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鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

『バイク』 坂本真綾

 

 今日の収穫。坂本真綾のシングルコレクションvol-2、『ニコパチ』(03年)。
 坂本真綾のベストアルバムとしては、2枚組の『everywhere』(10年)があり、これでデビューからの約10年間をおおよそ俯瞰でき、選曲も納得できる内容ではあるけれども、唯一ぼくの不満だったのが、「バイ」が入っていなかったことである。
バイク」は、とんでもない曲である。これをぼくは『地球少女アルジュナ』というアニメーションのOSTで聴いた(アニメに疎いぼくだが、レンタル屋でDVDも借りてみた)。シングルカットされた「マメシバ」の疾走感も、もちろん良かったが、「バイク」を聴いた衝撃は、他とは比べものにならないほど大きかった。『ニコパチ』には、その「バイク」が4曲目に収められている。インターネット配信を利用しないぼくは、だからこの盤を、かならず入手する必要があった。
 
バイク」の魅力は、雄大な楽曲のスケールにある。日本のJPOP(それもアニメ歌手という限定ジャンルにカテゴライズされている)であることを、きれいさっぱり忘れてしまうほどの裾野の広がりを持っている。他の菅野よう子作品に見られがちな、作り込みすぎに起因するせせこましさや、狙いがあからさますぎる欠点とも無縁だ。
 もちろん下敷きとなる編曲上のアイディアの種は存在する。「バイク」に見え隠れする影響としてぼくが連想したのは二つ、ひとつはマッシヴ・アタックの「プロテクション」における淡々とした展開とクレイグ・アームストロングのリリカルなピアノ、ふたつめはピーター・ガブリエルの「ハムドラム」における重厚なストリングスの白玉だ。けれども、それらの要素を発見しても、さほど気にならない。なぜなら影響は完全に消化され、オリジナルな響きにまで昇華されているから。つまりパクリ・いただきの域をとうに超えている。
 演奏に耳を傾けてみよう。8分音符を刻むベースの鼓動が主軸となっていることに気づくだろう。最初はシンセベースかなと聴き惑うほどだが、次第にフレーズは解れ、フレージングが縦横無尽に展開しはじめる。素晴らしいベースプレイは、渡辺等。かれの雄弁かつツボを抑えた演奏は、ややもすればかっちりしすぎて息苦しくなる菅野の編曲に自由な息吹を与える。おそらくアドリブにかんしての自由裁量権を持っているのであろう。この「バイク」におけるベースプレイは、世界最高水準を謳っても恥ずかしくない演奏だ。
 また、人力ドラムンベースと呼びたくなるほどの、佐野康夫が叩く細やかな32ビートの刻み。これも後半におよぶに、大胆にリズムを解体しはじめ、クリス・パーカーみたいに自由闊達な「揺らし」をこれでもかと繰り広げる。ライブでは「バイク」の中間部分にドラムソロが挿入されるそうだが、その展開もアリだろうなと頷きたくなるほどの、イマジネーションあふれる叩きっぷりである。
 しかし、それほど派手なリズムセクションのざわめきが施されているにもかかわらず、ちっとも煩くない。全体の印象としては、ひどく静謐なのである。それは楽曲構造がきわめて堅牢かつ立体的で、揺るぎのないものであるからだ ※。そこはやはり、作曲者でありアレンジャーである菅野よう子の、妥協なき采配がものを言っているのだろう。かの女のパースペクティヴは驚くほど具体的で、しかも抜かりがない。おそらくミキシングの仕上がりにも細心の注意を払っていると想像する。ラフな部分はそのままに、しかし質感はデリケートに、という二律背反をさらりとやってのける手腕は、脱帽するしかない。
(※ 今堀恒雄の奏でる硬質なギターの音色が、アンビエントな音響効果・空間処理に一役買っているのは言うまでもない。)
