鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

KEY

 

 失敗談を一席。

 

 今日、父親が検査入院した。休日だったので手続き等々は滞りなく済んだが、父は注文をつけるのが趣味のような人である。帰る間際になって、スリッパがないぞとわめきだす。しょうがないなあ買ってくるからちょっと待ってなといって、ぼくは近所の100均ショップに向かった。

 午後6時過ぎ。駐車場にクルマを停め、ぼくはいつものようにドアを閉めたが、閉めたとたんにアーッと声を上げた。

《鍵、つけっぱなしだ!》

 しかしもう遅い。ドアの鍵はすでにロックされている。スマフォもバッグも助手席に置いたまま。おりしも台風のさなかである。強風が吹きすさび、すこぶる寒い。

 ぼくは途方にくれつつ、とりあえず100均ショップの店員に、鍵つけっぱなしでロックしてしまったと申し出た。すると、午後8時には閉店しますからそれまでには何とかしてくださいよと無情にも告げられた。

 何とかせねばなるまい。幸いなことに駐車場のすぐそばには公衆電話があった。ぼくは小銭をまさぐり、まずは家にいる母に報告した。それからもう一件、祈るような気持ちで、なじみの電話番号をダイヤルした。

「おう、どうしたとや?」

 よかった! 在宅中だった。ぼくはリュウジ ※ に、ドラえもんに泣きつくのび太よろしく窮状を訴えた。するとリュウジは、わかった今からそっちに向かうけんと、落ち着いた声で答えた。

 10分ほどしてリュウジがクルマで駆けつけた。

「むかしの自動車だったら、定規かなんかで引っかけて開いたんだがな。このタイプじゃムリだ。スペアの鍵があるはずだ。どこにある?」

「親父が、知ってると思う(これはもともと、父のクルマだから)」

「なら、まずは病院に向かおう」

 ぼくはさっきまでいた病院に舞い戻り、父親にことの経緯を伝えた。どやされるかと思ったが、親父はニヤニヤして、おれもだいぶ昔にしでかしたことがある、といった。

「茶箪笥の中にスペアの鍵が入っとる」

 ぼくは父にありがとうと言い、リュウジに家に戻ってくれと頼んだ。

 

 家に帰って、茶箪笥をひっかきまわしたが、鍵らしきものは入ってない。ぼくはふたたび途方にくれたが、気を取り直し、茶の間の中にありそうな場所を探した。と、黒い漆塗りの小箱が目にとまった。それを開けると二、三本の鍵が入っている。あったこれだとあわてて茶の間を出、玄関先に待たせていたリュウジに、その鍵を見せた。

「んー、これは自動車の鍵じゃなかよ、残念ながら」

 だってMIWAって書いてあるだろ? これは家のどっかの鍵だ。自動車の鍵だったらメーカー名が刻印されているはずだ。リュウジの説明にもっともだとうなずきつつも、ぼくはすっかり混乱してしまった。

「もう一回、探してきてみなよ」

 ぼくはもう一度引き出しを開けて、領収書などの収まったファイルの中を丹念に調べてみた。すると、なんと几帳面な父は封筒の中にスペアキーを収めていた。しかもご丁寧に購入日を記して、封までしていた。

「あった、これだな」

 リュウジに封筒を見せると、今度は間違いなさそうだなと頷いて、かれのクルマを発進させた。そして、ぼくがやや落ち着いたのを見計らい、ところで、と訊いてきた。

「どうしてまた、鍵を挿したままロックしたんね?」

「いや、なんかボーっとしてたから」

「そうじゃなくて。リモコンでロックするだろ、ふつうは」

「あー、電池が切れたまま放ったらかしにしとった。だから最近は、外からロックしてない」

「それだな、原因は」リュウジは納得してうなずいた。「まずは電池を換えなきゃならんね」

 100均ショップの駐車場に到着し、祈るような気持ちでスペアキーを挿しこむと、案ずるまでもなくドアは開いた。ぼくがホッと安堵の息を吐くと、リュウジは、元の鍵を貸してみ、といった。

 かれは、準備していた精密機械用ドライバーで黒い取っ手の部分を開いた。リチウム電池が一個、中に入っている。これを交換しとこうと、リュウジはつぶやくように言った。

 100均ショップに入り、クルマのドアが無事開いたとの旨を告げ、リチウム電池を探したが、鍵と同じ型番のものがなかった。するとリュウジは、近くにある家電量販店の名前を告げた。

「Bにはあるはずだ。行ってみよう」

 二台になったクルマでB電器に向かった。同じ型番の電池はすぐに見つかった。その場で電池を交換し、二人はリュウジのクルマに向かった。

 リュウジは器用な手つきで電池の収まった基盤を収め、鍵の取っ手の部分をドライバーで固定した。と、今度はリュウジが、アーッと声を上げた。

「スイッチの部分が無くなっとる。このままじゃ、まずかろ?」

 見ると、LOCKとUNLOCKと書かれた横についている小さなボタンが外れており、接点部分がむきだしになっている。ぼくとリュウジはシートの下をくまなく探したが、ボタンらしきプラスチックのパーツは見つからなかった。

「可能性があるとすれば、さっきの100均の駐車場だな」

 リュウジは、戻ってみようと言った。ぼくは、もういいよと言いそうになった。7時を過ぎてあたりはすっかり暗かった。見つかるみこみはあまりなさそうだと。しかし言いかけたことばをグッと飲みこんだ。探そうと提案しているリュウジにたいして、鍵の所有者であるぼくが弱音を吐くわけにはいかない。

 ふたたび100均の駐車場へ。停まっているクルマは何台もなかった。ぼくとリュウジはアスファルトの路面に視線を落とした。すると、さっき停車していたあたりに、それらしきプラスチックの欠片みたいなものが落ちているではないか。

「あっ、これじゃなかかね?」

 ぼくがちゃちなパーツを目の前にかざすとリュウジは、ああ、とうなずいた。

「さっそく、とりつけてみるかね」

 リュウジは鍵をふたたびバラし、ボタンの部分を組み入れた。鍵は、もとどおりの姿になった。確認のためにボタンを押すと、ちゃんと自動でロックする。

 持つべきものは友である。ぼくはリュウジに礼を言った。

「ありがとう、急に呼び出して、えらい迷惑をかけた。この埋めあわせは、きっとする」

 殊勝なことを口にすると、リュウジはにんまりと笑った。

「まあ、ツイッターかブログのネタにはなるんじゃなかや?」

 

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 BGMはYMOの最高傑作アルバム「Technodelic」(1982)。表題の「KEY」は8曲目(B面3曲目)。

 

 まあ、なんともぶざまだけれど、これがぼくの等身大です。

 前エントリの特大ホームランは、作者の紹介あればこそのまぐれ当たりだと心得ています。今後も、ぼちぼち書いていきますんで、ヨロシク。

リュウジにかんしては、こちらのエントリをご参照ください。ドライブ - 鰯の独白