読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

まぼろしの『ホワイトアルバム』(ザ・ビートルズ)

 

註:この記事はジョージ・マーティン氏がまだ存命中のときに書いた。 


 The Beatles - The Beatles [1968] - YouTube  モノラルが断然いいです(が、削除されてます)。

 

 

鰯「本日、サー・ジョージ・マーティンに……」

ジョージ・マーティン(以下G)「サー、はよさないか。ジョージでかまわない」

鰯「失礼しました、ジョージ。今日お聞きしたいことは、ビートルズの2枚組アルバム『ザ・ビートルズ』(通称『ホワイトアルバム』、1968年11月22日 発表)についてです。あなたは、このダブルアルバムを1枚にまとめたらどうかと、メンバーに提案したと、いいます。ほんとうですか?」

G(無言で頷く)

鰯「ぼくが興味あるのは、そのエピソードで、シングルアルバムにするべくラインナップを、あなたが提示したかどうか、なんです」

G「具体的にはなにも示さなかったよ。選りすぐりを一枚にしてはどうかと提案しただけだ。連中、聞く耳は持たなかったがね」

鰯「では、ジョージ。かりにあなたが全面的に選曲に携わっていたなら、どうふるいをかけただろうか。そこに興味がありまして、もしあなたなら、どういう……」

G「あー、きみの意図はだいたい掴めたよ。つまりわたしが、ほ・ん・と・う・にホワイトアルバムをプロデュースできたら、どのような一枚のアルバムになったか、そのチョイスを知りたいんだね?」

鰯「……はい。ぜひお伺いしたい、と」

G「意地悪なリクエストだな。しかし、まあやってみようかな。まずは、ぜんぶでええと、何曲だっただろう?」

鰯「30曲です」

G「リストはあるかね?(ながめながら)ふむ、いらない曲をざっと落として済ますか、それとも一つひとつ吟味するか。きみ、どっちがいい?」

鰯「後者でお願いします」

G「面倒なほうだね。高くつくぞ(笑)。いや、冗談だ」

鰯(勘弁してくださいよ……)

 

f:id:kp4323w3255b5t267:20141001074439j:plain
 ジョージ・マーティンビートルズのプロデューサー。
 

鰯「では、レコードのA面から、はじめてみましょうか。まずは……」

G「『バック・イン・ザ・U.S.S.R.』 。これ以外オープニングにふさわしいナンバーがあるだろうか? 文句なしだね。これを冒頭に据えたのは、わたしの意向だからね。

 2曲目にフェイド・インする『ディア・プルーデンス』もいい感じだ。このふたつの並びは変更したくない。と、こんな調子でいいかね?」

鰯「たいへん結構です。続きをお願いします」

G「次は『グラス・オニオン』か。これも外しがたいな。ジョン・レノンの真骨頂だし、演奏もタイトだ。ただし、一枚にまとめるとなると、ここに配置するのはどうだろう? ねえきみ、曲順まで決めなきゃいけないの?」

鰯「そうしていただくとありがたいのですが……曲順は、結構です」

G「その結構は、さっきの結構と違うね? しなくてもいい、という意味に解釈してもいいのだろうか」

鰯「はい(汗)。続いては『オブ・ラ・ディ, オブ・ラ・ダ 』です」

G「うん。これはオミット」

鰯「外すのですか?」

G「録音時の雰囲気が最悪だったから、あまり思い出したくないんだよ。ジョンやジョージは、気に入っていなかっただろ? 落とす理由になるね。

 シングル盤として、別個に発表すればよかったんだ。難なくナンバーワンを獲得しただろう。現に、そうした国もあったはずだよね?」

鰯「日本では、独自にシングルカットされました」

G「カップリングは、なんだったのかな?」

鰯「『マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス』です」

G「ぜいたくだね。そのシングル盤は(笑)」

鰯「『ワイルド・ハニー・パイ』」

G「これは要らんだろう。こういうお遊びは躊躇なく外す。

 さて、次は『バンガロー・ヒル』だな。これも落選」

鰯「お気に召しませんか?」

G「ピリッとしたところがない、退屈な曲だよ。音楽的に散漫だ。クリス・トーマスの弾いたメロトロンも、適当だろう?」

鰯「オノ・ヨーコが一節歌っているのも、外す要因ですか?」

G「いいや。そうではない。それが敬遠する理由ではないんだ。あくまでも、音楽の出来映えさ。……かの女とは、よい関係を保っているよ。次」

鰯「『ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス』」

G「文句なし採用。この時点での、ジョージ・ハリスンの最高作だからね。説明は不要だろ?」

鰯「はい。A面ラストの『ハッピネス・イズ・ア・ウォーム・ガン』」

G「これも『生き』だね。メンバー4人が一丸となったすばらしい演奏だ。これだよ、わたしが当時のビートルズに求めていたものは。創意と工夫、それに情熱。その3つが揃っていれば、作品はおのずとかがやきを増す。これは、その典型例だ」

 

鰯「B面に移りましょう。『マーサ・マイ・ディア』」

G「採用だ。もちろん、異論もあるだろう。取るに足らない作品だという意見があるのも知っている。しかしわたしは、この曲が好きだよ。(わたしの)弦アレンジも、うまくはまったしね」