 坂本真綾。この人の耳のよさと音程の確かさには舌を巻く。たぶん菅野よう子は「約束はいらない」で初めて坂本真綾を起用したときに、「これでわたしのやりたいことが可能になった」と、胸中で快哉を叫んだのではなかろうか。子役時代より鍛えられた集中力・吸収力・精神力を持ってして、どんなに込みいった音符も、どんなに高低差のある音域も、難なく歌いこなしてしまう。しかも感情過多に陥らない。坂本真綾の歌唱力は、一聴して「巧い」と思わせない、見過ごされてしまう類のものである(それどころか、ブレスが気になるという評価すらある。驚いたね。ミキシングの段階でいくらでもオミットできる息づかいを敢えて残すことで、ともすれば冷たいと感じさせる歌唱に陰影を与えていることぐらい分からないのかな)。坂本真綾はたぶん、オートチューンを使用していないだろう。使ったとしても、少々の補正だ。かの女はそれくらい安定した音程を持っている。
 そう、「冷たい」のだ。ぼくが坂本真綾の歌唱に惹かれる要因は、じつにそこである。ベタッとしたところがない。薄いヴェールに包まれているような、目の前に飛び越せない壁を築かれているような、クールな印象を受ける。いくら聴いても感情移入できない。よく比較されるであろう椎名林檎aikoなどの、日本のJPOP女性シンガーと決定的に違うのは、その声質の「アクの強さのなさ」だ。だから聴いていて疲れない。歌姫の自尊心なんか、ぼくは欲しない。菅野&坂本の鉄壁ともいえるペアを洋楽モードで聴いているぼくは(だからこそ逆説めくが、かの女の英詞の楽曲には興味を惹かれない)、ことばは悪いけど、歌詞なんてどうでもいいのだ。〈孤独な「ぼく」が「セカイ」と対峙する〉岩里祐穂の書く典型的な歌詞は、中年男のぼくには何の感興ももたらさない。ただ、響きさえあればいい、音符とかっちり噛みあったことばが配置してさえあれば……。
 けれども、「バイク」の歌詞は、その象徴的なことばの選択に、ちょっとグッとくるのもまた確か。バイクという単語は、どこにも出てこない。描かれるのはただ、タンデムで後ろに乗っている女のこの、心理状態。それを淡々と記すことにより、より大きな景色が、叙事詩となって浮かびあがってくる。
風が走る ふたりを乗せてく
空と水が つながる場所へ 道はつづく
世界じゅうが 息を殺している
点滅する光
(略)
どこまで どこでも どこへも ゆける
私たちのかたちが見えなくなるくらい 遠く
この(好きでないことばだが)世界観を、優れた演奏が、緻密な編曲が、透徹した歌唱が、十全に表現し尽くす。
バイク」とは、三位一体が一つに結晶した、「奇跡のような」楽曲である。
 それだからぼくは、14年ほど前に作られたこの歌を、倦むことなく、聴きつづけていられる。
 日常のふとした瞬間に、そう、たとえば事務所で単純作業を淡々と進めているときなんかに、あたまの中で絶え間なく鳴りつづく、静かな嵐のような、音楽である。
地球の果て どこかにあるから 遠く……
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『ニコパチ』。ジャケはいまいち。中古で500円也。
 
 坂本真綾はもともと声優であり、舞台俳優である。そしてその出身ゆえにか、「アニメ歌手」というレッテルを貼られた。アニメ主題歌を歌うことでキャリアを築いていったのだから、そのジャンルに数えるのは、間違いではないだろう。
 だが、もうそろそろ、そのレッテルを剥がしてやるべきではないのか。かの女の実力と人気は、他のJPOPアーティストと比べても遜色ない、いやむしろ、凌駕しているともいえる高い音楽性を保ち、菅野よう子の引力圏から離れてからもなお精力的な活動を続けている(アルバム『You can’t catch me』(11年)なんて、オリコンチャート1位を獲得したんだぜ)。そんな坂本真綾のソフトを、未だにアニメの枠棚に押しこめている現状は、売る側の思惑あってかもしれないが、あまりにも粗末な扱いではないのかと、個人的には思うのである。(註)
 最後に、坂本真綾の最新情報をリンクして(10年くらい周回遅れの感がある)この稿の終わりとしたい。近年は「たおやかさ」に傾きがちで、すっかりフツーになっちゃったなと感じていたのだが、いや、なかなかどうして。かつてオアシスをフェバリットに挙げていた、かの女のファイティングスピリットは、いまなお健在である。
(このエントリを書いた5日前の記事です。)

