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鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

7月1日/辛島公園

 
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2014年7月1日。
ぼくは、兆しを探しに、街へ足を運んだ。
どこかに集団的自衛権閣議決定に抗う声が上がっていないかを確かめるために。
風はほとんど吹いていなかった。
湿っぽい空気が、どんよりとした空の底に澱んでいた。
街の景色は平穏そのものだった。
おしゃれな格好をした若いひとたちの笑顔で、上通と下通は満ちあふれていた。
浮かない顔をした者は、ほとんどいないように感じられた。
ぼくの足は新市街を抜け、辛島公園へと向いていた。
そこは、政治的な集会のあるときの舞台となる場所である。
実際には、公園周辺は人通りが少なく、混雑する危険が少ないからだと思われる(これはぼくの、私的な感想だ)。
午後6時ちょうど。
辛島町電停前には、民主党の幟を掲げた一団が、スクランブル交差点の向こう側にある、取り壊し工事を始めた産文会館の正面に陣取っていた。
彼らのまわりには大勢の記者団がカメラを向けていた。
参議院議員が熱っぽい演説をしていた。
通りゆくひとは、スクランブル交差点の反対側で、信号待ちを装いながら、注意深く、静かに、耳を傾けていた。
ぼくは、小沢一郎を追いだした民主党※に、根深い不信感を抱く一人だけれど、今日このような抗議の声をあげるのは、なにもアピールしないよりかはまだましだと感じた。
たとえそれが、アリバイ的なものだとしても。
アリバイ的だと指弾すれば、たいていの抗議活動は、それこそアリバイ的なものだとも言い表せられる。
手遅れではない、声をあげることが重要なのだ。
 
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スクランブル交差点を渡って、円形劇場を思わせる辛島公園のなかに、ぼくは足を踏みいれた。
そこにはまだ誰もいなかった。
お年寄りがベンチに座って休憩しているか、スケートボードに興じる若者のグループが数名いるだけだった。
ぼくはベンチに腰掛け、スマフォの画面に目を落としていた。
官邸前のドキュメントがタイムラインを覆いつくしている。
こののどかな、熊本市の中心とは思えないのんびりした風景との、なんたる違いだろうか。
ぼくは永田町の群衆に思いを馳せていた。
熊本で、こんな緊迫した状況は、たぶん訪れないだろうなとひとりごちた。
そのとき、
行進を終えた一群が、辛島公園にぞくぞくと集結してきた。
幟が何本もみえる。共産党の旗もある。平和大行進の横断幕が見える。全○○連、全○労などの幟を掲げた労組の集団が、公園の敷地内に、とつぜん現れたのだ。
ぼくは少しだけワクワクした。
さっきの民主党の演説より、それっぽく感じられたから。
集会の様相を呈してきたぞと思って。
だけど、
よく観察してみると、
主催者が動員をかけて集まった人たちが、ほとんどのようだった。
ぼくのように、個人で、どこからも声をかけられない一個人は、どこにも見あたらなかった。
いや、いたのかもしれない。
ぼくが、気づけなかっただけなのかもしれない。
方々で挨拶が交わされている。
みんな、お互い知り合いみたいだ。
ここはアウェイだなと、感じずにはおれなかった。
県庁前からの行進を終えたグループが参入してきたところで、総会がはじまった。
メガフォンを小脇に抱えた男が、「今日はお暑いなかを」とか、「みなさんお忙しいなかを」とか、お礼のことばを述べている。
初老の婦人が、「戦争はいやだ、二度と過ちを繰り返してはならない、平和憲法を遵守しよう」と発言した。
何人かが、集団的自衛権を強行する安倍内閣のあり方を批判していた、
けれど……
集まった方々は、熱心に聞きいり、ときおり声をあげていたけれど。
ぼくには、どうも馴染めなかった。
いいえ、否定しているわけではないのです。
ただ、ちっとも胸に響いてこなかった。
期待が、大きすぎたのか。
もっと、魂を揺さぶられるような名演説を聞きたかったのか。
わからない。
ぼくは、遠巻きに眺めていたひとりだった。
輪のなかに加わらず、端っこのほうにいた。
だけど、黄色いTシャツを着ていたから、それなりに目立っただろう。
黄色いTシャツを着ていたお調子者なんて、ひとりもいなかったからね。
なんだあの野次馬は、と思われたかもしれない。
ぼくは、誰かからか、声をかけてもらいたかったのだろうか。
それとも、自分から、足を運ぶべきだったのだろうか。
ぼくも同じ思いだ、一緒に連帯したいのですと言えば、受け入れてもらえたのだろうか。
積極的な姿勢を見せないことには、頭数に入れられないのだろうか。
主催者は最後に、今日の参加者は70名ほどですと発表した。
ぼくは100名はいると思っていたのだが。
70名のなかに、当然ぼくは数えられていない。
シュプレヒコールが公園にこだました。
拳をあげる人の輪に、ぼくはどうしても加わることができなかった。
思いは、ほぼ同じであるのに。
 
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集会が終わり、みなてんでばらばらに散ってゆく。
さっきまで公園を覆っていた熱気やら、和気あいあいとした雰囲気は、たちどころに薄れ、夕暮にまみれていく。
スケボーを持った若者が、ようやく終わったぜとつぶやきながら、場所を確保する。
だけど、ぼくはその場からなかなか離れ難かった。
みな立ち去ってしまった後の辛島公園に、ひとり佇んでいた。
《既成の集会に満足できないんなら――》
ぼくの内面から、もうひとりのぼくが、皮肉なことばをかける。
《自前で作るしかなかろう? 自分の思うような抗議活動のあり方とやらを》
そうだ、確かにその通りだ。
《他人を当てにしていちゃダメだってことだよ。官邸前のような動きを期待していてはな、甘いよイワシ タケ イスケ!》
ああ、わかってるって。
イメージと現実の落差に、ぼくが失望してるとでも、思ってるんだろ?
違うよ。
ぼくは、誰かと連帯したくて、ここに来たわけじゃないんだ。
ただ、誰かの訴えに耳を傾けたかっただけなんだ。
現実に、それはぼくひとりじゃないってことを、胸に刻みつけたかった。
ただそれだけなんだ。
革新政党の主導だろうが、動員された団体であろうが、どうだっていいんだよ。
熱気なんて要らないさ。
無理やり熱気を演出するほうがかえって不自然だろ。
平和で、のどかな、この辛島公園で。
市の中心部とは思えないほど、ひなびた風情の公園で。
「安倍を倒せ!」だの、「STOP AGAINST THE ○○」だの叫んでも、風景にそぐわないでしょ、
ここ熊本の空の下では……
 
 
帰りに鶴屋デパート裏のラーメン屋に寄った。
あれほど旨いと思っていたラーメンが、ろくに喉を通らなかった。
半分ほど食べて残してしまった。
バスのなかで、吐きそうになった。
 
それがぼくの、7月1日だ。
 
 
 
 

※ ぼくが政治に本格的な関心を寄せはじめたのは、「陸山会事件」と称する一連の小沢パッシングを理不尽と感じたことからであると特に記しておきたい。 

 

【追記】

その後、<7月4日金曜日18時~、熊本市辛島公園にて、集団的自衛権行使容認への抗議デモかあります。秘密保護法廃止!くまもとの会主催。集会後、パルコ前までデモ行進します。>という連絡が入った。ぼくは6時すぎに仕事を終え、それから大急ぎで市内中心部まで駆けつけたのだが、到着した時はすでに7時を回っており、デモ行進は終了したとの報せを、twitter経由で受けとった。

またしてもぼくは参加できなかった。