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鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

ドライブ

 

 リュウジは運転が得意だった。

 18歳になると、すぐに免許を取得した。

 

 高校三年の時分、おれはたびたび学校をさぼり、リュウジの家に行っては、時間を潰していた。

 かれの部屋で、ロックのアルバムを、大音量でかけていた。

 リュウジは免許を取ると、おれをドライブに連れていってくれた。

 みんなが授業に出ているあいだ、自分だけがクルマに乗って違う場所にいると思うと、後ろめたさと開放感がないまぜになった、なんとも不思議な気持ちになった。

 だが、白状すると、最初は退屈だった。

 かれは運転に集中しているが、おれは、なにもすることがなかった。

 なにもすることがないので、目についた看板の文字を(お笑い芸人がよくする「○○コォナァー」の口調で)叫ぶことにした。

「環境に優しい、永野商店ッ!」だの、

「桜コロッケ、肉のみやべー!」だの。

 リュウジが吹きだすのを狙って、道すがら看板を探し求めたものだ。

 助手席に座る退屈さを、だからおれは知っている。

 男性諸君、女のこをドライブに誘うのはいいが、最初から長距離は避けたほうがいい。

 話が逸れた。

 リュウジは海沿いの路を走らせるのが好きだった。

 おれも山道よりかは、そのほうが気分よかった。

 三角半島へは、よく出かけた。往路は国道を、復路は不知火側の県道を通るのが常だった。帰り道、ヘッドライトをつけて、狭く暗い夜道を走っていると、なんだかこのまま知らない場所へ運ばれていきそうで、おれはちょっぴり不安になっていた。

 ある日リュウジはいった、天草までいってみらんや、と。正確には大矢野の、維和島まで行ってみようと。

 維和島には、できたばかりの橋が架かっており、夜になると赤や黄色のライトがとても美しいのだと。

 橋は、期待を裏切らないものだった。

 橋のたもとで、リュウジはクルマを停め、コンクリートの橋脚の下で、覚えたての煙草を吹かした。煙は潮風に導かれ、すぐさま横に運ばれていった。ときおり漁船がポンポンとエンジンを鳴らしながらアーチの下を通過していく。おれはなんとも開放的な心持ちになって、星の煌めく夜空の下で、大声をはりあげて、めちゃくちゃな歌を怒鳴った。向こう岸にまで届けとばかりに。リュウジはいつも、黙って聞いていた。うるさいともばかばかしいとも言わず、感想を口にもせず、いつもおれの放歌を黙認してくれていた。

 音楽は、重要だった。

 リュウジはカセットテープを山ほど用意していた。おおかたはロックだったが、ときおりニューミュージックも流れた。細野晴臣のソロ作が、リュウジの好みだった。そういえばYMOをはじめて聴いたのも、リュウジの車中でだった。

 あれは水俣まで行ったときだった。雲行きが怪しく、帰りには雨が降りだした。カセットテープに飽きたおれは、ラジオを点けてみた。ニール・セダカの「雨に微笑みを」が流れてきた。フロントガラスに無数に浮かんだ水滴が揺れ動くさまをみながら、おれは、雨の妖精たちが踊っているようだとポエムな感想を漏らした。とうぜん失笑されるだろうと思っていたが、リュウジは笑わなかった。

 そうだ、リュウジはつねにシニカルな態を装ってはいたが、じつは冷笑とは無縁のやつだった。滅多に感想は言わないが、否定もまたしなかった。おれは、そんなやつの寛容に甘え、次第に図に乗ってしまった。

 上京して、おれが若いこだまの一員だったころ、北千住のアパートに、リュウジが訪れた。おれはバイトとバンドで忙しく、あまりかまってやれなかった。いつものマイペースで、リュウジは過ごしていた。それにムカムカしたおれは、心ないことばを吐いた。

「ボーッと過ごしてるくらいなら、なんか仕事でもすれば? バイトの口なんて、いくらでもあるじゃないか」

 おれはバンドの、上昇志向という毒気に当てられていたのだろう。見下したような物言いに、リュウジはとうぜん憤慨した。おれは追い打ちをかけるように、当時ちまたに流れていた「アルバイト・ブギ」というくだらない歌をがなりたてた。リュウジは夜中にもかかわらず、アパートを飛びだしていった。おれは後悔したが、後の祭りだった。やつとのつきあいも、これでもう終いだなと思った。

 

 しかし半年後、若いこだまをやめて失意のどん底にいたおれに、リュウジはカセットテープを郵送してくる。手紙など入っていない。几帳面な文字で曲タイトルだけ書かれたインデックスが収められていた。