 

 

【おまけ】

   ビクター(フライングドッグ レーベル)の管理が厳しいのか、はたまた坂本真綾ご本人のチェックなのかは分からないが、かの女の画像・音源はことごとく削除されている(坂本さんご本人のYouTube公式アカウントはコチラ → 坂本真綾 - YouTube )。が、ひとつくらい紹介したっていいだろう? どうかお見逃しください。

 坂本 真綾 チロルチョコ 30秒スポットCM - YouTube

 

 

 【蛇足】

バイク」以外で菅野よう子坂本真綾のコンビ(作詞は殆ど岩里祐穂)でお勧めする「私的ベスト10」(すごくありきたりな選曲ですが、ぜんぶ傑作です)。

約束はいらない

 ピアノの音色で三連符の低音部を支配する、斬新なアレンジが光るワルツ。サビ前の旋律の運び方が尋常じゃない。さらりと歌っているように聴こえるけど難しいぞコレ。

走る

『DIVE』の2曲目。ぼくは勝手に疾走系と呼んでいる。サウンドホース(メロディーパイプ)を回すとヒュルヒュルと鳴るような高音域のシンセサイザーの音色が耳に残る。

プラチナ [Full HD] Cardcaptor Sakura カードキャプターさくら NCOP3「プラチナ」 - YouTube

 これを子どもと観ていた『カードキャプターさくら』で初めて聴いたときはびっくりしたね。「なんだ?このパット・メセニー・グループみたいなアレンジは!」って。

マメシバ

 これも疾走系。ブラジルのMPBみたいなコード進行にせつない旋律が乗っかる。特筆すべきは後半の展開。このコーダの延々と続くサウタージ感覚が菅野の最大の持ち味。

キミドリ

 60年代をほうふつとさせるコンパクトな佳曲。間奏がルパート・ホルムズみたいだ。歌詞が素晴らしい。「空を映した水たまり もしかしたら繋がってる? 秘密の入口

光あれ

 問題作『少年アリス』の中でもひときわ険しくそびえる壮大な叙事詩。が、これ以上先に進むのはなかなか困難だろう。聴いていると圧倒されて息苦しさすら覚える。

Light of Love

 これも「♪ 連れてってください~」から始まる後半の大さびが雄大なんだ。多重コーラスに、息を呑むブレスをわざと強調させて、リズムにうねりを出すところなんかも。

風が吹く日

 今掘恒雄ってホントに優秀なギタリストだと思うけど、これは曲の出だしからお終いまでワンノート、一音のみをオルタネイトピッキングし続けるという凄いプレイが聴ける。

Honey bunny

 ちょっとAikoを思わせる気だるい調子で「女のこの気持ち」を歌ったナンバー。ここで耳を惹くのは、菅野自身が弾くアコースティックピアノの考え抜かれたソロだ。

ポケットを空にして

  やっぱりこの歌で締めるのが順当かな。素朴な仕上がりだけど、作為がないぶん万人に受け入れられやすい。岩里の歌詞は「男の子の気持ち」を上手に掬いあげている。

 

 【追記】

 かつて「バイク」と共通したムード(モード)の音楽を、ぼくは確かに耳にしていたはずだが、なんだっただろうとずっと考えていた。それを今日(9月16日)になって、ようやく思いだした。

  小川美潮だ。

[http://twilog.org/cohen_kanrinin/search?word=%E7%BE%8E%E6%BD%AE&ao=a:title]

 

 【註】

 先日B〇〇K〇FFの陳列をみたら、坂本真綾は「JPOP・さ」の棚に収められていた。