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鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

傷ついたのは誰の心? (Everybody hurts)

 

ねえ、もしも謂われない暴言にさらされたら、きみはとっさに反撃できるかな?

ぼくはできないね。

思いもよらない侮辱を受けたときに何故だか曖昧に笑ってしまうんだ。そして時間が経って、さっき浴びせかけられた暴言の意味を理解して、悔しくって涙が出る。あとからあとから。後になればなるほど。(2014年6月20日)

 この、たぶんに感傷的な自分のツイートが、何十人かの目に留まったことが、ぼくには驚きだった。ぼくは、野次られるほうにも非があるという意見に対して、ささやかな異議申し立てをしたかった。だけど、大向こうに訴えた内容じゃないから、きっと見過ごされるだろうと思っていた。しかし、そうではなかった。

 そしてこのときに、これはいままでとは違うぞと感じたのである。

 

 はたして、傷ついたのは誰のこころだろう。

 そのこころのありかは、いったいどこにあるのだろう?

 頭のなかで、脳内で考えていることが、なぜ、心の臓に影響してしまうのだろう。

 こころの痛みとは、どういう状態を指すのだろう。

「とっさに言い返せないほうが悪いんだよ」

 ぼくは、そのことばをタイムラインで見るたびに、まるで自分が過ちをしでかしたときのように、胸のあたりがズキズキ痛んだんだ。

 

 そう、

 ぼくは、ある特定の人物の前では、どうしてもうまく話せない。

 正確に伝えれば伝えようとするほど、ことばが縺れ、たどたどしくなってしまう。

 心拍数があがり、手足が震え、あたふたした態度になり、しくじってばかりいる。

 軽いイップス

 たいしたことじゃないさと、自分に言い聞かせても、その症状は治らない。

 次の日になれば、また同じような局面で、昨日と同じような間違いをしでかす。

 人生の、節目節目で、そういう目に遭う。

 ある特定のタイプに遭遇してしまうと。

 そのタイプの人物から逃れることが不可避である状況に陥ると。

 ぼくは、ふだんの能力が半分以下に減衰してしまう。こころもからだも萎縮しきって、ふさぎこんでしまうのだ。

 

 こないだのツイートでは、図らずも、そんな自分の「弱い」側面が露呈してしまったような気がする。

 しかし、だから、共感を呼んだのだと思う。

 たんに〈リツイート〉されたり〈お気に入り〉に登録された数を比較するなら、もっとたくさん支持を得たツイートがいくつもある。けれども、このツイートに寄せられた反響は、それらの「威勢よく体制を批判した」ものよりも、ずっと深いところに呼応したように思えてならない。

 なにも確証はない。だいいち、このツイートには一通の返信も届かない。

 にもかかわらず、そうだと言いきれるのだ。

 

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 Ah, look at all the lonely people!

 

 都議会における「暴言」の一件は、質問中の女性議員に、野次を飛ばしたとされる男性議員が、陳謝したことで、収束の段階にいたったと、一般にはみなされよう。

 ツイッターのタイムラインでも、もういいんじゃないか、だの、なんでもかんでもセクハラに結びつけるのはどうか、だの、この一件を終わりにしたい意見が、ちらほらと目につくようになった。

 かれら(大半は男性だ)の言い分はわからないでもない。

 なぜなら、ぼくもまた男性という性を負っているからだ。

 もう見たくない、が本音だろ?

 男性が抱える「疚しさ」を糾弾されている気になるのだろ?

 ぼくとて聖人君子ではないから、性愛にかんする部分での折り合いは、ついていないというのが、正直なところだ。

 ぼくにだって劣情はあるし、その劣情の収めどころに困惑することも、しばしばあるし、ね。

(その部分を見透かしたひとも何人かいたみたいだ。ダブルスタンダードだと思われたかもしれない。)

 ただ、しかし、それでも。

 正視する必要があるんじゃないか?

 広げすぎだよ、と困惑する方々に、ぼくは問うてるんだ。

 広げすぎでは、断じてないんだ。

 これはきわめて普遍的で、深刻な問題だ。

 性差にとどまらず。年齢差にとどまらず。

 

 ぼくも幾度か言われたことがある。

「男らしくないぞ」、「女々しいことをぬかすな」と。

 面罵された経験が、人生の節目節目でね。

 だけど、そんなぼくですら、目に余るほど、

「男らしくない」ふるまいをするものが大勢いて、

「女々しい」言動を弄するものが大手を振ってまかり通っている、

 そんな印象を受ける。

 常日ごろ威張り散らしている連中が、とくに。

 それはなにも、自民党の議員や日本会議の面々ばかりとは限らない。

 ほら、あなたのまわりにもいるだろう?

