鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

随兵寒合

 
 

【お断り】藤崎八幡宮秋の例大祭について検索をかけた方はここでお引き返しください。随兵寒合(ズイビョウガンヤ)というタイトルですが、祭に役立つ情報はとくに記してありませんので。

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「なんにすっね?」
「ここはなにが美味しかと?」
「さあ知らん。焼きめししか食わんけん」
「じゃああたし、紅茶」
「なら、おれはメロン・フィズ」
「それ、お酒じゃなかと? よかとね」
「よかろ。アルコールは薄かはずだけん」
「よく来ると?」
「ああオータニが近かけんね。練習すんだあとになだれ込むったい」
「雰囲気よかね」
「シブかろ? ここは良か音楽のかかっとるけん気にいっとると」
「……イワシくん。(目配せし)さっきからこっちば見よるよ」
「誰がね? (ふり返り)あーあいつらや。なーん気にするこたなか。ただの野次馬だけん」
「ニヤニヤしとらす。好かーん」
「たまたまだけん。あいつらがおるとは知らんだった」
「バンドのメンバーでしょ」
「挨拶とか、せんちゃよかばい」
「知らんふりするとも不自然かよ」
「せんちゃよかって言うとろうもん」
「なんか今日はカリカリしとるね。どーしたと?」
「べつに、なんでんなか」
「うそ。さっきから急に不機嫌になっとる。なんがあったと」
「……さっきの、美術館たい」
「あーあれ? 『狂気』のジャケットにそっくりな」
「ひどか絵と思わんや。あれが優秀賞よ。高校生の展覧会じゃなかとぞ。ニッテンだかインテンだか知らんばってん、美術のプロが剽窃ば見抜けんてなんだろか? 審査員の目は節穴や?」
「ロックとか、知らっさんとだろうね。だけん真似しとるて分からんとよ」
「おれ、そういうとがいちばん好かん」
「出たっ、イワシくんの口ぐせが」
「口ぐせ?」
「なんでん『好かん』。なんかあると『好かん』。好かんすかんの、多すぎるもん」
「でん、ほんとに好かんとだけん、しょうんなか」
「好きなとは、なかと?」
「え?」
「だけん、好きなとが、あっでしょ? イワシくんの好きなもんて、なんね?」
「それは……」
「ん?」
「そがんとは、なか」
「あー、顔が赤うなったー」
「なん、そぎゃんこつは、なか!」
「いや冗談じゃなかけん。鏡を見てん。真っ赤になっとるよ」
「それは……それは、これのせいたい。思ったよか度数の強かったけん、顔に出たったい」
「……だいじょうぶね?」
「なん、心配はいらん」
「笑いよるよ、バンドのみんな」
「笑えるしこ笑わしとけ。知ったこつか。明日、学校でケリばつけちゃる」
「うふふ」
「ば、ジブンまで。なんがおかしかや」
「なんか、勇ましかねーて思いよると」
「勇ましかなかよ。おれは平和主義だもん。ケンカとか、しきらんけん」
「ふーん。こないだも過激なことば言って、他のバンドと険悪になったとに」
「……あんときゃホンネばぶつけただけた」
「『クマモトロックお先真っ暗』って。あのコンサートにはうちの高校のバンドも出とったとよ。そうとう腹かいとらしたけん、イワシのヤツはナマイキか許さん、て」
「その、ナマイキなイワシと一緒におると、あんたもなんやかや非難さるっぞ」
「それは心配なかよ。あたしはそのバンドとは関係なかし。イワシくんとは中学からの知り合い、だし」
「知り合い、ねえ……」
「ね、あんまり余計なことは言わんほうがよかよ。あんま言いよっと、それこそ先行き暗くなるけん」
「でん、おれはほんとうのことを言うたまでぞ。あんたも天神のスポーツセンターに来たけん知っとるど? 福岡とクマモトの差は歴然としとる。次元が違うったい。それば出場しておれは痛感したし、バンドのみんなも思いは一緒だけんが」
「それは、わかっとるけど」
「みんな和気あいあいと、楽しくコピーバンドに興じる。そぎゃんたまっびらだん」
「それで、最近は攻撃的なオリジナルが増えとると?」
「コピーしたっちゃしょうがなかけん」
「けど、なんかどれも似とる。パンクロック? あたしはようわからんけど」
「パンクは好かんとや?」
「一本調子に聞こえるけん、あんまり面白うない。うるさかでしょ」
「なら、いまかかっとるレコードはどぎゃんや」