 トッド・ラングレンのカセットが、週一のペースで、次々に送られてきたのである。『ヒーリング』、『魔法使いは真実のスター』、『ミンクホロウの世捨て人』etc,etc.

f:id:kp4323w3255b5t267:20140611024110j:plain 『トッドのモダン・ポップ黄金狂時代』ジャケット。

 

 それは、ニューウェーブの直線的な運動に倦んでいたおれに、あらたな価値観をもたらしてくれた。なんだ、なにをやったっていいじゃん、時代だの流行りだのに惑わされることなんかないんだと、開きなおることができた。だから、あの混迷のさなかに、トッドを聴くよう無言で勧めてくれたリュウジに、おれはほんとうに感謝している。

 それからおれはしばらく経って、地元クマモトに戻り、音楽学校へ通った。じつはこれも、リュウジの影響である。トッドを修めた次の課題は、フランク・ザッパだった。おれはザッパの編曲を解明するために、音楽の基礎基本を習いたいと、殊勝にも思った。それを告げたとき、昔ながらの友人らは、「いまさら? 女の園に?」と、からかい半分だった。いいんじゃないかと頷いてくれたのは、男の友人では、リュウジ一人だった。

 トッドやザッパを聴きながら、またもや県内の方々をドライブした。リュウジは最初から運転が巧かったようにおれは感じていたが、帰郷後それにますます磨きがかかっていた。安心して助手席に身を委ねられた。

 かれはまた、バイクにものめりこんでいた。バイクの後部座席に乗せてもらったことも何度かあったが、正直いって、あまり愉快ではなかった。話せないのが、なによりも辛かった。もっとも助手席でも、話しかけるのは、もっぱらおればかりだったのだが。しかしリュウジは、バイクで事故ってしまい、それからしばらく経って、乗るのをやめてしまった。

 音楽以外でも、影響を受けたことがある。

 それは猫だ。リュウジは猫が好きで、家にはつねに猫が飼われていた。リュウジの家にあがると、おれは我がもの顔で、勝手に冷蔵庫を開けたり、テレビをつけたりしていた。猫を抱いたリュウジのおふくろさんは、不躾なおれのふるまいを、ニコニコ笑顔で許容してくれていた。それはおれが東京での生活と音楽活動に行き詰まり、何日か彷徨ったあげく、這々の体でクマモトへ逃げ帰った、そのときに何泊か、リュウジん家にご厄介になったのだが、そのとき以来の、傍若無人ぶりなのである。訪問するたび、リュウジのおふくろさんは、おれを気にかけてくれた。最近はどうね、元気にしとるね、と。リュウジの本質的な優しさは、このおふくろさん譲りだのは間違いない。

 が、

 その優しいリュウジの母親は、先日ついに、遠いところへ旅立ってしまった。

 報せをきいたとき、おれは茫然となった。そして通夜に駆けつけながらも、おれはリュウジに、励ましのことばひとつもかけてやれなんだ。またしても後悔だ。おれは、かんじんなときに、いつも手を拱いてしまう。祈るしかないということばは、ただのまやかしだ。

 しかし、今度こそおれは、長年のつきあいのよしみで、リュウジのこれからを、見守って行かねばならない。それは中学一年の始業式で、出席番号が続きだったおれたちの、縁というか絆というか、口にするのも恥ずかしいが、まあそんなものがあるとすればだ、連帯意識が底流に流れているのだ、からしてこれからも腐れ縁は、生涯続いていく。

 なあリュウジ、またおれを、どっかに連れていってよ。行き先は、おまえが決めてくれ。おれは当然のように助手席に座って、道ゆく看板を指さしながら、「岡本・重明・工務店〜」などと喚きながら、リュウジの苦笑いを導きだすとしよう。

 それとも、歌うかね。おれが『風の谷のナウシカ』にインスパイアされて作った(笑)不朽の名作「壊さないで」を歌ってやろうか?

「♪こわさ・ないで〜」と。

 あれを聴かせたとき、リュウジのやつ、うっかりハンドル取られて反対車線まで飛び出てしまったっけ。あん時は、危なかったな。

 ま、とにかく。思い出話は尽きないんだが。

 

 なあリュウジ、また懲りずにドライブしようぜ!

 BGMはそうだな、キャメルがいいな。

『雨のシルエット』の「スカイライン」なんか、どうだろう?

 
  Camel - Skylines 

 

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