鰯「『アイム・ソー・タイアード』」

G「OK。焦点が絞れている。ジョン・レノンのヴォーカリストとしての魅力がじゅうぶんに発揮されている」

鰯「『ブラックバード』」

G「これを外すわけがなかろう。ポール・マッカートニーの最高傑作のひとつだ」

鰯「ではジョージの『ピッギーズ』」

G「残念ながら、これはパスだな。歌詞も辛らつで、聴いていて愉快ではない」

鰯「クリス・トーマスがすばらしいアレンジを施していますが」

G「国立音楽院じこみのね。かれに目をつけたのはわたしだってことを忘れないでくれたまえ。ジェフ(エメリック。エンジニア)にとっては、おもしろくない存在だったようだけど。アレンジにけちをつける部分はない。クリスに対して、ふくむところはないよ」

鰯「『ロッキー・ラクーン』」

G「冗漫だ。展開がないよ。ポールにしては、ひらめきに欠ける」

鰯「この曲をきっかけにギターを習得したアンディ・パートリッジのように、未来のミュージシャンたちの道標になったと思いますが」

G「そんなことを言っていたら、どれも外せなくなるね。ビートルズが後世に与えた影響は、あまりにも大きい。どんなに取るに足らなさそうな曲でも、それぞれに膨大なエピソードを抱えているから。歴史的遡行においては、『予断』を排除しなければ、このシミュレーションは無意味なものになってしまうよ」

鰯「すみません」

G「その時点で、未来は予知できないものだ。『ヘルター・スケルター』がチャールズ・マンソンに与えた影響なんか、予想もつかないだろう? わたしの選択は、リリースする前の印象によるものだよ。先に進めてくれ」

鰯「……続いてはリンゴ・スターはじめてのオリジナル、『ドント・パス・ミー・バイ』ですが」

G「リンゴには申しわけないけど、これは楽曲として水準に達していないな。さっきのアイディア、『 オブ・ラ・ディ, オブ・ラ・ダ 』シングルの、B面には適当かもしれないが」

鰯「では、次の『ホワイ・ドント・ウィ・ドゥ・イット・イン・ザ・ロード』は?」

G「迷うところだが、これも外そうか」

鰯「傑作だと思いますが。ジョンも認めていますし。ポールとリンゴだけで録音したので、なぜオレを入れてくれなかったと歯噛みしていたそうじゃないですか」

G「そこがポイントだよ。全員一丸でない。オミットの理由にはならないか?

 だから次の『アイ・ウィル』も外すよ。これはもはやポールのソロさ。ビートルズじゃない」

鰯「では、B面最後の『ジュリア』を外せますか?」

G「……外せるわけ、ないじゃないか」

 

G「『ホワイトアルバム』の悩ましいところは、まさにそこなんだ。ポールの『ブラックバード』にしてもジョンの『ジュリア』にしても、傑作はひじょうにパーソナルなものだから。インド滞在がもたらした『内省』こそが、この時期の作品の魅力なんだ」

鰯「C面は、その内省とは違う、ビートルズのアグレッシブな側面が表れていますね」

G「ああ。『バースディ』ね。これは落とすよ。ビートルズにとって造作もないさ、こういったロックンロールは。まさに朝飯前のやっつけだ。いや、昼食後だったかな?」

鰯「『ヤー・ブルース』」

G「外せないな。当時イギリスを席巻していたブルースブームの、これは反映だし。時事的な要素があるものは、採用にあたいする。

 そういった理由で、『マザー・ネイチャーズ・サン』も合格。この『緑の原』は、これもまた1968年という、当時の状況を反映したものだからだ」

鰯「では、『エヴリバディズ……』は? これも当時の、ジョン・レノンを取り巻く『状況』を歌ったものですが」

G「外す。わたしは楽曲の出来を最優先する。個人的な見解は、後に発表するであろう、ソロアルバムにとっておけばよい」

鰯「では、『セクシー・セディ』も?」

G「うん。歌詞があけすけだ。マハリシ(マヘーシュ・ヨギ)を非難したものだが、もう少し表現に工夫があってしかるべきだろう。曲調も、わたしにはとりとめがないように聞こえる」

鰯「さて、問題の『へルター・スケルター』ですが」

G「これを捩じこむために、C面のハードなナンバー群を、泣く泣く外したんだよ?」

鰯「ほんとうですか?」

G「ほかのハードロックより、頭抜けているだろう。ビートルズは、他を圧倒していなくてはならないんだ。ポールは、ザ・フーの『アイ・キャン・シー・フォー・マイルズ』を凌駕しようと思った。その意欲にあふれている。

 しかし、シングルアルバムに収めるには、後半のフェイド・イン/フェイド・アウトをくり返す部分をカットする必要があるだろうな」

鰯「静かな『ロング・ロング・ロング 』でC面が終わります」

G「うーん、プロコル・ハルム風で悪くはないが、『オール・シングス・マスト・パス』(ジョージ・ハリスンの3枚組ソロアルバム)に入れたほうがふさわしいのではないかな?」