「クラッシュ? ざらざらしとってあんまり好きじゃなか。あたしが好きなとは、ニック・ロウとか、そのへん」
「メロディアスなやつか」
「メロディーないとつまらん。……ね、イワシくん。イワシくんの作った歌、バンドでは演らんと?」
「バンドんとはみんなで作らんと。おれのソロじゃなかけん。あーだこーだ言いながらこしらえるとが、バンドサウンドだけんね」
「……あたし、いまでも覚えとるよ。中三の夏休み、スヤの公民館で、トシヤたちとやったフォークコンサート」
「ああ……あんたそがんことば、よう覚えとるねぇ」
「覚えとるよ。忘れられんもん。あの日イワシくんは、自分の作った歌ば歌いよったろ?」
「電気オルガン、カワトコんちから担いできてくさ、ドソミソの伴奏で」
「あんときの歌、よかったー。誰にも似とらんで、誰ん真似でもなくて。イワシくん、もっと自分のスタイルで歌ったらどうかなーて思うと」
「……じつは、今度一曲やるよ。おれんオリジナルば。他のはぜんぶ甘いて却下されたばってん、一曲だけ、全員一致で演ろうてなった歌がある」
「なんて曲ね?」
「『夏の終わりのト短調』」
「それ、大島弓……」
「(被って)だけんタイトルば変えろて、みんなから言われた」
「だろねー」
「あんまり、笑わんでくれんね?」
「ゴメンごめん」
「今度また観にきてくれんや? 来週の日曜日。オータニの5階」
「ペパーランド?」
「ペパーランドで、新曲『甘くみるなよ』ば披露すっけん」
「……ごめん。行きたかばってん、来週はムリ。用事があると」
「用事? 用事てなんね?」
「じつは今度、随兵にでると。高校のOB会に誘われたけん、行列に参加せんといかん。だけん」
「それ、断れんとや?」
「断る? なんで? あたし楽しみにしとるとよ」
「随兵の行列ば、や。ハッ、信じられん!」
「そぎゃん言い方、なかでしょ」
「くだらん。おれァ好かんけん、ボシタてろん、馬追いてろん」
「ボシタて言うたら、いまいかんとよ」
「なんがや。ボシタはボシタだろうたい?」
「朝鮮・没した、の意味にとられるけん言わんごつなったて、先輩が言いよらした」
「ばってん、それが起源だろたい?」
「違う、そう誤解されるけん、呼び方変えようてなったって、先輩が……」
「先輩せんばいて、男ね?」
「男よ。それがどがんしたと」
「気に食わんね」
「会ったこともなかとに、知ったことば言わんとって」
「どうしても、そっち優先ね?」
「あたりまえたい。衣装も揃えたとよ。練習にも連日参加しよるし。いまさら抜ける理由はなか」
「なら、ライブは夕方からだけん、そんころには抜けられんや?」
「ムリ。後かたづけやら打ちあげやらあるけん、ひとり抜けがけは許されん」
「だけん、祭りとかおれ好かんたい。なんか縛りばかり多して、窮屈かごたる」
「参加しとらんひとにはわからんよ。
(席を立ち)イワシくん、これだけは言っとくけん。勢子に参加するとは、あたしの自由意思だけん。あたしが好きで参加するとだけん。それにケチつけられるとは、あたし好かん」
「ちょっと待ちなっせ。座らんや。なんば怒っとるとや?」
「怒らせたつは、あんたよ。その赤い顔ば鏡でみてきなっせ。なんであたしが怒っとるか、酔いばさまして、ひとりで考えてみなっせ。サヨナラ!」
 
 
 藤崎八幡宮秋の例大祭のハイライトというべき御幸行列は、その年も午前6時より始まった。市中には大勢の人々が詰めかけ、そのごった返す人並みの見守る中を数十もの団体が列をなして街を練り歩く。ドーカイ、ドーカイの威勢のいい掛け声とラッパのいななくような音が上通り下通りに間断なく鳴り響く。ぼくはライブの会場である大谷楽器へ向かうべく人混みをかき分けながら列の流れに逆行していたが、そのとき、向こうから一つの連が現れ、目の前まで進んできた。列の中からかの女の姿を発見するのにたいして時間はかからなかった。浅葱色の半纏、鯉口のシャツ、白い股引に地下足袋履きという颯爽としたいでたちで、瞳を輝かせ紅潮した頬で、誰よりも声高にドーカイ、ドーカイと声をあげていた。ぼくは名前を呼ぼうとしたが、喉がからからになって声をかけることができない。そしてかの女はまったくぼくに気づかないまま、目の前を通り過ぎて行った。
 高校三年の九月十五日のことである。あのとき以来、ぼくは随兵がほんとうに嫌いになった。
 
 
 
 
 

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