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鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

【追記】前エントリの。

  ええいこの際だ、くっ喋ってしまおう。

 XTCというイギリスのバンドがある。ぼくはアンディ・パートリッジのつくる精巧で朴訥、ユーモアとイロニーの混在する音楽が大好きだった。XTCのことについてならば、ホント延々と語っていられるくらい、だった。

 そんなぼくが、XTCを嫌いになった。それは、聴いていると、ある一人のツイッタラーをどうしても思いだしてしまうからだ。そいつはXTC初期の代表作である「___・_____」をアカウント名にしている。何回か、粘着質な@付きメンションで絡んできた。気味が悪いのでブロック(相手の情報をシャットアウトすること)したが、その後もあれこれ「つぶやいて」いたようだ。ともあれそれ以来、ちょっとXTCが聴けなくなった。

 こんなことを書くと、なんてナイーヴなと呆れられるかもしれない。「あいつが嫌いだから、あいつの好きなバンドも聴かない」という子どもっぽい態度は、少なくとも高校生のころまでには済ませておくべきだろう。しかも、つけ加えると、「___・_____」のみならず、Twitter内に棲まうXTCファンは、得てして頑固で、一筋縄ではいかない。自分の意見や信条を絶対に譲らぬ依怙地さがある。それで何度か対立もした。その厄介な性質、じつはぼくも備えている。いや、ぼくはかれらよりも一層頑迷だと思う。とどのつまり、合わせ鏡なのだ。XTCの音楽は、そのことを否応なく思い起こさせる。だから、いまは聴けない、聴く気になれない。

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  Travels In Nihilon じょぼじょぼ……

 音楽と、その音楽を好む者の属性との弁別がつかないでいる。このビョーキが治らないかぎり、次へは進めない。この捻くれた性格、どうにかならないものか。いつかまた、XTCを素直に聴ける日が来るのだろうか。音楽に、罪はない。問題は、つねにぼくの側にある。

 Twitterでの発言が慎重にならざるを得ない理由も、じつはそこにある。ぼくのせいで誰かが「わたしのお気にいり」を嫌いになったと想像したら、いたたまれなくなるじゃないか。べつに気を遣っているわけじゃない、ホントは自己嫌悪に陥りたくないだけなんだ。

http://twilog.org/cohen_kanrinin/search?word=XTC&ao=a

 書かなきゃよかったかな?

 

 

【追記の追記】

 いずれにせよ、Twitterをネタにブログの記事を組みたてていくのは、もうやめようと思う。最近のを読みかえすと、感情のゴミ捨て場と化しているもんね。

 しんどい作業だけど、ブログをひとつの作品に仕立てあげねば。寄り道は、これで終いだ。