鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

『セックス氏の休日』

 
 
 
 

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青山啓/セックス氏の休日 - niconico

ぼくはこれを聴きたいがために、ニコニコのアカウントを取得したのである。

 
 この歌を知ったのは、30年ほど前、代沢にあったKくんのアパートで聴いたのだった。Kくんは当時、東京大学の学生で、そのころすでに数千枚のレコードを所有していた。その後かれと音信は途絶えたが、数年後には「モンド・ミュージック⑴ ⑵」などで、その博覧強記ぶりを存分に発揮していた。   
 Kくんからはたくさんの音楽を教えてもらったが(ブルーナイルやプリファブ・スプラウトを、ぼくに勧めたのもかれだ)、ある日、夜を徹してレコードを聴いたのちの朝あけ刻に、このシングル盤を、おもむろに差し出されたのである。
「これは愉快ですよ。元カーナビーツのボーカルだった人のようです。A面の『Oh, Nude!』もいいですが、ぼくはこのB面が好きでして」
「へえ、浜口庫之助の作詞・作曲か」
「ええ、ハマクラさんです。
   ホラここに青山啓氏のプロフィールが書いてありますよ」
「好きな歌手、ディーン・マーチン。アズナブール(笑)。時代だねえ」
「歌いかたに、その両方の影響が感じられますね。どことなくA&Mレーベルみたいな雰囲気のサウンドで。カントリー&ウエスタンにマリアッチ風味をまぶしたっていうか。
 とにかく、聴いてみましょうか」
 Kくんは、神妙な面持ちで、レコードに針を落とした。
  
【歌詞】
 
オー、Mr. セックス、Mr. セックス、Mr. セックス
 
セックス氏は日曜日の朝はやく
目を覚まし起きあがり 森に出かける
森には朝露が降りていて
草も木もしっとりと濡れて震えている
 
オー、Mr. セックス、Mr. セックス、Mr. セックス
セックス氏はどんどん歩いてゆく
森の奥の 青い湖へ
 
 
森の奥の青い湖は
セックス氏の心のふるさとである
セックス氏は湖に飛びこむが
それは彼の祈りでもある
 
オー、Mr. セックス、Mr. セックス、Mr. セックス
心を清め 身体を洗い
セックス氏のすべては浄められる
 
  
セックス氏は森の径を通って
足どりも軽く帰ってゆく
心に溜まっていたものを
洗い落として彼は満足である
 
オー、Mr. セックス、Mr. セックス、Mr. セックス
セックス氏は若返り 口笛を吹き
新しい世界が そこから始まる
  
 ぼくとKくんは、しばらくの間、腹を抱えて笑いころげた。
「こりゃ最高だ、なんなんだよこの『ワカヒク・ワカヒク』って」
「ワカヒコもしくはワカチコですよね。発音の塩梅かな、それとも意図的なものか……。わからないけど、なんだか呪術的な響きに聞こえてきますよね」
「しかし、この歌詞はタダモノじゃないな」
「ええ、只者ではありません」
 Kくんは、身を起こし、佇まいを正した。
「男性の、深層心理を描いた稀な歌詞ですよ、これは。フロイト的でもあり、ユング派の解釈のようでもある。エロスの根源。象徴。
 浜口庫之助、恐るべしです」
「ふーん。もう一回、聴かせてよ」
 Kくんは、嬉々として、再度レコードに針を落とした。
 かくして、代沢の朝に、ワカヒクが鳴り響いたのである。
 
 
 レコードに銘打たれた「生命讃歌」の四文字。
『セックス氏の休日』は、まさしくそれだ。