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鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

らくがき(砂の帝国を飾る)

 

 
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銀行の封筒に鉛筆で描いた。書き損じ2枚。かかった時間約5分。
 
 本日も内面化をはかるのに勤しむイワシでございます。
 もっとも、"Inland Empire" だなんてご大層なものじゃない。「内なる帝国」ですって? ご冗談を。そんなの趣味じゃないね。ぼくがブログで書き散らすのは子どもの砂場遊びに近い感覚さ。つまり「砂の城」だよ。だから、蹴飛ばされたら脆くも崩れさる。
 
 なにかに夢中になっているときは内面が充実している。錯覚かもしれないけれどその間だけは楽しめる。たとえば楽器を奏でるとき、文章を綴っているとき。
 ただ、音楽だとどうしてもプレイにシビアになるから、自己満足できない。文章だと果てしなく推敲を重ねるきらいがある。もうお気づきだろうけどぼくには推敲癖があり、この「鰯の独白」にしたって投稿したあとも何度も細部をいじくって更新をくり返している。さながらスティーリー・ダンみたいに、気に入らない部分を見つけると納得するまで徹底的に手直ししたくなる(してしまう)。
 閑話休題。夢中になれる話でしたね。
 とりわけ夢中になれるのは絵を描いているとき。これはもう下手の横好きの最たるもので、筆を走らせているだけですごくリラックスする。どうせヘタクソだと分かりきっているからか割りきって描いているし、わりと上手く描けたと思えればそれはそれで満足してしまう。描いている最中が楽しいね。どんな絵になるのか自分でも想像がつかないから。
 まあ、絵というよりはイラストか。いや正確にいえばマンガだな。ぼくが(少女)マンガ好きなのもバレバレだろうけど、マンガみたいなイラストをこれからちょくちょく投稿しようかなと考えている。見るに耐えんと思うかたはどうぞスルーしてください。「スルー力は大事だよタイガくん」って池上彰センセも先ほど観たテレビで仰ってましたから(へ)。
 じゃ手始めに、いままでに描いた絵をいくつかご披露しようか。
 
① 中学3年のとき、写生大会で描いたもの。じつはデッサンだけして、家に帰ってから色を塗った。ズルだね。この絵で文部大臣賞だのなんだのいろんな賞をもらったんだけど、表彰式ではさすがに後ろめたい気持ちになったなあ。
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 でも傑作だよね。田舎の農家の納屋だってすぐにわかるし。ちなみに真ん中の男は農夫じゃないよ。一緒に写生していた仲間だ(かれについてのエッセイは近々書くつもり)。
 通った高校には県内唯一の美術クラスがあって、ホントはそっちに進みたかった。中学の美術教諭も勧めていたし、鼻筋の通ったきれいな女のこもいたからね(そっち⁈)。
 
② 東京で一人暮らししていたとき、トイレに飾っていた絵。
 おまえの描く絵はマンガだなとはよく言われたけれど、ある人に、便所のらくがきみたいだなと言われたときにはさすがにムッとした。で、ぼくもへそ曲がりだから、ならば便所をギャラリーにしてやろうじゃないかと思ってさ、トイレの壁に飾るようになった。そののち当人が遊びに来て、用を足しに入ったとたん、「こいつ、あてつけやがって」とつぶやくのを耳にした。
 ざまあ、と思ったね。
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 孤独なピエロ。典型的な題材。イッツ・イマテリアルのジャケットふうな。ぼくはお気に入りの一枚なんだけど。
 どう? 臭ってくるかい? 
 
