよね。※ 熊本銘菓の『しらぬひ』は、どう読むんだろうか……。
 
 あー、ちょっと面倒くさくなってきた。今日はこのへんでお終い。
 
【蛇足1】
 先日、某所「y」で「チーズ柿」というのを食べたのね。干し柿にブルーチーズを挟んだやつ。ウエーっと思ったんだけど、「だまされたと思って食べてみ」というGの勧めで、恐るおそる食べてみたわけ。したら、旨かったねえ。固定観念を外されたって感じがしたな。
 
【蛇足2】
 今日、職場に不知火中学の陸上部員が数名来てたのね。で、聞いてみたのさ、いったいどっちが正しいんだと。すると一人がこう答えたね、
「しらぬいとしらぬひですか? どっちの読み方もアリです。ていうか、どっちでもいいです」。
 
【報告】
 Gから報告あり。鯉の生菓子は「出世鯉」と呼ぶんだと。和菓子屋の娘さんに訊いてくれたそうです。ご教示、感謝。(2015年2月7日)
 というわけで、タイトルも変更しました。