鰯の独白

鰯は、鮪よりも栄養価が高いのです、たぶん。

未来志向

 



 自信がなくなってしまった時、妙に感傷的になったとき、塞いだ気分に陥ったときに、ぼくはYouTubeをはしごする。
 そして年に何度か、子供のころ大好きだった音楽に身を浸す。
 今日はその中から何曲かご紹介しよう。
 自分甘やかしにしばしおつきあいください。
 
 
 ぼくが子どものころ、好きだったテレビの主題歌は、どれもみな例外なく、未来志向の歌詞が歌われていた。
 未来の色は明るいバラ色で、今より快適な生活が待っていると信じこむのに十分だった。
 NHKの番組では、「新日本紀行」をはじめとして、冨田勲の音楽がよくかかっていた。
 

 
「青い地球は誰のもの」、NHK特集「70年代 われらの世界」のテーマソングである。作詞は阪田寛夫。番組の監修に小松左京が加わっていたと記憶する。
 この番組の冒頭で、大勢のこどもたちが、白い背景(ホリゾント)の中を、スローモーションで駆けていく。その画にかぶさるこの歌が聞こえてくるたび、ぼくは子どもながらに感激して、涙が出そうになっていた。
 
(ほんとうは当時放映された映像をそのまま掲載したいのだが、YouTubeで探しても見つからなかった。ここに貼っているのは、数年前に再録されたバージョンで、『TOMITA on NHK』というCDに収められている。)
 ♪ラララ〜の主旋律のカウンターで、ソプラノのスキャット(作詞者の娘さんらしい)によるオブリガートが聴こえるだろう? あれがたまらなく好きだったなぁ。
 冨田勲といえば、こんなのも作曲していた。
 
 
 人形劇「空中都市008」の主題歌。「ひょっこりひょうたん島」の後番組だった。元気のいい歌声は中山千夏さん。コーダ部の下降和音がマーラー的な終止で好きだった(もちろん当時はそんなこと知らないが)。や、それにしてももの凄いフランジングを施しているね。

 

  • 中山千夏NHK教育「明るい仲間」の主題歌も歌っていたっけ。♪仲間、仲間、なーかーまー、ってやつ。

 

 
 
 冨田勲のみならず、当時の作曲家は、テレビという新しいフィールドで、みんないい仕事をしていた。歌謡曲以外の分野にも、ポップで斬新な作風が現れてきているのを子どもながらに感じていた。たとえば越部信義。「地球を七回半回れ」という歌。作詞は、やはり阪田寛夫
 
 
 これもNHKの「みんなの歌」から。最近でこそNHKを腐しているばかりだが、地方の少年であるぼくはNHKの華やかさに憧れを抱いていたものだ(その証拠に、中二のとき最初に上京した際には、渋谷区に越したばかりのNHKへ見学しに行っている)。
 ツイストのビートだね。越部信義さんは「マッハGO・GO・GO」の作者でもある。同じリズムパターンだ。
 これと似たようなコード進行に、NHK(笑)合唱コンクールの課題曲、「トランペット吹きながら」がある。keyをCとした場合、CーB♭ーC という進行ですね。これは作曲が(現代音楽の)湯山昭
 中村知栄子さんの歌詞が素晴らしい。2番の結句を掲げてみよう。
 
はるか未来の ララ 宇宙の町へ
みんなで希望の トランペット吹きながら
 なんかもう、この混じりっけなしの未来讃歌、眩しいったらありゃしない。
 
 
 そう、むかしは現代音楽の作曲家が劇伴音楽をたくさん書いていた。アニメの音楽にもかかわっていた。次に挙げるのは、時代がずっと後になるけど、ほかならぬ三善晃の傑作だ、OP・EDの2曲とも掲げよう。
 
 
 
赤毛のアン』、「きこえるかしら」と「さめない夢」。凄いっ。メシアンみたい。これこそ未来のアンサンブル。いまだにこれを越えた「主題歌」に、ぼくはめぐり合っていない。いや、もしかしたら知らないだけなのかもしれないが。
 
 それにしても。
 さめない夢とは、言い得て妙だ。もしかしたらぼくは、さめない夢を渇望しているのかもしれない。
 
 
 
 だからかぼくは、勇ましい少年向けアニメの主題歌よりも、夢見がちな少女向けアニメの主題歌に、よりこころ惹かれていたのだ。男子の面目上、おおっぴらに公言はできなかったが。たとえば、みんなが知っているこの歌なんてーー
 
 
 
 この、渡辺岳夫の名曲を聴くたびに、ぼくはため息をつく。これほど完璧な楽曲、そうざらにはないだろう。A(長調)からB(短調)への劇的な展開、最後の数小節で主調に着地する鮮やかさ。それを軽々と歌いこなす堀江美都子の歌唱力。驚嘆するほかない。
 
 70年代のアニメ音楽にはホントにいいものが多かったなあ。ぼくは手塚治虫作品は当時あまり得意ではなかったが、TVアニメの音楽は好きだった。「リボンの騎士」(これも冨田勲!手塚とトミタは「ジャングル大帝」もそうだが、縁が深い)、「海のトリトン」、「不思議なメルモ」、「ワンサくん」などなど。ミュージカル仕立ての楽曲が多かった。しかし、とりわけ好きだったのが、これ。
 