③ 音楽学校時代の学園祭のボスター。ジャン・リュック・ゴダールの映画「カルメンという名の女」のパンフの表紙を見ながら描いた。ちゃんとそのことは左側に断ってあるでしょ? ま、似ても似つかぬ絵だから問題なかったけれども。
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 むしろ、これは誰がモデルだと取りざたされたな。マルーシュカ・デートメルスなんて誰も言わなかったよ。イワシくんの好きなあの娘でしょ? 似てるもんってみんなが口を揃えてた。そんなつもりはなかったんだけど、潜在意識がそうさせたのかな。いわれてみれば確かにその娘以外のナニモノでもなかった。
 そういえば弦楽科の教授から、これはヴィオラだなと指摘されたっけ。さすがヴァイオリンの先生だと感心しました。
 
④ 女性を描くときがいちばん楽しい。それは(話は前後するけど)一時期親しくしていた女性からの影響だ。かの女とは音楽ユニットを組むつもりで出会ったんだけど(「プレイヤー」誌のメンバー募集で!)、音楽そっちのけで美術館めぐりしていた。ファインアート志向で、かの女のアパートにはいつもイーゼルに描きかけのキャンバスがかかっており、油絵の具が散乱し、テレビン油のにおいが立ちこめていた。けれども居心地のいい部屋だった。かの女の描く絵はルドンやムンク調の、おどろおどろしい感じのが多かったけれど、本人は意外とサバサバした気質で、パティ・スミスふうの尖った外見とはずいぶんギャップがあった(後年、もっと似ているなと感じたのが、ベス・ギボンズ。ただし当時ポーティスヘッドは存在していなかったけれどね)
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 これはその女性をモデルに描いたもので、一見するなりヘタクソって一刀両断されちゃった。だけど似てるかも、と後になってうちあけてくれたけど。その後かの女はニューヨークに渡り、帰国後は大手アパレルメーカーに就職した。
 
⑤ 30歳を過ぎたらさすがにお絵かきする機会が少なくなった。それでも、子どもが生まれたらたくさん描いてあげた。チラシの裏なんかに描いて、描かせた。そのときの絵が手元に残ってないのが残念だ。自分の描いたものや書いたものはできるだけ取っておきたいものですね。
 小説を書くようになってからは、設定の段階で絵を描くようになった。登場人物のイメージが文章に定着しだしたら逆に邪魔になるので、これまた捨ててたんだけど、先日ひょっこり二枚だけ見つかったんで、ここに開陳いたします。
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 これは「歌の塔」という小説を書いたときのモチーフとなった画で、a)は主人公と脇役、b)はとある重要な場面を描いたものだ(われながら陳腐なイメージだとは思います)。
 こういう作業は苦痛にならない。キャラクター設定はじつに楽しい。竹熊健太郎氏が、<いまのマンガ家は設定ばかりで肝心の「物語の構造」を築くことが疎かになっている>と鋭く指摘なさっていたが、あーそれオレにも当てはまるわと、読んでて思わず深く頷いた。
 
 まあ、こうやって自分の描いた絵を振りかえってみると、イラストというよりもほとんど「らくがき」だな。授業中に教室の机に描いていたらくがきとほぼ同じ精神状態。自分のエゴを解放する手段としての「絵」には、描く行為自体の快楽と、心的緊張を緩和するセラピー効果との、両方が分かちがたくあるみたいだ。
(きみも描いてみたらどうだい? ちったあイライラが治まるかもよ。)
 
あとは勝手にしやがれさ 甘い恋など柄じゃない
雪を描くには どうすればいい?
きみを抱くには どうすればいい?
 
山茶花さざんか落葉焚き そっと燃やした絵のなかで
つんと澄ましたきみの顔
燃えてる
      「勝手にしやがれ」作詞:松本隆 作曲・歌:南佳孝
  冒頭に示した女のこのらくがきは、つい先だって未明の刻に、前々回のエントリ「随兵寒合」の挿絵に使おうと思って描いたものだ。けど、あの文章と同じページにらくがきを載せるのはどうもおもしろくない。完結した世界が壊れそうだし、登場人物のイメージを固定化させてしまいそうだと判断した。そこでいったん断念したものの、でも、巧拙はともかく絵の出来映えは気に入ったから、今回のエントリに載っけってみようと決めたんだ。
 (註:その後、思い直して『随兵寒合』の冒頭に貼りましたけどね。)
 だってブログは砂の城。ぼくは帝国の寂しい君主。一人遊びは上手だけれど、それでもやっぱり姫君の肖像画くらいは飾っておきたくなるじゃないの。
 だからさ……
 
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 Who cares?