 

鰯「D面です。『レボリューション1』はどうしますか?」

G「わたしは、『ヘイ・ジュード』のB面に収められたヴァージョンのタイトさを好むよ。このダルなアレンジは、あまり好みではない。ジョンが、この曲になみなみならぬ執着を示していたことは知っているがね、わたしにとっては、並の上ってところだ」

鰯「厳しいですね。ぼくは最高だと思うんですが」

G「聴き手の数だけ、最高があるんだよ。どんなチョイスをしようとも、万人を納得させられやしないんだ。先を急ごう。『ハニー・パイ』だね。これも外す」

鰯「ジョージ・マーティンの好みだと思ったんですが」

G「ああ、でも個人的な好みはなるべく排除しているつもりだよ。『ハニー・パイ』は『ホエン・アイム・64』の二番煎じ。あるいはニルソンの影響。それで片づける」

鰯「次は、各面に1曲ずつのジョージ作『サボイ・トラッフル』です」

G「これは文句なし。ほかのどの曲にもない、オリジナルな作風だからね。演奏のこなれという面においては、アルバムの中ではいちばん良いんではないかな。クリス・トーマスのアレンジも冴えているしね。ビートルズは巧いよ。きみたちが考えている以上に」

鰯「『クライ・ベイビー・クライ』」

G「惜しいな。わたしは好きなんだ、ハーモニウムを弾いたしね。だけど、練れが足りない。あと一歩なんだ。ジョンは、即席でやっつけたがる傾向があるけど、わたしからすれば、もっと寝かせれば熟成するのにと思うときがあった。この時期に書かれた未完成の『チャイルド・オブ・ネイチャー』が、のちに『ジェラス・ガイ』となって、結実したようにね」

鰯「さて、『レボリューション9』です。どうしますか?」

G「これを入れると、収録時間が……」

鰯「では、外すのですか?」

G「いや、待ってくれ。これは、やはり、入れるべきだと思うんだ」

鰯「聴いたとたんに、難色を示したのではないですか?」

G「たしかにそうだ。しかし……しかし、こういう実験作をアルバムに放りこむことで、ビートルズは他のロックと一線を画することができたんだ。好むと好まざるとにかかわらず、『レボリューション9』をアルバムに抱えこむことは、大きな賭けだけれども、必要だと判断しただろう、当時のわたしは」

鰯「では、採用ですね?」

G「ああ、そうしてくれ。これで何曲だ? だいたい何分になった?」

鰯「ちょっと、リストアップしてみましょうか。

1. バック・イン・ザ・U.S.S.R. (2分43秒)

2. ディア・プルーデンス (3分57秒)

3. グラス・オニオン (2分17秒)

4. ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス (4分45秒)

5. ハッピネス・イズ・ア・ウォーム・ガン (2分44秒)

6. マーサ・マイ・ディア (2分29秒)

7. アイム・ソー・タイアード (2分3秒)

8. ブラックバード (2分18秒)

9. ジュリア (2分54秒)

10. ヤー・ブルース (4分1秒)

11. マザー・ネイチャーズ・サン (2分48秒)

12. ヘルター・スケルター (4分30秒)

13. サボイ・トラッフル (2分55秒)

14. レボリューション9 (8分13秒)

 んー、おおよそ50分強ってところですか?」

G「そうか。1枚に収めるには厳しいな。50分を超えると、ビニール盤LPは音質が著しく劣化する。45分程度には収めたいところだね。

『レボリューション9』をエディット(編集)するか。……いや、それでは意味がないな。ジョンの曲とポールの曲の、短いやつを一曲ずつ割愛すれば、なんとかなると思うが。上のリストでいえば、3、6、7、11。この4曲のうちの2つを削る。それで解決するだろう。迷うところだがね」

鰯「あのう、『グッド・ナイト』(3分12秒 )はどうしましょう?」

G「ああ、あれが残っていたのか! いや、あれはラストを締めくくるのにふさわしい。ぜひ残したいね。わたしのオーケストレーションは会心の出来だし、なんたってリンゴが歌っているんだし。きみだってリンゴの歌を一曲は聴きたいだろう?」

鰯「しかしそれだと、やはり50分をオーバーしてしまいそうですね?」

G「そうなんだ! だから無理だよ。一枚なんかに収まりっこないんだ」

 

f:id:kp4323w3255b5t267:20141001074539j:plain
 日本独自のシングル盤。贅沢なカップリング。

 

【後記】

 というわけで、架空インタビュー第二弾(第一弾は ゴナ・テイク・ア・ミラクル / ローラ・ニーロによせて - 鰯の独白 )、楽しんでいただけましたでしょうか?

 しかし、未だご存命中の方を降臨させるのは、エ〇・カンターレみたいな不埒な行為だと後ろめたい気分になる(あるいは往年の『音楽選科』や『ロッキング・オン』みたいな)。ご意見や反論も多々ありましょうが、ま、これは思考実験というか、ファンのお遊びということでお許し願います。

 

【追悼】

 ジョージ・マーティン氏は2016年3月8日に90歳で逝去された。謹んで哀悼の意を表します。