「それは○○と△△ほうが悪い」と開き直る連中が。

 そういうやからが、得てして精神論をぶつんだよね。

 やれ、気合が足りないとか、たるんでいる証拠だ、とか。

 根性論を振りかざすくせに、自分はラクな位置に留まりつづけようとする連中。

 その根性とやらが、いかに歪つな発想であるかを、あぶりだし、糾す必要がある。

 今回の都議会での事件が、その「切欠」になったことは確かなんだ。

 火は燎原のごとく広がる。

 いったん燃え広がった火は、そう簡単には消せやしない。

 いいかい、これは「から騒ぎ」なんかじゃないんだ。

 問題の本質にようやく手が届きそうなんだ。

 邪魔をしないでくれないか?

「喫緊の課題は、それじゃないだろう」とか、

「瑣末な事象に感けている場合ではない」とか、

「優先順位を間違ってはいないか」とか。

 その問いには、こう答えよう。

 あなたがたは、そうやって、真相にアクセスする権利を断ち切っているのだよと。

 とるに足らない問題なんて、ないんだ。

 すべての問題は、根っこの部分でつながっている。

 あなたが、集団的自衛権が問題であるというのなら、

 安倍政権の暴走を許さないと思うのなら、

 TPPには断固反対だと訴えるのなら、

 原発再稼動に反対を表明するのなら、

 なおさら。

 この問題を、「騒ぎ」として、トレンドとして、ネタとして回収するんじゃない。

 おおげさに聞こえるだろうが、これは「日本人の意識」にかかわる問題なんだ。

 潜在意識に直接訴えかける、精神の根幹を揺さぶる、問題提起なんだ。

 だからか、旧来型の発想をする人間が、躍起になって火を消しにかかる。

「彼女の素性を知っているのか? いいタマだぜ」とか含み笑いで。

 それだよそれ、その下種な反論こそが、卑しさの正体さ。

「音声を精査すると『(みんなが)結婚すればいいじゃないか』と言っているように聞こえるけれど?」と、皮相な疑問を呈して。

 かりにそういう言い回しの野次だとして、それが何の免罪符になると言うのだ。

 野次った連中など、擁護する価値もありやしないよ。

 聞きたくないんだろ? 見たくないんだろ?

 女性が・ヒステリックに・喚くさまを。

 サヨクが・ここぞとばかりに・言い募る場面を。

 そして、自分の心地よい風景ばかりを、見続けたいのだろ?

 しかし、その美しい光景を踏みつけ、台無しにしちまったのは、誰だ?

 悲壮に訴えなければならない局面にまで追いつめたのは、どこの誰だよ?

 ひとり、首相のせいばかりじゃないぜ。

 それを下支えした連中だけじゃないぜ。

 それは、見過ごし、黙認し、事なかれとした、あなたであり、ぼくなんだ。

 正視しろ。目を逸らすな。

 自分の劣情を指摘されたと感じるならば、まだあなたには救いがある。

 この事件であぶりだされたものは、日本の(マルクス主義とは違った意味での)、下部構造の問題である。

 いや、単刀直入に言っちまうと、下半身への問題提起さね。

 日本の、男性中心の社会システムが、根腐れしている。堅牢にみえた建造物が、音を立てて、瓦解しはじめている。

 それに気づけよ、いい加減。

 頭だけで捉えるな。こころで感じろ。そして、下半身にも人格を持て。

 性を、愛を、楽しみたいのだったら、性愛の対象にこそ、尊厳を持て。

 かの女は、機械でもない。おもちゃでもない。

 ましてや、二次元的な観念でもない。

 なま身の、人間なんだ。

 

 支離滅裂なことを言っているように思うかい?

 だけど、ぼくはいたって冷静だ。

 一晩中、考えたんだ。

 はたして傷ついたのは誰のこころだろうか、って。

 それこそ「みんな」だよ。政党名じゃないぜ。

 このことに、なんらかの反応を示した、示さざる得なかった、みんな、だ。

 ぼくは、ぼくたちは、わたしたちは、あなたがたは、みんな今回のことで少なからず、傷ついている。

 女も男も、ホモセクシャルヘテロセクシャルも、老いぼれも若造も、未婚者も既婚者も。

 日本という狭い国土でひしめき合いながら、同じ言語を交わしあいながら、他者を理解せず、尊重せず、自己正当化に血道をあげる者たちの、こころない暴言と中傷によって。

 そして、その責任の所在を求めようとしている。

 Everybody hurts. そのこころの反映だ。

 答えは、ひとつじゃない。千差万別だ。いろんな角度からの検証がなされるべきだと、ぼくは思っている。

 思考の流れを堰きとめてはならないよ。

 水が満ち、溢れだしてしまったからには。

 感情の奔流は、溢れでる涙は、とどまることを知らない。

 

 
 R.E.M. - Everybody Hurts (Video)

 オーティス・レディングの「Pain in my heart」に影響を受けた

 R.E.M のスタンダードナンバー(1992年 発表)を聴いてくれ。