 
「ミクロイドS」、作曲は三沢郷。このひとのセンスは垢抜けている。ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番第3楽章でおなじみの、フリジアン旋法を巧みに採り入れたソングクラフトには舌を巻く。前述の「キャンディ・キャンディ」にも言えることだが、折衷的な作曲技法も、極めれば世界に類を見ない高みにまで達するのである。
(この切れ味のいいところドラムはたぶん村上ポンタ秀一だな)
 それにしても阿久悠! サビの一節には惚れ惚れするね。永遠の名フレーズだ。
 
こころをわすれた 科学には
しあわせもとめる 夢がない
 
 この二行に織り込められたメッセージの複雑巧妙なことといったら!
 
 
 
 そう、子どもごころにも薄々気づいてはいたのだ。
 この高度成長期は永遠に続かないということを。
 いずれは衰退していくだろうという漠とした予感もあった。
 しかし、それでも未来は輝かしく、科学の発展は人を幸福にするだろうという期待が、常識のものとして日本中を覆っていた。
 公害も、人口増加も、資源枯渇も、いずれは人類の叡智で、克服し、解決できるはずだという、根拠のない楽観主義を、程度の多寡はあれ、みんな信じていた。
 それが70年代。
 それは幻想であった。未来は必ずしも明るいものではなく、むしろ、時代が進むに連れ、暗いものへと変貌していった。おそらく、ターニングポイントは90年代の、それも1995年(阪神淡路大震災地下鉄サリン事件のあった年)だったと思うが、それ以降の日本社会は、かつてのように、未来に希望を託すこともしなくなった。
 時間を遡行することはできない。
 あの時代は良かった、だからそこへ戻りたいと言っても、詮の無いこと。
 ただ、感傷的になったときに、いまあげたようなテレビの主題歌を聴くことによって、ぼくは少しだけ元気になれる。
 ほんのちょっぴりだけど、よしっ! 頑張りますかって気分になる。
 から元気に近いけれども。
 
 
 
 最後に。
 いままで掲げた音楽とは多少毛色の違う一曲を載っけて、この記事を締めくくりたいと思う。
 上に掲げたハイセンスな楽曲と比べると、なんとも泥くさいし、垢抜けない曲。
 しかし、強いぜ、負けないぜ。
 この歌には、底から沸き起こってくるエネルギーを感じる。これもまた、未来志向のいちバリエーションだと思うのだ。
 
 
アパッチ野球軍」。作詞は原作の花登筐センセ、作曲ははっとりこういち、すなわち「マーチングマーチ」(♪マーチったらチッタカター)の作曲者・服部公一である。
  ベースが効いてるね。グルーヴィだ。
 

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しかし なんだぜ 泣かないぜ!
 
 
 
《追記》
 翻って現在。
  いまのNHKに、「青い地球は誰のもの」に相当するような、希望にあふれるテーマ曲があるのかどうか、思い返してみた。とはいっても、TV自体をほとんど観ないので、なんとも言えないが。
 岩井俊二作詞、菅野よう子作曲の「花は咲く」が、それに相当するのだろうか?
 
 菅野よう子さんは、意見は様々あれど、優れた楽曲を多く送りだした、才能ある作曲家である。とくに坂本真綾を歌い手に据えた一連のアニメの主題歌は、評価が高いし、ぼくも「プラチナ」や「約束はいらない」や「バイク」等々、がたいへん好きである。
 
 
  それこそ、現在においての、冨田勲的な活躍をしていると言えるだろう。
 が――
「花は咲く」に込められたメッセージ、〈東北復興への思い〉いうものに、どうしても乗りきれない自分がいる。
 
 音楽の伝播するプロセスが、どうもプロパガンダ的に思えてならない。
 
《それはきみの好きな「青い地球は〜」だって同じじゃないか。
 高度成長期に、「未来はバラ色」的なビジョンを振りまいて、科学信仰を補完していた、あの曲も 。
 その挙句が、いまの惨状じゃないのかね?》
 
 異論が次々と自分の裡にも湧きあがる。確かにそうだ。だけど……
「花は咲く」には、容認できない何かが潜んでいるように思えてならない。
 NHKヘビーローテーション的な展開に責任を擦りつければラクになるのだろうが、どうもそれだけではないような気がする。
 楽曲そのものに。ことにジングルで流される、意図的にワンノートで押しきるピアノの「左手伴奏」に、
 《望郷ってこんな感じでしょ?》
 如何、とプレゼンされているみたいな気持ちがして、どうにも居心地が悪くなる。
 ほとんど言いがかりに近いが。その違和感は、なかなかことばに表せない。
 その違和感の正体を見極めたいが、時間切れ。未だ煮詰まっていない。
 
 
 
 
【関連エントリ】

 

『バイク』 坂本真綾 - 鰯の独白

 

岩崎宏美 『未来』 - 鰯の独白