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鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

機上にて

 
 
 今月に入って、ブログの更新が滞っている。昨日は休みだったので、投稿しようと思っていたが、どうも書けない。気分に乗れないというか、重たく感じてしまうのだ。
 これはひとえに、もっと立派な、見にきた方々に感心されるような内容にしようと力んでいるからだと思う。時事問題と絡めて、今日性を加味したいという狙いもある。さまざまな雑念やたくらみが脳裏を駆けめぐっているときに、Twitterのタイムラインを遊泳していると、こんな警句を目のあたりにする。
 
ブログでお前が書き散らかしてた半分は嘘だ。イヤもっとかな。中身がスッカスカなヤツ程自分を盛大に盛る。そういう欺瞞は長くは続かないのが世の倣いなのに。
 
 自分に宛てたツイートではないと思いたい。が、ぼくを批判したエアリプに感じてしまうのだ。
 さよう、ぼくはエアヘッドだ。中味スッカラカンなのだ。分かってはいるんだけどね、ブログを書くこと自体が、自分を盛る行為に思えて来ちゃってさ、投稿するのが億劫になるんだよ。
 
 ただいま大阪上空だというアナウンス。
 そう、ぼくはいま旅客機のなか。機内モードゆえ、通信途絶の最中。いい機会だから、こんなふうに、どうでもいいことを、つらつらと書きつらねている。
 東京へ出張なのだ。コーエン管理人に出張があるなんて、思いもよらなかった。家族に会えるのは嬉しいけれど、どことなく後ろめたい気もする。家族にも会えるだろ? という「粋な計らい」が、この出張を窮屈にさせている。関西方面を、ぼくは志願したのだが、東京にしなさいという、これは命令だった。あー文章の順番が滅茶苦茶だ。でもいいや、入れ換えないでおく。ぼくはブログとなると、推敲しすぎるきらいがある。何度も更新して、不味いところを糊塗する。いさぎよくないね、タケ イスケ。
 
 窓の外は雲。ぶ厚い雲が一面に敷きつめられている。左手に富士山が頭をのぞかせていますよ、とC.Aが案内している。だが、富士の山影を観ても、なんの感興も湧かない。あなたは言っていた、自分は自然を見ても感動しないのだ、ということを。一般化されては不本意だろうが、それはぼくにもあり、誰にでもある感情なんだよ。機内の窓から見える富士山の頂は、まるで絵ハガキみたいに陳腐だ。
 ただ、それはぶ厚い窓ごしにみた、隔たれた位置からの感想だ。じっさいに富士の麓に佇み、山頂を仰ぎみたときに、ぼくの内面は、どんな感慨をいだくだろうか。登攀の最中、どんな感覚にさらされるのだろうか。そして山頂に立ったときに、どんな感想を抱き、どんなことばを探すだろうか。じっさいに登ってみたことがないから、想像もつかないが、ぼくはたぶん、自分が登ってきたことにたいする、自己満足の証として、おおっと快哉をあげることだろう。
 たとえ一緒に登った人がいなくても、周りに他の登山客がいなくても、山頂から見下ろす景色をみて、嘆息くらいは洩らすと思うな。そしてそれはぼくだけが持ち得る、他者とは交換不可の、自分だけに向けられた、たぶんに芝居めいた、やはり感動なのだ。
 
 ぼくは能動的に、感動したがる傾向がある。映画やコンサートに赴くときは、あらかじめ感動できるよう、こころを準備している。それはおそらく、自己欺瞞かもしれないね。
 
 おおっと羽田に着陸した。このエントリは、ここまでにしよう。
 
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